<創校記念祭>
朝早くに乾いた音が空に響き、目を覚ましたルナはカーテンを開けて外を見ると早朝だというのに多くの人が往来しておりついにこの日が来たのだということを確信する。
今日はイスカヌーサ学院が生まれ、学院都市が生まれた日。
そんな記念日にルナ達はこの戦いを終わらせる為のカードを揃える。
「ガルナ、待ってろよ」
きっとガルナはこの日を待ち望んでいたはずだ。
記憶の改竄以降姿を見せなかったクルスタミナがこの日にようやく姿を現すのだから。
「ルナ、分かっていると思うけど、もう一度言うわよ。クルスタミナの外見は細身で、身体中に包帯を巻いている。けれど、公の場に現れるからには醜い部分は隠すはずよ。けど、あなたなら分かるでしょう?」
「神器の魔力を感じとるんでしょ。分かってる」
朝食中、念を押されたルナはもう一度リゼットの話を思い返す。
今のクルスタミナ・ウルビテダは前とは比べ物にならないくらい痩せているという。
目には闇に近い隈を、体は幾度の自傷行為で出来たと思われる引っ掻き傷。
皮は黒くなり、べろんべろんに垂れている。
かつてのクルスタミナからは創造しがたい姿であるらしいが、実際に目で確認すればクルスタミナがどれだけ変貌したのか分かるはずだ。
「ルナさん?」
朝食を終えて、歯を磨き身支度を終えて少しの間屋敷で待っていることになる二人。
ルナの部屋で座っているセレーネの手をルナは無意識に握っていた。
「あ、ごめん」
魔力の補給なら溜めに溜めているから大丈夫なはずだ。
それでも手を握るということは覚悟は決めても少しの恐怖はあるということだ。
だから。
「大丈夫ですよ」
この人の勇気に、力に少しでもなれるなら。という思いで、離された手を引き戻して、セレーネとルナは部屋の中で手を握りながら楽しそうに話をする。
ほんの一時の幸せを過ごす彼らを許してほしい。
きっと、これから幸せとは程遠い場所へ赴くのだから。
...その後、屋敷を出て学校へ向かう二人。
バレない為の変装もしているし、もし仮にルナという存在がバレていてもこんな大通りで攻撃を仕掛けてくることはないだろうが。
公に顔を出す以上今まで以上にクルスタミナの手が町中に行き届いているはずだ。
最低限の警戒。
それだげで十分だ。あちらが町中に手を回しているようにこちらにはアオバの率いる名もなき医師団がボランティアということで町中に配置されている。
この都市のなかで、自由に動き回ることができるというのはこれ以上にないプレッシャーであり、守るのに最適な存在だ。
「よーし、皆揃ったな」
学校へ着くと運動着姿の生徒が校庭に溢れ、馬やら狼やらに付けられた荷台に乗り、移動を開始している。
なかなか見ることの出来ない光景だが、この都市では一般的な移動方法だ。
「じゃあ点呼を取るぞー」
担任が一人ずつ名前を呼んでいき誰も休んでいないことを確認する。
「今日は待ちに待った創校記念祭だが、あまりはしゃぎすぎないように。そんで、他校の生徒にあまり突っかかるなよ。もし問題を起こしたら1日反省文を書かされると思っておけ」
注意にはーいと元気に返すクラスに満足げに頷くと、担任は指定された馬車などに乗るよう指示をする。
移動中、ルナとセレーネはリレーチームの収集により中央へ集合する。
「今回は魔法勝負で敗けが確定している以上このリレーは大事な種目になる。ルナとセレーネは魔法勝負に出るんだよな?」
「まあ、出ないようなものですけど」
「絶対に棄権してくれよ。先生はああ見えても俺達のことを大事に思ってくれてるんだ」
本当に、良い生徒だ。
教師のことをよく分かっている。
「まあ、怪我はしないようにな!そんで、練習通りに適度な緊張を持って挑もう!」
ルナとセレーネがリレーに選ばれた理由は元々セレーネは運動神経がよく基本的に何でも出来るため、ルナは修行や、リリーナに出されたメニューをこなしていることで、まあそこそこの速さで走ることができる。
それでもこの世界では化け物揃いであり、今のルナはクラスで5~6番目くらいだろう。
競技人数は各チーム五人で、一走目が3000m、二走目が1500m、三走目が800m、四走目が400m、ラストの五走目が200mというもので、セレーネが1500m、ルナが400mということになっている。
そして、もう1つ出場するのが魔法による勝負でこちらも5人であり一対一のものとなっている。
ルナとセレーネが選ばれた理由は、最悪の場合を考えてだ。
相手が先手必勝とばかりに攻撃を仕掛けられれば敗北宣言をする前にやられる危険がある。
だからこそ、運動神経の良い者達が出場し、先手を打たれた場合は回避し、即敗北宣言という手筈だ。
「皆降りたかー?」
次々と馬車やら何やらが集まってくる中で、手短に点呼を取るとクラスでまとまって移動を開始する。
「ついに...」
目の前にそびえ立つ大きな校舎に、ルナは立ち止まる。
何ヵ月ぶりかの見慣れた校舎、イスカヌーサ学院。
ようやくここで止まっていた時間が。
―――全てが、動き出す。
同時刻、イスカヌーサ学院1-5にて。
「皆さん!ようやく創校記念祭です!頑張りましょうね!」
担任のアイナスが何とか暗くなってしまった雰囲気を戻そうと元気に励ますが、このクラスでは既に死人が一人、更には今も尚学院都市で人を殺して回っているアレットという最大の悪を産み出してしまった。
学校でも設けられた探索時間を使っても手がかりすら見つけることができず、しかもその最中にガルナの死亡。
