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掌編小説集と詩集「ブラック」 収録作品例

掌編「山頂にてひとくち」~饅頭とブラックメタル

作者: 蓮井 遼


お読みいただきありがとうございます。

全然投稿せず、すみません。もうイベントに出ることも少なくなるかもしれませんが、次に本を作るならと書きたい話を書きました。宜しければどうぞ。




階段を降りる頃には、もういつものように両親はもち米をついていた。

「おはよう」

母が降りてきた羽太に声をかけたので、羽太も仕方なくおはようと挨拶を返した。父は変わらず黙々と作業を続けている。

「おれ、でかけてくるね」

「どこに」

「どこだっていいだろ」

思春期、反抗期などとうに過ぎていたが、何から何まで話すのは見透かされているような気がして辛かった。たまに羽太が帰ってくると、父が

「どこに行ってたんだ?」

とコミュニケーションのために聞く。それに正直に答えれば、まるで羽太の行動範囲やパターンが親に掌握されるようで、なんとも気味悪かった。とはいえ、嘘をつけば、その辻褄を合わせることがうまくいかずに、矛盾点が生じてしまう。そうなったとき、羽太は気まずいので、場所自体を濁すようになった。

「じゃあね」

と羽太が靴を履いて、でかけようとすると、ちょっと待ってと母が呼び止めて

「はい、これ」

両親が売りに出す店の饅頭だった。

「いいよ」

「いいから」

羽太が断っても、遠慮しないでと、母が考えを変えることはない。

「ありがとう」

とそのまま受け取るしかなかった。羽太は、山に行こうと思った。学校を卒業し、就職してまだ数年しか経っていないので、仕事を一人でこなせることにはまだ慣れていないが、気分転換に、行こうと思った。特に山登りに相応しい服装には着替えなかった。両親も友達や恋人がいるものなら、彼らと遊んできたといってもおかしくはないくらいのカジュアルな服、下にはジーンズを着ていた。何度か乗り換えをして、待っていると登山道の近い駅に着いた。

「さてと」

羽太は、両耳にイヤホンをして、携帯用のウォークマンで音楽を流しながら、山道に入っていた。自然の音を聞き漏らさないように、音量を弱めにしていた。ギターが延々と激しく掻き鳴らし、ボーカルが延々とギャーギャー叫んでいる。羽太は、山道を歩くならとアトモスエリックブラックメタルという音楽を選択し流していた。本来、ブラックメタルというのは、キリスト教に逆らう悪魔などを崇拝するメタルミュージックであるが、音楽もそこから色々と派生し、羽太の聴くブラックメタルは、崇拝の対象が自然の森や山であり、時に冷たく、時に激しく自然界の恐ろしさを表現しようとする音楽であった。ドラムがダダダと鳴っては止み、ギターの音色だけが怪しく鳴っているなかで、羽太は黙々と山道を歩いていた。この山は、岩を登るなどの厳しい山ではなく、蛇行する道の通りに歩けば、自然と山頂に着ける山であった。登山は、体を動かすことにも、自然と触れることもできるから、見知らぬ登山客は大勢いた。団体で来るもの、デートで来たもの、羽太のように一人で来る者も勿論いた。そういった人達を追い越しては、羽太は黙々と歩むスピードを緩めなかった。次第にギターやボーカルがギャーギャー泣き喚き、山道の視界に樹木が羽太の視界を囲めば、羽太はそこからは何にも煩わされることなく、心理的にはブローの状態に入っていた。そして、その感覚がふと止むと、羽太は、今の無心な空間や時は何だったのだろうと考えた。これが、人の自然な姿ではないのか、元々、人は毛がもじゃもじゃの猿類だったんだ。それが樹上で適応できないから、道具を開発するようになった。だけど、自然に戻れないからといっても、この惑星から人と人が作ったものごっそり除いたら、あとは自然の生き物達や海や川や山や大地があるばかりではないか、どうして人は異質のものとして暮らさねばならず、その異質さに馴染めてしまうのだろう、俺にはそれが気持ち悪い。そして人がいつもせかせかしているのは、人のために過ぎなくて、してもしなくても自然には何の影響もない、むしろ余剰なものを作るのは自然界のものを刈り取り、作り替えているのだ。そして、それらは生きているからできることなんだ、だから人も動物には違いないんだ。動物は生かされては、やがて死んでいくんだ。だから、俺もいずれ死んでいくんだ。それが普通なんだろ。この山はそんなに奥深くないけど、もっと緑の濃いところに行って、くたばって、苔に喰われたとしても、なんら可笑しくはないだろ。ほら、この衣服だって身を守れるものじゃない。俺がいなくても、俺の声が聞こえなくなるだけだ。

考えている間に、羽太は、山頂へ到着した。他にも人はいて、景色を見渡す者、写真を撮る者様々だったが、彼にはここにいる人達は誰も俺と同じ思いではないのだと思えた。地上の住宅街が沢山見下ろせるところに羽太は、座り込んで、今朝、母から貰った饅頭を取り出した。お腹は確かに空いてはいた。饅頭を口に放り込むとその甘さが彼の疲れを癒すかのようだった。

「おいしい」

食べる頃には羽太が流していたブラックメタルの演奏は終わっていた。



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