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遥か彼方の浮遊都市  作者: しんら
続章【学院都市】
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<最悪と最善>

目が覚めるとそこは薄暗い部屋などではなく、見覚えのある立派な装飾に人形の数々、そこは紛れもないアカツキが唯一与えられた屋敷だった。


「ってえ...あれ?」


いまだに痛む頭を押さえながら立ち上がると体に違和感を覚える。というか声も全然違う気がする。


意識が途切れる瞬間を思い出したアカツキは部屋に備え付けてある大きな鏡のあるほうへ振り替えると...。


長い黒髪に整った顔、大きすぎず小さすぎないちょうどいい胸、およそ男とは思えない人間が鏡に写る。


「なに...これ?」


何度も確認するように自分の顔をペタペタと触っていると扉がノックされる。


「アカツキさん、起きましたか?」

「起きたけど...」


扉を開けるとそこには申し訳なさそうに立つサティーナの姿、その後ろには見覚えのある面子が揃っていた。


「良かった、丸1日目を覚まさないので心配したんですよ」

「流石の私でもヒヤヒヤさせられたよ」

「アカツキさん...その。申し訳ありません」


だが一人だけ、この事態を起こした主犯格の姿がないことにアカツキはすぐに気づく。


「大丈夫だって、それよりもユグドのおっさんは?」

「ユグド様なら客室で...」


「バカ!言うなって!」


アカツキが怒ってない素振りをしていることで騙されたのか、サティーナは安心したようにユグドの居場所を教える。

それを止めようとするリリーナだったが、止めたときにはアカツキは走りだしていた。


「え?どうしてですか?」

「あいつの演技だよ!あいつが何かされて怒ってないと思ってんのか!?」

「一先ずユグドさんの下へ急ぎましょう。何かされていてもあの人が悪いので止めれませんが、気を失われでもすると面倒になります」


その後、あまり急がずに客室へと向かう三人は途中でユグドの叫び声が聞こえ、少し早足になって部屋へ向かうとアカツキにボコボコにされたユグドが机の下に隠されていた。


....アカツキを宥め、気絶したユグドがアオバに起こされ、ようやく本当の話し合いが開かれる。


「ユグド、なんであんたは力も体格もこいつよりも上なのにボコボコにされてんだよ」

「外見が女だとやりづれぇんだよ」

「まあ自業自得ですね、今回は僕も擁護出来ません」


「お前らも止めなかったから同罪だぞ、そこんとこ覚えとけよ」


アカツキはユグドのことを止めなかったアオバやリリーナにも厳しいが、サティーナはリリーナに騙されたということで何とか難を逃れたらしい。


「まあ、正直な話よぉ、そんぐらいしねぇと外に出れねぇんだよ」

「そもそも外に出る理由があるか?」

「何を引きこもりみてぇなこと言ってやがる。屋敷のことはメイドに任せてもいいが、いつまでもお前を隠せることは出来ねぇ。それにお前にはやって貰わなきゃいけねぇことがあんだよぉ」


やって貰わなきゃいけないこととは何だろうかという疑問に首を傾げるアカツキにユグドははっきりと告げる。


「1ヶ月後、イスカヌーサ学院で創校記念祭とかいう、デケェ祭りがある。そこで白か黒か見定めなきゃいけねぇ奴がいる」

「名前は?」


「ガルナ、こいつに接触することが最優先事項だ。俺らでもあいつの居場所を突き止めてねぇ、いつも着いた時には一足早くその場を離れてやがる。リゼットの奴に屋敷にアカツキが居ると情報を与えたのはアイツだ。だが、リリーナの奴には副産物の一人、クラリナが屋敷に向かってるという情報を渡した。正直こっちとしては今のガルナを信じれねぇよ」


アオバから聞いた話ではガルナは置き手紙を残して病室を去ったらしい。抜け道をガルナが知ってるはずが無いのにも関わらずガルナは地下を抜け出し、地上で死んだ人間として活動している。


「アオバ、ガルナの奴は死亡してることになってんだよな?」

「アカツキさんの言うとおりガルナ君は即死したということを伝えました。遺体は神器の影響が予測できないので渡せないと言ったら手を引いてくれましたよ。まあ、弟さんの方は納得がいかないようですが」


当たり前だろう。唯一の血が繋がった家族を失ったというのにその遺体にすら会えないのだ。不満があっても何らおかしくはない。


「他にもガルナの奴はクルスタミナに情報をリークしてる可能性がある。アオバが来た本当の理由、つまりは俺が呼んだということが既に義足の集団やジューグの兵に伝わってるんだとよぉ」

「なんでわざわざそんなことを...」


全くガルナの考えていることが理解できないようだ。

各々ガルナが情報をリークする理由を必死に模索するが、時間の無駄だ。


「てなわけで、都市全体の記憶を改竄した時以来初めてクルスタミナが顔を出すのがその創校記念祭ってぇわけだ。そこにガルナは現れる。俺やアオバ、リリーナはやることが多くてよぉ。それに、友達なんだろ?なら外野の俺らよりもてめぇのほうが適役だ」


そして、とユグドは言葉を続ける。


「サティーナは変装させれば余程のことがねぇ限りバレねぇだろうが、クルスタミナの奴はてめぇの神器の魔力を察知することができる。男の姿よりも女になったほうが少しでも誤魔化せるだろ?神器の魔力はそこそこ制御できるだろ。できるだけ魔力を隠しつつ、潜入捜査だ」


