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神ヶ月雨音の短編保管庫  作者: 神ヶ月雨音
Night Sky Gazers
3/11

星空シーカー

 屋上のドアが開く。するとすぐ、佐伯(さえき)(みなと)の視界に後輩の姿が映った。

「やっぱり今日もいるか」

 声をかけるが、反応するそぶりはない。彼女の耳元を覆っているヘッドホンと、彼女を包んでいる淡い眠りのせいだ。しかしながら、彼女はドアが開くとすぐさま体を起こし、そのヘッドホンを外した。

「こんばんは先輩。今日も星を観に来たんですか?」

「当たり前だ。星も観ずに屋上で音楽聴きながら寝てる天文部員とは違うからな」

「うわ、ひどいですよ先輩!」

「間違ってないだろ。って言うか風邪引くぞ」

「上着とブランケットあるので大丈夫です」

「よくそれで寒さ凌げるな」

 湊のこの後輩の名前は阪下(さかした)梨里(りり)。通称及び自称リィ。湊の唯一の天文部の後輩だ。

 リィはいつも学校の屋上で音楽を聴きながら寝ている。そしていつも湊が天体観測に来たときに起き、共に帰る。天文部だというのに星を観ることはあまりなく、起きても大体湊にダル絡みしているだけ。天文部のマスコット的立ち位置だ。まあ、二人しかいないのだが。

 湊がなれた手つきで望遠鏡をセットする。リィはその様子をじっと見つめている。

「さて、今日は晴れてるから星が良く観えるぞ……」

 湊はレンズを覗き込み、天体観測を始める。特に観て何をするというわけではないが、湊は昔からこうして星を観るのが大好きなのだ。

「先輩って、ほんとに星見観るの好きですよね」

「ああ、昔から好きなんだ」

「ふぅん。先輩が天文部に入ったのもそれが理由ですか?」

「そうだな。星が好き、ただそれだけの理由だ」

「先輩らしいですね」

「お前「俺らしい」って言えるほど俺のこと知らないだろ」

「もう半年も一緒にいるんですよ? 知ってますよ~」

「そう言うお前はどうなんだよ」

「何がですか?」

「お前が天文部に入った理由」

「んー、リィが入った理由かぁ……」

 わざとらしく首をかしげるリィ。もちろん、湊は見ていない。

「好きなアニメのキャラが天文部だったので!」

「はい噓」

「えー、なんでわかるんですかー」

「わかりやすいんだよお前の噓」

「ぶー」

「なんだよ、噓をついてでも言えないような理由か?」

「どんな理由ですかそれ」

「知らん」

 リィはゆっくりと立ち上がって湊の元へ歩み寄り、湊と背中合わせに座った。湊の背中にもたれかかって、ぼんやりと星空を見上げる。

「うおっ、お前急によっかかって来んな……って」

 突然かけられた体重に驚いた湊は、レンズから目を離して振り返る。視界に映った、珍しく星空を見上げているリィの姿に、湊は言葉を失った。湊には、その姿がとても美しく見えた。

「ねえ先輩? リィたちが初めて会った日のこと、覚えてます?」

「突然どうした。まあ、覚えてるけど。去年の七月だったよな」

「なんだ、ちゃんと覚えてるんですね。てっきり忘れてると思ってました」

「唯一の後輩と初めて会った日のことだ。流石に日にちまでは覚えてないが、どんな出会いだったかは覚えてるさ」

 背中合わせで会話する二人。リィは湊の見えないところで、嬉しそうに頬を緩めていた。

「嬉しいです」

「そうか」

「懐かしいですね、もう半年も前かぁ……」

 リィは、懐かしそうに語り始めた。



 あの日リィは、夏休みに入ってすぐの学校の屋上なんて、誰もいないだろうなと思って屋上に行ったんです。るんるん気分で鼻歌を歌いながら。え? そもそもなんで行ったのかって? 学校の屋上って一回行ってみたかったんですよ。なんか青春! って感じがするじゃないですか。その頃リィはまだ最終下校時刻が何時だとか知らなくて、時間ギリギリに行ったんですよね。確か午前中出かけてて学校に来るのが遅れたから。

 それで屋上のドアを開けたらなんと! そこには見たことのない先輩がいるじゃないですか! リィは天文部の存在なんて知らなかったから、先輩もリィと同じことしてるのかな? って思いました。

 その時先輩リィに何て言ったか覚えてます? え、流石にそこまで覚えてない? もー、可愛い後輩とのファーストコンタクトくらい覚えててくださいよー。うそうそ、今のはちょっと調子に乗っちゃいました。先輩あの時、

『ん、どうした。こんな時間に何で屋上に来たんだ? 天文部じゃないんだし、もう最終下校時刻だぞ? 用のない女子はさっさと帰れ。もう暗い』

 って言ったんですよ。初対面の後輩に対してすっごいイケメンな対応ですよね。今思い返したら恥ずかしくて死にそうになるでしょ先輩。ほら、図星だ。

 リィ、そのときの先輩の目を見て思ったんです。「天文部に入ろう」って。



 依然として背中合わせのままだったが、湊は首を後ろに向けて聞いていた。そう語ったリィの姿は、いつもの無邪気な彼女の性格とは似ても似つかないほど、繊細で儚げに見えた。

