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死んでていいから生きててほしい  作者: やりいかのフリット
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一場の春夢 Ⅸ

白草については、いつか加筆します。

「俺が……犬飼さんの財布を、盗みました」


 俺は右手を上げたまま立ちすくんだ。


 もし俺と玲美に何の関係も無いんだとしても、それを見過ごす事なんて出来るわけが無い。

 玲美が俺の事に興味があるかどうかなんてそんな小さな事はどうだっていい事だった。


「え……二階堂くんが?」「ありえないでしょ……クラス委員長だよね……」


 クラスメイト達が俺の方を見てざわつき始める。

 クラスの模範であるべき委員長が盗みを働いたと自供しているのだから、当たり前の事象だ。


 もう後戻りは出来ない――


 覚悟を決めた俺は、思い口を開き必死に言葉を紡いだ。


「以前から犬飼さんが机の中に財布を置いてるのは知っていました。だから……遊ぶお金が欲しくて盗んだんです……」


 胸が痛い。口に注がれる唾液はすぐに消えて乾いていく。

 人からの信頼が無くなるというのは辛くてしょうがない。今からでも嘘だと言って逃げ出したい。


(でもそれじゃダメなんだ――)


 握る拳に力を入れ、俺は震える体を抑える。


「犬飼さんの財布はどうしたのですか?」


 担任の教師が軽蔑の目を向け俺を見る。


「お金だけ抜いて、財布は通りがかったゴミ収集車の中に紛れ込ませて捨てました」


 そう言うや否や、犬飼が声を上げて叫ぶ。


「お金だけ⁉︎ママのカードは⁉︎」


「パスワードが分からないし使い物にならないから、財布と一緒に捨てたよ」


「そんな、ママのカードを……大事なカードを……」


「うっ――」と犬飼は嗚咽漏らすと、


「酷いわああぁぁぁあ――!私ママにおうちに入れてもらえないわあぁぁぁああああ――ッッ!」


 思わず耳を塞ぎたくなるような大声で、犬飼はその場に泣き崩れた。


「委員長酷い!犬飼さんの財布捨てるなんて!」


 クラスで犬飼と仲の良い女生徒が犬飼を抱き寄せ、そう言って俺を睨んだ。


「本当、超サイテー」


 そして一度人から漏れた罵声は、連鎖して一瞬でクラス中に広がっていく。


「委員長マジ無いわぁ」「最近作道さんと仲良いって噂あったもんね」「あったあった、作道さんに影響されたんでしょ」「やっぱり?委員長ただの痛いDQNで笑うわ」「二階堂いい奴だと思ってたけど裏あるとは思ってたんだよなぁ」「少年院いたってどっかで聞いたことあるし、やっぱクズだったんだな」


 誰もが俺の方を見て、指を刺し、お互いの仲を深める為に俺を嘲笑った。

『自分達はああはなりたくないよね』

 そう共通の認識を持つことで共通感を得て、自分の今いる位置を確認して安心する。

 人間は、そういう生き物だ。


 最初から分かりきっていた事だ。

 元々俺は少年院を出たこの世の外れにいた人間だ。

 そんな人間が今まで普通の人間として一年間過ごせただけでも凄い事だ。

 またそこに戻る事になっても、別に何も後悔は無い。

 玲美の泣く姿をもう見なくても良いのだから。


「ねぇ!みんな!」


 突然、保泉が席から立ち上がると声を上げた。


「皆んなおかしいよ!あ、ありえないって!クラス委員長の二階堂くんがそんな事するわけないじゃん!」


 保泉がそう言って庇ってくれたが、その意見に同意は無くクラスはただ静まり返っただけだった。


「そんな……なんで……どうしてこんな事に……」


 保泉は絶望的な表情を浮かべたまま、その場に立ちすくんだ。


「二階堂さん」


 教室が静まり返ったのを見計らって、教師が口を開いた。


「貴方のような素行の悪い生徒をクラスの委員長として据えておく事は、このクラス全体の価値が下がる事になります。私の言いたい事はお分かりですね?」


「はい……」


「貴方にはこのクラスの委員長を辞して頂きます。異論はありますか?」


「いえ……当然の事です。何も言う事はありません」


「そうですか。物分かりが良い生徒で助かります」


 教師は自分の言う事を納得させられて満足したのか、誇らしげに細い眼鏡をあげた。


「では白草さん」


「は、はい!」


 教師に呼ばれ、副委員長の白草が返事をした。


「今日からは貴方がこのクラスの委員長です。生徒の模範となり、規律を乱さないよう貴方が生徒をまとめてください」


「わ、私が⁉︎」と白草は目を丸くして驚く。


「そ、そんな!私が委員長なんて荷が重すぎます!二階堂さんの方が誠実で頼りになって――」


 話す白草の言葉を、教師が遮る。


「白草さんも聞いていたでしょう。二階堂さんは責任を取って委員長の座を降りる事を決意したのです。彼のような人を委員長に置いていれば生徒も不安でしょう。お願いしますよ、白草さん」


