<残酷な決断>
まだ世界を太陽が照らさない時間にアオバはふと目が覚める。
違和感はすぐに気づいた。
長い間、毎日のように包み込んでくれた暖かい手の温もりが感じられなかったからだ。
「...先生?」
ベッドから起き上がろうとした時、自分の体に違和感を覚え、まるで燃えるように暑い自分の肩を見る。
「...あ」
その肩に刻まれたであろう紋様を見てアオバは、喜びや安堵よりも絶望が芽生える。
『先生、その肩の傷はどうしたんですか?』
『うん?これか?これはそうだな。一人前の医者になった証みたいなもんだ』
過去の記憶で先生はこの紋様を証と言っていた。
そして。
『お前が大きくなって、色んなものを守りたいと思えるようになったら渡してやるよ。でも、まあ無理か?』
『ひどいですよ!僕にだって守りたいものくらいありますよ!』
『あはは!言ってみなよ。アオバの守りたいものをさ』
先生は僕をバカにするように笑うけれど、僕にも守りたいものがたくさんある。
当時の僕は恥ずかしげもなく、さらりと言ったけれど今の僕じゃ言えないだろうなぁ。
『えっと。お野菜のおじいちゃんに、お米のお姉さん、あとはこの村の皆!』
『そっか。そっか。そりゃ大事なもんだな』
先生は軽く僕のことをあしらうが、幼い僕が次に言った言葉で驚いたようにこちらに振り向いた。
『あとはね。先生!一番大事な人だもん!』
『....え?』
記憶に残っている限りで一番驚いた顔をしたのがその瞬間だった。
だけど、すぐに元の表情に戻って僕の頭の上に手を置き。
『グリグリグリグリグリ!!』
『痛い痛い痛い痛い!』
突然頭を両手でグリグリしてきて僕は必死に逃げようとする。
だけど、僕は子供で先生は大人だ。当然逃げられるはずもない。
『あはははは』
『笑い事じゃないですよ!痛いのにー』
『いやいや。うん。そうだね。今のは私が悪かったよ』
先生はどこか嬉しそうに僕の頭に手を置くと、少しだけ悲しそうな顔になる。
『あんたにもきっとこれを渡す日が来るさ。だから、今はたくさんのことを知って、たくさんの友達と一緒に過ごすんだよ。それがきっとあんたの為になるから』
違う。
違う。僕はまだ一人前じゃない。
「先生、どこ!」
小さな診療所で先生がどこに逃げたのかはすぐに分かった。
どこか懐かしいような焦げた匂い、赤く燃える炎は何百年も前の出来事だというのにアオバの記憶に鮮明に残っていた。
「あ、ああああ!!」
そしてその炎の先には十字架に張り付けられた愛しい先生の姿があった。
「先生、先生、先生!!」
炎の中を必死に走り抜け、両手両足に刺さった杭を抜くために触れると、耐えきれない痛みが両手を支配し、すぐに杭から手を離そうと体が動こうとする。
本能に逆らって僕は必死に杭を抜こうとする。
「おやおやおやぁ?新しい化け物ちゃんですかぁ?まぁたまた~。とんだ親子愛ですね~。まっ、ウーちゃんには関係ありませんどぉ」
声の聞こえた方へ振り返ると、そこには片目を糸で縫い合わせ右腕の存在しない20代前半程でピンク色の瞳をした綺麗、いや人と言うにはあまりにも美人という領域の更に先の存在のような女性だ。
「あれ?ウーちゃん好みの男の子ちゃんじゃないですかぁ」
「お姉さん....誰?」
「きゃー!私をお姉さんって呼んでくれたわぁ!!嬉しー!」
テンションが異常に高く、その場で何度もジャンプする女性はアオバにどんな果物やおかしよりも甘い笑顔を向ける。
その常軌を逸した美しさに子供であるにも関わらずアオバの心を揺さぶってくる。
だけど。
「違う!そんなの違う!」
アオバにはそんな笑顔よりも当たり前で、もっと美しい笑顔を知っている。
いつも誰よりもアオバの近くに居て、誰よりもアオバに優しいその人が。
