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死んでていいから生きててほしい  作者: やりいかのフリット
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人の心は裏腹模様 I

「あゆ(にぃ)〜、お味噌汁出来たから並べるの手伝ってもらえる〜?」

 ドアを挟んであるキッチンの方からそう玲美の呼び声が訊こえた。

「はいよー」

 気の抜けた声で返事をして、俺は手に持っていたコントーラーを床に置いて立ち上がった。

「そんじゃ詩道、今朝はここまでだ。お前はあの寝坊助を起こしてきてやってくれ。俺は食事の準備を手伝ってくるよ」

「はい、兄様‼︎詩道、行ってきます‼︎」

 詩道はそう言ってどこで習ったのか知らないが海軍顔負けの立派な敬礼をすると、すぐに二階へと駆け上がって行った。

 その姿を横目で見ながら扉を開けると、閉じ込められていた温かい香りが急にリビングへと流れ込む。

 鰹でとった出汁だろうか、香ばしい味噌汁の香りは鼻腔を刺激し、朝を告げた。

「なんだよ、もうほとんど並べてあるじゃんか」

 テーブルを見ると5人分の目玉焼きとご飯、そして既に3つ味噌汁が並べられていた。

「クソ兄貴には任せておけないからね、私が先にやっちゃってますよー」

 両手にお茶碗を持ちながら文那(ふみな)はそう言って可愛らしく舌を出した。

「そんな…せっかく手伝いに来てやったってのに」

「だって昨日みたいに溢されたらたまったもんじゃないもん」

「失敗しない人間はいない。挑戦しなくなった時ーーそれが本当の失敗なんだ」

「はぁ…また適当な事言って……ていうかそんなこというけどお兄ちゃんは失敗しすぎ‼︎昨日で10回連続だよ⁉︎」

 逆に難しいでしょ!天文学的確率だよ!と文那は怒り心頭といった様子だ。

「ふみ(ねぇ)、あゆ兄に手伝ってもらうよう頼んだのは私だから、怒らないであげて?」

 玲美は熟練した主婦のような手つきでエプロンと頭巾を脱ぐと、文那にそう諭した。

「うー…そうは言うけど玲美ちゃんーー」

「失敗はあるよ!美空お姉ちゃんも毎日失敗してばっかだったもん‼︎」

 玲美にそう言われ「はぁ…わかったよぅ…」とぼやき文那は椅子にだらんと腰掛けた。

「はぁー…そんな失敗談ばかりよく耳にするのに玲美ちゃんに尊敬されてるその美空さんって人に、一度でいいから会ってみたいよ…」

「ははっ、その“一度会う”っていうのが一番難しいんだよ」

「ほんとどういう事なのお兄ちゃん、美空さんがどこ行ったか本当は知ってるんでしょ?」

 あくまで興味本位、といった目で文那は俺を見つめる。

 あの世‼︎…とは口が裂けても答えるわけにはいかないので、いつもこの質問にはテキトーに返している。

「美空はな、最高の景色ってヤツを求めて旅立っちまったのさ」

「またそれ……」

「まぁそうそう簡単に会える場所にいないってわけさ」

 文那はもう何度目かわからない大きなため息をつく。

「はぁ…わかったわかった。絶対に言えないってわけね……まぁいいよ、会った時に自分で訊くから」

 会った時に…か、そりゃまた長い話になりそうだ…。

「うおおおおぉぉぉ!メシだーーーー‼︎」

 ドタドタと騒がしい音を立てながら降りてきた奏熾は、キッチンのドアを開けるなりそう叫んで自分の席へとダイブした。

「お前は朝から元気だなぁ。起きることは出来ないくせに」

「そりゃそうだぜ!だって寝てる時は夢がちょー楽しから寝てるんだ!起きちまったなら次のおもしれぇもん探すんだよ!」

「ふむ…」

 やるじゃないか、小学生のくせに中々納得いく理由を言うもんだ。

「にいさま、にいさま」

 ちょんちょん、と奏熾の双子の弟とは思えない可愛らしい仕草で詩道は俺の袖を引っ張った。

