<覚悟を胸に>
「えー。それでは、わざわざ遠くから訪れてくれた方から、毎日ご支援頂いている地域の方々まで、本日はここイスカヌーサ学院にお集まり頂き、ありがとうございます」
開会式、教頭らしき若い教師の話から始まり大会の諸注意まで話終え、クルスタミナが出てくることなく開会式は終わり、数十分の休憩を経て第一競技が始まる。
創校記念祭は3日掛けて行われ、各競技で得たポイントが最終的に高かったところが優勝するらしい。
今日、ルナとセレーネが出る種目はドッチボールくらいだろう。
ドッチボールは午後の部なので、それまで自由ということになる。
「少しだけ、校舎に入ってみる?」
「そうですね」
イスカヌーサ学院の校舎は一般の人から他校の生徒まで全体に解放され、各場所では生徒が作ったと思われるポスターでどの教室かなど分かるようになっている。
他にもプラネタリウムやメイド喫茶など、文化部が各部屋で活動しているので子供でも飽きないようになっている。
「当たり前だけど、何にも変わってない」
ルナから見れば世界はこんなにも変わってしまったのにどこも変わってる場所がない。
それどころか5組の扱いは前より比べると数倍良くなっている。
偽りが真実よりも優しいことが少しだけ辛いけど、もう曲げることはしないと決めたのだ。
「色んなとこを見て回りたいね」
「私はメイド喫茶という場所に行ってみたいです」
「分かった。じゃあ行ってみよっか」
セレーネの手を引き、ルナはメイド喫茶のある教室へと向かう。
メイド喫茶は人気のようで多くの人で溢れかえっていた。
他にも様々な催しものを見に行ったがどこも人気のようで、ここまで大規模な祭りを開くだけあって気合いが入っているというのが見てとれる。
緩やかに時間は流れ、昼食を終えたセレーネとルナは途中途中でドッチボールのチームと合流し、競技が始まる十分前には所定の位置へ着く。
既に他校で競いあっているようで、応援団がそこかしこで声をあげていた。
数分すると手前のコートで試合が終了して、ルナの学校が呼ばれる。
「よし!皆行くぞ!」
毎度お馴染みになったルナのクラスで一番運動できる男子生徒が声を上げると、皆はおー!と声を上げてコートに入っていく。
「えー。それじゃあ。試合開始!」
ジャンケンでボールを先取したルナの学校、最初に投げるのは運動神経ピカ一のこの生徒、サラト。
「ふっ!!」
サラトがボールを投げると、ビュン!と風を切る音がし、それはルナでもギリギリ目で追えるくらいのスピードで相手校の生徒にぶつかり、外野にボールが流れる。
「え...?」
予想外のスピードだったのか呆気に取られた生徒と、そんなのお構い無しとばかりにアウトのホイッスルが鳴る。
その後も一方的な攻撃が続き、相手校の大半をサラトがアウトにし、結果ルナの学校側は誰もアウトになることなく圧勝する。
これは流石に相手に同情せざるを得ない一方的な試合になり、その一方的な試合にした張本人は笑顔で相手校の生徒と挨拶を交わして戻ってくる。
相手校にも早いボールを投げる生徒は居るには居るのだが、サラトと比べるとあまりにも次元が違う。
「ふぅー。皆、お疲れ様!」
とても良い笑顔でチームにも挨拶を忘れない英雄はその後も圧倒的な力を見せていく。
野球に短距離走と、あまりにも強すぎる。
一人三種目までと定められた理由は疲労が溜まるというのもあるだろうが、こういうずば抜けた存在に一人勝ちされないようにというのもあるかもしれない。
「ねえ、あの人を見てると自信が無くなってくるのだけど」
「ああいうのはどこにも居ますよ。比べちゃ駄目です」
あの笑顔の青年から見ればルナは幼子のようなものなのだろうか。
その後もサラトは順調に試合を引っ張り、クラスメイトを盛り上げていくことも忘れない。そんな彼は瞬く間に功績を挙げていく。
「試合終了!」
ピーと甲高いホイッスルが鳴り、本日最後の種目であるドッチボールが終わる。
相手チームにも挨拶を忘れず、サラトは笑顔で戻ってくる。
「ほい、お疲れさん」
担任がタオルをサラトに渡し、彼の功績を称える。
「大体の種目は無事に三回戦まで勝ち上がることができたな。それも皆のおかげだ。明日からは追加種目も行われる。それぞれちゃんと休息はとるように」
解散!と告げられるとそれぞれ帰路へ向かうためにイスカヌーサ学院の校門を通っていく。去っていくクラスメイトの後ろ姿を見ながら、ルナとセレーネも立ち上がる。
「今日は出てきませんでしたね」
「そんな簡単に顔を出してはくれないってことみたいね。それじゃあ、合流地点に行きましょうか」
ジャージ姿のまま、人混みの中に紛れた二人は1日目終了後に呼ばれていた場所へ移動を開始する。
出来るだけ目立たないように心掛けながら目的地へと向かい、何事もなく二十分程で見覚えのある店へたどり着く。
「らっしゃい、ユグドさんは奥で待っているから」
