<何かを守る為の戦い>
───慌ただしい人の声と、まだ夜だというのに赤く燃え上がる炎により、外は昼間のような明るさだった。
「ジャックスさん!近くにいる人達を屋敷に避難させて下さい!私とセレーネとミクで誘導を行います!リゼットは屋敷の防衛を!」
あまりにも早すぎる攻撃と、住民を巻き込んだ大規模な攻撃により一時的に取り乱していたが、数分で事態の深刻さを確認したルナは極力被害を出さないように広い屋敷に人を招き入れていた。
「アカツキ君!後ろ!」
外で多くの人を誘導していると、人混みに溶け込みながら機会を伺っていた黒服の集団が飛び出してくる。
「っ!」
「下がってろ!」
ミクが叫ぶ共に黒服の集団はリリーナの鎌で凪ぎ払われ、気を失い、その場で崩れ落ちる。
「予想より大分早く奴さんが攻めてきたな。ルナ、まずは安否を確認したい奴等がいるだろ?ここは私が守るからお前は見てきなよ」
「ありがとう!」
「私もついていきます!」
大事な人達が安全な場所に逃げれているのか確認をするために走り出したルナに付いていくセレーネを見送ると屋敷に襲い来る黒服の集団を撃退する為に武器を構える。
「私に、あいつに攻撃を仕掛けたことを一生後悔してもらうよ」
大鎌が空気もろとも切り裂き、襲い来る黒服の集団の半分が回避に失敗し、体の半分を失い、無造作に地面に転がる。
「言っとくが私はルナほど甘くないから、死ぬ気で来な」
最強の番人が屋敷を守るために圧倒的な力で敵を殲滅していく。
その頃ルナと同じく学院都市を走り回っている男が一人いた。
本来であれば、ルナ達と合流し敵を迎え撃つことになっているのだが、その行く手を阻む二人の人間がいた。
「ユグドさん、逃げても無駄ですよ。何年一緒にいたと思ってるんです。ワーティの追跡装置からは逃げれません」
三十匹近くのカメラを埋め込まれた虫がワーティの周りを飛び交い、追跡者からそのレンズを離さない。
「っ!」
ワーティに追い付かれると同時に辺りを一瞬で凍らし、ユグドが逃げれないように、周囲に氷の壁を造形していく。
「アカツキから手を引けと。団長にそう命じられたのにどうして貴方はまだここにいるの」
長い青髪を揺らしながら一瞬でこの空間を作り出した女性が氷の門から姿を現す。
その瞳は氷のように冷ややかで、かつての仲間に向ける視線ではなかった。
「てめぇには分かんねぇよ。何せ、俺でも何をしてんのか分かんねぇからなぁ。だけど、確かに言える事はあんだぜ」
ユグドは腰にぶら下げていた木刀を手に取り、交戦の意思を相手に伝える。
「アズーリに守ってくれと頼まれた。約束は守るもんだろ。───あとは単純にあいつのことを気に入ったからな、やれることはやらぁな」
「アズーリの依頼は道中の護衛だけ。本来ならここで動くのはシヴァのはず、私達は魔獣専門の部隊なのよ。気にいっているのは分かるけれど、命令は絶対ということを忘れたのかしら。私達が今もこうして世界で生きているのは団長が居たから。あなたはその団長に牙を向けた」
本来であればユグドはシーナ達と共に本部へ帰還し、通常の役務に戻ることになっていた。だが、学院都市で起きている異変に気づいたユグドは学院都市に戻ろうとするが、それは都市壊滅部隊シヴァの仕事であり、魔獣討伐の専門であるバーサーカーが行うことではない。
他にも、バーサーカーに所属している人間がその力を向けていいのは、魔獣と、その魔獣を使役する一部の人間のみ。今回の件でバーサーカーが動いてはいけないことになっている。
その規則を破り逃走しようとしたユグドはバーサーカー団長エアに敗北し、牢に閉じこめられる。
しかし、その牢を三日で破壊し、看守を気絶させ逃亡したユグドは今や裏切り者と言われている。
「私とワーティが団長に嘆願すればまだ戻れる。だからユグドも私達と来なさい」
「シヴァの奴等が動く気がさらさら無いのは知ってんだよ。だからここは譲れねぇ。てめぇらをぶっ倒してでもここは通らせてもらうぜぇ」
木刀の三振りで氷の壁が砕け散り、辺りに氷の結晶が舞う。
一秒にも満たない静寂の後、学院都市でもう一つの戦いが開始される。
...ルナの屋敷を中心として黒服の集団は無差別に家屋を破壊して回り、学院都市を恐怖に陥れていた。
だからこそルナは疑問を抱かざるを得ない。どうして、ここまで大規模な攻撃を仕掛け、何の罪もない人々を襲わさせるのかが。
敵と見なされている自分が襲われるのは分かる。
クルスタミナがここまで破壊を徹底する理由はきっと自分のこと以外に何かを探しているとしか思えないのだ。
「となれば、ガルナくらいしか...」
今もどこかで戦局を伺っているであろうガルナは現状ではルナ達は勿論、クルスタミナですら持ち合わせていない知識を有している。それが、必要なのか、または邪魔なのかは分からないが、ガルナが狙われる理由はそれで解決する。
「だけど、これはやりすぎね」
イスカヌーサ学院にたどり着いたルナの眼前には燃え盛る炎と崩れていく校舎の姿があった。祭りの為に施された装飾が燃え、思い出で溢れていた校舎の面影は焼き尽くされた。
だか、こんなところで立ち止まってはいられない。