笑っていられるはずがない。
「そ、それじゃあ、皆...。校庭..に」
少しずつ頼りなくなっていくアイナスはそれだけを伝えると教室を出る。
そして。
「私、担任なのになぁ...。なんで、笑わせてあげられないんだろ...」
自分の不甲斐なさに嘆息を溢しながら、誰も居なくなった廊下で壁にもたれ掛かり、一人で無力さを嘆く。
そんな担任の優しさに気づけなかったクラスでは。
「僕が、きっと」
実の兄の訃報に泣き腫らした顔を上げて、ガブィナが決意をする。
「仇を取るよ、ガルナ」
きっと、今もあいつはどこかでのうのうと生きている。
友を奪い、兄を殺したあの男は。
「アカツキ、絶対に殺す」
記憶の改竄は事象をねじ曲げ、人の心も塗り替える。
あの夜、家族を失った日にガブィナはクルスタミナと出会う。
彼の知る限りの記憶ではもっと人としての姿を保っていたはずだったが、彼は断罪を求めた。
『ガルナは...。兄は、どうして殺されたんですか...!』
『どうしてだろうな』
『殺した奴は誰なんですか!クルスタミナ理事長!』
『...知りたいか?例えそれが自分の望まぬ解答でもなくとも』
勿体ぶったような言い方にガブィナは叫ぶ。
『僕は、誰が殺したかと聞いてるんだ!』
『ふん。ならばいいだろう』
きっと、僕は何も知らなかった。
友と友が殺しあい、その末に死んでしまった兄のことを。
アレットが、自信をも巻き込む魔法で死のうとしていた時に、ガルナが咄嗟にアレットの周りの時間を停止させて被害を出さないようにし、自分よりも長く共に歩んできた仲間を守ることを選択したこと。
『アレット・スタンデ。お前の兄を殺した奴の名前だ』
『......え?』
全く予想のしない解答に疑問を言葉にすると同時にガブィナの体が不自然に浮かび体が悲鳴を上げる。
『あが...が』
『まあ、書き換えられる真実だがな』
クルスタミナの隣で今まで見たことのない義足の男が立っており、右手を上げている。
『理事長殿、出来れば早急に事を済ませてくれると助かる。確かにこの駒は使えるが、私の能力を知られたくはない』
『分かっておる』
浮かび上がる体を必死にバタバタと足掻きながら必死に抜け道を探す。
見えない。この体の束縛は間違いなくあの義足の男がやっていることなのに、ただ右手を上げているようにしか見えない。
『今からお前の復讐の目的を兄を失ったことにし、その復讐相手を貴様の友であったアカツキに書き換える。魔法の変わりに身体能力が他人の何倍も優れている貴様なら魔法を無効化するアカツキの力は意味を持たない』
消えていく。戻ってくる。
頭の中には無数の空白が生まれ、その空白を一瞬だけある記憶が埋める。
それは本物の記憶で、真実が隠されている。
クルスタミナが自分達を虐げ、数々の非道を繰り返していた。
母さんと父さんを奪い、罪もない人達を奪い、汚す悪の塊である男。
『クル...スタミナアアアアア!!!!』
『五月蝿い。発声器官を潰したいが、駒である君には害を与えることを許されていない、クルスタミナ殿』
『思い出したか。まあ、意味のないことだ』
大切な人達との記憶に土足で踏みいる男の名前を最後まで叫ぶ。
埋まった記憶はピースのように崩れていき、楽しかった日々が闇に書き換えられていく。
『絶対に...!絶対に!』
醜悪な力、他人の記憶に無作法に介入する男の顔を見続ける。
忘れない。忘れたとしても。
『絶対に殺す!!』
『耳が痛いな。生徒に殺すなどと言われると』
きっと、救ってみせるから。
兄を、アレットを。
―――アカツキを。
そんな彼の願いは叶わず、ここで偽りの決意を固めるガブィナは強く拳を握る。
偽りの願いと共に。
......その数分後、学院中に聞こえるようにアナウンスが流れる。
わやわやとそこかしこで話している生徒の波にのまれながら移動をするクレアとナナ。
「どうするんですか、ナナちゃん」
「どうしようもないよ。あんだけ探したのに手がかりは1つもないんだから」
アカツキという青年を探し回ってもどこにも姿はなく、どこかで見たという情報もない。
本当に捕まえられるのだろうかという考えさえしてしまった。
人の波は少しずつ前に進みだし、校庭につくと二人はリナの下へ向かう。
その途中で。
「ねえ、セレーネ。あそこの屋台に行ってみない?」
「もうお腹が減ったんですか?」
「覗いてみるだけ。どんな風なのかなって」
遠くで話している他校の生徒が目に入る。
少しだけ目を引かれてしまったクレアは先に進むナナに少し駆け足で追い付く。
その何だか気になる他校の生徒も同様にこちらに歩いてくる。
そして。
「――――――――」
何も言葉を交わさない。
ただ当たり前に横を通っていっただけだ。
その後ろ姿にまた目を奪われてしまったクレアにナナはどうしたの?と疑問を投げ掛ける。
「何でもありません。ラルースちゃんやリナちゃんが待ってるので行きましょう」
「そうだね」
校庭で二人を待っているリナ達の下へ向かうクレア達をルナは振り替えって見たりはしない。
絶対に救うと決めたのだ。
名前も容姿も知らない他人に話しかければどこで見てるかも分からないクルスタミナの手の者に疑われるからだ。
「セレーネ」
「はい」
「頑張ろう」
短い言葉をセレーネと交わし、屋台を覗きに行くルナ。
各々が決意を固めるこの場所で。
―――ようやく、止まっていた盤面は動き出す。