「先生の方が、もっともっと綺麗なんだ!!」
「ええ。ええ。それはもう素晴らしい笑顔でしたよぉ。あの苦しみに悶え苦しむ!あの顔はウーちゃんを震え上げさせましたぁ...」
「だけど残念ですぅ。ウーちゃんが好きでもアオバ君が好きじゃないんじゃあ、駄目ですよねぇ...」
心底残念そうに、いや実際に悔しがっていた。
目の前の殺すべき相手に対して、好きと言ったことも全てが真実だった。
だから、恐ろしかった。
全てが真実というこの目の前にいる女性が。
「アオバ君、君もね本当は殺さなきゃいけないの。だけどね、お姉さんがアオバ君は私の物なの!って言えばぁ。お偉いさんも許してくれちゃうのぉ、どう?お姉さんのこと好きにならない?」
「嫌だ!」
「どうしてぇ?」
全てが真実で出来た女性にアオバも真実で対抗する。
「―――先生のことが、僕は好きなんだ!」
アオバは真実で真実に対抗する。
これがアオバの答えだ。
誰がどう横槍を入れたとて決して揺るぐことのない真実をアオバは口にする。
「真実、とても純粋で綺麗な真実ですね、アオバ君...。だけど残念よぉ。私は、」
糸で縫い合わされた右目が開き、アオバの瞳を見据える。
金色に輝く右目を直視したアオバの脳内に無数の声が響く。
「ウーちゃんが強引に好きにさせないといけないやぁ」
アオバの頭に響いた恐れていたような怨嗟の声などではなかった。
むしろ逆のものだと言ってもいいだろう。
「好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き」
恐怖心など微塵も感じず、字にすれば恐ろしくもある告白の言葉にアオバは惹き付けられる。
一言一言が嘘ではなく、本当に自分のことを好きと言ってくれている。
誰にも...。
愛されなかった..僕に...。
頭が、体が、理性が、全てが目の前の女性を受け入れよと言っている。抗えない。
抗う術が何もないのだ。
アオバはただ真実の愛を受け入れるしか選択肢は与えられない。
「あ、あ...。お姉...さん」
「お姉さんですよぉ...。おいで、アオバ君」
差し伸ばされた手に向かい覚束ない足取りでアオバは向かう。
受け入れようとしている。
真実の愛に答えようとしている。
「うふふ..。おいでぇ」
吸い、込まれ...ル。
「人のもんに勝手に手出すなよ、このくそ女が」
突然、アオバは頭を掴まれ後ろに引き戻される。
「アオバ」
それでも尚戻らない精神を現実に呼び戻したのはその一言だけで十分だった。
名前を呼んでくれる、誰よりも自分を愛してくれていたあの声が。
真実の愛に侵されたアオバを世界に引き戻す。
「せ..んせい?」
「大丈夫だったか?逃げてくれって手紙を置いてたのに、どうして来たんだ」
「先生を探すために、すぐに部屋を出たから、見てない...です」
喜んでいたいいのか悲しんでいいのか分からない顔で、僕をを見つめる先生に僕は涙を流しながら縋り付く。
「どうし..て、僕なんかに渡したんで..すか?これは一人前になった人に渡される..んですよね」
涙声で僕は疑問を伝えた。
これはまだ僕に託してはいけないはずのものだ、誰よりも先生を見てきた僕だからこそ、この紋様は大事なものだと知っている。
「手紙を見てないんだからしょうがないか...。いいか、よく聞くんだアオバ。それは多くの人を救うために使うんだ。それが私であり、お前である証拠だ。誰よりも優しさと苦しさを知ってるからお前に託したんだ。だから、それを救うために使うんだ。その人が必要としてるならかならず助けてやれる。どんな苦しみからも救えるのはそれだけだ」
伝えることを簡潔に伝えた先生は僕を後ろに隠し、目の前で顔を赤くして高揚する女性に視線を向ける。