「何で俺の目を見て思ったんだよ。そんな変な目してたか?」

「違いますよー、何ですか変な目って」

「じゃあ何でだよ」

「リィと同じ目をしてたから、です」

「は……?」

 湊は心底意味がわからないといった様子で、リィから目を離した。リィは湊の方を見ることなく続きを語る。

「先輩、寂しかったんですよね」

「何を言い出すかと思えば。そんなワケないだろ」

「なくないですよ。先輩が星を観ることが好きな理由、何か悲しい思い出があるんですよね?」

「な、なんでそれを……」

 湊は口走ったことに気づいて慌てて口を塞いだが、意味はない。リィはニヤリと笑う。

「やっぱり」

「なんでわかったんだよ」

「言ったじゃないですか、リィと同じ目をしてたって」

「どういう意味だよ……」

「星を観ることが純粋に好きな人が、星を観てるときにあんな目しませんよ」

「……俺、そんな目してたか?」

「はい」

「……そうか」

 湊はため息をつくと、リィのように星空を見上げて呟いた。

「お前だけなんか昔語りするのも不公平……だな」

「お、先輩も昔のこと語ってくれるんですか?」

「……ああ」

 湊は一回瞼を閉じ、一瞬だけ昔のことを想起すると、語り始めた。



 そこまで深い話じゃないけどな。昔、幼馴染がいたんだ。そいつが星を観るのが好きで、俺はそれに感化されて星を見ることが好きになった。ん? 男子か女子か? 今はそんなことどうだっていいだろ。

それでまあ、よくある話さ。そいつが引っ越して離れ離れになったってわけ。最初の方は何度か遊びに行ったりしたんだけどな。ある日から突然、音信不通になったよ。理由はまあ、察せるだろ。「あっ……」って、何変な声上げてんだよ。はいはい冗談だって。そんなに気遣ってくれなくても大丈夫だ。

 まあ、それからだ。より一層天体観測をするようになったのは。あいつが好きだった星を観ることで、あいつのことを思い出して感じていたかったんだ。それにほら、死んだ人が星になるって言うだろ? だからもしかしたら、毎日星を観てればいつかあいつを見つけられるかもなんて幼稚な期待もある。なんだよ、笑うとこだぞ? ああ、死んだって言ったって? ほんとだ。これじゃ察しろって言った意味ないな。まあ、いいだろ。



 湊は語り終わると、リィの方を振り返って言った。

「これで満足か?」

「はい。リィの思ってたより悲しい過去だったんですね……」

「まあな。でも今は立ち直ってるし大丈夫だ。気にすんな」

「そうですか。だったら良かったです」

「そういえば結局、お前が入った理由って何なんだ?」

「ああ、そういえばその話でしたね」

 リィはそう言って立ち上がると、屋上の縁まで歩いていった。フェンスに手を乗せて、星空を見上げる。

「寂しそうな目をしてた先輩を見て、「この人と一緒にいたい」って思ったんです。それで先輩の寂しさが紛れるなら。って」

「は……?」

「まあ、リィが誰かと居たかった。っていうのもありますけどね。同じ目をしてる先輩を見て、親近感が沸いたんです」

「俺は哀れまれてたのか」

「そういう意味じゃないですー」

「わかってるよ」

「あ、そうだ先輩。リィがいつも屋上で寝てる理由知ってますか?」

「お前がいつも寝てる理由? 知ってるわけないだろ」

 湊はそう言うと立ち上がって、望遠鏡の片づけを始めた。リィはそんな湊の方に向き直って、笑いながら言った。

「先輩を一人にさせないためです」

「どういう意味だよ」

「先輩が来るよりも早くから屋上で待ってたら、もうあの日みたいに先輩は一人で星を観ないで済むでしょ?」

「お前、そんなこと考えて……」

「えへへ、私はその為に天文部(ここ)に入ったんですから」

「……」

 星空の下で明るく笑うリィの顔が一瞬、湊には〝あいつ″に見えた気がした。

「……ありがとな」

「え? 先輩何かいいました?」

「なんでもねーよ」

 湊は望遠鏡をケースに仕舞い、その他の荷物も纏めながら言った。

「そういえばさっき、自分と同じ目をしてたって言ってたけど、お前も何か過去にあったのか?」

「んー、今は秘密です。いつかまた、お話しますよ」

「そうか。じゃあちゃんといつか聞かせろよ」

「はい。いつか、聞かせます」

 依然屋上の縁で星空を見ているリィの隣に、湊は歩み寄った。

「そうだ。明日からは家出る時間連絡するから、一緒に行くぞ」

「へ?」

「……。別に、一緒に居るのは星を観るときだけじゃなくていいだろ?」

「先輩……」

「あんなこと言われたら、先にお前一人で待たせるわけにはいかねえだろうが」

「あはは……これは一本取られちゃいましたね」

 湊は纏めた荷物を回収して、屋上のドアを開けながら言った。

「さあ、帰るぞリィ」

「はい、先輩!」

 屋上を後にする二人の上を、一筋の彗星が流れていった。


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