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神ヶ月雨音の短編保管庫  作者: 神ヶ月雨音
メトロノーム/友愛エレジー
2/11

友愛エレジー

壮月(そうげつ)くん、これ持って行くの手伝ってくれる?」

「オッケー、今いくよ」

「なあ大和(やまと)、これどうした方がいいと思う?」

「わりぃ、後でな。帰ってきたら考えるよ」

「りょーかい」

 教室中を飛び交う声に逐一反応する少年、壮月大和(そうげつやまと)。友達思いの優しい中学二年生だ。呼ばれる内容から、彼の信頼度の高さが読み取れる。

 そんな彼の様子を見ながら、大和の親友の愛平光瑠(まなひらひかる)はぼそっと呟く。

「やっぱ大和は人気者だね」

「人気者っていうか、人望厚いんだよ」

「似たようなもんでしょ」

 大和の幼馴染、美波(みなみ)秋野(あきの)の発言を適当に返して、光瑠はため息をつきながら机に突っ伏した。

「ほんと光瑠って大和のこと好きだよね」

「ちょっと秋野ー? そういうのじゃないってば」

「知ってるけど、傍から見るとそう見えるよ?」

 男っぽい名前をしているが、光瑠はれっきとした女子だ。無論、秋野も。

「何度も言ってるでしょ。『恋愛より友愛』だって」

「はいはい。光瑠は友達大好きだもんね」

「あんまり数多くはないけどねー」

 光瑠と秋野たちは中学からの仲だが、今では唯一無二の親友だ。それは大和も同じで、どちらかと言えば光瑠は大和との方が仲がいい。

 光瑠は先ほどの発言の通り、『恋愛より友愛』の信条を掲げている。恋愛沙汰で恋人を作るより、大好きな友達と過ごすことの方が光瑠にとっては幸せなのだ。そんな光瑠に影響されてか、大和も同じ信条を掲げている。

「すまーん、遅くなった!」

「遅えぞ大和ー」

「わりぃわりぃ」

 職員室から戻ってきた大和がノンストップで男子生徒の下へ駆け寄っていく。どうやら部活の決め事で迷っていることがあるそうだ。大和は頼りにされているだけでなく、そこそこ頭も切れるし発想力もあるので、こういった決め事について助言を求められることも多い。

「さっすが大和。学級委員は違うわぁ」

「もう一人の学級委員は私の隣でぶつぶつ言ってるけどね」

「それは言わない約束でしょー」

 ぶー。とでも擬音がつきそうな表情で光瑠が頬を膨らませる。秋野はその膨れた頬を突きながら笑った。



 基本的に、大和、光瑠、秋野の三人はいつも一緒にいる。休み時間などはもちろん、登下校も一緒だ。仕方ないことだが、もちろん大和にそういった噂は立つ。その度に大和はいつものフレーズで否定しているのだが、周りの者たちは照れ隠しだと思っている。大和本人はいたって本気なのだが。

「ねえねえ、今週末どっか行かない?」

 こういう誘いをするのは、いつだって光瑠からだ。

「今週末は……うん。暇だからいいぜ」

 そして大体暇な大和が承諾する。

「二人とも行くなら、私も行こうかな」

 最後に、二人が行くならと秋野が乗る。三人が遊ぶときは、この流れが定番だ。そしていつも通り、この会話を聞きつけた男子が冷やかしに来る。

「おー大和、またデートか?」

「いい加減どっちか決めろよー」

「そんなんじゃねえって言ってんだろ」

「噓吐くなよー」

「噓じゃねえって」

 何十回と聴いた会話に、光瑠と秋野は苦笑する。

「愛平と美波も大和のこと好きなんだろー?」

「私も大和と同じだから違うしー」

「わ、私だってただの幼馴染だもん!」

「光瑠も秋野も、照れないでいいのにー」

「そーだそーだ!」

 いつの間にか女子たちも冷やかしに参加している。大和たち三人は否定を繰り返すが、内心この空気を楽しんでもいた。大和や光瑠にとって、こういう何気ない友人との時間が、何より楽しいのだ。

