<怪しく光る>
「よいしょっと!」
あれほど傷ついた体も今は何事も無かったかのように当たり前に普通の人としての色と質感を取り戻していた。
「なあ、サティーナ」
「何でしょうか?」
「あいつらは無事かな...」
アカツキの言うあいつらとはきっとナナやクレア、クラスメイトのことだろう。
今までそのことについては触れようとしなかったのはきっと忘れられたという苦しみから無意識に逃げていたのもあるが、それどころではなかったのだろう。
だから、今のアカツキは元のアカツキに戻ったということをサティーナは再確認する。
「はい。きっと皆さん無事ですよ。あの都市を巻き込んだ記憶の改竄以来クルスタミナが直接表に出たこともなければ、学院の皆さんに危害を加えるような命令を下しているようにも思えません」
そうなのだ。
記憶の改竄以降クルスタミナは誰にも目撃されていない。
それが意味するのは裏で何かしらの人目に出せないような実験または、アカツキやサティーナといった例外を排除するための作戦を外部に漏らさないように隠匿しているのかもしれない。
「屋敷の襲撃以来、何も起きてないとはいえ、逆になんで攻撃の手を緩めたのかと思うけどな」
屋敷の襲撃によりアカツキ陣営は多大なダメージを負ったはずだ。クルスタミナは戦いに誇りや美を持ち込むような人間には到底思えない。邪魔者は排除、どんなに卑怯で下劣な手だとしても勝てばいいと思っているのだから。
「―――まあ、当然私らが来たからだろうな」
声の主と思われる人物はいつの間にか部屋の扉を開け、青を基調とした私服姿で壁にもたれ掛かっていた。
「都市壊滅部隊シヴァ、だっけ?名前からして都市を破壊する奴等なんだろ?なんで、一人なんだ?」
「まあ、そりゃあ今回のリリーナって人間はただ雇われた護衛だからな。私が行動する理由はアオバとその他大勢を護衛するためだけであって、都市壊滅部隊としては来てないよ」
だからこそ分からない、聞けばこの女性は都市壊滅部隊の副党首、言うなればNo.2だろう。
なんでそんな人物がわざわざ護衛をする?
「どうしてって思ってるだろうな。理由はまあ、色々あるけどユグド、あいつに呼ばれたからだ。だけど、私は腐っても副党首、そんな滅多な状況じゃなきゃ他都市に入れない。それに今回は記憶の改竄で民も衛兵もいつもの暮らしと変わらないと思ってる。外から見たら普通にしてるようにしか見えないから尚一層たちが悪い」
「まあ、そりゃあな。実際この状況でおかしいのは極数人の正しい記憶の保持者だ」
「だから、学院都市で暴れている殺人者、アレットにアカツキを捕まえる為に協力するようにとアオバに表面上を繕って貰って名もなき医師団の護衛という大義名分を得てここにいるってわけさ」
なるほど、とアカツキは事の顛末を理解すると同時に。
「そのおっさんが刺されたってんだから怖えよ。あんたらが秘密裏に行った会話を聞かれてたんだろ?だから、ユグドのおっさんは刺されたんだろ」
「───ミクに」
最後の言葉が出るまでに少々時間が掛かったことからアカツキの動揺が見てとれる。
「分かんねえことだらけで頭が痛えよ。本当に」
―――俺が見たのは断片的な記憶と景色。
あいつが表面に出て来て暴れている時に色々な景色が流れてきた。アレットとガルナの殺しあい、ユグドを刺して逃げるミク。
嘘だと信じたかったけれど、心がこの光景が真実であると何故か理解していた。
「リゼットにアレットのことを教えなかったのもあんたの優しさか?」
「信じたいんだよ。あいつも、俺も。実際あいつが神器の保有者でクルスタミナの近縁を殺して回ってるなんて信じたくねえ」
リゼットの知るアレットはきっと能天気でバカな奴だけど、憧れの存在なのだろう。
目を見ればどれだけアレットを心配しているのかアカツキにも分かる。
「あんたが隠してもいずれリゼットは知ることになるよ」
「今は知らなくてもいいだろ。あいつは考えていることは大人並みでもまだ15歳だぜ?憧れの先輩が殺人者なんて知らなくていい」
「───優しいより、甘いね。そんなんじゃあんたの方が辛いだろうに」
「結局俺は約束も守れない最低な人間さ。嘘もあんなに言わないと言っときながらあいつらに無理矢理状況を隠してきた。そのツケがこれだ。まあ、よくもこの野郎は懲りないなと思うよ」
きっとアカツキは自分のことではなく、人の為に嘘をつく。
守りたいから傷ついてほしくないから嘘をつく。
「決断できないだろ?嘘をついて傷つくよりもあんたは嘘をついて守れた方がいいと思ってる。悩みなよ。他人に聞いて答えが出るようなもんじゃないし、そもそも私にはそんなこと答えることはできない」
「...そうするよ」
話に一段落ついたところでリリーナはアカツキの所へ来た理由を説明する。
「アオバがお呼びだ。アカツキ、そんでサティーナもね」
「作戦会議か?」
「まあ、行ってみてからのお楽しみってやつで」
リリーナに案内され、暗い地下の更に地下への階段を下り一つの部屋にたどり着く。
中にはアオバの他にもう一人の声が聞こえる。
...誰だろうか?
