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遥か彼方の浮遊都市  作者: しんら
続章【学院都市】
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<もう一度、私と一緒に>

「もう、いいんですよ。一人で泣かなくても、自分が嫌いにならなくても」


知られている。知られていた。

隠してきたのに、迷惑をかけたくなかったのに。


なんで、なんで...!


「なんで、と思っているんですよね。見てれば分かりますよ。アカツキさんが必死に隠していることくらい。他人から見ても分かるくらいに」


心を見透かした発言にアカツキは俯いていた顔をあげてサティーナを見る。


「迷惑をかけたくない...から」

「なんで迷惑だと思うんですか」


「サティーナ...を傷つけた..から」


アカツキは少しずつ話していく。

隠していたものを、他人に見られたくなかったはずの子供みたいな理屈を。


「サティーナは悪くないのに、悪いのは守れなかった自分なのに!それなのに、お前に八つ当たりして!自分が正しいと決めつけて、被害者なのに!...酷いことをした」

「はい」


「そうしたらまたこれだよ!今度は誰にも共感されないことに、偽りの日常で笑っている奴等が憎くて!!」


「―――また、傷つけそうな気がしたんだ...」


神器による記憶の改竄の真の恐ろしさは日常をねじ曲げることにある。正しい記憶を持っている者に、恐怖と違和感を植え付け、日常で過ごす何の罪もない人間を憎いと思わせる。


なぜ、理解できないのかと。こんな誰かの都合通りの世界で笑っているのかと。


憎くて、憎くて、しょうがない。


「だけど、傷つけたくないんだ...。悪いのはあいつらなんかじゃない。分かっているけど、毎日が気持ち悪くて、吐きそうなのを我慢して!」


心が二つに分離していた。


何も知らずに笑っていられるのがとても羨ましくて、憎たらしい。そんな中で自分だけが本心から笑っていないことに違和感が積もっていく。


どうして、そんなに笑える。

自分の笑顔は酷く歪んでいる。気持ち悪い。


笑っている奴等も、それを心の底で憎んでいる自分も何もかもが気持ち悪い。


「なんで、話してくれなかったんですか?」

「だから...っ!!」


アカツキが理由をもう一度言おうとした瞬間、サティーナは分かっているという風にアカツキに迫る。


「迷惑をかけたくないから?」


サティーナの質問に力なく頷くことを回答とするアカツキ。

確かにサティーナは自分に八つ当たりしていたことは怒っている。

何度も自分の親切を無下にしてきて、許しますと言えるほど出来た人間ではないことも理解している。


―――そう、怒っているだけだ。


「許しますとは言いましたが、正直今も怒っていますよ」

「やっぱり...」


「―――それだけなんですよ」


え?と疑問を口にしながらサティーナを凝視するアカツキにサティーナは少しだけ頬を緩ませながら。


「怒っていますよ。───でも、それよりも今は楽しいことだらけなんです。アカツキさんは何故か女の子になっちゃいましたし、リリーナさんはたくさんお酒を飲むし、それに付き合わされるアオバさんもアオバさんで嫌だと言いながら笑っています。そんな何気ない光景でも私にはとても新鮮で―――楽しいんですよ」


―――きっと前の私には当たり前の光景すら見ることが出来なかった。


断片的な記憶は酷く暗くて、いつも一人の女性ばかりを見ていたのだから。


「だから...!」


サティーナはアカツキの両頬を優しく包み込み、辛そうにアカツキの瞳を覗き込む。


「こんなに私が笑っていられるのも、世界が歪だからかもしれません。だけど、私は記憶を失った日からあなたを見てきて、あなたの周りの皆さんを見てきました!例え誰かに植え付けられた記憶でも、私はあなたのことだけを考えています!」


勢いに任せるように、それでいてアカツキを優しく包み込むようにサティーナは本当のことを口にする。

嘘偽りのない、真実を。


「でも、迷惑じゃ...」

「だから!私は迷惑とは思わないって言ってるんです!もっと言いましょうか!?」


サティーナには記憶がない。

この世界を歪と捉えるならサティーナという存在もまた歪なのかもしれない。


そんなサティーナにも守りたいものがある。

誰よりも側にいたいと思う人がいる。


例え記憶が戻り、憎いと思うようになってしまっても今だけは好きだと言える人がいる。


「―――好きな人が泣いている姿なんて見たくないんですよ!!」


アカツキさんはとても弱い。

男のくせに力もなければ、知恵もあるとは言えない。

そのくせ、子供のようにメソメソしている。


だけど、そんな人でも笑っている姿はとても綺麗だ。

この人が救いたい人がいる。そのためにこの人は苦しみに耐えている。


この人が救いたい人は私も救いたい。

だから、私は少しでも手助けをしたい。


それが、サティーナの。


―――私の覚悟だ。


「辛いなら辛いって言ってください。寂しいなら私を呼んでください。お腹が減ったなら私はご飯を作りますし、泣きたい夜なら私が一緒に寝てあげます。今の私には、あなたしかいないんですよ...」


アオバやリリーナのように仲間と言える人が居ても、サティーナには友達や親友、好きな人と呼べる人はアカツキだけだ。


「頼られることは迷惑なんかじゃありません。頼られるというのは信頼されていることで、私にはとても嬉しいことなんですよ」


サティーナは目の前で涙を流す一人の人間をそっと胸に近づける。


「―――私を頼ってください」


アカツキは何も言えない。

だけど、悲しいわけじゃない。それだけは確かに言えることだ。


涙を流しながら嗚咽を漏らし、まるで子供のようにサティーナの胸のなかで泣くこの人がサティーナには愛しくてたまらない。


たとえ、姿形が変わっても、心の形が変わってしまってもアカツキはアカツキだ。


だから、支えてあげたい。


「ごめん...ごめん..」


か細い声で謝るアカツキの頭をそっと撫でるサティーナ。


「大丈夫ですよ」


何度も何度も、アカツキの髪の毛の感触を確かめるように撫でるサティーナの胸のなかで、嗚咽を漏らしていたアカツキの声はやがて静かになっていき、夜の帳が世界を包み込んでいくなか、二人だけの部屋は静寂に包まれる。


