メトロノーム
高校一年四月末。段々とクラスメイトが仲良くなり始めた頃。席で一人本を読んでいた音立椿に、一人の男子生徒が話しかけてきた。
「ねえ、音立さん。その本、好きなの?」
「へっ?」
話しかけてきたのは壮月大和。ごく普通の、何処にでもいるような男子生徒だった。
「壮月くんも、この本知ってるの?」
「うん。俺この作家さん好きなんだ」
「そうなんだ。私もだよ」
「まじ? 始めて話通じる人に会ったよ」
「私もだよ」
二人の会話はそれが始めてだった。しかし、共通の趣味が二人の距離を近づけた。それから次第に、二人は仲良くなっていった。
校外学習のある五月。自由行動の時間の間、他のクラスメイト達が先生に写真を撮ってもらっているのを見て、椿は無意識に大和を探した。
「壮月くんどこだろ……」
「呼んだか?」
「うわっ!」
突然背後から現れた大和に驚いた椿は、素っ頓狂な声を上げてこけてしまった。
「おいおい、大丈夫か?」
「もう、びっくりさせないでよ」
ゆっくりと立ち上がった椿は、ふと思い問いかけた。
「あれ、一人なの?」
「友達いないみたいに言うなよ。トイレ行った帰りだよ」
「あ、そうなんだ。今時間ある?」
「あるけど、どうした?」
「写真撮ってもらおうよ」
「ああ、別にいいぜ。おーい、せんせ~」
先生を呼びに行った大和の後姿を眺めていると、自分の言ったことを思い出して椿は赤くなった。
二人で写真を撮ってもらった後、大和を呼ぶ声が聞こえてきた。
「大和―、写真撮ってもらおうよ~」
「おっけー、今行く」
聞こえてきたのは女子の声。クラスメイトの美波秋野だった。
「壮月くんって、秋野ちゃんと仲いいよね」
「ああ、幼馴染なんだよ。そういう音立だって名前呼びするほど仲良かったんだな」
「部活一緒なんだ」
「ああ、そういうこと」
それじゃあな。と言い残して去っていく大和の後ろ背中を見て、椿は胸がもやっとしたような気がした。
体育大会の六月。クラス対抗リレーを終えて観覧席に戻ってきた大和に、椿は声をかけた。
「お疲れ様。かっこよかったよ」
「おう、さんきゅ。三位だったけどな」
「三位でも充分すごいよ」
「そうか?」
そんな会話を少し離れたところで見ていたクラスの男子が、ひゅーひゅーと囃し立てている。
「うっせえ! そんなじゃねえよ!」
そこへ、見知らぬ二年生の男子生徒がやってきた。
「音立、お前もこの学校来てたんだな」
「宮田先輩! はい、私先輩に憧れてここに来たんです!」
「そうか、そりゃうれしいな。こっちでもよろしくな」
「はい!」
どうやら、椿の中学時代の先輩のようだった。少し気まずくなった大和は、こっそり自販機に飲み物を買いに行った。
自販機の横でスポーツドリンクを飲んでいると、秋野が声をかけてきた。
「なーに拗ねてんの。あの先輩が気に食わない?」
「何言ってんだよ。邪魔だろうなと思っただけさ」
「ふーん。ねえ、椿ちゃんのこと、好きなの?」
突然の問いに、大和はむせ返った。呼吸を整えた後、慌てて反論した。
「馬鹿じゃねえの!?」
「えー、絶対そうだと思ってた」
「んなことねえよ。確かに仲いいし話してて楽しいけどさ」
そういいながら観覧席に戻っていく大和を、秋野は少し早足で追いかけた。
テストも終わり、夏休みを目前に控えた七月。先ほどまで会話をしていた大和とのトーク画面を見つめながら、椿は呟いた。
「なんだろ、最近私おかしいよなぁ」
夕食を食べてくると言い残し、大和はトークを中断した。大和が帰ってくるまでの十数分が、椿にはとても長く感じられた。早く帰ってくればいいのに。と、何度も思った。
「私、壮月くんのこと好きなのかな……」
『ごめん、今から電話してもいい?』と椿に言われ電話に出たものの、無言電話となっている状況に大和は戸惑っていた。
「お、音立?」
「ひゃっ、あ、ごめんね」
「大丈夫だけど、どうしたんだ?」
「あ、いや、ええと……」
いつもはそれなりに元気な椿が今日はやけに歯切れが悪い。その様子が大和は気になっていた。
「何か言いたいことあるなら言えよー? 俺別に何言われても大丈夫だし」
「ええとね……その……」
電話越しで椿は口ごもる。その様子がとても歯がゆくなった大和が痺れを切らし、何か言おうとしたその瞬間、椿が口を開いた。
「あ、あのね、私、壮月くんのこと、好きなの……」
「あ、え、えぇ?」
突然の告白。大和はかなり戸惑った。が、その戸惑いは少し意味が違った。
「あ、ええとな……その……」
「な、なに……?」