「お願いなのですが…今日も、()()をやってほしいです」

「ん?あぁいいぞ」

 俺は奏熾の隣の席につくと、ポンポンと太ももを叩いた。

「さっ、いいぞ」

「ありがとうございます!にいさま‼︎」

 詩道は珍しく年相当の眩い笑顔を浮かべ、詩道は俺の足の上にちょこんと座った。

 この前一度遊びで乗っけてやったのだが、どうやら癖になってしまったらしい。

「あー!詩道!お前またそんな子供みてぇな事して!」

「ふふっ、奏熾、僕はまだ子供だよ?」

「そーゆーのは保育園までだって意味だよ‼︎」

「保育園の頃は出来なかったんだから、今やってもいいでしょ?」

「それは!俺も一緒だけど!やってねぇぞ!」

「奏熾くん、もし寂しいなら…じゃあ私のところ来る?」

 文那はそう言うと照れくさそうにポンポンと太ももを叩いた。

「や、やんねぇよ‼︎」

「そ、そう……なんだ……」

 子供に拒絶され文那は俯く。

 ふっ…奏熾もやはりこのぐらいの女の子の太ももに乗っかるのは恥ずかしい年頃かーー

「なら奏熾、俺の方はどうだ?片足空けてやるぜ?」

「いや、やんねぇし‼︎」

 ふん!と奏熾はそっぽを向く。

 となると、残りは……ジッと俺は玲美を見つめる。

 その視線に気づいた玲美は“えっ⁉︎”と言ったような顔を浮かべ、自分を指差した。その動作に俺は首を縦に振って返す。

 しばしの沈黙のあと、意を決した玲美はもじもじしながらもノってくれた。

「じゃ、じゃあ奏熾…私のとこ、くる?」

 そう言って奏熾の方に両手を前に出した。

「ね、姉ちゃんまでーー⁉︎やんねぇって‼︎」

 顔を真っ赤にしながらそう叫ぶ奏熾、そして断られて本気で恥ずかしそうにする玲美ーーその二人を見て、部屋は明るい笑い声で溢れかえった。


 “あれからーー”


 “美空が消えてから、一ヶ月になる”


 初日は格好つけてそのまま学校に行ってしまったが、あの後“何を考えてるんだ俺は!”と学校で悶絶したのはいい思い出だ……。

 翌日からこの家を訪ね、事情を説明した。

 美空の性格の所以なのか、玲美たちには「美空は旅に出た」と言うと、皆納得してくれた。もしかしたら、玲美だけは本当の理由を分かっていたかもしれないが、それでも、黙って頷いてくれたーー。

 それからしばらくして文那もこの家に通うようになり、家族のように暮らしている。

「もういいから!はやく食べようぜ‼︎」

 話題を変えようと、奏熾はそう叫んだ。

「うん、そうだね!ご飯も冷めちゃうし、食べちゃいますか!」

 その言葉に文那と玲美も頷く。

「じゃあ、あゆ兄、ふみ姉ーー」

 玲美がそう言いかけた時、急にキッチンにあるテレビの電源がついた。

『今朝、宇田川町のトンネル内で、40代男性の遺体が発見されました。男性の体には刃物のようなもので切られた跡が複数見つかり、一連の連続通り魔事件とかんけーー』

 ピッとリモコンの電源ボタンを押し、文那がテレビを消した。

「朝からこんなニュース、訊きたくないよ」

「最近多いよな、こういうの」

「お兄ちゃん…」

 キッと文那に睨まれる。

「いや、ごめん……」

 そうだよな、こんな小さい子達の前でする話じゃないよな…。だが、どうしても気になってしまった。

 “この事件のーー()()()の一人として”

 ここ最近、俺達の住む宇田川町では連続通り魔事件が起こっている。その件数はここ2ヶ月で6人ーーいや、さっきのニュースの人物を入れれば7人だ。

 警察によれば犯行は全て包丁でめった刺し…そして夜中に行われている。これは、俺を殺した奴と同一犯と見て間違いないだろう。にしても、これだけの事件を起こしても、優秀だと評される日本の警察からその程度の情報しか与えないとは、大した奴だ。