「で、どこ行くんだよ」

「いつも通り街歩き回る?」

「もう回りきったと思うよ」

「カラオケでも行くか?」

「却下」

「なんでだよ!?」

「私歌下手くそだから」

「理由が……」

「それなら遊園地にでも行く? みんなそこまで遠くないし、交通費も厳しくないと思うけど」

「いいじゃん! そうしようよ!」

「お前らがいいならいいけど」

「嫌なら来なくていいよ?」

「喜んで行かせていただきますよ」

 普段はある程度の八方美人で過ごしている大和だが、唯一この二人の前だけでは素のキャラが出せる。友達思いなのは根っからで、噓でもなんでもないが、弱みを見せたり、ある程度の口の悪さで過ごせるのはこの二人の前だけである。また、それは他の二人も同様で、この三人は絵に描いたような親友なのだ。

「じゃあ、ちゃんとチケット買っといてよ?」

「はーい」

「光瑠が一番忘れそうだけどな」

「そう言う大和が忘れたりして」

「しねえよ」

「二人ともそこまで馬鹿じゃないでしょ」

「まあね」

「まあな」

 いつの間にか去っていた冷やかしにため息を零しながら、三人は笑いあった。



 そんなこんなでの週末。誰一人つぃてチケットの購入を忘れることなく、三人は遊園地に来ていた。

「さー、思いっきり楽しむぞー!」

「「おー!」」

 決めるときはあんなテンションだった大和も、いざ来てみればかなりノリノリだ。三人で一緒になってアトラクションを乗り回している。

「よし次、ジェットコースター行こう!」

「うん!」

「う……俺パスで」

「えー? もしかして大和乗れないの?」

「悪いか」

「大丈夫だって、乗ろう?」

「いいや、いくら秋野に誘われても乗らねえからな!」

「じゃあ私が誘ったら?」

「変わらねえよ」

 維持でも乗ろうとしない大和をどうしたものかと志向した二人は、強行突破に出た。二人で大和の両腕を掴むと、思いっきり引っ張ってジェットコースターへ走り出した。

「ちょっ! お前ら!?」

「大丈夫大丈夫! 怖くないって!」

「せっかく来たんだから乗らないと! 彼女で来たときに恥かくよ?」

「俺は恋愛に興味はな……って、そういう問題じゃなくて!」

「レッツゴー!」

「おー!」

 聞く耳を全く持たない二人に連れられ、大和はジェットコースターに乗ることになった。乗り終わって戻ってきた大和の声は、予想どうりガラガラになっていた。

「お前ら末代まで呪うからな……」

「楽しかったね!」

「うん! 今まで乗った奴の中で一番楽しかった」

「人の話聞けよ!?」

 呆れたようにため息をついた大和は、「飲み物買ってくる」と言い残しその場を離れた。それを見計らって、光瑠が秋野に言った。

「秋野、大和のことずっと見てるじゃん」

「えっ!? そ、そんなことないよ!?」

「噓だー。バレバレだよ? 大和のこと好きなんでしょ?」

「ち、違うよ!」

「隠したって無駄だぞー? 私と秋野の仲だからね、わかるに決まってるじゃん」

「うぅ……そうだよ……」

 ほほを真っ赤に染めた秋野は、俯きながら答えた。光瑠の押しに負けたようだ。

「やっぱり」

「で、でも、私は光瑠たちの信条を否定してるわけじゃ……」

「知ってるよ。別に私の信条を秋野に押し付けるつもりは無いし」

「そ、そっか」

「で、なんで大和が好きなの?」

「それ聞くの!? って言うか、光瑠恋バナ好きじゃないんじゃないの!?」

「普段はねー。でも秋野と大和の話となれば別だよ」

「都合のいい……」

 諦めて秋野が答えようとしたその時。

「悪い、お待たせ」

「ひゃぁっ!?」

「おー、大和、いいところに帰ってきた」

 買い物から戻ってきた大和に、秋野は驚いて変な声を上げてしまった。様子を見るに、先ほどまでの話は聞いていないようだったが、それでも秋野は恥ずかしくなってそっぽを向いた。