「素晴らしいですぅ。嘘一つない綺麗な真実、ウーちゃんの心に響きましたぁ...」
「わざわざ、待ってくれたのは感謝するが、生憎とあんたらに付く気はないね」
敵対の意思を伝えた先生に対して、お姉さんは首を傾げる。
「どうしてですかぁ?あなたにはデメリットどころか、メリットばかりじゃないですかぁ。自分達の罪の真実を認知しても尚死なない不死身性、それだけで教会は危険分子としてあなたとアオバ君を殺しに来ます。ウーちゃんはあなた達を救いたいんですよぉ?」
「嫌だね。一度アオバを傷つけたあんたらを信じるつもりは毛頭ない」
「私達ではなく、私個人でしたらどうですかぁ?ウーちゃんにもアオバ君は大事な存在なんですぅ。それに自分で言うのもなんですが、ウーちゃんは本当のことしか言いませんよぉ。確かに教会は許しはしないかもしれませんが、ウーちゃんが居場所を作れば教会は許さざるを得ないんですぅ」
「そう言いながら私を串刺しにした女を信じろと言われてもねぇ...」
「まあ、仕方ありませんよねぇ。正直ウーちゃんも焦ってるですよぉ。教会はヴィーテス一族を一人残らず殺す為に最大戦力を投下していますぅ。男は一人残らず魔法発展の実験台もしくは殺処分、子供も同様。女は一生実験材料を生み出す為に犯され、平凡な日々も幸せな日々も失われる。あなた達にもいずれ矛先が向き、殺されてしまう。あなたとアオバ君は認知して尚死ねません。そうなれば想像を絶する拷問の数々。殺す為に殺されて、あなたは実験材料となる。アオバ君だって幸せな日々は送れない。信じてください。これはあなたとアオバ君の為なんです」
嘘じゃない。子供でも何故か、そう本能が理解している。
ならば、先生にも分かるはずだ。少なくとも今の言葉に嘘は一つも存在しない。
「ヴィーテスが...?」
「はい。少なくとも百年単位の戦争となります。だから、私は早々にあなたとアオバ君を守る砦を作りたいんです。地盤を固めて、誰からも信用される集団になれれば、平穏な日々を壊される心配に怯えなくて済む」
「あの教会に居ながら随分とまともな思考を持ってんなあんたは。だけど、あんたを信じることを出来ない程にあの教会はイカれてる。信用を塗りつぶすほどの悪にな」
「ええ。悪という表現を私は否定しません。実際に今のトップは少々思考が常人のそれを越えています。だからこそ、百年単位で地盤を固めたいんですよ。だから、強引ですけど、帰る場所は焼き払い、必要であればあなたを殺します。アオバ君には決して手は出しませんが、交渉に必要な分だけあなたを殺し、その様子をアオバ君は見続けます」
このお姉さんは僕に何も力がないこと知っている。
だから、僕には手を出しはしないのだ。僕は状況を変えるための手段をこれっぽっちも持っていないのだから。
「だから、私の手...」
『なーに勝手なことをしてんだよ、ウーラ』
突如話に割り込んできたのは頭上から降り注ぐ瓦礫と大柄な見覚えのある男。
故郷を焼き払い、大事な家族を奪った相手がまた奪う為にこの場に姿を現す。
「―――まず、てめぇらは死刑だよなあ!?」
爆発に次ぐ爆発により、かつての家はボロボロに砕け散り瓦礫の後には攻撃にいち早く対応したお姉さんが作り出した十字架の結晶が僕らの周囲にいくつも展開され、結界が作り出されていた。
「ウーラよお、何を勝手なことしてやがんだ!ええ!!?こっちはこんな下らねえことに手を出す暇はねえんだよ!」
「そうよねぇ...。だから手を出して欲しくなかったのにぃ」
怒りの感情を露にしてウーラの道を阻むのはかつての故郷を奪ったあの男だった。
「てめぇに与えられた権限は自由だ。だがよ、これはちと調子に乗りすぎじゃねえか?」
「ウーちゃんは自由に行動してるだけなんですけどねぇ」