「で、ですが……」と白草は口籠り、弱々しく下を向いた。


(それでいいんだ、白草。ごめんな……こんな嫌な役周りをさせてしまって……)


 そう俺は心の中で詫びた。

 心の優しい白草だ。こんな状況で自分が上に立つなんていう事を許さないのだろう。

 けれど白草は少々引っ込み思案気質な所がある。

 先生がここまで強く言うのであれば従う他ない性格だろう。


 だが白草は強い。きっと委員長としての役割を果たしていれば、その性格も治って俺なんかよりよっぽど立派な委員長になるだろう。


「では白草さん、お願いしますね。二階堂さんはお話がありますので私と共に一度職員室に御同行願います」


 その先生の言葉に、俺は頷き席を離れる。

 それと白草が叫んだのはほぼ同時だった。


「私はやはり納得がいきません‼︎」


 彼女から聞いた事の無いその声量に、クラスにいた誰もが白草を見た。


「二階堂さんが盗みを働いてしまったのが真実なのだとしても、これまでクラスの為に頑張ってきた二階堂さんの姿も真実のはずです!私はどうしても二階堂さんがこんな事をする人だとは思えないんです‼︎」


「白草――」


 いつも大人しくて誰にでも優しい白草が初めて感情をあらわにして、俺を庇ってくれていた。

 どうやら俺は、前言を撤回しないといけないらしい。

 現時点でもう、白草は俺なんかより立派に委員長を出来る器の持ち主だ。


「きっと二階堂さんには理由があるはずなんです!どうかもう一度、二階堂さんにチャンスを与えて下さい先生!」


 白草はそう言うと、上半身を床と並行に曲げ頭を下げた。

 白草のその行動に教室が静まり返る。


「俺も、白草さんに同意見です」


 静寂に包まれる教室で、戸塚が口火を切った。

 いつも授業で手を上げる事なんて無い戸塚が、教室で手を上げて発言する所を俺は初めて見た。


「二階堂くんのやった事は、到底許されるべき行為ではありません。罰せられるべきである行動だと自分は思います」


「分かってるじゃないですか。なれば黙って――」と話す先生を「けれど」と戸塚は遮った。


「だからって教師である先生が二階堂を捨てて良いわけではないと思います。生徒が悪事を働いたなら、教師というのは導き、その生徒を校正させる立場にあるんじゃないですか?」


「ぐ…………」と教師は戸塚のその言葉に言い返せず、奥歯を噛んだ。


「私の言う事が聞けないと言うのなら、貴方達二人もペナルティを与えても良いのですよ⁉︎」


 興奮気味に先生は怒鳴った。

 だが二人はそれに動じる様子は全く無い。


(白草、戸塚――)


 さっきまで孤独だった心が、急に熱を帯びたのを自分でも感じた。

 人はずっと孤独なの思っていた。

 けれど俺にはいつの間にか、こんなにも信頼出来る友人が二人もいたらしい。


(なんて幸せものだよ……俺は)


 その事実が分かれば、俺はもう充分だ。

 これ以上は何も望まない。

 だから大切な友人である二人が傷ついてしまう姿は、俺は見たく無い。


「いいえ、先生」


 俺は先生の方へと向き直り口を開いた。


「二人の言う事にも一理あると思いますが、結果を見れば僕がクラスメイトから財布を盗んだ犯人なのは変わりません。僕は委員長の座は降ります」


「二階堂さん⁉︎」「二階堂、お前!」と驚く二人。

 だが俺は勇気を出して彼等の事を視界から外した。

 きっと二人の事を見てしまえば、俺は意志が揺らぐだろうから。


「早く行きましょう先生。これ以上クラスに迷惑をかける訳にはいかないので」


 俺のその言葉に先生は「……そうですか」と落ち着きを取り戻したようで、得意げに眼鏡を上げた。


「まぁ当事者の貴方がそう思ってくれているのなら問題ありません。では今度こそ職員室へ行きますよ」


「はい、分かりました」


 頷き、教室を後にした先生に着いていく為俺も歩き出す。さっきとは違い、足取りは大分軽かった。

 けれど、


「待てよ二階堂!」と戸塚が俺の右腕を掴んで静止させた。


「二階堂……短い時間じゃあるが、お前がどんな奴かくらい俺は分かってるつもりだ!お前が俺たちの事を思ってさっきの事を言ったのも理解してる。そうしたいってなら俺はお前の意志を尊重するよ!」