「なんだ、どうかしたのか?」

「実はね、秋野が……」

「ちょっと光瑠!?」

「ん?」

「秋野がね……」

「何考えてんの!? 言わないでよ!」

「なんだなんだ?」

「なんでもない! 大和は気にしないで!」

 必死な様子の秋野を見て、大和は心底状況が理解できないようだった。対して光瑠は、秋野に叩かれながらもとても楽しそうである。

「教えてくんねえのかよ?」

「ダメ! 大和には秘密!」

「はぁ。そこまで言うなら詮索しねえけど」

「ちぇー、つまんなーい」

「つまんないじゃない!」

 話が終わってようやく落ち着きを取り戻した秋野は、疲れたのか大和から受け取ったペットボトルのお茶をがぶ飲みした。

「あ、大和私も」

「はいよ」

 三人ともお茶を飲み、しばしの間無言の時間が出来る。飲み終わってすぐ、光瑠が不満を零した。

「どうせならジュースがよかったな」

「文句言うなら自分で買え。糖分で余計喉渇いても知らねえぞ」

「はいはいお気遣いありがとうございますー」

「もうなんか二人ってカップルみたいなだよね。そういうタイプの」

「「断じて認めない」」

「そういうとこだよ」

 息も相性もぴったりな二人を見て、秋野はやっぱり自分の入る隙がないなと自分の恋愛感情を心の内に抑え込んだ。少し悲しくもあったが、この二人が幸せならそれでいいだろうと、秋野は一歩引いたところから二人の関係を見守ることにしているのだ。

「さ、次は何行く? 急流すべり? おばけ屋敷? あ、コーヒーカップもあるよ!」

「最後のは男一女二で乗るモンじゃない気がする」

「何? 照れてるの?」

「うっせえ違うわ」

「じゃあ、とりあえず急流すべり! 大和乗れる?」

「うーん、親曰く昔乗れてたらしいし大丈夫だと思う」

「それじゃあ決定ね」

「そのあとはおばけ屋敷行って、それから……」

「落ち着け。まだ時間はあるんだからよ」

「そ、そうだね」

「秋野ったら、はしゃぎすぎだよ」

「えへへ、楽しくって」

「それは同意」

「同じく」

 テンションのあがっている秋野にたられてか、大和と光瑠の二人も気分が高揚しているようだ。そしてそのまま三人は、思うままに遊びつくした。

 日も暮れ、夕食時となった頃。三人は園内のハンバーガーショップで夕食をとっていた。

「いやあ、疲れたな」

「何帰る雰囲気出してんの? まだやることあるでしょ」

「そうだよ! このあとは観覧車とお土産と……」

「はいはい、わかったわかった」

 パクリと大和が一口ハンバーガーを頬張る。それを見ていた光瑠が、羨ましそうに目を大和をじっと見ていた。

「……なんだよ」

「美味しそうじゃん」

「確かに美味いけど」

「一口ちょーだい!」

 そう言うと光瑠は、なりふり構わず大和のハンバーガーを奪い取って一口かぶりついた。

「なっ!」

「あっ」

「ん~! 美味しい!」

「お前それ間接キスだろ」

「ん? 今更そんなこと気にしないってば。あ、大和は気にするタイプだった?」

「別に」

「えぇ!?」

「なんで秋野が一番戸惑ってんだよ」

「あ、いや、そうなんだなぁって」

 突然の光瑠の行動とそれに対する大和の対応に、秋野の内心は戸惑いきっていた。間接キスなど秋野ですらしたことが無いのに、この仕打ちとは。かと言って自分から一口もらうことをせがむ勇気など、秋野には無かった。