ここはユグドやワーティ、シーナと共に入った蕎麦屋で、渋い顔の男性に皿洗いなどをしている子供の二人で切り盛りをしているようだ。
「あ、はい」
言われた通りに座敷へと向かうと、そこには白衣姿のままのアオバに、私服姿のリリーナ、リゼット、ユグドの三人がルナとセレーネのことを待っていた。
「ごめん、待たせちゃった?」
「そうでもありませんよ。僕とリリーナさんは今来たばかりですし、ユグドさんとリゼットさんもそんなに待ってはいませんよ」
申し訳なさそうに入ってくるルナをフォローしたアオバは二人に座るよう席を空けると、数枚の写真を取り出す。
「まあ今回の結果はぼちぼちというところですね。短期間でよくもまあここまで追っ手を振り払えるものですよ。ガルナ君がただの学生とは思えないほど見えすぎている。こうしてフィルムに収めることが出来ても急いで現地へ赴けばどこへやら。ですが、大分移動範囲を絞れました」
写真に写っているのはどれも同じ人物で、堂々人前に出ている写真はなく、ほとんどが路地裏などの暗い場所で撮られている。中には人混みの中に潜むように移動をしているが、人通りが少なくなった今、無理に移動をしないだろうという結論に至る。
「明日には直接この目で確認出来れば上々、あわよくば連れ戻すことが出来るかもしれません。ですが、こうして僕たちにすら姿を見せない彼を話し合いで連れ戻すのは難しいかもしれません」
「その為の私だろ。力勝負なら負けないさ」
自信満々に胸を張るリリーナだが、その実力はルナが痛いほど知っているので、事実真っ向勝負なら負けることは無いだろう。
「んで?ルナ達はどうだったんだぁ?」
「収穫なし。クルスタミナは姿を見せなかった」
「そう簡単に出てこねぇかぁ」
それもそうだろう。相手は人前に出ることを恐れている。
その表れがリゼットの言っていた無数の傷痕ではないだろうか。
アカツキとの戦いで敗北し、ジューグへ下った彼の自尊心や誇りは跡形もなく砕け散った。
「クルスタミナの様子はリゼットさんの話で聞く限り、精神的に追い詰められている。だからこそ、ルナさん達には用心してもらいたいです。追い詰められた人間は本当に何をしでかすか分からない。ただ彼には都市丸ごとを改竄することは出来ない。それが今も僕達がここにいることが証明になります」
神器とは本来そう易々と使えるものではないとアオバは言う。特に今のクルスタミナは精神的にも肉体的にも万全とは程遠い状態にある。
そんな人間に神器は力を貸すはずがないそうだ。
「僕らが僕らである限り安全であると言っていいと思います。しかし、僕らがルナさんの仲間であることを演じていると改竄されれば、話は変わりますがね。なので、ルナさんには毎度負担ばかり掛けてしまいますが、僕らも例外なく疑うようにして下さい」
この戦いは簡単に戦局が一変し、突然アオバ達がルナを殺しに来るかもしれないという危険性もある。
だから、アオバは今もこうして平然と座っている自分達をも疑えと言っているのだ。
だが、ルナの返答は。
「大丈夫、皆は何も変わっていない。話してれば分かるから。それに、これからも変わらないよ」
「どうして?」
「―――信じてるから。ううん。信じるしかないから。皆まで忘れちゃったら私は多分、もう戻れなくなると思うの」
悲しく笑うルナを見て、各々はどんな思いを抱いたのだろうか。
仲間に忘れられ、その上ようやく新しい仲間に出会えたのに彼らにまで忘れられたらきっと終わることのない絶望にルナは落ちていく。
ルナは自分自身でそう確信している
自分がどれだけ不安定で脆い存在かをルナは知っている。
だからアオバ達がルナを、アカツキを忘れないというのは確信ではなく願いだった。
誰も忘れないで欲しい。そう言っているのだ。
「はっ。こいつらはともかく私はあんたの師匠だ。忘れないよ」
最初に言葉を発したのはリリーナだった。
「ええ。僕も、こんな楽しい日々を過ごしているのに忘れるはずはありません」
次にアオバ。
「まあ、私はアレットを見つけるまで忘れるつもりはないし、それに...。私に記憶を戻してくれた恩人を忘れるなんてことしたくない」
少しだけ恥ずかしそうにリゼットも思ったことを口にする。
「ああ、そうだなぁ。俺も忘れてなきゃ覚えててやるよぉ」
ユグドらしい答えだ、とルナは思う。
そして。
「私はルナさんを守るって決めましたから。当たり前の日々を私にくれた人を、忘れることはありません」
これらは何の根拠もない自信だ。
だが、これは同時に絆でもあった。
誰もルナを忘れないし、忘れたくない。
皆がルナを、アカツキという存在を支えてくれている。
「―――ありがとう」
少しだけ瞳に雫を溜めながらルナは嬉しそうに笑う。
とても、感謝している。
だから、この戦いは勝たなくてはならない。
クレア達の為でもあるけれど、ここまで自分を認めてくれる人達がいる。
その人達に幻滅されないように、救われたこの気持ちを少しでも返せるように戦おう。
―――それが私の覚悟だ。