「俺も……なんだよ。実は」
「え、えぇ!?」
まさかの返答に驚いた声を上げる椿。大和は苦笑を零しながら、こう言った。
「まあ、よろしく……な」
「こ、こちらこそよろしくお願いしますっ」
「そんなかしこまらなくてもいいだろ」
そこで二人とも笑った。こうして、二人は晴れて付き合うことになった。
八月初旬。部活の休憩時間に、椿は秋野に声をかけられた。
「つーばきちゃん」
「どうしたの?」
「椿ちゃん、大和と付き合ってるんでしょ~? やるな、このっ」
横腹を小突きながら茶化してくる秋野の発言に椿は心底驚いた。
「は、へ? なんで知ってるの? 誰にも言ってないのに……」
「ふふん、私これでも大和の幼馴染なんだから。二人の空気感見てたらわかるよそれくらい」
「まじかぁ……まあでも、秋野ちゃんならいっか」
「あんな馬鹿だけど、よろしくね~。私でよければ助力するからね!」
そういいながら教室を出て行く秋野。椿はそれを見ながら、心強い味方が出来たことを喜んだ。
「って言うか、秋野ちゃん大和のこと良く見てるんだなぁ……」
椿は少しもやっとしたが、幼馴染だからということで思考を片付けた。
手を伸ばしても届かない。自分の抱えた想いなど知らず、鉄の塊は、彼女を乗せて走り去っていく。大声で、声が枯れるほど彼女の名前を叫ぶ。それでも、届かない。ふと、彼女が車窓から顔を出した。こちらを振り向くと、申し訳なさそうな、さびしげな表情で小さく手を振った。目元に浮かんでいた涙が、風に攫われ空に消えた。
嫌だ。まだ何も、何も出来ちゃいない。彼女のことを、救えていない。どうかもう一度だけチャンスを。そう願っても神は非情だ。伸ばした手は、ただ虚空を掴むだけ。
「―――――……!」
そこで、大和は目が覚めた。
「またあの夢……。最近は見ていなかったのに、なんで……」
中学二年生の頃の記憶。高校に入ってからは見ていなかったのに、何故今になって再び見てしまったのか。大和に心当たりは無かった。
「今更後悔したって、何ができるんだろうな」
いや、何も出来やしないか。と、大和は自分の思考を一蹴した。
「引きずってちゃ、椿に失礼だし申し訳ないよな……」
そう思いながらも、切り捨てられる記憶では、忘れていい記憶ではないことは大和も理解していた。だからこそ、大和は悩んでいたのだ。
「でも、椿にちゃんと向き合わないと、アイツにも悪いよな……」
元々『恋愛より友愛』の信条を掲げていたのに付き合っている時点で少し謝罪ものだ。それでも「隣にいる」と決めた以上、アイツに怒られないようようちゃんと向き合わなければ。
大和がそう思っていた矢先、椿から電話がかかってきた。確か今のこの時間なら、部活帰りのはずだ。何かあったのだろうか。そう思いながら、大和は電話に出た。
「もしもし? どうした?」
「あっ、大和くん……今時間大丈夫……?」
「あ、おう。大丈夫だけど、どうかした?」
電話越しに聞こえる椿の声は、心なしか泣きかけているように聞こえた。
「実はさ……部活で色々あって……」
「うんうん」
話の内容はこうだった。部活で自分のグループが上手くいかず、リーダーを務めていた椿がとても怒られてしまったというものだった。しかし、話を聞く限り、椿に悪い点は一切無いのだ。
「でもさ、椿は何も悪くないと思うよ?」
「でも、私リーダーだから。私の責任だよ……」
「そういうんじゃなくてさ……」
どうやら、椿は責任感が人一倍強いらしい。大和の脳裏に、先ほどまで思い出していた顔が浮かぶ。
「っ……」
「……?」
「椿は悪くないから……。そんなに責任感じないで」
「でも……」
「いいから。気にすんなって」
「わ、わかった……」
突然ごめんね。と言い残し、椿からの電話は切れた。大和は携帯をベッドに放り投げ、そこに自分の身も投じた。
「なにやってんだろ……」
普通ならここで涙が流れるのだろうが、大和の目にそんなものは浮かばない。どれだけ辛いことがあっても、悲しいことがあっても、涙などあの日以来流れちゃいない。
「変わってねえな……ほんと、どうしようもないクソ野郎だ……」
涙の出ない目元を腕で隠しながら、大和は独り嗚咽を漏らした。
九月中旬。新学期も始まり、大和と椿が付き合って二ヶ月半が経った頃。何も無い休日に、椿は秋野の家を訪れていた。
「それで、急にどうしたの? ここまで来るなら大和の家に行けばいいのに」
「ううん、今日は秋野ちゃんに話があったから」
「そうなの? 私のことでも大和のことでも、私に答えられることならなんでも答えるよ」