「じゃあ代わりに私の食べる?」

「別にいい。そこまで食い意地張ってねえよ」

「ひっどーい」

「秋野もいるか?」

「へっ、あっ」

 突然舞い込んできた千載一遇のチャンス。これを逃す手はない。

「あ、じゃ、じゃあもらう」

「ほいよ」

「ん……美味しい」

「だろ」

 にこっと笑う大和の顔を、秋野は直視できなかった。

「秋野のももーらおっと」

「あ、ちょっと光瑠!」

「私のも食べてていいよー」

「むー、じゃあいいや」

 仲良さげに互いのハンバーガーを食べあう二人を、大和は頬杖を突きながら眺めた。



 遊園地を出て、光瑠と秋野は満足しきった顔をしている中、大和は疲れきった顔をしていた。

「どったの大和?」

「疲れたんだよ」

「私は遊び足りないけどなぁ」

「体力底なしかよ……」

 大和はため息をつきながら、携帯で電車の時間を確認していた。

「こりゃ家に帰るのは十時過ぎか……」

「へ? そんなかかるっけ?」

「大和の家もっと近いでしょ」

「こんな時間に女子一人で家に帰せるかっての」

「あー」

「やっさしい」

「ほっとけ。こんくらい当然だろうが」

 心底嬉しそうな光瑠と、ちょっと不服そうな表情な秋野を見ることなく、大和は二人を率いて秋へと歩いていく。二人はその後ろを必死に追っていった。



 光瑠を家へと送った後、大和と秋野は二人で帰り道を歩いていた。

「楽しかった?」

「おう」

「じゃあ良かった」

「秋野は? って聞くまでもないか」

「うん! 楽しかった!」

「なら良いか」

 二人の前でだけ少しぶっきらぼうだが、そういうところも秋野は好きなのだ。もちろん、大和はそんなことに気づいていないが。

「さて、明日からまた学校だな」

「うえぇ、やだなぁ」

「面倒くせえ」

「疲れないの?」

「何が?」

「キャラ作り」

「作ってるつもりはねえよ。秋野たちの前でだけ素が出るだけさ」

「ふーん」

 大和が噓をついていないことも、自分たち以外の前で見せるキャラが作られているものじゃないことも秋野はわかっている。それでも、心配なのだ。自分よりも他者を優先するその精神が、いつか大和自身を苦しめるのではないかと、案じているのだ。

「じゃ、この辺で」

 気がつけば、もう自分たちの家の前にまで来ていた。大和といると時間が短いと、秋野は思った。

「うん、また明日ね!」

 笑って手を振る秋野。大和も手を振り返すと、それぞれの家に入っていった。



 次の日。所用で二人より早めに学校に来た光瑠が教室に入ると、数人の女子が光瑠の席の周囲で話しているのが見えた。そのうちの一人は、光瑠の机に座っている。

「おはよう。私の席に何か用?」

 いつも通りの調子で女子たちに問いかける光瑠。しかし女子たちは光瑠の方をちらりと見ただけで、一言も発することなく、自分たちの会話に戻った。光瑠の机から降りる気配もない。

 光瑠は内心嫌な予感がしながらも、荷物を机の近くに置いて、職員室へと向かうことにした。そして教室を出る瞬間、予感は確信に変わった。

「キモッ」

「男たらし」

 背後から聞こえた言葉。それは空耳などではなくて、間違いなく現実に発されたもの。その瞬間、光瑠は自分の置かれた境遇を察知した。「ああ、ついにか」と、思った。もしかすると、心のどこかでこんな日が来ることを予期していたのかもしれない。

光瑠は、できる限り平静を装って教室を後にした。



 それからというもの、光瑠は女子に苛められるようになった。理由は、光瑠本人もなんとなく気づいていた。

「名前も男っぽいし、男とつるんで手気持ち悪いから」

 むしろ、それ以外に理由は考えられなかった。もしかすると、あのメンバーの主犯が大和のことを好きだったのかもしれない。そんなことを考えたころには、もう遅かった。

「あーあ、面倒なことになっちゃったな」

 無くなった上靴の代わりに学校のスリッパを履いて歩きながら光瑠は一人呟いた。幸いまだ身体的被害などは出ていないが、時間の問題かもしれない。

 光瑠は、その優しい性格のせいか、両親や先生にはもちろん、大和や秋野にこのことは一切話していなかった。余計な心配をかけたくなかったのだ。

「なんかあったのかよ」

「うわっ!? ビックリした。驚かさないでよ」

「悪い悪い」

 いつの間にか隣を歩いていた大和に声をかけられ、一瞬女子がやってきたのかとおびえた光瑠だったが、大和であることを認識すると、ほっと胸をなでおろした。

「何かに怯えてるみたいだけど。なんかあったのか?」

「別に? 何も無いけど」

「何も内容には見えないけどな」

「私が何も無いって言ってるんだから何も無いってば」

「はいはい。わかったよ」

 呆れたように言う大和。光瑠は、気づかれているのではないかと内心ハラハラした。

「まあ」

「うん?」

「たまには俺らも頼れよ」

「へっ?」

 ぼそっと呟いた大和の発言に、光瑠は一瞬耳を疑った。確かに普段から優しい大和ではあるが、「頼れ」のような単語を発したことは無かった。

 移動教室遅れんなよとだけ言い残し、大和は光瑠を置いて先に歩いていった。

(勘付いてはいる……。のかな)

 苛められているとは気づかれたくない。と光瑠は思った。

(急ごう)

 チャイムを気にして、光瑠は歩を早めた。

 その様子を後ろから眺めていた秋野は、ぎゅっと拳を握り締めた。



 光瑠を置いて一人、先に移動先の教室に着いた大和は、思考を巡らせていた。

(どうすれば止められる? 俺に何が出来る?)

