エンドロール
「ありえない。そんなことがあるはずない」
そう呟きながら、僕は頭を抱えて蹲った。だって、おかしいじゃないか。僕は彼女のことが好きで、彼女はアイツのことが好きで、僕と彼女はただの友達で、そうじゃなかったのか。僕はただ、彼女の相談に乗るだけの友人だったはずだ。なのに、何故。
なんで彼女の気持ちが、僕に向いているんだ。
僕と彼女が出会ったのは、高校に入学してすぐの四月だった。最初は少し話すぐらいの関係だったが、二学期に入る頃くらいには何でも話し合う親しい仲になっていた。そんな頃、彼女はクラスのアイツに思いを寄せていた。
僕はそれを全力で応援し、手助けも出来るだけした。何度も何度も相談に乗った。次第に彼女に対して恋心を抱いていったのも自覚している。今でも僕は彼女のことが好きだ。しかし、それは片想いのまま終わらなければいけない想いだ。
ある日、彼女はこんなことを聞いてきた。
「ねえ、佐藤君って、私にすっごく優しいよね」
「まあ、友達だからね」
「よく相談にも乗ってくれるし。もしかして私のこと好きなの?」
まさか彼女にそんなことを聞かれるとは思っていなかった。自分なりに隠していたつもりだったからだ。でも、彼女はそういうのを察するのが苦手だったから、単にからかうつもりで聞いてきたのだと思った。
「まさか。僕達はただの友達。それ以上でもそれ以下でもないし、僕はそれ以上の関係を望まないよ」
「ふうん、そっか」
僕の言葉に噓はなかった。僕達はずっとただの友達で、それ以上の関係になるなんて望んでいなかった。いや、これ以上の関係になることを恐れたのかもしれない。僕は、彼女とアイツが結ばれる幸せなハッピーエンドを陰から見送り、一人生きていくのだと思っていた。
そう思っていた矢先のある日の放課後。教室に忘れ物を取りに戻った僕は、聞いてしまったのだ。
「あのさ、私ね、山本君よりも、佐藤君の方が好きなのかもしれない」
教室で、友達に相談する彼女の声を。
その瞬間、僕の中の全てが崩れる音がした。
僕は想像もしていなかった。「人生の転機」など、物語の中だけの空想だと思っていた。でも、確かに、あの時の彼女の言葉は、僕の「人生の転機」になった。全てが狂い始め、今までの幸せが全て噓のように感じられた。僕達の関係は、彼女がアイツを好きなことで成り立っていた。僕はそれで充分だったし、それが幸せだった。何故気づかなかったのだろう。僕が彼女に悟られないように心がけて抑えてきた行動の全てを、彼女は僕にしてきていた。彼女なりのアプローチだったのだろう。しかし、おそらく始めは本当にアイツが好きだったのだ。いつから気持ちが僕に傾いたのかは知らないが、知りたいとは思わなかった。
少し高い場所に立ち、部屋を見渡してため息をついた。胸が苦しい。いつの間にか振っていた雨が、窓を打ち付ける。彼女を恨もうかと思ったが、それはお門違いだし、何より僕は彼女のことが大好きだった。彼女以外のことを切り捨ててもいいと思えるほどに。
「でも、もう」
このままじゃ、僕は彼女の友達でなくなる。関係が崩れてしまう。そうなれば、彼女は僕の好きな彼女じゃなくなる。僕が好きなのは、アイツのことが好きな彼女だ。
彼女の人生のエンドロールに、僕の名前は要らない。刻まれるとしても、「友人A」でなければならない。このまま彼女との関係を続けることは不可能だ。僕は僕の望む僕でなくなってしまい、僕の望むハッピーエンドを二人が迎えることは出来なくなってしまう。
ならばいっそ、彼女のエンドロールが始まる前に、僕のエンドロールに彼女の名前を刻もうか。必要のない役者は、舞台から途中退場すればいい。彼女には、快晴の清々しいエンディングがふさわしい。涙の雨を降らすエンディングは僕で充分だ。
「君には、僕のいないハッピーエンドを」
そして僕は、椅子を蹴って逃げ出した。