盛ってきたお茶をテーブルに並べながら秋野は言う。その言葉を聴いて安心したのか、椿は安堵の表情を浮かべた。
「それで、話って?」
「あのね。大和くんってさ、責任感が強いって言うか、自責心っていうのかな? なんでも自分が悪いと考え込むような節があるよね?」
「あ、うん。確かにそうだね……」
予期していたのと違った話題に、秋野は驚いた。これはもしかすると、話さなくてはならないかもしれない。
「それでさ、私も同じような感じなんだけどさ、私がそういう思考を見せるとすごく嫌そうにして、しまいには大和くんの方が落ち込んじゃって……」
「……」
秋野の顔が段々と曇っていく。椿はそれに気づいているのかいないのか、話を続けていく。
「それでさ、あんなに嫌そうなそぶりを見せるってことは、昔何かあったのかな……って。昔のこと聞いてもあんまり教えてくれないし」
「そっか……。大和のやつ、椿ちゃんには話したほうがいいでしょ……」
「やっぱり、何かあったの?」
「うん。傍から見たら何てこと無い話だけど、大和にとってはそれからの人生に影響を与えるような出来事が、ね」
「それは、聞いてもいいの?」
秋野は少し考えたが、覚悟を決めたようにいった。
「うん。本来は大和自身から言うべきなんだろうけど、仕方ないから私が言うよ」
「ありがとう。聞かせてくれる?」
秋野は一口お茶を飲んだ。それにつられるように椿も一口飲んだ。大きく一つ深呼吸をすると、秋野は語り始めた。
中学生の頃、大和にはとある友人がいた。名前は愛平光瑠。男子のような名前をしているが、れっきとした女子だった。大和、秋野、光瑠の三人がいつものメンバーだった。中でも、光瑠と大和の仲はとてもよかった。付き合っているなんて噂も立てられたが、二人とも「恋愛より友愛」を掲げていたため、そんな仲になることは無かった。厳密に言えば、光瑠の思想に大和が影響されていた。
そんな中、事件が起きた。光瑠が苛められてしまったのだ。理由は「名前が男っぽいしずっと男とつるんでていて気持ち悪いから」。あまりに理不尽な現実に、大和は己を責めた。そしてそんな様子を見て、光瑠も自分を責めた。
大和は光瑠の境遇を救おうと奮闘した。しかしどれだけ頑張っても状況は代わらず、大和は己の無力さを呪った。そんな大和を秋野は慰めたが、それでも癒えないほど大和は深く傷ついていた。光瑠もまた、自分のせいだと己を呪い、大和と距離を置くようになっていった。
そんなある日、耐えかねた光瑠の両親が引越しを決意し、光瑠は転校することとなった。そのことが知らされた放課後、教室で光瑠の陰口を言っているクラスメイトを見つけた大和は耐え切れず、手を上げてしまう。すぐさま止めに入った教師のおかげで大事には至らなかったが、大和はそのクラスメイトとの溝を深めることになった。
その一件を知った光瑠は、泣きながら大和に謝罪をした。自分がいなくなれば大和ももっと楽に過ごせるとも言った。その一言が大和の胸を貫いた。珍しく号泣しながら胸の内をさらけ出し、後悔を零す大和の姿に光瑠は驚いた。その様子を影で見ていた秋野は、何も出来なかった。
そして、大和が境遇を変えてやれることも無く、光瑠を救うこともできずに、光瑠はいなくなってしまったのだ。
大和はそれから、自責の念を抱えることが日に日に強くなっていった。何があっても自分のせいだと思い込み、自分を責めるようになった。そこには、光瑠を救えなかった後悔と、光瑠に自責心を持たせてしまった自分への怒りがあった。
それからというもの、大和はよりいっそう「恋愛より友愛」を掲げるようになった。仲のいい友人の力にはできるだけなろうとし、失敗すれば自分のせいだと落ち込むようになった。まるで光瑠を救えなかった自分への戒めかのように、他者の力になろうとした。
そんな大和の思想を乗り越えたのが、他でもない椿だったのだ。
長い話を語り終えた秋野は、喉が渇いたのだろう。コップに残っていたお茶を飲み干した。
「こんな感じ……かな」
「そうだったんだ……」
「多分。大和のことだから、変に気遣わせたくなかったんだと思う。責めないであげて?」
「うん。責めたりしないよ。でも、そっか……そんなことが……」
椿は落ち込んだ表情を見せた。予想以上に自分の手の届かない話だったことに、己の無力さを感じているのだろう。見かねた秋野がフォローを入れる。
「椿ちゃんの気持ちもわかるよ。でも、何も出来なかったのは私も同じだから」
「うん……」
「椿ちゃんには、もう一つだけ教えてあげる。これは大和には秘密だよ?」
