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遥か彼方の浮遊都市  作者: 神羅
続章【学院都市】
83/186

<やぶ医者の診療録>

薄暗い部屋の中で、私の意識は覚醒した。

腕には包帯が巻かれ、体は白いベットの上に横たわっている、


「...そう、生き延びてしまったのね。私は」


痛む頭を押さえながらラルースは意識を失う直前までの出来事を思い出す。


ガルナと共にラルースは、神器を手にして暴れ狂うアレットを止めに行った。


結果、何の成果も情報も得られずにただ若い青年達の死を持って戦いは終結した。


「自分の身すら犠牲にして、貴方は何がしたかったのよ...」


最後にアレットが唱えた詠唱から絶対魔法といわれる特殊魔法の更に上をいく禁忌とさえ言われた魔法の一つだと思い浮かぶ。

ガルナの展開した時空間結界すら破壊してラルースの身にも影響を及ぼしたのだろう。


「.........」


ラルースは自分の腕を眺めた後、病衣を脱ぎ捨て部屋に設置してある鏡の前に立つ。


「ボロボロじゃない...」


鏡に映った姿は身体中を包帯で巻かれ所々焼け爛れ、あれだけ疎ましく思っていた人の心を見透かす目は右目を残して、左目を眼帯で隠されていた。


「目を覚ましたようですね」


鏡の前に立つラルースの背後で若い声が聞こえ、ゆっくりと振り返る。


「うん。右目は無事治ったようで安心しました。折角の綺麗な顔は優先して治しておきましたよ。直に左目も治るので安心してください」

「.........誰?」


ドクターらしき青年はカルテを机の上に置き、数枚の写真をラルースに見せる。


「これは、貴殿方を発見した森だった場所です」

「そう」


ラルースは病衣をもう一度着直して、ドクターの青年に促されるように椅子に腰掛ける。


「僕はアオバと言います。ラルースさんとガルナさんを森で発見したのも僕です。色々あって今は地下でラルースさんに過ごしてもらいます」

「...え?」


ラルースは驚きに俯いていた顔を上げる。

それもそうだ、確かにこのアオバと名乗る青年はラルースとガルナを発見したと。


「ガルナは生きてるの!!」


淡い希望を抱きながらラルースは質問をする。

この青年は自分の体を尋常ではない速度で回復させている。いや、最早再生と言っていいだろう。


失われた右目は再生し、体も直に直せる程の医者ならばガルナを救えたのではないかという、身勝手で優しい希望。


それにアオバは笑顔で応じる。


「いえ、僕が発見した時には死んでいました。貴女だけが辛うじて息があったので再生魔法を施しました」

「.........」


ラルースの瞳から光が抜け落ちる。

僅かな希望すら簡単に打ち砕いた青年と、運命というものがあるなら残酷な運命を与えた神様に怒りすら覚えず、ただただ絶望する。


「出ていって」

「?」

「出ていってと私は言ってるの」


ラルースは虚ろな瞳でアオバを睨み付ける。


「人の死を笑いながら語る人間の治療なんて受けたくない。早く、出ていって!」

「...分かりました。では、薬をここに置いておきます」


アオバは薬の入った紙袋を机の上に置くと何の慰めも、理不尽な怒りに対する反論すらせずに部屋を出る。


所詮は神の作った世界に反した魔法を使う男だ。

人間の心など持ち合わせてはいないのだろう。


「私を地上には出さないよう常に見張ることね、もし私が逃げたら再生魔法を使う人間がいると言ってやるわ」

「.........ご自由に」


バタンと部屋の扉が閉まり、ラルースはベットの上で蹲る。

そして、僅かな嗚咽が漏れる。


「う..うう。ごめん..なさい」


そして口からは謝罪の言葉が無意識に発せられる。


そうだ。あのアオバという医者は誰よりも人を救うことに命を懸けている。再生魔法という誰かの耳に伝われば消されてしまう魔法を使用してまで自分を助けてくれたのに、自分は感謝の言葉すら言わず、自分勝手な理由で追い出した。


わがままで、自己中心的な行動だ。


だけど...