「アオバー連れてきたよ」
「おっと。来ましたよ、本当にやるんですか?僕が作った薬とはいえ本当に効果があるのか分かりませんよ?」
「こいつの身元を隠すにゃあ、これぐらいしねぇとだろ?」
そこに居たのは心配そうにしているアオバと全く心配そうにしていない男。
「え?ユグドのおっさん?」
「よぉ、久しぶりだなぁ。また、会えるたぁ、俺も思ってなかったぜ」
「何を言ってるんですか。僕とサティーナを連れてきたのはユグドさんでしょう?」
「それは言わねぇ約束だろうが。雰囲気だよ、こういうのはなぁ」
アカツキの見た記憶では死ぬとまでは言わないが酷い傷だったはずだ。
それにミクの持っていたナイフにも何かやばいものだという感じがしていたのだが。
「呪いを気合いで返したんですよ。本当に、出鱈目な人だ」
「まあな。そんなに誉められると照れるぜぇ」
「あんたが照れても何の魅力も感じないから、やめときな」
「口の悪さで容姿を台無しにしてる奴に言われたかぁねぇよ」
は?と本気で嫌悪感を露にするリリーナを見て、本当にユグドの人間関係の歪さを理解する。
「なぁ?おっさんが無事なのはめでたいし、嬉しいことだけど、ここに呼んだ理由はなんだ?」
「てめぇは傷が治って万々歳だと思ってるけどよぉ、忘れてねぇか?一応てめぇは大犯罪者で、すぐに殺されてもおかしくない人間だぜぇ?」
そんなこと自分でも知ってると言ってやりたいが、簡潔に話を済ませたいから無駄なことは言わないようにする。
「てなわけで、このやぶ医者の出番だ。こいつが何かインスピレーションの開花とか訳分かんねぇこと言って作り出した薬がここにある」
「ほう?効果は?」
「それが何とびっくり、男が女に、女が男になる。いわゆる性転換って、やつだ」
「でも、お高いんでしょう?」
「それが何とびっくり、初めての試験体ってことで無料なんだよなぁ」
「まじ?てか、普通に嫌なんだけど」
まさかこの場面でふざけてると思いたくないが、このユグドという男なら十二分にあり得る話だ。
「まあ、騙されたと思って一口、な?」
「ならサティーナも飲んだほうが...」
「そいつに死なれたら困るだろうが。それに女は化粧で化ける」
「俺は死んでもいいのかよ!」
アカツキを全く大事にしているとは思えない発言につい声を荒げてしまうが、もうユグドは飲ませる気でいるようだ。
「アカツキさんが飲むなら、まずは私が飲んだほうが...。それに私は化粧をするつもりはありません」
「駄目だな。化粧が駄目ならそこの外見と中身が正反対の女に変装させてもらえ」
「なんでそんなに俺に飲ませたいわけ?」
「え?んなもん、楽しそうに決まってるじゃねえか」
「ふざけんな!死んだらどうすんだ!」
「骨は拾ってやる。それに暗いよりはこういうテンションのほうがいいんだよ」
「嫌だ」
頑なに飲もうとしないアカツキにユグドはとうとう痺れを切らして、強行手段に手を出し始める。
「アオバ!押さえてろよぉ!!そいつに絶対飲ませるぞ」
「え?なんで僕まで」
「もうこの薬を俺に渡した時点で共犯者は確定なんだよぉ、さっさと押さえてろ!」
ユグドのハチャメチャな言い訳に本当にいいのかなあという罪悪感に苛まれるアオバ。
「アオバ、どうすんだ。私はあのクソカス野郎よりあんたを優先するよ」
「クソカス野郎ってのは言い過ぎだろうがぁ!!」
んー、んー、と悩んだ結果アオバは答えを導きだす。
「ユグドさん、本当に性別が変わったくらいでごまかせますかね?それにアカツキさんも変装させれば...」
「正直そっちのほうが良いかもしんねぇが、クルスタミナの野郎はあれでも神器保持者、中途半端な力とはいえ、アカツキには神器の魔力が混ざってる。なら男でいるよりも、女のほうがいざとなったらいいだろ」
「まあ、一理ありますが...」
実際神器を一度でも保持した者は普通の人間であれば感じられない神器の魔力を感じることができる。
ならば、男の状態で疑われるよりも、女の状態で疑問に思われている内に適当に言い訳して逃げ出せばいいだろうと、ユグドは言っている。
「だそうですよ?アカツキさん」
「嫌だよ」
「やれ」
「無理」
そろそろこの問答も飽きてきたのかユグドはとうとう薬を無理矢理口に捩じ込もうと、アカツキに襲いかかる。
「ざけんな!!てめぇ、まじで許さねえからな!」
「ほざいてなぁ、アオバ使ってもいいんだろ?」
「そんな酷い結果になるとは思いませんが、まあ、どうでしょう」
アオバの口調からして、大分投げやりになってきている。
「サティーナ!!」
必死に抵抗しながらサティーナの名前を呼ぶが...。
「アカツキさん...」
「まあ見てなって。実際おもし...。アカツキのためになるから」
リリーナに言いくるめられたサティーナが申し訳なさそうに立っている姿を見て、アカツキはもう誰も味方がいないのだと悟る。
そして、ユグドが持っていた瓶を開け、青い液体が口の中に広がり意識が一気に現実から引き離される。
「まぁ、いつも通り頑張ってくれやぁ」
意識が途切れる瞬間に聞こえたユグドの声にふざけんなと言ってやりたかったが、意識は既に手放され体に違和感を覚えながら眠りにつく。