「うん?」
「実は私ね、毎年一回、光瑠ちゃんと会ってるの。大和に内緒でね」
「そうなの?」
「うん。光瑠ちゃんがこっそり、私にだけ連絡先を教えてくれたの。大和に合わせる顔が無いから大和には教えないでって」
「そうなんだ……」
秋野はケータイの写真フォルダを開くと、光瑠と二人で撮った写真を見せた。名前からは想像つかないような、とても可愛らしい女の子だった。
「これが光瑠ちゃん?」
「そうだよ。すごい可愛いでしょ」
「うん。よく大和くん恋愛感情抱かなかったなぁ」
「あはは、確かにね」
少しは椿の気持ちも緩んだようで、秋野はほっと胸をなでおろした。
「椿ちゃん」
「ん?」
「大和のこと、よろしくね」
「う、うん。私がなんとかしてみせるよ!」
「頼もしいなぁ」
(大和も、こんな子が彼女でよかったな。私じゃきっと、何も出来なかっただろうから)
心の中に少し残った後悔を、秋野は振り払った。
椿が大和の過去を知って数ヶ月。表面的には二人の関係に変わったところは見られなかった。しかし、互いの心の内には確かな変化があった。
まず椿は、大和の過去を知ったことで、不用意に大和を頼れなくなってしまっていた。何かの拍子に大和の過去に触れ、大和が壊れてしまうことを恐れたからであった。それ故椿は、色々な悩み事などを秋野に話すようになっていた。表面上は隠しているつもりだったが、大和の目はごまかせていなかった。
そのことを察した大和は、自分が頼りないと思い込み、次第に病んでいった。そんな悩みを誰に話すことも無く、自分のうちに閉じ込めて独りで沈んでいった。それでも、大和は努めて明るく振舞ったが、やはり椿の目はごまかせなかった。
そんな負の連鎖が続いたある日のこと。ついに椿は打ち明けることにした。
「あ、あのさ、大和くん」
「うん? どうした?」
「私、隠してたんだけどさ」
「ん?」
椿は一つ呼吸をはさむと、言った。
「私ね、大和くんが中学生の頃の話、秋野ちゃんに聞いちゃったんだ」
「中学のときの話……」
大和は一瞬驚いた。いつのまに聞いていたのだろうか。なぜ、聞くことになったのか。
「ごめんね。なんか大和くんが落ち込んでるふうだったから、心配になって秋野ちゃんに……」
「そっか……。ごめんな。心配かけちゃって」
「私こそごめんなさい。勝手に大和くんの過去を詮索するようなことして」
「ううん。ありがとうな。俺もいつか話すつもりだったんだけど、怖気づいてしまって」
「大丈夫だよ」
こうして、二人の仲は再び戻ったように見えた。
戻ったように〝見えた″のだ。
一度出来た溝はそう簡単に埋まることは無い。埋まったように見えた二人の溝は、再び亀裂を産み始めていた。
十二月中旬の休日。部活の昼休憩で、一人で昼食を取っている椿を見た秋野は、声をかけてみることにした。
「つーばきちゃん」
「……」
何か考え事をしてるのか、椿は反応を見せない。少し拗ねた秋野は、もう少し声を張り上げて肩を叩いた。
「もー、椿ちゃんってば!」
「わわっ、ごめん、どうしたの?」
「なに考え事してんの? 相談乗るよ?」
「ああ、いや、そういうわけじゃ……」
「うそだー、椿ちゃん顔にすぐ出るからわかりやすいよ? まとう雰囲気がすぐに変わるもん」
「そうかな……。まあいっか、実はね……」
ポツリポツリと言葉を零す椿。それを聞いた秋野はつい声を荒げてしまった。
「大和と合わないかもしれない!?」
「う、うん……」
「なんで突然そんなこと」
「私ね、大和くんに、中学校の時の話聞いたこと打ち明けたんだ。それでね、一旦は前みたいに仲良くなれたんだけど、やっぱり、きっちり元通り見たいにはならなくて……」
「それで、そこまでの関係かも。って?」
「うん……」
秋野の表情が一瞬曇る。しかしすぐ真剣な顔になると、椿に言った。
「そんなこと言っちゃダメだよ。大和の隣にいられるのは、椿ちゃんだけなんだから」
「でも、それなら秋野ちゃんだって……」
椿の言葉をさえぎるように秋野は言う。
「私じゃダメなの。私じゃ、隣にいられないから」
「でも、秋野ちゃんは幼馴染だし……」
「いたくても、いられないんだ」
そう言って、秋野は悲しげに笑った。「そんなに落ち込まないで」とだけ言い残し、秋野は去っていく。その背中に浮かぶ感情を、椿は知らなかった。
メトロノームがズレはじめていく。
秋野は部活を早退し、大和がいるであろう場所へ向かった。休日の何も無い日は、思い出の公園のベンチで、一人座っているはずだった。