ルナは崩れていく校舎を尻目に、クレア達が住んでいる寮へ向かう。
「嘘...」
寮に着いたルナは跡形もなく踏み潰されたかのような寮の残骸を目にする。
「クレア...!」
残骸へと走っていくと、不意に体が軽くなる。
体が虚空へと持ち上げられ、そのまま地面に叩き付けられる。
一瞬で自身の状態に気づいたルナは闇を地面に展開させて、衝撃を和らげる。
同時に違和感のある足に触れる。
「手?」
見えないが確かにそこにあるのだろう、不可解な点はそこだけではない。確かに手のようなものなのだが、明らかに指の本数が多いのだ。
とりあえず見えない何かを切り取る為にルナは虚空を切り裂くと、足を掴んでいた何かの感覚が消滅する。
「理事長殿の命令で来てみれば、まさか本命が無防備な状態で来るとは。だが、私としては手間が省けるのだから助かるがな」
残骸の上から、義足をつけた男が姿を現しその後ろで無数の人影が動く。
「まさか、寮の生徒全員に逃げられるとは思っていなかったが、思った以上にガルナという青年はやるらしい。だが、貴様にまでは情報が回っていなかったらしいな」
寮の生徒が全員無事と知り、一瞬安堵するが目の前にいる男から漂う何かを見たルナは一気に警戒度を上げる。
「ふむ。理事長殿もそうだが、私のこれが見えるのか。いや、完全には見れていないというところか。ぼんやりと何かがある程度ならば、支障はない」
男が右腕をこちらに向けると地面を抉りながら、何かがルナを破壊するために向かってくる。
「アカツキさん!」
切羽詰まった声で、その間にサティーナが飛び込んでくる。
「後ろに!」
破壊する為に振るわれた何かはサティーナの体に触れると、一瞬で四散する。
「やはり『同業者』には完全に見えるか。だが、弱点は既に知っている」
サティーナの力の発動は若干の時間差がある。
それは前回の屋敷襲撃で虫によって、腕を食い尽くされたことで証明された。
他にも弱点が一つ。
「記憶が無いのだろう?力を使いこなすための記憶すら失った君が持続的に魔法を無効化することができないのもそれが原因だ」
そもそも屋敷の襲撃でどこから敵が湧いてくるか分からない状況で魔法の無効化という絶対的な力を持っているサティーナが常にその状態のままではなかったのか。
それは力を持続するだけの経験も記憶も無いということに他ならない。
「総員、攻撃開始。目標はアカツキ及びサティーナの無力化だ。手段は問わん。確実に潰せ」
男の命令で一斉に動き出した黒服の集団、圧倒的な物量で押し潰さんとする攻撃の数々に撤退することすら許されない。
学院都市での戦いはここでも開幕する。
...遠くから人々の悲鳴が聞こえて、耳を塞いでも絶望にうちひしがれる人々の声は隙間から入り込んでくる。
「クレア、大丈夫?顔色が悪いよ」
「少し気分が悪いだけです。それよりと早く皆と合流しなくちゃ」
数十分前、息を切らして飛び込んできたガルナにより空間の強制移動が行われ、寮の外へ散り散りになったクレア達は外で起きている惨状を目にして、他のクラスメイトの安否が気になっていた。
「この様子を見る限り、大分やばいことが起きてるっぽいね。早く皆と合流した方が...ッ!!」
走り出そうとした二人の前に三人の黒服が現れ、その手には血で赤く染まった小刀が握られていた。
咄嗟に一人の顔を蹴り飛ばすが、残りの二人はどうにもならない。
「ナナちゃん!!右は頼んだよ!」
危機的な状況の最中、頭上から見知った声が聞こえてくる。それと同時に上から降ってきたリナにより一人が蹴り飛ばされ、それに一瞬動揺した黒服にナナは容赦なくみぞおちに蹴りを放つ。
「リナ、一緒にいたガブィナは!?」
「勝手に走り出しちゃって、でも追ってもこの黒服の人に邪魔をされるから、まずは皆との合流を最優先にした!」
この三人を見るに、都市を混沌に陥れているのは黒服の集団であり、見境なく住民を襲っていると思われる。
その中で一人で行動するより仲間との合流を最優先したリナの選択は正解だと言えるだろう。
しかし、ガブィナから目を離してしまうということはガブィナが自由に行動できることに他ならない。
「絶対に...殺す!」
こんなことになったのはアカツキという奴のせいだ。
兄が死んだのは、アレットが居なくなったのも全部あいつが悪い。
明確な殺意を抱きながら、アカツキを探すために奔走するガブィナ。
「どこにいる...!」
記憶の改竄により、半狂人となってしまったガブィナは植え付けられた記憶のままに殺意を抱く。
それが例え本人が望んでいないことであろうと、今のガブィナにはそれが真実だ。兄を殺し、親友であるアレットを殺人犯にした人物、アカツキはどれだけ謝ろうと許すことのできない悪になっている。
ならば、それを止められるのは最早一人だけだった。
最初に気づいた違和感は同じような街道を走っていることだった。
どれだけの距離を移動しても景色は変わらない。
第二の違和感は、さっきまで聞こえていた人々の叫びが一切聞こえなくなったことだ。
衛兵すら歯が立たない黒服の集団をたった数分で殲滅するのは不可能だろう。
最後の違和感、それは...