「そこの二人は断罪対象だって言わなかったかあ!?その断罪対象を救うなんざ、俺らの神に背くことと受け取っていいんだな?」
「―――嘘は駄目ですよぉ?もう私が異教徒と決めつけ村に火を放っているのに」
ウーラの言葉にアオバと先生から血の気が引いていくのが遠目でも確認できる。
「お二人は早く村に向かってください。私の信者により村人は抜け道から逃げ出しているところですけどぉ、もしかしたら数で潰されるかもしれませんし、アオバ君はともかく、そこの先生には戦力に加わってほしいんですよぉ」
「どうしてあんたがそこまでする。この村に何の思い入れもないあんたが...」
「―――ウーちゃんは貴方達を助けたいだけですよぉ」
バイバイと、アオバに手を振りウーラは目の前の同士と殺しあいをするために自分だけの空間を作り出す。
無数の十字架に囲まれた異様な世界を。
「また会いましょうねぇ、アオバ君」
その人が、別れの言葉を告げる。
それが果たして最後になるのか、また会うことになるのか。
そんなのは誰も分からなかった。
「先生、お姉さんが...」
「あいつ...本当に何がしたかったんだ。教会の人間が不死者を受け入れる?そんなこと...」
あの人は僕達を救いたいと言っていた。
それは合っているのだろう。あの人は少ない犠牲で多くのことを救おうとしている。
だから、あの人は常に最悪な状況を想定していた。
それが仲間からの妨害という線も消してはいなかった。
―――だから、これは僕らの責任なのだろう。
村と呼べる機能も名残も人の営みも希望と呼べるものも全てが焼け落ち、二人の視界には無数の死体が積み上げられていた。
「....................」
先生は涙を流すことはなかった。
今は動くことのない肉の塊にすがりついて、泣いている子供を見ながら、ただ守れなかった人々を見つめているだけだった。
泣きわめいても死んだ人は戻ってこない。
これは誰もが当然のように知っていることだ。
「きっとアオバ君たちを探してたんですね」
曇った視界を声がした方へ向けるとそこには片手を失い、糸で縫われた右目からは血が流れているウーラの姿があった。
「優しすぎたんですよ、あなたのように」
「優しくなんてないさ。私は...。年を取らない化け物を快く受け入れてくれた人達すら守れない、くそ医者だ」
嘆かない。喚かない。
ただ静かに自分を責めているのだ。
受け入れてくれないはずの世界で唯一受け入れてくれた場所を守れなかった弱さに。
「ウーちゃんと来れば、こんな人々を救えますよ。誰もが苦しまないで済むように全ての都市に無許可で入れる権限に、その力も世界に認められるものになります。だけど、少しだけ失敗しました。教会はアオバの殺処分を条件にあなたを受け入れる。例外は二人もいらない。だそうです」
当たり前と言ってしまえば当たり前だろう。
今の世界では人と違うという理由だけで人生を奪われ、陵辱され、土地は奪われる。
今までが幸せな過ぎたのだ。
「先生、僕は大丈夫です。もう、十分幸せでした。だから、僕じゃなくてもっと多くの人を救ってください」
そして決断をした。
誰よりも、先生と慕う女性よりも早く決断したのは精神年齢で言えば十歳にも満たない子供が死を選んだのだ。
「アオバ君、本当に良いんですか」
「はい」
決意は揺るがない。
希望はここにある。先生が持っている。
ならば、僕は。
―――希望の踏み台となろう。
幼い少年には分かっていた。
自分という存在がどれだけ先生に愛されていたか。
そして、どれだけ愛が先生の邪魔をしていたかを。
「だそうですよ。ならばあなたも決断してください。私は手を出しません」
「分かってる」