 大和は、光瑠が苛められていることに勘付いていた。しかし、この現状をどうにかする術を大和は持ち合わせていなかった。

(不用意に俺が手を出せば、俺にも手が伸びるかもしれない。いや、それは構わないが、一番危険なのは光瑠への被害が拡大することだ。光瑠が苛められている原因は十中八九俺だろう。だったら俺が出れば間違いなく悪化する。かといって秋野に頼むわけにもいかないしな……)

 俯いて考え込む大和を、いつの間にか教室に来ていた男子生徒が小突いた。

「うわっ!?」

「何考えてんだー?」

「愛平か美波どっち選ぶか考えてんのか?」

「馬鹿か。違うわ」

「えー」

「いい加減選べよー」

「選ぶもクソもねえよ」

 とりあえず、大和は思考することを後回しにした。



 時の流れは速く、光瑠の苛めが始まって、二ヶ月が過ぎた。その間、大和は何も行動を起こせず、ただ傍観することになってしまった。そんな自分の愚かさを、大和は呪った。

「大和のせいじゃないよ。止められてないのは、私だって同じだから。ね?」

 そう秋野は慰めるが、大和の心が晴れることも無く、大和はどんどんと沈んでいった。そんな大和の力になれないことを、秋野も悔やんだ。

 一方光瑠は、次第に沈んでいく大和を見て、自身に負い目を感じ、接することを避け始めていた。

(私のせいで、大和は責任を感じてるんだ)

 そんな中で、光瑠はひとつ、ボロを出してしまう。そしてその数日後、学校で担任の教師の口から発された言葉に、大和と秋野は耳を疑った。

「このたび、愛平さんが転校することになりました」

「え……」

「な……」

 そう、光瑠が苛められていることが、光瑠の両親にバレてしまったのだ。元々娘を深く愛していた両親だったからか、数日の熟考の末、光瑠の転校を決定したのだ。勿論光瑠は激しく反対したが、聞き入れてもらえなかった。父の転勤(そう遠くない場所だったが)と重なったのも不運の一つだった。

 「光瑠、転校って」

「……ごめんね」

 ホームルームのあと、大和が声をかけるも、光瑠は寂しそうな顔をして、その場を去った。言葉を交わしたくないようだった。

「クソッ……」

 大和は、強く拳を握り締めた。



 その日は、大和にとって一瞬だった。何もかもが意味の無いものに感じられ、大和にとって何の意味もなさないまま、大和の横を通り過ぎていった。

 しかし、そんな中の放課後。大和が偶然自教室の前を通りかかった時。教室の中から、数人の女子の声が聞こえた。

「アイツ消えるんだってね」

「やっと目障りなのが消えるわぁ」

「私達のがばれたのかな?」

「あっちが消えてくれるんだから好都合じゃん」

「マジラッキー」

 紛うことなき陰口。明らかに光瑠に向けられているそれは、大和の心を逆撫でた。

 バン。と大きな音を立てて。大和がドアを開けた。女子がいっせいに大和のほうを向く。

「壮月くん?」

「お前ら、今のなんだよ」

「今のって、どういうこと?」

「シラを切るつもりか。全部聞こえてたよ」

 大和がそう言うと、女子たちがいっせいにどよめき始めた。

「そんなに光瑠がいなくなるのが嬉しいか? なあ?」

「それは……その……」

 主犯格の女子の戸惑いを見るに、最初に光瑠が立てた仮説は正しかったのかもしれない。しかし、大和がそんなことを知るはずも無く、もちろん知っていたとしても何も変わりはしなかっただろう。