「バレる可能性は?」

「無いとは言い切れねぇが、クルスタミナは人間の屑だ。特に女に目がねぇ、お前が魔力を隠していれば間違いだろくらいで済む。もしかしたら、コレクションとかいうクルスタミナの人形にされちまうかもな」


クルスタミナが人間として救いようの無い屑だというのはアカツキも同意見だ。実際にこの目で見て、嫌悪感を覚えずにはいられなかったのだから。


「深入りしすぎず、浅すぎず。必ずクルスタミナに接触することにはなるだろぉが、あんまり長い時間関わるんじゃねぇ。あいつに目を付けられたら最悪じゃ済まねぇぞ」

「分かった。許すとまではいかないけど、おっさんもちゃんと考えてたってことは分かった。んで、俺はガルナに接触するだけか?」


「随分あっさりと受け止めましたね、アカツキさん」

「こんなところでグチグチ言ってても何にも変わんないからな。こんな体になっちまった以上、有効活用するさ」


アカツキの成長と言っていいのか分からないが、強くなったという点は明確だ。


「サティーナ、付いてきてくれるか?」

「はい。アカツキさんの頼みですから、従者としてどこまでも付いて行きます」


なんとも言えない表情になったアカツキに少しの疑問を抱きながら朝食の準備にサティーナは取りかかる。


その間に用があると言って抜け出したユグドを抜かした三人で話すことになる。


「おっさんはどこに行ったんだ?」

「まあ、大方修行の準備だろ。アカツキ、お前を鍛えるんだとよ」


「1ヶ月後の創校記念祭の後になると思いますが、何があるか分からないですし、早めに準備を終わらせたいんでしょう」

「修行ねぇ...」


この世界に来てアカツキがやった修行と言えば、神器による魔法の相殺ぐらいだ。

修行ともなれば、神器の保持者だった頃に比べて今のアカツキは百分の一にも満たないだろう。


弱さの実感は屋敷の戦いで痛いほど味わった。

それほどまでに神器の力が強大だということも。


「その間、臨時入学ということでどっかの学校に入れるか?」

「戸籍の偽造ならできると思いますが、入学させて何かこちら側にメリットがあるでしょうか?」

「───制服だ。イスカヌーサ学院の創校記念祭はいわば都市の創設記念祭でもある。一週間掛けて行われる競技にはほとんどの学校が参加するらしい。私服よりも制服姿のほうが怪しまれるのも減るだろうし、それに学校単位での参加になれば、必然的に同じ制服の奴等が増える。外部の人間より身内に近い生徒の方がやりやすいだろ。それに今、クルスタミナは何故か生徒の選定や入学手続きを自分で行っていない、潜り込むならこれ以上ないタイミングだよ」


創校記念祭には勿論一般の入場者もいるだろうが、ほとんどが様々な学校の生徒だ。生徒の中に紛れることで、少しでもバレる危険を下げる。


なんでそこまですると言われたら、こうまでしないといけないことだからだ、と答える。


ただでさえ不利な状況なのだ、危険な場面は少しでも減らしたいのだろう。


「では、あとは名前ですね...」

「適当に本人が決めればいいだろ」


しかし、流石のアカツキでもこれはやりすぎなのではないかと思ってきている。

確かにクルスタミナは賢い、自分の力だけで副理事長まで上り詰めた。


しかし、アカツキ達だけで情報収集をしていた時でさえ危険と言えるような状況はめったに無かったのだ。確かにジューグが助言をしているとしたら恐ろしい。だが...


「大体考えていることは分かるが、あまりジューグって女をなめんなよ。あいつを常識の範囲内で考えるだけ無駄さ」

「性転換に、戸籍の偽造。これだけやっても危険か?」

「危険だね。まずあんたが一番に会っちゃいけない奴はジューグだ。少しでも近づかれれば確実にバレると思いなよ。あの女は特別や規格外なんて言葉じゃ言い表せない」


課題評価などではない。

あのジューグという女は常人が理解をできるようなものではない。


「―――数えられるだけでも27都市を壊滅寸前まで追い込み、間接的な被害も含めれば実に億を越える人間が殺された。───人類史上彼女を越える悪人は存在しないでしょう」


アオバは神妙な顔つきで言葉を発する。


「正直こんなにやっても上手くいくか分からないんですよ。あの人の怖いところは尽きることのない人としての欲と、使い捨ての義足の集団に、無限の兵士。本気を出したら、勝てる要素は微塵もないんですから」


表現のしようのない強さ。それがジューグという人間だというのか。


「こう言っては悪いけれど、サティーナさんの力は人を殺すことに長けています。だからこそジューグの側近として長らく行動を共にしていました」


「そのサティーナさんを敵であるアカツキさんに渡した。余裕、慢心、どちらにしろ力がある人間のやることですし、何を考えているのか...」


長い時を生きたアオバでも答えは見つからない。本当はものすごく簡単な答えなのかもしれないが、ジューグという人間、そんな理由だけで難しくなってしまう。


思考が停止しかけていた時に、部屋の扉が開き、サティーナとメイドが朝食を運んでくる。


「食べ終えてから考えようぜ。時間は少ないけど、焦ってちゃ見えるものも見えなくなるしな」


アカツキの提案に二人は頷くと机に並べられた料理を食べ始める。


この時だけは楽しく語り、短い一時をアカツキ達は過ごす。

きっとクレア達もどこかで笑っているのだろう。


記憶の忘却を自覚することなく、今も学院都市は矛盾に気づくことなく時間が過ぎる。


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