首に愛しい先生の手がかけられ、地面に優しく倒される。
「一瞬だからな。安心しな」
誰よりも愛している息子にも等しいアオバを殺すのは自分の手でなければいけない。ということなのだろう。
「アオバ、ごめんな」
謝罪の言葉と共に心臓の鼓動が止まる。だけど、苦しくはない。
寂しくもない。
だって。
先生に抱き締められながら死ねるのならば、幸せではないか。
...目が覚めた。
おかしい。死を自覚しても尚、体は、魂は世界に存在していた。
嫌だ。違う。
こんなのは僕の望んだことじゃない。
「...あ、あ、ああ」
「アオバ君、目が覚めたんですねぇ?」
ばっと声がした方へ振り返り、アオバは叫ぶ。
「先生!先生は!?」
違和感を覚えた。
体に、自身から発せられた声に。
「随分と大人になっちゃいましたねぇ。アオバ君」
鏡映ったのは成長した自分の姿。
自分の体のはずなのに、自分の体ではないみたいな不思議な感覚に襲われる。
だが。
「答えを。早く先生の居場所を―――!!」
「無駄ですよ。あの人は、あなたに会えるような人じゃない。それに会えるような状況じゃありません。起きて早々に言うのもなんですが、隠れ家を変えます。ついて来て下さい」
よほど切羽詰まった状況なのだろう。普段のウーラのおちゃらけた言葉遣いではなく、簡潔に伝えるために少しでも時間を短縮するために最小限の会話を続ける。
だが。
「―――ったくよお、何度目だぁ!?この裏切りもんがよお!!」
会話に割り込んできた男は目の前のウーラの顔を吹き飛ばす為にその拳を振るう。
「逃げてください!!」
失った。
最初の喪失は暗い洞窟だ。
次に逃げ延びた先の村は二日で焼き払われ、更に逃げ延びた先の森林は焼け野原となり、湖は蒸発しカラカラの大地が広がる。
じきに痛みにも慣れる。
受け入れてくれた人が死んでいく光景を見ながら涙を流していた少年はやがて、痛みを忘れ、世界から嫌われる青年へと変わっていく。
何度目かの静粛で村が滅ぼされた景色を眺めながら青年はその場を静かに去る。
失った。失った。
希望と呼ぶものも、友達と呼ぶものも、土地も。
全てを失った。
―――そして、最後の喪失と共にアオバと呼ばれる青年は第二の人生を歩み出す。
「―――大きくなったな、アオバ」
かつての光景とは逆にアオバの腕の中にはボロボロにになったシオリが抱かれていた。
「――――――」
記憶は薄れている。誰よりも愛しい人を無くした時のことすら忘れてしまう。
―――愛する人の喪失は化け物を化け物だと自覚させた。
道化だ。今の自分に感情と呼ばれるものはない。
人を演じるだけの化け物には感情など存在するはずないのだ。
だけどそんな化け物にも最後に覚えていることがある。
「―――愛してるよ、アオバ」
その声が頭から離れない。
その声を頼りに、先生の意思を受け継ぐ。
「アオバ、お主が信頼も実力も失墜した名もなき医師団を引き継ぐというのか?」
愛しい人を奪った奴等に上っ面だけの忠誠を見せた。
「てめぇのせいで、先生が死んだんだ!くそ野郎!」
「―――言ってなよ。ここは僕の所有物になった。それに否定はしないよ」
自分のことを大嫌いだと言う人間を力で、権力で押さえつける。ただ先生が最後まで抱き続けたであろう多くの人を救うという理想を叶える為に善者を演じた。
「ありがとう!」
幼い少女との出会いは僕に弱さを教えてくれた。
「アオバお兄ちゃん、もう。大丈夫だよ。痛くない、し。お母さんと、お、父さんに、会える、から」
多くの出会いと喪失は僕を変え続けた。
神様は僕を恨んでいる。
必要のない化け物、アオバを嫌っている。
抗おう。それが、失った僕の決断だ。
アオバ
それは神様にも母親にも運命にも全てに嫌われた一人の人間だ。