「そうやって寄ってたかって人を苛めてさ、楽しいか? 人が傷ついて消えていく様を見るのが楽しいか?」

 最初はうろたえていた女子だったが、何かが吹っ切れたように、主犯格の女子が声を上げた。

「うん。だって気持ち悪いんだもんアイツ。名前も男子っぽいし、いっつも男子とつるんでるし、ノリ悪いし」

 大和は静かにその言葉を聴いていた。

「それにアイツ邪魔なんだよ。アイツがいなきゃ私は……」

「いなかったら何なんだよ」

「っ……それは……」

 大和に問われ口を噤む女子生徒。一瞬迷った表情を見せた後、声を荒げた。

「壮月くんには関係ないでしょ! って言うか一体何なの? あんな奴の味方してさ、何が楽しいの? 気持ち悪いだけじゃん! それに……」

 女子生徒の次の言葉が発されるよりも前に、大和の拳が女子生徒の頬を打った。

「なっ……」

「きゃーっ!」

「いっ……何すんのよ!」

 大和はある程度手加減をしたが、さすがに男子のパンチは相当の痛さだったようで、女子生徒が涙目で大和を睨む。それを弾き返すように、大和は怒りの篭った眼で女子生徒を睨みつけた。女子生徒の目から怒りの色が消え、恐怖の色が浮かぶ。

「俺のことはどう言おうが構わない。けどな、光瑠のことを悪く言う奴は絶対に許さない。男子だろうと、女子だろうと同じだ」

「何なのよそれ……」

 周囲を取り巻いていた女子生徒たちも恐怖で動けなかった。そこへ。

「何をしているんだお前たち!」

 先の悲鳴を聞きつけて、先生が入ってきた。大和はいたって冷静に、淡々と答える。

「この人たちの発言が気に食わなかったので。自分が手を上げました。非は自分にあります」

「何? お前たち、少し職員室に来い」

「はい」

 黙々と先生の後を着いて行く大和の後ろを、女子生徒たちがゆっくりと歩いた。



 二時間強の説教と話し合いの末、ようやく開放された大和は、靴を履き替えて下足を出た。誰もいない夕闇の中、大和は力任せに強者の壁を殴った。鈍い痛みが拳に跳ね返ってきて、じんわりと体に伝っていく。

「クソ……何処で間違えたんだ俺は……」

 呆然と立ち尽くす大和の元へ、一つの声が届いた。

「大和……?」

「……光瑠」

 先ほどの一件の話を聞きつけ、光瑠は学校に戻ってきていた。偶然、大和と鉢合わせたのだった。

「聞いたよ。さっき……」

「気にするなよ。俺が勝手にやったことだから」

 精一杯のぶっきらぼうさでそう返し、大和は光瑠の隣を通り過ぎた。正門へ向かうその背中に、光瑠が声を投げかける。

「本当に、ごめんね。私のせいで」

「だから、気にするなって……」

「私がこんな奴だから、苛められて、そのせいで大和は責任感じちゃったんだよね。ごめんね。私なんかが友達で。私の思想を押し付けてさ」

「……違う。俺は光瑠のことを「なんか」だなんて思ってない。それに、光瑠の思想を俺も掲げてるのは俺の意思だ。光瑠が押し付けたわけじゃない」

「でも、私のせいでだいぶ迷惑かけたよね。でももう大丈夫。いなくなるから」

 そう言った光瑠の声は、泣いていた。大和は耐えられなくなって振り返った。目元に涙を浮かべた光瑠が視界に入る。

「ごめんね。多分、私がいなくなったら大和はもっと楽に過ごせるから」

「……馬鹿かよ」

「へ?」

「そんなこと言ってんじゃねえよ! 何が迷惑だ。楽に過ごせるだ。自分の憶測で俺のことわかった風に語ってんなよ!」

薄明かりの中で、大和が声を荒げる。

「俺は光瑠のことを迷惑だ何て思ってないし、光瑠がいない方が楽だとも思ってない。光瑠がいなくちゃ、俺は俺らしくいられねえんだよ!」

 叫ぶ大和の目元から零れた涙を、校舎の門灯がオレンジ色に照らす。

「だから……頼む……いなくなるのだけは、やめてくれ……」

「大和……」

 大和自身も、そんな願いが叶うはずないことをわかっていた。それでも、大和にはそれほど光瑠抜きでやっていける自信が無かったのだ。

「ごめん……ごめんね大和……」

 数分たって落ち着いたのか、二人は校門を抜けて帰っていった。

 校舎の陰に隠れていた秋野が、涙ぐんだ目を擦った。秋野は光瑠より先に大和を探しに学校へ来ていたのだが、探しているうちに大和と光瑠が鉢合わせ、それを見つけてしまった秋野は会話に入ることが出来ず、こうして盗み聞きをしているようになってしまった。

