1 はじまりたくない始まり
「何なんだよ、これっ!?」
目の前の光景に、俺『斎藤 蓮』は思わず叫んでしまっていた。
うららかな休日の昼間の自室。
趣味である銀細工のクラフトをしていたら眠くなってしまい、デスクでそのまま眠ってしまったのが、確か昼の2時過ぎ。
(チェーン、ちゃんとケースに仕舞っておかなきゃ……)
などと、うとうとした頭で俺はそんなことを思っていた。
段々と思考がクリアになってきて、俺は目を覚ます。
窓の外は薄暗く夕方になっていて、頬にはデスクに寄り掛かった時の跡がついてしまっている。
……筈だった。
『にょっほー! やっとでお目覚め? はーじめまして。僕はシマエナガのシロウだよ』
目を開けると真暗闇。そして俺の目の前に浮遊しているのは、気色の悪い喋りをする1羽の白い小さな鳥。
『むー、失礼な奴だなもし。僕みたいなキュートな妖精に向かって気色悪いとは何事ッス!』
心を読んだのか? 俺は驚きに目を見開く。
見渡す限り真っ暗と思っていたが、よく見ると宇宙空間の様な景色がちらほらと見える。
好奇心から、妙に落ち着いた脳内に自分自身びっくりする。いや、しかし……
(これは一体、なんなんだ?)
考えても判るはずもない。
あ、そっか。俺は夢を見ているんだな、きっとそうだ。
『違うのだ。夢ではないぞ少年よ』
また心を読まれた。
俺は首を傾げる。
つまり、目の前でバタバタと羽を動かしているシマエナガの『シロウ』とやらに何事か聞くしかないのか。
「おい、ここって……」
『ウホッ、やっとで気になってきたのかなー? 気になるのねー? でもどうしよっかなー?』
だが、期待の目をキラキラと輝かせるシマエナガに何やらメンドクサソウな予感しかしない。
「あっそ。じゃーいいわ」
シッシッなどと手で払ってしまう俺の反応は正常だ。
あいにく俺は暇じゃないんだよ。
未だ焦らしプレイ中の気色悪い鳥をスルーすると、シロウは聞いた事もないような叫び声を上げ、急いで後を追ってきた。
『ま、待つんだなもしー!』
言いたくないのか言いたいのかどっちなんだ、お前は。
「お前がそこまで言うんなら仕方ないな。聞いてやる」
生まれて初めて鳥が「ぜーはー」言ってるの聞いたわ。
『こ、ここは所謂現実と異世界との狭間なんだな。お前は数百年に一度の選ばれし救済者となるのだー! はっはっはっ』
「…………」
『どうだ? 嬉しかろ?』
シロウはつぶらな瞳をキラキラとさせ首を傾げている。
「…………」
『パギャッ!』
目つぶしは反則だがここは現実世界ではないのでセーフだろう。
「すまん、手が滑った」と声を掛ける前に、俺の目の前は光に包まれ何も見えなくなってしまった。
見えなくなる直前に『シロウ』のつぶらな瞳から涙がちょちょ切れたように思えたが、まぁ鳥だから大丈夫だろう。
遥か遠くに『まだ話終わってないぞなもしーーーー!』などという叫びが聞こえたような気がした。
「はっ!」
気が付くと、俺はどこかへ立っていた。
身体に残る妙な浮遊感が気持ち悪い。
急いで辺りを見渡すも、目に入ってくるのは草と木々のオンパレードで、やはりここも自室の「じ」の字もない。
ここはどこだ?
ってか、どうしていきなり外なんだ?
「そうか。今度こそこれは、夢だ。夢か!」
だが、やはりどうにも現実感がありすぎる気がする。
鼻を掠める土の匂いもリアルな気がするし、つねっている頬もマジ痛い。
最近の夢はこんなにリアルなのか?
「いや、しっかりしろ! 俺!」
その時になってハッとなって自分自身の姿を確認する。
どうやら服はちゃんと着ていて、今朝身に付けたものなのは確かだった。
紺色のパーカーにTシャツ、ジーンズという恰好だ。
だが肝心の靴が無い。
(そりゃ部屋の中にいたんだから当たり前だけど!)
俺は頭を抱える。
靴が無いことで、この夢が夢じゃなく妙に現実味を帯びてくる気がしてくる。
夢ならシューズを履かせてくれる都合のいい親切心がありそうなものだろう?
靴下越しに感じる砂利の感触が気持ち悪い。
靴が無い。そのことだけで、こんなにも人は不安に襲われるものなのか。
募ってくる不安にきょろきょろと辺りを見渡している時だった。
「ああっ、そこにいらっしゃったのですね!」
キーの高い透き通った声が横手の茂みから聞こえた。
がさがさと茂みを掻き分ける音と共に、俺の心臓の音も高まってくる。
これは女の子の声だ。
映画なら、ここでなかなかの美人が登場し、ピンチの俺に手を差し伸べてくれる、そういう展開。
「やっと、やっと成功したのですわ。お会いしたかった!」
「…………う、うわあああっ!!」
だが、登場した物体に俺は思わず身をひるがえしていた。
靴下のまま走る地面のなんとツライことか。
目にした茶色い物体はでろんでろんで、例えるなら何かの番組で見た原住民の祭の衣装の様な恰好をしていた。
声からしてお面の下は女の子なのだろうが、状況と奇怪な格好から身体は自然と逃げの動きを取ってしまったのだ。
これは言わば条件反射だ。なのでこれは俺が臆病なわけでは断じて無い!
『斎藤 蓮 LV.1』
たたかう
はなす
つくる
つかう
にげる
記念すべき初戦闘? は 『≫にげる』
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