<昔も今も私は私>
アオバから語られた過去の話は小一時間で終わり、その内容の凄まじさからアカツキは何も言えない。
「本当なら全て言ってしまった方がいいのでしょうが、それを話すと1日じゃ足りません。簡単に言えば、僕は認識による死というデメリットに引っ掛からない異物であり、この力を死者蘇生出来るまでに昇華させました。あなたの言うとおりガルナさんは一度死んでいます。ですが、彼の魂は諦めていなかった。だからこそ彼をもう一度この世界に呼び戻しました。ですが、生きることを諦めた人間に対してはこの力は役立たない。そして、死者蘇生をしてしまえば、数週間僕の能力に制限が掛かる。一度の再生で使う魔力が跳ね上がるなどですね」
それだけじゃない、アカツキにはもう一つ聞かなければならないことがある。
「教会、そいつらのことをもっと詳しく教えてくれ」
「ええ。アカツキさんはこの世界で現存する数少ない深淵魔法持ちですからね、彼らにも話はもう伝わっています。彼らは何かしら手を打ってくるはずですから、今の内に伝えておきましょう」
教会、それは現在この世界で最も発言力が高く、彼らが決めた法が世界の法となる。
主に人の定義から外れた異物を断罪と称して惨たらしく殺し、突出した力を持つ者も従わなければ殺すなど世界のバランスを保っている存在だ。
彼らは神に対して異常なまでの信仰心を持っており、一人一人の力も凄まじく、中でも権限と言われるものを与えられた使徒と呼ばれる者達は一つの都市を単体で崩壊させることが出来ると言われている。
「ウーラさんが与えられた権限は自由、シヴァやバーサーカー、名もなき医師団などの部隊を作り、突出した才能を持った人間や、人の定義から外れた存在を守る場所を作っている人です」
「まだ生きてんのか...」
大体予想していた通り、ウーラもまた不死に近い能力を有した人物なのだろう。
「まあ、あの人は例外中の例外、能力もそうですが、多分初対面でまともに話せるのはあの人だけですね」
「他の使徒は?」
「名前も外見も全てが隠匿されている存在ですからね、ウーラさんぐらいしか僕も知りません」
権限、それが使徒の力にどれ程の影響があるのかは知らないが、かつては神器の所有者であっても現状戦う術のないアカツキでは一人とて足止めはできないだろう。
当の本人も自分の力の無さは痛感しているだろうが、いずれは教会とも何かしらあるだろう。
その為に今は情報を知ることが最優先だが、教会と関わりのあるアオバにも詳しい話は聞かされていない。
ただ、禁忌書物を持ち出せる程度の信頼というだけで、アオバに絶対的な信頼を置いてはいないのだろう。
「おっと、そろそろ僕は行かなければならないので。今日はここまでにしましょう」
「ん?ああ、ありがとうな。助かったよ」
「ええ。それでは」
静かに部屋の扉は閉まり、アカツキはベッドの上に身を投げ出して、大きなため息をつく。
「サティーナ、少し知りたいことが出来た。俺に文字を教えてくれないか?学校ではほとんど勉強してないし、ほとんどクレアに頼ってから...」
「大丈夫ですよ。私も今はやることがないですから」
「ありがとな」
「いえいえ」
二人の間にはかつてのわだかまりはなく、ただ普通の仲間として当たり前の光景が広がっていた。
いずれは崩れてしまう当たり前の日々をアカツキは過ごす。
...長く暗い廊下に一つの音が響く。
軽快なステップを踏んでいるような音はアオバの目の前で止まり、聞き慣れた声が聞こえる。
「アオバ君、おひさー」
「来てたんですか。ウーラさん」
「ウーちゃんが居ないとアオバ君が機密漏洩で殺されちゃうからね。これでもあの人にアオバ君を任されたんだから!!」
シオリの頼みでアオバを任せられたウーラはかつての甘い言葉遣いを捨て、アオバの姉のように接し、時には冷酷な一面も見せるようになった。
変わった言葉遣いも冷酷な彼女を作り上げてしまったのも他ならぬたった一人の人間、アオバだった。
守る、ウーラはアオバを守り続けると約束したのだ。
それは真実でなくてはならない。
誰であれアオバを傷つけさせない、その意思をシオリからウーラへ引き継がれ、今のウーラはここにいる。
「―――アカツキって子、信じていいんだよね?」
笑顔のままウーラは背筋の凍るような殺意を発する。
過保護、いや、もはや疑心暗鬼と言っていいだろう。彼女は最初から全てを疑うことで、アオバの身の回りの邪魔者、傷つけようとする者を排除するのだ。
「アカツキさんに手を出したら、僕も怒りますよ。あの人はあなたの思っているような人じゃない」
「今は、ね。ウーちゃんは不確定要素としてあの子を見張ってるよ。少しでも害があると見なせば、お姉ちゃんとしてアオバ君を守るから」
「...」
「じゃあねーアオバ君」
今のウーラを作ってしまったのは過去の愚かな自分だ。
アオバが殺すなと言っても彼女が危険だと見なせばアカツキにも守る為の刃が降り掛かる。
そんなことはさせない。
今のアカツキは一人の患者であり、世界に振り回される一人の人間だ。
「危険じゃないことを証明しないとな...」
どうしてだろう。