秋野が目的地に着くと、予想どうり大和はそこに居た。ベンチに座り、音楽を聴きながら本を読んでいた。
秋野は大和の元へ駆け寄ると、思いっきり頬を叩いた。
「っ、秋野!? なんだよ突然! って、お前、部活は……」
「うるさい馬鹿! 何してるの!? あんた、それでも本当に椿ちゃんの彼氏なわけ?」
「はぁ? 意味わかんねえよ急に」
「心当たりもないなんて呆れた。ほんと信じらんない」
突然怒りをぶつけられた大和は意味がわからず呆然としていた。ただ頬の痛みがじわじわと広がっていく。
「まず、なんで椿が出て来るんだよ」
「ほんっと救いようも無い。あんたのせいで椿ちゃんがどれだけ辛い思いしたと思ってるの?」
「っ……」
秋野の言葉が、大和の胸を刺した。堪えて、隠してきたはずの感情が、あふれ出そうになる。
「お前に、お前なんかに何がわかるっていうんだよ!」
「わからないよ! わからないしわかりたくもない!」
「じゃあいちいち口を挟むなよ! これは俺たち二人の問題だ!」
「私だって大和の幼馴染だし椿ちゃんの親友だよ!」
「関係ないだろ!」
「ある!」
怒りを抑えきれなくなった大和は、秋野の襟元を掴んで、引き寄せた。普段はここまで怒らない大和の行動に、流石の秋野も驚いた。
「お前は俺たちの何を知ってんだよ! 言ってみろよ!」
「あんたが昔のこと引き摺って迷惑かけてることも、椿ちゃんがそれを気にして上手く接せてないことも、その空気感のせいで二人が上手くいってないことも、それを悩んで椿ちゃんが別れたほうがいいかもなんて考えてることも、全部知ってるよ! 幼馴染だもん、親友だもん!」
そう言って、また大和の頬を叩いた。最初よりも、ずっと強く。その表紙に、大和の手が椿の襟元から離れる。
「今、何て……?」
「馬鹿大和! そんな中途半端な感情で人を好きになるなんて、椿ちゃんに失礼だと思わないの!? 光瑠ちゃんに申し訳ないと思わないの!? 「恋愛より友愛」じゃなかったの? 光瑠ちゃんの想いも、理想も全部無視するんだね!」
「それ、は……」
光瑠の名前を出され、大和は言葉に詰まった。光瑠がいなくなってから、秋野が光瑠の名前を出したことはほとんど無かった。その名前だけで大和の心を乱せるほど、光瑠の存在は、大和にとって大きいものだったのだ。
「ほんとに、椿ちゃんにも光瑠ちゃんにも申し訳ないよ。あんたみたいな人が彼氏で、親友で、かわいそう」
「俺は……俺はただ、椿に迷惑をかけないようにって、心配させないようにって、考えて、それで……」
「光瑠ちゃんと掲げた思想を捨てたのは? 光瑠ちゃんはそのくらいの存在だったの?」
「違う……違う! 光瑠も、椿も同じくらい大切だから、思想を捨ててでも、守らなきゃって……」
「守れてないじゃん。できてないじゃん」
「……」
「見損なった。もう大和なんか知らないから。一人で勝手に悩めばいいよ。でも、それで椿ちゃんを傷つけたら絶対に許さないから」
そういい残し、秋野は公園を後にした。一人残された大和は、ただ呆然と立ち尽くし、ぎゅっと拳を握り締めた。
覚束ない足取りで自宅に戻り、一目散に大和は自室へ戻った。倒れこむようにドアを閉め、その場に崩れ落ちる。上手く息ができない。
「なんで……俺は……一体何を……」
頭を抱えて蹲る。椿のためにしてきたことが、何も意味を成さなかったどころか、椿を苦しめていたという事実に、大和は苦しんだ。
「どこで……間違ったんだ……」
髪の毛を握り締めて嗚咽を漏らす。精神的に追い詰められたときに出る大和の癖だった。どうしていいかわからず、頭を掻き毟る。皮膚が裂けた感傷がしたが、そんなことは気にならなかった。
「おれは……どうすれば……」
暗闇の中で一人、大和は思考を巡らせ続けた。しかし、いつまで経っても答えは出なかった。
「取り返しのつかないことしちゃったな……」
帰路の途中、秋野は一人呟いた。いくら感情が爆発していたとはいえ、流石に言い過ぎてしまったと反省していた。
「明日にでも、謝りに行こうかな……」
そんな時、背後から声が聞こえた。
「秋野ちゃーん!」
「へ?」
振り向くと、秋野のもとへ駆け寄ってくる椿の姿があった。もう部活も終わる時間なのかと秋野は驚いた。
「もう、突然帰っちゃうからビックリしたよ……って、どうして泣いてるの?」
「え? あ、いや、なんでも……」
いつの間にか泣いていたらしい。秋野は涙を拭うと笑って見せた。
「ごめんね椿ちゃん。私、余計なことしちゃったかも」
「え?」