「けどよ……」と戸塚は強く拳を握り体を震わせた。


「辛い事があったら頼れよ。俺がお前を一人になんてさせねぇよ」


 その戸塚の震えが悔しさからくる物だろう事は、今にも泣き出しそうに揺れる瞳を見れば一目瞭然だった。


「なんだよ、泣いてるのか戸塚?」


「馬鹿野郎……俺が泣くのは彼女の手料理に感動した時だけって決めてんだ。これは違ぇよ……」


 涙に気付いた戸塚は、ポケットからハンカチを取り出すと、額の汗を拭くように涙を拭く。


「二階堂さん……」


 戸塚が黙ったのを見計らって、白草が俺に話しかけた。


「ごめん、白草……駄目な委員長で……」


 自然と溢れた謝罪の言葉。

 それを聞いた白草は大きな瞳に涙を浮かべた。


「そんな……そんなこと言わないで下さいよぉ……」


 止めどなく流れる雫を、白草は制服の袖で拭いながら涙声で話す。


「二階堂さんがいたから、私は副委員長をやれていたんです。少し周りとズれていて人と話をする事がが苦手な私でしたけど、困難に直面しようと立ち向かう二階堂さんがいたから、私も頑張ろうって思たんです……!」


(……白草にこんな風に思ってもらえるなんてな。初めて出会った時を思うと嘘みたいだ)


 白草は泣いているというのに、俺は不謹慎にもそんな事を思い出して笑ってしまった。



 xxx



 俺と白草が委員長と副委員長に決まった日。

 顔合わせとして、俺達は放課後の教室に二人で机を迎え合わせて座っていた。


『二階堂さんって、法を犯した犯罪者なんですよね?』


 明確な敵意を持った低い声で、白草はそう言って俺を睨んだ。


『うん、まぁそうだけど』


『認めるんですね』


『黙っててもいつかバレる事だしな』


『なるほど。犯罪者なのにいさぎは良いですね。そこは好感が持てます』


 その棘のある言い方に自分が多少苛ついたのは覚えてる。

 だが事実である以上、俺は反論もする事は出来なかった。


『二階堂さん、私は副委員長として貴方の監視を行います』


『なるほど?』


『貴方が問題を起こさないよう監視し、警告する。それが私の副委員長としての務めとして自分に課します』


 酷く真面目な奴だな。と俺はその時そう思った。

 そして、どこかズレた奴だなとも。


 普通の奴だったら、監視とかそんな事をせずに逃げ出すだろう。

 そう言った意味では、昔から彼女は優しい人間だった。


 自分の目で物事を判断しようとしてたんだ。



 xxx



「二階堂さんは……私の憧れであり目標なんです!」


「……ッ」


 白草の真っ直ぐな言葉に俺は顔を背けた。


「二階堂さんはやってなどいません。副委員長として貴方をずっと隣で見ていた私が自信を持ってそう言えます」


 顔を背けなければ、気持ちが揺らいでしまいそうだった。

『やったのは俺じゃない』とそう言ってしまいたくなった。


「二階堂さん……どうか真実を言って委員長へと戻って下さい。委員長なんて称号……私には重過ぎまるんです……」


 けれど、俺がそうする事で傷ついてしまう人がいる。

 だからどうしても、俺は逃げるわけにはいかなかった。


「悪い白草……それは出来ない相談だ」


「どうしてですか⁉︎二階堂さんが犯人ではないのでしょう⁉︎貴方は人を陥れようとする酷い人間じゃないくらい分かってます!」


「嬉しいよ、白草。お前がそこまで俺のことを信用してくれるなんて。けど……俺にはやらないといけないことがあるんだ」


 俺がそう言うと白草は黙る。

 そしてややあって口を開いた。


「彼女ですか……?作道さんの為に二階堂さんは自分のお立場を捨てようと言うのですか?」


「うん。まぁ、そうなる」


「…………」


 長い沈黙の後、


「はぁ……そうですか」と言って白草はため息混じりに微笑んだ。


「相も変わらず、貴方は優しい人です。二階堂さん」


「ははっ、ありがと」と言って俺も微笑んで見せた。


「二階堂さんは頑固ですから、そうと決めたならもう私では変えることはできないでしょう。なれば私に出来る事は貴方を信じて見送る事です」


「そうですよね、戸塚さん?」


 隣で佇む戸塚に、そう白草は問いかけた。

 それに戸塚は「あぁ、そうだな」と嬉しそうに微笑んだ。


「では――」


 二人を息を合わせて、俺の瞳を見つめた。


「いってらっしゃい、二階堂さん」「いってこい、二階堂」


「――――あぁ、行ってくるよ」


 二人の言葉を胸に、俺は教室を後にした。

 二人との関係を続ける為に進む――前向きにそう思える一歩だ。

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