アカツキを見ているとアオバはかつての自分を思い出す。
矛盾した存在、神に嫌われた存在、アカツキは世界にとって決して良い存在と言えないものだ。
「過去を引きずってるのは、僕も...か」
ならば、正しい道を歩ませないといけない。
決して教会と関わらせてはいけない。教会は狂っている、そして人の人生を狂わせる。
アオバもまた教会に人生をめちゃくちゃにされた者の一人だ。
「行きますかね」
手は早めに打っておこう。
教会が決してアカツキから手を引かないとしても、教会がアカツキと接触するのを長引かせることは出来るだろう。
決意を決めたアオバは暗い廊下を抜け。
異様に明るい部屋につく。
「お目覚めですか?」
「あー。おかげさまでなぁ。ったく、団長に逆らってまで来たってのに、無駄な時間を食っちまった」
「お元気そうで何よりです。傷の方はどうです?」
「ん?まぁ、最初は死ぬほど痛かったが今はもう何ともねえよ。傷が残ってるかは剥がしてねぇから分からねぇがなぁ」
「...いえ、恐らくもうユグドさんには必要ないかと。取っても構いませんよ」
「そうかい。んじゃ、ま、いらねぇや」
包帯を乱雑に剥がし、アオバの再生魔法を持ってしても一ヶ月は掛かると思われた傷を一週間で治し、体に残された呪いさえも跳ね返した男は立ち上がる。
「ちっ。でもやっぱ体がダリいな」
「本来であれば緩やかに心肺機能が低下し、死に至る呪いなんですから。当然ですよ」
呪いを解除というよりは根性で捩じ伏せたが正しいのであろう。
本来であれば人間が持つ死の恐怖やトラウマなど、心の弱さに付け入る呪いを凌駕するほどの心の強さをこの男は持っている。
「庭園を借りるぜぇ、アオバ」
「どうぞ。あそこなら誰にも見つからずリハビリ出来るでしょう。門は既に繋がってますのでご自由に」
「さて、と。本調子に戻るまで久しぶりに鍛錬でもすっか」
同時刻、暗い部屋の中に一人の来訪者が現れる。
「最近表に顔を出さないと思ったら、ひどい有り様ね」
「...言っていろ」
「主人に対して失礼ね。まあ、やることはやっているようだし、文句は言わないわ」
かつての副理事長としての面影が微塵も存在しない男の目の下には闇に近い色の隈、まるまると太った肉体は骨だけのゴツゴツした肌を露出し、垂れ下がった肉の皮は自傷行為によって赤黒く染まり、瞳には微塵の光りも存在していない。
「ワシは、ワシじゃ。誰もが崇めるクルスタミナ・ウルビテダだ」
「ええ。だから崇められるべき存在の貴方に邪魔する者が現れたわよ」
「―――ふざけるな!!!」
垂れ下がった皮を何度も爪で傷つけながら、目をカッと見開き怒りを露にする男に、全てを知る女は告げる。
「邪魔者はアオバという医者と、リリーナという女に貴方の大事な学院に通っているリゼット、他には記憶のないサティーナ、そして」
「―――アカツキよ」
「アカツキ...。アカツキ?アカツキアカツキアカツキ!!!!あいつだあいつだ!!ワシの邪魔をする小汚ない名無しがぁ!!!」
壁に何度も頭を叩きつけ血飛沫を飛ばすクルスタミナは大声で叫ぶ。
「あ、ああ!!ワシの可愛い生徒まで。裏切るのか、ワシを!!」
「許せないわよね」
「許せん!!」
「憎いわよね」
「憎い憎い!!」
「なら、殺しちゃえばいいのよ。私も手を貸すわ」
女は全てを知っている。
クルスタミナがプライドと精神の崩壊により日夜、自傷行為で痛みを己に与え続け、怨嗟の声を吐き続けていることを。
―――それをしたのは自分だということも。
「楽しみましょう?私の大事な大事な玩具」
冷酷な微笑をたたえる女、ジューグは静かに部屋を去り一人の名前を呼ぶ。
「―――ミク、出てきなさい」
「...何でしょうか、ジューグ様」
闇に溶けるように隠れていた女は片手に家庭で仕様するナイフとなんら変わりのない刃物を右手に持ち、姿を現す。
「そろそろ、貴方にも手伝ってもらいたいのよ」
「何でもいいですよ。姉さえ無事なら」
「そうね。じゃあ...」
フフっとより一層楽しそうに微笑むジューグはミクに最悪の頼み事をする。
「貴方の大事なお友達、アカツキを殺して頂戴」
「....必要なことですか。それは」
「ええ。必要なことよ」
ミクの人生に選択は常に付き纏っていた。
大事な姉さえも守れない自分を憎み、姉を助けるためにアカツキの仲間であるユグドを殺した。
今度はあの学院で共に時間を過ごし、クルスタミナを打ち破る為に協力したアカツキを殺すか、長い人生の中で唯一家族と呼べる姉を殺すか。
神様も選択も、残酷だ。
だけど、もっと最悪なのは紛れもない。
―――私だった。
「偽りの生活で得たクラスメイトを殺すくらい、出来るわよね?」
「...了解しました」
学院での生活は一時だったけれど、私は楽しかった。
同時に、あの学院で得た友達の家族を奪ったことによる罪悪感が私を苛んでいた。
昔も今も、変わらない。
私はお姉ちゃんを守るだけ。
この女に従って、仲間を、友を殺すだけだ。
「さあ、頑張ってね。ミクちゃん」
私は殺そう。
友人の家族をこの手で殺した時のように。
アカツキを。
そして。
―――ミクという偽りの存在を殺そう。
さようなら。