「大和と、ケンカしちゃった」
「な、なんで?」
「椿ちゃんが辛い思いしてるの耐えられなくて、大和に怒っちゃってさ。ああもう、何やってんだろ……」
悲しそうに呟く秋野を見て、椿の心に罪悪感がわいた。
「大丈夫だよ。秋野ちゃんは悪くないから、ね?」
「あはは、椿ちゃんは優しいね。ありがと」
無理矢理笑顔を作る秋野。その表情に椿の胸は締め付けられた。
「ごめんね。私のせいで。私がもっと、強ければ」
「そ、そんな、椿ちゃんは何も……」
「元はと言えば私が大和くんの過去を知ろうとしたのが悪いんだよ。秋野ちゃんは悪くないから、気にしないで。じゃあ、また明日ね」
秋野の言葉を遮るように淡々と述べた椿は、言い切ると反対方向へ歩いていった。取り残された秋野は、自責の念に駆られていた。大和や、椿と同じように。
家に着いた椿は、制服のままベッドに倒れこんだ。自分が許せなかった。自分のせいで、大切な人たちがどんどん崩れていく。
「私が、もっと強かったら……誰にも心配かけずにいられたのかな……」
自分を責めそうになって、脳裏に大和の顔が浮かんで、すんでのところで思いとどまった。
「ダメだな、私。もっとしっかりしないと。私が大和くんを支えなきゃいけないんだから」
大きく一つ深呼吸をして、心を落ち着かせる。大和のためだと思えば、どんな辛いことも耐えられる気がした。
「頑張れ、私」
携帯の画面を眺める。表示された文字列は、悩みに悩んだ末の大和なりの答えだった。
「そういえば、俺の名前に似た英雄は、残される側だったな」
そんなことを呟きながら、意を決して送信ボタンを押す。
「バッドエンドになるのは、俺だけでいい」
寝巻きに着替え、ベッドに寝転んだ。明日何と言って謝ろうか考えたが、上手く言葉が見つからない。
「変に考えないで、思ったまま言う方がいいかな」
そして、椿のことを思い返す。あんなことを言っていたが、実際誰も悪くはないのだ。
「大丈夫。みんなまた笑えるはず」
ベッドに寝転んで、天井を見上げる。あんなに辛い思いをしていたはずなのに、心はスッキリしていた。自分の進むべき道を再確認したからだろうか。ここからまた、始められる。椿はそんな気がしていた。
「みんなでハッピーエンドにしよう」
ベッドの上に転がっていた携帯の通知音が鳴った。
月曜日。終業式の日の朝、通学路で大和を見つけた秋野は、声をかけることにした。
「おはよ、大和。あ、あのさ」
「ああ、おはよう秋野。どうした?」
「昨日のこと、ごめんね」
「昨日……ああ、あのことか」
大和は少し顔を曇らせたかと思うと、無表情に戻って言った。
「別にいいよ。秋野は間違ってなかったし。それに何より……」
「なにより?」
大和は歩く速度を速めながら言った。
「もう、関係ないことだ」
「え?」
秋野には、その言葉の意味がわからなかった。
そしてその意味を、学校で知ることになる。
「おはよう、椿ちゃん」
「……」
「椿ちゃん?」
明らかに声が届いていない。心ここにあらず。といった状況だ。秋野はもう一度呼びかけた。
「椿ちゃん……?」
「あ、お、おはよう秋野ちゃん。どうかした?」
「どうかしたって、私の台詞だよ……」
よく見ると、椿の目元が赤く腫れていた。この腫れ方は秋野も良く知っていた。泣いた痕だ。
「泣いたの?」
「……」
「何か、あったんだね」
「うん……。ごめんね、秋野ちゃん。私じゃ、ダメだった」
「え?」
秋野は椿の言葉の意味がすぐに理解できなかった。しかし、数秒の思考の後、ある一つの答えにたどり着いた。
「ね、ねえ椿ちゃん。もしかして……」
「うん。そうなんだ」
椿は、泣きそうな声で呟いた。
「私、振られちゃったんだ」
昨晩、大和が送ってきたメールは、別れを告げるものだった。大和曰く、自分と一緒にいれば椿はもっと辛い思いをするだろうから、まだ間に合ううちに終わらせたいというものだった。
もちろん椿は拒否し、考え直して欲しいと懇願したが、大和は聞かなかった。これから先椿にかける迷惑を考えると、今ここで終わらせるべきだと思ったのだ。歪で、椿の思いを無視する形だったが、大和なりの、最大の気遣いだった。
受け入れられなかったが、大和の意思の強さを知った椿は、「いつか必ず復縁する」と約束し、「一時的な別れ」と自分に言い聞かせ、承諾したのだった。
「そんなのって……」
「お願い、大和くんを責めないであげて。お願い……」
「……椿ちゃんがそう言うなら、そうするけど……」