「寝ちゃいましたか」


泣きながら眠るなんて本当に子供みたいだなぁ、と思いながらアカツキをベッドの上へ戻し、サティーナはそっと部屋の外にいた人物の名前を呼ぶ。


「いるんですよね、アオバさん」


少しの静寂のあと、静かに部屋の扉が開き白衣姿の青年アオバが入ってくる。


「いつからそこに?」

「丁度五分前ですかね?大丈夫ですよ、リリーナさんには言いませんから」

「そうしてくれると助かります。何かアカツキさんに用事が?」


サティーナの問いかけにアオバは数枚のカルテを出し。


「アカツキさんと言うよりはサティーナさんにですよ。僕の薬の副作用が判明したのでご報告を、と思いましてね」


サティーナにカルテを手渡し、アオバは一つ一つ丁寧に説明していく。


「端的に言えば、サティーナさんの考えていた精神の不安定化ではなく、身体能力の低下というのが副作用であることが判明しました」

「そうですか。では、今のアカツキさんは...」


「神器による偽りの日常、それに対する自身への嫌悪感です」


サティーナの隣で静かに寝息をたてながら眠っているアカツキを一瞥すると、静かに部屋を出ることにするアオバ。


「では。伝えることは伝えましたので、僕はこれで」

「はい。アオバさんありがとうございました」


アオバが部屋から出ていくのを見届けた後にサティーナも部屋から出ていこうとすると、そのサティーナを引き留めるようにベッドから手が伸びる。


「待って...」

「アカツキさん?」


手の伸びた方へと振り替えると、そこでは目を瞑って眠っているはずのアカツキが悲しそうにサティーナの手を掴んでいた。


「...いいですよ。アカツキさん」


もう一度、アカツキの手を握りながらサティーナも同じベッドの中に入り、踞っているアカツキの体を優しく抱き締める。


「おやすみなさい、アカツキさん」


きっと、これが幸せというものなのだろう。

当たり前に日々を過ごすもそれは幸せなのだろうが、今のアカツキは自分だけのものだと思うと、表現のできない喜びが込み上げてくる。


「あり...がと」


眠りながら感謝の言葉を口にしたアカツキをもう一度、こちらに引き寄せるように抱き締めると、サティーナもまた眠りについていく。


こうして、アカツキとサティーナが大きく変わった何もなくて、幸せな日が終わる。


サティーナが幸せを噛み締めながら意識を手放そうとした瞬間

...遠くで、何かが落ちる音がした。



「―――あーあ、できれば僕もここまでしたくなかったんだけどね」

「この...偽善者が!」


無様に地に叩きつけられかつての威光もどこかへと行ってしまったボロボロの体で男は怨嗟の言葉を口にする。


「僕の屋敷を!僕の妻を、子供を使用人も!全部殺したな!人殺しが、悪魔が!!」

「―――?何をバカなことを言ってるのかな?僕が殺すのは罪深いお前だけだよ、今頃君の使用人と大事な家族は逃げ出しているよ。結局君が隠してるつもりでも、周りは君がどれだけ残忍で卑怯な男か、知っていたってわけだ!笑えるね、我欲が為に利用してきた家族にまで見捨てられて、こんな地べたで這いつくばって!!」


狂ったように、それでいて心底楽しそうな笑う少年の手のなかでは今でも凄まじい熱量を持った地獄の炎が生み出されている。


「あー。愉快だよ。ここまで愉快な話はそうないね」

「アレット...スタンデ..!この狂人が...!!」

「ありがと。今の僕にはとてもお似合いの言葉だ。嬉しすぎて今にも君が燃えて苦しむ様を見たいくらいだ」


残虐な笑みをこぼす少年の名前はアレット・スタンデ。

かつてはこの男の遠縁であるクルスタミナ・ウルビテダのイスカヌーサ学院に所属し、仲間思いだった一人の少年。


今は、クルスタミナに関係するものを殺して回り、今や世界すら焼き付くすことのできる化け物となった一人の人間。


「母さんはどうして苦しんでるんだろうね」


男が炎で焼かれ、世界から焼却されようとした瞬間にアレットは呟く。


「お前らのせいで、家族は死んだ。運命は、世界は残酷だ」


かつての起こった悲劇は今も尚アレットの脳裏から離れない。

なんで父さんは死んだのか、なんで母さんは僕を、家族を、何もかもを忘れてしまったのか。


「―――こんな奴等も、世界も滅びてしまえ」


世界を焼き付くす炎は止まらない。

アレットはきっと止まる術を無くしてしまった。友をこの手で殺してしまったあの日、心の中で優しいアレットは消えてしまったのだから。



―――暗い路地、一人の少年もまた自分の役目を果たす為に、そこにいた。


「アレット、待っていろ。俺が、助けてやる」


アカツキは仲間を、失われた記憶を取り戻すために、ガルナは我を忘れて暴れ狂う友を救うために、アレットは間違った世界を焼却してまた皆が笑える世界を取り戻すために、各々がついに動きだし、学院都市最後の戦いは始まろうとしていた。


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