夜空
『またね』
君の声が頭の中に響く。それを掻き消すように、夜空に大輪の花が咲く。どこかに座らず、歩きながら見るのはいつぶりだろうか。
「今年は歩いて見るのかい? 喉乾くだろ?」
「そうですね、一本ください」
「あいよ」
ちょうど立ち寄った出店のおじさんからラムネを買い、一口飲んだ。カラン。と、中でビー玉が転がって、涼しい音がする。去年までの僕なら、この音に涼しさを感じていたが、今の僕の心はそこまで清んでいない。
パッっと夜空が輝いた。例年より明るく見えるのは、僕の心が淀んでいるからだろうか。夜空を一瞬明るく照らし、儚く消えゆく光が君ならば、後に残され黒く沈んだ夜空は僕だろう。
「……なんて、いまさら思い返してもな」
そういって夜空を見上げながら、ラムネをまた一口飲んだ。口の中で小さく弾けて消えていく微炭酸が、無意識に君の記憶を甦らせる。
一筋の滴が頬を伝う。それが汗なのか涙なのか、僕にはわからなかった。
出店の間を歩いていると、一つの出店に目が止まり、歩を止めた。
「やあ、あの子は今年はいないのかい?」
「はい。引っ越してしまったんです。あ、一つもらってもいいですか?」
「ん? 兄ちゃん嫌いじゃなかったっけ?」
「何となく、食べてみようと思って」
「そうかい。いいねえそういうの」
お兄さんの言う通り、僕はりんご飴が嫌いだった。でもなぜか、今日は食べようと思ったのだ。
お兄さんはこっそり割引してくれた。僕はお礼を言って立ち去ると、夜空を見上げながら一口かじった。
「……なんだ、美味しいじゃん」
カリッとした飴の食感と、シャリッとしたりんごの食感。思っていたより美味しい。口の中に甘さが広がる。その甘ささえ、何故か君との記憶を引っ張ってくる。
「一緒に食べてあげたらよかったな」
今さら意味のない後悔を口にする。気づけば残り少なくなっていたラムネの瓶の中で、ビー玉が転がってカランと音が響る。
はずが、夜空に再度咲いた大輪の花の音にかき消されて聞こえなかった。今まではこんなことがあっても気にしてなかったのに、今は少し残念に感じられた。
『また会う時まで、忘れないよ。約束』
「!」
君の声が頭の中に響いて、僕の心に大輪の花が咲いた。
「そうだな。さよならじゃなくて、またね。だもんな」
なぜ、忘れてしまっていたのだろうか。君がくれた光を。一筋の光を流しながら、もう一度りんご飴をかじる。口の中に広がった甘さはそう簡単には消えてくれない。きっと、この光もそうだろう。
音の止んだ夜空を見上げた。さっきまでの光には劣るけど、それを真似るように、三つの光が三角形を描いていた。