秋野の中には罪悪感が募った。もしも昨日あんなことを言わなければ、大和はこんな結論には至らなかったのかもしれない。そんな秋野の心中を汲み取ったかのように、椿が声をかけた。
「秋野ちゃんのせいじゃないからさ、大丈夫だよ」
「でも……」
「誰も悪くないから、ね?」
そう言われると、何も言えなくなってしまった。椿は自分とは比べ物にならないほど辛いはずなのに、慰められているのが、余計に辛かった。
「椿ちゃん」
「ん?」
「帰り、どこか寄ろうか」
精一杯の、気晴らし。それでお互いに元気になればいいと、秋野は思った。
「うん。行こう」
そうして、二学期は幕を閉じた。
一つのメトロノームが、止まった。
冬休みに入り、秋野は毎日のように大和の家へ向かった。しかし、何度訪れてもインターホン越しに「帰ってくれ」の一点張りで、ついぞ会うことはできないまま、年を越した。
一方椿は、秋野やほかの友人と遊んだりなどして、寂しさと苦しさを紛らわせていた。そんな正月、秋野と椿が二人で初詣に行った時のことだった。
「ねえ、椿ちゃん」
「うん?」
「来週さ、とある友達と一緒に遊ぶんだけど、来る?」
「それって私知ってる人?」
「んー、向こうは知らない」
「それって私いてもいいの?」
「うん。聞いてみたら、「会ってみたい」って言ってたし」
「ふーん」
二人はおみくじを引いた。結果は、二人とも吉。
「反応しにくい……」
「なんとも言えないね」
二人はそれを木に結び付けて、出店の方へ歩いていく。
「ねえ、さっき言ってた友達って誰? 向こうは知らないってことは、私は知ってる人?」
「うん。その友達はね、」
秋野は、一拍置いて言った。
「光瑠ちゃんなんだ」
一月八日の三時ごろ。部屋をノックする音で、大和は目を覚ました。
「大和? 出かけるけど、どうする?」
「……俺はパスでいいよ」
「……そう、わかったわ」
通り過ぎていく足音。大和は母に申し訳ないことをしたなと思いつつも、体を動かす気にはならなかった。
「……」
二学期の終業式から、大和はまともに外出をしていなかった。数回家族で出かけはしたが、それ以外は意地でも出ようとしなかった。
椿と別れ、自分の中の支えを失った、いや、手放した大和は、それから抜け殻のように生きていた。
「椿……秋野……」
何度か尋ねてきた二人を思い返す。我ながら酷いことをしているとは思うが、正そうとは思わなかった。今頃、二人はどうしているだろうか。愛想を尽かした。なんてことは二人に限ってないだろうが、失望させたかもしれない。と、大和は一人思った。
その時、突然インターホンが鳴った。今は家に誰もいないので、大和が出るしかない。
「秋野か……懲りないな」
大和はゆっくりと一階へ降りていき、インターホンのスピーカーから声をかけた。
「なんだ秋野。会う気はないって言ってるだろ」
「今日は私だけじゃないよ」
「……椿もいるのか」
「うん。あと……」
「あと?」
大和がその言葉の続きを想像するより早く、スピーカーの向こうから声が聞こえてきた。
「久しぶり、大和」
「っ……!」
その声は、大和の頭をかき乱すには充分だった。
「なんで……どうしているんだよ……光瑠」
「ごめんね、来ちゃった」
スピーカー越しに、申し訳なさそうな声が聞こえた。
時は午前中にまで遡る。秋野たちの住む町から二駅先の町のとある喫茶店。そこに入った椿は、店の奥の方の席で手を振る秋野の方へ向かった。席へ着くと、そこには秋野ともう一人、別の少女の姿があった。
「初めまして。ええと、音立椿ちゃん……だっけ」
「うん。あなたが、愛平光瑠ちゃん?」
「うん」
初対面の少し堅苦しい雰囲気に、秋野はため息をついた。
「二人とも、もう少しリラックスしなよ。少なくとも光瑠はそんなキャラじゃないでしょ」
「だってー、初対面でいつものキャラ出したらウザがられそうだもん」
「椿ちゃんはそんなことしないよ。ね?」
「うん。人となりは聞いてるし」
「なんだぁ。じゃあこれで大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ光瑠ちゃん」
「ありがと!」
各々が適当に飲み物を注文したところで、光瑠が口を開いた。
「大和にも彼女かぁ、なんか嬉しいような寂しいような」
「それって、光瑠ちゃんも大和のことを……」
「ううん、違うよ。ほら、私たち「恋愛より友愛」派の人間だったから、変わったんだなぁって」
「ああ、そういうこと……」
「でも、大和もこんないい子を振るなんてどうかしてるよ。ほんとバカじゃないの」