「二人とも……」

 一人傍観していたことへの罪悪感と、何も出来なかったことへの自責の念が、秋野を締め付けた。

「結局私は、何も出来ないまま。モブキャラのままなんだな……」

 ポツリと零れた言葉と共に、拭いきれなかった涙が宙に零れる。

「……帰ろう」

 二人に追いついてしまわないように、ゆっくりとした足取りで秋野も学校を後にした。



 それからは、一瞬だった。大和が何も変えられないまま、秋野が何も出来ないまま時は流れた。唯一変わった事と言えば、三人の心の内が、さらに深く沈んでしまったことくらいだった。

 そしてそのまま、光瑠のいなくなる日がやって来た。見送りに木田のは、秋野ただ一人。

「ごめんね、あの馬鹿……」

「ううん、大丈夫。私も、出来れば会いたくなかったから」

「え……」

「ああ、そういう意味じゃないよ? 大和にあったら行きたくなくなっちゃうだろうから」

「そっか……」

「秋野じゃそうは思わないってことじゃないからね?」

「うん、わかってる」

 荷物を詰め終わった光瑠の父が、光瑠を呼ぶ。

「じゃあ、もう行くね」

「うん、ちゃんと連絡してよ?」

「もちろん! じゃあ、またね」

「うん、またね」

 光瑠が車に乗り込み、車が走り出す。秋野が手を振って見送っていると、背後から走るような足音が聞こえた。

「光瑠ー!」

「大和!?」

 大和だった。最後の最後まで気持ちの整理がつかず、行くことを拒んでいたが、それでも、大親友を見送らないという選択肢は取れなかったのだ。

「頼む、待ってくれよ! まだ、まだ俺は……!」

大和が声を張り上げる。言葉は選びきれていないが、何か、何かを伝えなければならないと叫ぶ。だけどもう、遅い。

 手を伸ばしても届かない。自分の抱えた想いなど知らず、鉄の塊は、彼女を乗せて走り去っていく。大声で、声が枯れるほど彼女の名前を叫ぶ。それでも、届かない。ふと、彼女が車窓から顔を出した。こちらを振り向くと、申し訳なさそうな、さびしげな表情で小さく手を振った。目元に浮かんでいた涙が、風に攫われ空に消えた。

 嫌だ。まだ何も、何も出来ちゃいない。彼女のことを、救えていない。どうかもう一度だけチャンスを。そう願っても神は非情だ。伸ばした手は、ただ虚空を掴むだけ。

「光瑠……!」



 月日は流れ――。

「壮月くん、これ配るの手伝ってー」

「おっけー」

「大和―、これどうすりゃいいかなー?」

「ちょっと待ってくれ、後で行くから」

 四月末。高校生になっても、大和がしていることは変わらない。むしろ、中学の頃より献身的に鳴っているようにも見える。

「相変わらず人気者だね」

「まあな」

 同じクラスの秋野が明るく茶化す。秋野の前でだけ若干ぶっきらぼうなのも、相変わらずだ。

 頼まれた仕事もひと段落着いて、大和は自分の席について教室を見回していた。ふと、一人の女子生徒が目に留まる。音立椿(おとたちつばき)。まだあまり友達が少ないのか、自分の席で一人本を読んでいる。大和は、その本に見覚えがあった。大和の大好きな、マイナー作家の小説だった。興味がわいた大和は、話しかけてみることにした。

「ねえ、音立さん。その本、好きなの?」

「へっ?」

 不意に話しかけられた椿は、驚いたように素っ頓狂な声を上げた。

「壮月くんも、この本知ってるの?」

「うん。俺この作家さん好きなんだ」

「そうなんだ。私もだよ」

「まじ? 始めて話通じる人に会ったよ」

「私もだよ」

 話すのは初めてだったのに、何故か妙に気があった。仲良くなれそうだ。と大和は直感的にそう思った。

 二つのメトロノームが、バラバラに動き始めた。


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