「相変わらずだな、ガブィナ」
「なんで...ここに?」
理事長の口から死亡したと告げられ、その日以降一度も目にすることも出来ず、複数の白衣の集団に連れていかれる焼死体を見て、深く絶望したはずなのに。
誰一人として代わりのいない兄弟。
「ガルナ...?」
世界で唯一の家族が、ガブィナの進路に立ち塞がる。
「久しぶり、というにはまだ早いな」
「何を言って...。いや、違う。これはガルナじゃない。もうガルナは死んだんだ。あいつのせいで...!アカツキのせいで!だから違う、絶対に違う!これはアカツキの奴が僕の邪魔をするために作り出した偽物だ、そうだよ。ここにいるはずないし、それに、あの焼死体の持っていた手帳はガルナの物だ。死んだんだ。誰にも最後を見られず、アカツキって奴のせいで。だから、違う!」
狂ったように言葉を並べ続け、目の前に居る人物のことを否定する。
もう、何を考えたらいいか分からない。
友を失い、兄を失った自分には何も残っていない。
ならば、壊れてしまった方が楽だろう。
「殺...す」
「.........」
ガブィナの周りに黒い魔力が漂い始める。
それは本来であればの魔力の核を失ったガブィナには不可能な芸当のはずだ。
両親を失ったあの日に、母親に似て膨大な魔力を持っていたガブィナの魔力は精神の崩壊と共に暴走し核を破壊、ガブィナの魔法人生を奪ったのだ。
「記憶の改竄。いや、これはそれ以上だな。事象を改竄する。つまりは記憶と共に正しい歴史を塗り替えたということか」
理事長の持っている神器メモリアは記憶だけでなく、歴史すらも改変させる凄まじい能力ということだ。
「どうりでどの書物にも本来の理事長の名前が記されていないはずだ。学院都市の歴史ごと改竄すれば、確かに自分の願った世界が作れるはずだ」
「べちゃくちゃと何を。僕はガルナの仇を取るんだ!どけよ!!」
この魔力の質から見るに、クルスタミナにより干渉されたのは確かだった。この魔力は昔のような弟の魔力とは程遠い。
昔の弟の魔力は、母親のように優しく、もっと輝いていた。
こんな汚れた色ではない。
この魔力の変質はガブィナそのものを否定している。
本来であれば魔力を二度と外に放出することのできないガブィナを、母親のような優しく強かった魔力を、今のガブィナも、昔のガブィナも、全て否定している。
怒りが、悲しみが、何年かぶりにガルナの中で生まれる。
感情を押し殺し、全てを客観的に見てきたガルナでも弟を否定されることを許すことが出来なかったのだ。
「ガブィナ、待っていろ。必ずお前を取り戻す」
ガルナは前を見据え、頭を押さえて苦しそうに怨嗟の言葉を並べる弟の姿を直視する。
ここでガブィナから目を離せば辛いことを見ずに済むかもしれない。だが、救うと決めたのだ。
ガブィナが殺すと言うのならば、ガルナは救うと言うだろう。
弟の目を覚ますのは兄としての役目であり、この世界にはもう居ない両親への親孝行だ。
「親孝行、か」
そういえば結局、両親が生きている間も、死んだ後も親孝行などしたことはなかった。
生きている間は毎日のように迷惑を掛けて、死んだ後は己を殺し、感情を心の奥底に封じ込めた。それは紛れもなく親不孝だろう。
親から賜った人生を笑わずに過ごすのを親不孝と言わずして何と呼ぶのか。
『ガルナ、ガブィナを、頼んだよ』
今はいない父親が最後に遺した言葉の一つだ。
子を残して死んでいった両親は本当に愚かで、優しかった。
自分の命を捨ててまで、学院都市の未来を選んだあのバカな両親への最初の親孝行だ。
「行くぞ、ガブィナ」
だから連れ戻そう。ガブィナを。
―――世界で一人の家族を。