「こらこら、そんな言い方しないの」
「でもさ、私のこと引きずって、椿ちゃんにも秋野にも迷惑かけて、ほんとにバカじゃん」
その声は、少し泣きそうだった。
「わ、私は大丈夫だからさ、そんなに悪く言わないであげて?」
「ほんとに椿ちゃんはいい子だなぁ。大和にはもったいないくらい」
「そんな、買いかぶりすぎだよ……」
トイレ行ってくるね。と席を立った椿の背中を見ながら、光瑠は秋野に聞いた。
「ほんとによかったの? こんなことしなきゃ、秋野にもチャンスあったかもしれないのに」
「もう、いいの。大和の中には、椿ちゃんがいるから」
「昔からずっと好きだったのに?」
秋野は悲しげに笑いながら言った。
「幼馴染は負けヒロイン。そういうもんでしょ?」
「椿ちゃんもだけど、秋野も大概だなぁ。大和は幸せ者だね」
「そうだね」
そんなところで、椿が戻ってきた。
「何の話してたの?」
「実はね、秋野が……」
「ちょっと! なんでもないよ椿ちゃん」
「えー、何それ」
「秋野が大和を……」
「言わないでってば!」
「わかったわかった、もう聞かないよ」
「えー」
「あのねぇ……」
三人はすぐに打ち解けることができた。こんなにすぐ仲良くなれるような人だからこそ、大和にとってもいい親友になれたんだろうなと椿は思った。
「それでさ、椿ちゃんは、どうしたいの?」
「どうしたい……か」
椿は少しうつむいたまま言った。
「もう一回付き合いたい。でも、大和の覚悟を、思いを踏みにじりたくもない」
「椿ちゃん……」
「……」
「私が何か言って今の大和に言葉が届くとも思えないし、届いても、考え直してくれるとも限らない」
「椿ちゃん」
「うん……?」
「大和はね、たぶん、自分だけが辛い思いをすれば、椿ちゃんが辛い思いをしなくて済むと思ってるんだと思う。自分に「これが正解だ」って言い聞かせて、無理やり自分を保とうとしてる。長い目で見ることで、『今』から逃げようとしてるんだと思う」
「うん……」
光瑠が話しているのを、椿は噛みしめながら聞いていた。それは、椿も感じ取っていたことだった。
そのやりとりを、秋野は黙って見ていた。
「大和を救えるのは椿ちゃんだけだよ。私は、機会しか作れないから……」
そう綴る光瑠の目元には、涙が浮かんでいた。
「でも、聞いてくれなかったら……?」
「その時は、殴ってでも聞かせたらいいよ。幼馴染の私が許すからさ」
「秋野ちゃん……」
秋野は立ち上がると、二人に言った。
「じゃあ、今から大和の家に行こ。みんな、言いたいことあるでしょ?」
「もちろん。色々と説教しなきゃ」
「そうだね。もう一度頑張ってみるよ。大和一人だけのバッドエンドになんて、させたくない」
二人は涙を拭うと、荷物をまとめて立ち上がった。
「よーし、大和の家に殴り込みに行くぞー!」
「「おー!」」
形は違えど、大和を想う気持ちは三人とも同じだった。
メトロノームの針が、また動き始める。
鏡の前で、真っ白なドレスを着た椿は、しみじみと呟いた。
「そっかぁ、私もう音立じゃないんだなぁ……」
そんな時、後ろのドアが開いて、聞きなれた声が響いた。
「つーばきちゃん」
「やっほー」
振り向くと、今でも仲のいい二人がいた。
「秋野ちゃん、光瑠ちゃん!」
「ドレス似合ってるよ、綺麗だね!」
「そう? ありがとー!」
「秋野ちゃんも結婚かぁ、私もそろそろ相手見つけなきゃ」
「秋野ちゃんならすぐ見つかるよ!」
久々にあったわけでもないのに、三人の話題は尽きない。そこへ。
「おーい、式始まる前から人の花嫁とイチャつくのやめてもらっていいっすかね?」
部屋に入ってきたのは、綺麗なタキシードを着た大和だった。
「なにー、嫉妬してんの? 一回振ったくせに?」
「うっせえ。てかその話題掘り返すなよ……」
「昔はあんなに小さかったのに、こんなに大きくなって……。お母さん嬉しいよ」
「何言ってんだ秋野。お前らのテンションどうなってんだよ……」
呆れたように頭を掻く大和。その様子を見て、椿は微笑んだ。
「やーまとっ」
「ん? どうした……ってうわっ!」
突然抱きついてきた椿に驚いてよろめくも、大和はしっかりと受け止める。
「「おー」」
「いや、おーってなんだよ。どうしたんだ椿?」
「ふふっ、なんでもないよ」
何度も間違い、すれ違い、離れても、最後にはもとに戻った。これからも、きっと同じことを繰り返すのだろう。寄せては返す、波のように。
(これがきっと、私たちのハッピーエンドなんだ!)
二つのメトロノームのリズムが、ピタリと重なった。