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死んでていいから生きててほしい  作者: やりいかのフリット
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人の心は裏腹模様 Ⅱ

 い、いや。ちょっとトイレに行きたくて…」

「あぁわかった。行っトイレ…つってな」

 静まり返った教室で、()は絶望の表情を顔に塗りたくった哀れな歩夢が教室を去るのを見送る。

「ふふっ、勝ってしまった」

 テレビを見ない歩夢でも、流石にこの一週間の間に座禅番組が異様に放送されてることに気づいたか。

 何に対しても“興味なんてありません”みたいな無愛想な歩夢の表情を崩すことに、ついにこの私ーー()()()()は成功したんだ!

 ふふっ、歩夢との勝負のきっかけを与えてくれたユミちゃんには感謝しないといけないなーー



 〜一週間前〜



『あやちゃん…わたし…』

 放課後、帰りの支度をしていると我がクラスの委員長にして、私の中学生からの大親友ーー三日月弓流(みかづきゆみる)がモジモジと落ち着きのない様子で話しかけてくる。みんなの前では見せない、私だけにさらけ出すーーユミちゃんの“素”の姿だ。

『どうしたのユミちゃん?困ってることがあるならなんでも言ってみなよ』

『そ、そう?あの、実はーー』

『実は?』

『わたし…座禅をやって……』

『座禅をやって…?』

『……二階堂の事をぶっ叩きたいんだ‼︎……はぁ、言えた!』

『…………いいよ!まかせて‼︎』



 〜現在〜



 あのユミちゃんの感情は本物だ。相当な覚悟を持ってあの言葉を言ったんだろう…ならば、わたしはそれに答えるまで!それが親友ってものでしょ!

「あ、あの…辰波さん…」

 勝利の余韻に浸っていた私の肩を、ポンポンと小さな手のひらで触れられる。

「勝ったってことは、この前の約束のーー」

 恥ずかしそうに顔を真っ赤にさせながら、伏し目がちに西園寺くんは告げる。

「ふふっ、わかってるわ。約束だもの。成功報酬は、きっちり払わせてもらうわ」

 少し前屈みになる姿勢でそう言うと、西園寺くんは真っ赤になった顔をそらした。

「あなたには、私ーーとぉっても感謝してるんだ」

 そう、今回の計画が全て上手くいったのはこの子ーー西園寺優宇くんのおかげ。

 歩夢が投票のために男子の机に宮鷹由莉奈の写真を忍ばせたり、昼休憩の放送で宮鷹由莉奈の曲が流れるよう仕向けたのは初期段階から気づいていた。それを全て奪い取ることは出来たが、それでは歩夢の計画を“阻止”しただけに過ぎない……私は歩夢の計画を“粉々に上から踏み潰したい”そう、だから違う手に出た。

 この金持ち坊ちゃんーー西園寺くんを()()()()()(たら)しこみ、その財力を持って全てのテレビ局を買い取り座禅の特集を組ませた。

 今更歩夢が気づいたところで、時すでに遅し。私はあなたの上をいっていた。

「はーはっはっはっは‼︎」

 教室中の視線が一気に私に集まる。

 しまった‼︎つい気が高ぶり過ぎて、思わず声に出てしまっていた!

「す、すいません。つい二階堂くんの真似をしたくなっちゃって…」

 私のその咄嗟の言い訳にルナちゃん先生は「はぁ……」と口をあんぐり開けて呆れた様子を見せる。

「まったく…あんまりアイツの真似をし過ぎるなよ。戻れなくなるぞ」

「ご、ごめんなさ〜い気をつけます〜」

 エヘエヘと馬鹿みたいな笑いを浮かべ、道化(ピエロ)を演じることで、なんとか事を落ち着かせた。

「あやちゃん、ダメだよあんまりそういう変な遊びをしたら…」

 前の席に座るユミちゃんが心配そうにそう告げた。

「えっへ〜ごめんね〜、急にやりたくなっちゃって…発作かな?」

「はぁ…そんな恐ろしい病気があるなら、私はかかる前に死んだ方がマシだよ…」

 そうだね〜、と適当に相槌を打つ。

 ふふっ、私が多少クラスから冷ややかな目で見られようと、それはあとでいくらでも取り繕える事ーーそう、私は今日、二階堂歩夢をボコボコに踏み潰したんだ。そんな小さなことなんて気にしてないで、勝利の余韻に浸ろうじゃない‼︎

「ふっふふ〜ん♪」

 思わず鼻歌を歌ってしまう。

 だが、歌っている自分に気づいても、私は鼻歌を歌うのをやめようとは思わない。そう…今の私はサイコーに自分に酔っていたーー

『あー、テステス…あー、あー』

 私の耳に、聴き覚えのある女の子の声が響く。

『聴こえてる…かな…うん!大丈夫そう‼︎』

 歩夢の机の方から再生される、柔らかく澄んだ水の雫が葉を伝うようなーー宮鷹由莉奈の声が、教室にいる全ての人の耳にこだました。

「こ、これは……」

 この音声はーー渋谷のタワーレコード限定で発売され、7,000人にも及ぶ抽選の中から、それを見事引き当てた、たった100枚限定で発売された宮鷹由莉奈の1stシングルの中に1枚だけ封入されていたという幻中の幻ーー伝説の【もしクラスメイト宮鷹由莉奈に告白されたら】だ‼︎