「よっしゃ!悪いな、空気悪くして…それじゃ仕切り直そうぜ」

 その一言で沈黙が破られると、玲美は俺達を見て「うん!」と頷いた。

「じゃあ改めてーーあゆ兄、ふみ姉、奏熾、詩道、手を合わせてーー」

 玲美のその言葉に、皆一斉に手を合わせる。

「いただきます」

「「いただきまーす‼︎」」

 今日もまた、いつも通りの朝が来たーー



 xxx



 俺は、3時限目という昼飯を食べ終わっていつもなら眠くてたまらないはずの時間にも関わらず、今日は目が冴えていた。

 数学の授業を潰しての臨時ホームルームーーそう、俺はこの日のために1週間生きてきたのだから。

「ではこれより最終決定を行おうと思う。もし今回同票だった場合代表者2名にじゃんけんを行ってもらおうと思う」

 ダンッと星空先生は教卓の上に正方形の投票箱を置いた。

「えぇー」と反感の声が上がる。まぁそれもそうだろう。1ヶ月かけて相談してきたにも関わらず最終決定がジャンケンなんて運ゲーじゃ納得いかない人がいるのも当然だ。しかもそれが“文化祭の出し物を決める投票”であれば当然である。

「それじゃ、読み上げてくぞー……えーっと、まずは」

 俺達のクラスの出し物の候補は3つーーまず一つ目が『THE座禅』ーーこれは委員長が発案したもので、本場の座禅さながら、邪念のある者は曹洞宗(そうとうしゅう)として委員長によって右肩を棒で叩かれるというモノだ。

 委員長に叩かれたいという奇特な方々の票を多く集め、今まで『ワッ!お化け屋敷』,『2年2組ダンススラプソディ』というあまたの強敵を打ち倒してきた。だがこれだけは阻止しなければならない。こんな邪な所業を世に出すわけにはいかない!

 二つ目は『おいでよ!メイドの里!2』ーーこれはメイドに扮した女子生徒がお茶を出す、というシンプルなモノだ。

 ただ…これは“女子のメイド姿が見たい”という意見の元票が集まったーーというわけではない。これは“メイド姿の西園寺優宇にお茶を淹れてもらいたい”という男子の邪な理由で票が集まっている。

 ちなみに2はメイドの里がこれで二回目だからといった理由ではなく、俺たちのクラスが2年2組だからだ。

 三つ目は『宮鷹由莉奈(みやおうゆりな)ライブ演出の手伝い』、今回の文化祭には、特別ゲストとして宮鷹由莉奈が学校に来てライブを行うことになっている。そのライブの手伝いを何処かのクラスがやってほしいと学校側から言われているのだ。

 手伝いを行ってくれるクラスには超大人気アイドル宮鷹由莉奈の文化祭ライブを最前列で観れる権利、もう一つは近くの会場を貸し切り、宮鷹由莉奈と打ち上げパーティーをする権利という“それ、いくら積めばやらせてもらえます?”というほど豪華な特典が付いてくる。だが、それにも関わらず未だにどのクラスからも手伝いをしたいという申し出は来ないらしい。いやーなんでだろうか。みんなもったいないなー。



「次、宮鷹由莉奈」

 10個読まれる頃には、順調に宮鷹由莉奈の手伝いは票を伸ばし既に8票獲得していた。このクラスの生徒数は31人。つまり過半数の16票獲得した時点で完全勝利となる。残り21票から8票手にいれることなど今のこの宮鷹由莉奈の流れを考えれば余裕だろう。むしろ25票ぐらい獲得してしまうかもしれない。

 “だって、このクラスの連中は宮鷹由莉奈に投票するように洗脳されているのだから”

 そう、俺はこの日のために教室で宮鷹由莉奈の曲をさりげなく流していた。昼休憩の時間は放送室に忍び込み、お弁当の合間に流れるBGMを全て宮鷹由莉奈の楽曲へと変え、男子の机の中には、俺の秘蔵コレクションーー宮鷹由莉奈のヘアヌード写真をこっそりと入れておいた。そう、このクラスの奴らは知らぬ間に俺の手の中にいたのさ!

「はーはっはっはっは‼︎」

「「えっーー」」

 思わず笑いが溢れ出てしまい、教室の視線が一気に俺に集まった。

「いや、ごめんなさい。急に発作がーー」

 俺がそう言うと、皆口々に「なんだ発作かー」、「じゃあしょうがないねー」と口にして黒板に意識を戻した。

 ふぅ……このクラスの人間がいい奴らで助かった。

「二階堂…次奇行に走ったら、お前クラス移動な」

 星空先生はやれやれ…とため息をついた後、また投票箱へと手を伸ばす。

「……次は、座禅か」

 THE座禅の下に、正の字の一画目が足され、初めての票が入った。

 座禅なんかにいれるやつがいるとは、奇特な奴もいたもんだ。委員長は座禅に投票するとして、親友の彩音も座禅に入れると仮定するとーー伸びて2票程度だろう。まぁこれに関しては心配することはない。問題とするならメイドの方だろう。

「次…も座禅か」

 だが俺の予想に反し、座禅は次々に票を獲得し、連続で7票も獲得した。

 次第に焦りと不安に駆られる中、俺はふと、昨晩の玲美との会話を事を思い出していたーー

『あ〜また座禅特集だよー』

『なんだよ座禅特集って…コア向けすぎるだろ、なんでそんなもんをこんなゴールデンタイムに…』

『あゆ兄知らないの?ここ1週間ずっと毎日3回ぐらいは見るよ座禅特集』

『まじかよ‼︎どうしたんだこの国?オリンピックに向けて急に“和”を推し始めたのか?』

 はっーー‼︎

 そうだ!どう考えてもおかしい…1週間毎日ゴールデンに座禅特集⁉︎そんな意味わからない事があるわけないじゃないか!こんなの、どう考えても誰かの陰謀に決まってる!

 この3つの候補に絞られたのがちょうど1週間前ーーそして座禅の良さが知られる事で得をする人間を、俺は知っている‼︎

「ーーっ‼︎」

 窓際に座る委員長に目を向ける。だが委員長は真剣に黒板を見つめてーーいや、睨んでいた。

 まぁよく考えれば、委員長みたいな超真面目人間がそんなセコいてを使う訳がないか。

「ということはーー」

 容疑者はもう一人いるーー自分は大して興味も無いくせに、委員長のためなら命だって投げ捨てるであろう奇特なヤツがーー‼︎

 俺は委員長の後ろの席に視線を移すーーそしてそこにはたしかに存在していた。

 俺の計画を踏み潰す事でご満悦な“辰波彩音”の姿がーー

 お・お・あ・た・り

 彩音は艶をおびた唇を震わせ、そうこちらに空気を送った。

 くそっーー‼︎やられたっっ‼︎

 俺以外にこんな姑息な事をする人間が、こんなにも近くにいたなんてーー‼︎

「次も…座禅だな」

 そして、遂にTHE座禅は宮鷹由莉奈の投票数を超えーー

 16票の壁を破ったーー

「そんっーー‼︎」

 俺は席を立ち上がると、叫びそうになるのを必死に飲み込んだ。

「どうした二階堂、また発作か?」

 だらりと嫌な汗が額から垂れる。

「い、いや。ちょっとトイレに行きたくて…」

 こんなーーこんな、ことが………。

「あぁわかった。行っトイレ…つってな」

 先生のそのボケともわからない発言を俺はスルーし、誰もクスリとも笑わない静かな教室を早足で出て行ったーー

辰波彩音


年齢:16歳

誕生日:6月13日

好き:ラーメン店巡り、インスタ、ネイル

嫌い:孤独

成績は学年トップクラス、容姿端麗、性格は気さくでいいヤツ、と三拍子揃った完璧少女。歩夢とは高校1年からの仲で好意も寄せているーーが、親友の三日月弓流も歩夢に好意を寄せているのを知っているため、想いを伝えられずにいる。

ラーメン屋でアルバイトをしていて、湯切りで彼女の右に出れるものは世界広しといえど一人もいない。


宮鷹由莉奈


年齢:16歳

誕生日:8月6日

好き:ファンのみなさんが、大好きです♡

嫌い:苦いものはまだ苦手、です…。

1stシングルの『出発おしんこう』が大ヒット。今をときめく超大人気スーパーアイドル、朝の情報番組に生出演していると思ったら昼のバラエティに生出演していて深夜にはラジオDJを務めているという日があるぐらい頻繁に目にする。

キャッチフレーズは「ハロハロリーナ‼︎可愛い顔であなたのハートを鷲掴み♡苗字は鷹だけど!てへっ☆みんなのアイドル宮鷹由莉奈ここに見参っ☆」

出身は埼玉の若葉。

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