 この音声データは世の中に出回っていないため誰でも流せるというわけではない…じゃあ私が何故これが宮鷹由莉奈の伝説ボイスであるかすぐわかったか、それはーー当選者に聞かせてもらったことがあるからだ。

 “この世にただ一人しか存在しない”ーー宮鷹由莉奈の限定ボイスを持つその人間に‼︎

「二階堂…歩夢……」

 ギリリ、と奥歯を噛み締めたせいで唾液に血の味が滲む。

「お〜いだれだ〜早く止めろ〜、今なら見逃してやるぞ〜」

 ルナちゃん先生のその一言で、皆カバンやポケットから自分のスマホを取り出し確認し始める。

「止まるわけ…ないじゃないっ‼︎」

 だって…この音声を再生している犯人は、この教室にいないのだからーー

『こんにちは〜由莉奈です!今日は、君に伝えたいことがあって、今、これを録音しています!』


『えっとー…まずはどこから話せばいいかな…うんとぉ〜…あっ!そうだ。じゃあ私達の出会いから!』


『……私達って、小さい頃、ずっと一緒に遊んでたよね。春は大人達の真似をして、一緒に桜の下でジュースを飲んでーー夏は一緒に川にザリガニ釣りに行ったりーー秋は枯葉の山に突っ込んで、よくお掃除の人に怒られたよねーーそして冬は、君の家で、一緒にこたつの中で眠ってたよね。でも…卒園式の前日、君は私の前から、突然いなくなっちゃってーー』

 スマホのスピーカー越しに流れるただの音声にも関わらず、その熱を帯びた演技に、茶々を入れるなんて無粋な真似を出来るものなどこのクラスにはいなかったーー

『だから、この高校で君と同じクラスになった時は本当に驚いちゃってーー驚いちゃって、ずっとニヤニヤが止まらなかったんだ。また君と会えた事が、本当に私は嬉しかったの。だけど、なんだか君は子供の頃とは少し違ってーーううん、違ってたのは私の方で…君と話すと、なんだか胸のあたりがざわざわして…落ち着かなくなっちゃって…“止まれ!”って祈っても、そのざわざわは、全然止まってくれなかったんだ』


『だけどね、君と話す時間はとっても楽しくて、あの頃の事を思い出したし、新しい思い出もたくさんたくさん出来たよ。でも…胸のざわざわは、ずっと消えなかった…』


『そのざわざわは、どんどん酷くなっていって、君と会えない時、君の事を考えると、胸が苦しくなったの…それでね…私はやっと気付いたんだ。この胸のざわざわはーー“君を好きだ”って事なんだって』


『なんで好きなんだろう…小さい頃によく遊んだから?最初はそう思った…けど、違った。久しぶりに会えて嬉しかったから?多分、それも違うーー私は、“君が好き”ーー思い出から繋がった君じゃないよ。私にいつも笑顔をくれる“今”の君が好き。その気持ちがいくつも重なり合って、この気持ちがあるんだと思う』


『はぁ〜よかった〜…やっと言えたよ〜。この気持ちを君に伝えるためにいっぱい、いぃっっぱいなんて言うかーーなんて言えば一番、私の気持ちが君に届くのかなって考えたんだよ!』


『…だから、この気持ちが、あなたに伝わっている事を、私は願っています。返事は、君が気持ちを整理できたら、伝えてくれると嬉しいな。私は、君の隣の席で、それまでずっと、待ってるからーーじゃあ、また明日ね‼︎私の大好きな君へーー宮鷹由莉奈より』



 教室がしばらくの静寂に包まれた後、一名の男子が手を挙げた。

「先生!僕、投票先を変えたいです!」

「あ?何言ってんだお前、そんな事出来るわけないだろ」

 今の()()にまんまと毒されたわけか…。

 私達の投票した紙には“どこに投票するか”と共に“名前”を記載している。本人だという事が確認できれば確かに出来るかもしれない。

 だが、そんな事を、ルールに厳しいルナちゃん先生が許すはずはなかった。

「そこをなんとか!」

「無理無理、お前そんなのが社会で通用すると思うなよ?そんなのが許されたらマトモな投票ってもんじゃなくなるだろうが」

 その生徒が食い下がろうとした時、また一名の男子が手を挙げる。

「先生!」

 そしてまた一名…また一名と数を伸ばしていきーー計七名の生徒が手を挙げた。

「ここはまだ社会ではありません!どうか学生に出来る最後のワガママだと思って許してください!」

「何人いようが無理だ、そんなーー」

「ルナ先生!お願い‼︎」

「なっーー⁉︎」

 突然自分の名前を呼ばれ、先生は顔が引きずる。その様子を見て他の生徒達も先生の名前を連呼した。

「「ルナ先生!お願いします‼︎」」

「お、お前たち!名前で呼ぶのをやめてくれ‼︎」

「「ルナ先生‼︎」」

「〜〜っ‼︎わ、わかった‼︎認める‼︎認めてやるからやめろ‼︎」

「「は〜い」」

 男子は「うぇ〜い」と猿のように集団で行動しあった自分達を称賛し合うようにハイタッチして喜んでいる。

 ほんと、これだから男子は精神年齢がお子様だって言われるのよ。



 そしてTHE座禅から七名の投票権が移動し、14対14で宮鷹由莉奈の手伝いが肩を並べてきた。

 ラスト一票…この一票で、全てが決まるーー

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