「一人は、もう嫌なのに...。友..達。ううん。家族を失うのは..もう..辛い、のは嫌。もう、居なくなら、ないでよぉ」


ベッドに顔を埋めなからラルースは子供のように泣きじゃくる。

いつもの大人らしいラルースからは想像できないほどに、泣きじゃくり、一時間も泣き続けた。


その声を扉越しに聞くアオバの口から愚痴がこぼれる。


「ガルナ君、君のワガママな理由で彼女は泣いているんだ。それを自覚しなよ」


ため息とともにアオバは歩き出す。

そのアオバの手には一枚の紙切れが握られていた。


【アオバへ】

体を治してくれたことは礼を言わなくてはならない。

だが、アカツキの奴が頑張っているのに俺はこんな所で何もせずに過ごすことは出来ない。

俺は一度死んでいる。お前が居なければ何も残せないまま死んでいかもしれない。

だからこそ、親友を助けに行きたい。

今度こそあのバカな友を殴って正気に戻す。

そして、また平穏な日々を、当たり前に笑える日常を取り戻す。

だから、すまない。

俺を死んだことにしておいてくれ。

誰にも俺という存在が知られない方が動きやすいし、クルスタミナに動向を探られずに済む。

戻ってきた時には殴られる準備をしておくから、あいつらにも黙っていてくれ。


ガルナより



―――アオバは数枚のカルテを持ちながら次の部屋へと向かう。


「ジャックスさん、でしたね」

「そういう貴方はアオバさんですね。この度は私だけでなくアカツキ様の命までも救っていただき、ありがとうございました」


腹を食い破られ瀕死の状態であったジャックスはこの施設の地下に運ばれてすぐ、治療を施してもらい今では万全と呼べるまでに回復していた。


だが。


「右目はどうしても再生出来ません。魔法、いや魔術や呪いの類い、または現在も発見されていない何かによってジャックスさんの右目はこの世には存在していないということになります。私の再生も完璧ではありません。未知の力によるものや、生来の病気などで苦しんでいる人は救えません。再生、復元可能な範囲は誰かによって負わされた傷、毒など人間によって行われた行為ならば先ほど言った呪いや魔術を除いて大体の再生は可能です」


「ということは右目は虫の少女とは別の人間に?」

「あくまでも可能性の一つです」


アオバにはここで決断することは出来ない。

何せ、右目は闇と呼ぶにふさわしい穴がポッカリと開いているのだ。

魔法や魔術の痕跡はない。本人が言うには突然出来たもので生まれつきの病気や、遺伝的なものでもないという。


「これも可能性の一つですが、魔法とは違う魔術による痕跡を限りなく0に出来る力があるとすれば、サティーナさんのようなか...。いえ、言い間違えました」


突然焦ったように自分の口を押さえ、アオバは訂正をする。


「これは何億分の一の確率かもしれませんが、奇跡級の魔法、いわゆる神による干渉であれば、私にはどうしようもない。この力は神によって創造された魔法なんです。創造主たる神による行為には干渉できない」

「過去に例が?」

「何億年も前の記録ですが、僕と同じ再生魔法でも直せない病気があった。当時は誰かの魔術によって産み出された疫病類いかと思われましたが、ある老人の言葉によって状況は急変しました」


ここで話す為にわざわざ用意したのか、カルテの紙束に挟まった古い紙を取り出す。


「神による病、これは神が愚かな人間に与えた罰であり祝福だ、と。当時は食糧難でした。理由は戦争に次ぐ戦争による土地の破壊、多くの森林は蹂躙され、作物は実らず、食人習慣まであったと言われます。結果、数百億の人が病に侵され死亡。世界人工の9割は死に絶え、戦争は人手不足と各都市のトップが病によって死去、戦争は終わりました。少ない食料は多くの人間の死によって有り余る程の食料となった。結果だけで言えば戦争は終わり、食料難は解決しました。というものです」


しかしこれはふざけていると言われてもいいほどの暴論だ。

そもそも神様などという存在がいるという前提の話でしかも、遠い昔の本当かも信じれない記録を信じろと言われて信じる人は僅かだろう。


しかもそんなものをなぜアオバが持っているのだろうか。

ふとした疑問はすぐに思い浮かぶ。


「アオバさん、貴方はもしかして賢者ですか?」

「...どうしてそう思いました?」

「その書物を禁忌書物と見ました。そんなものを持ち歩くということは賢者の知識と経験を持ち、尚且つあの教徒どもにも融通が利くことが大前提ですから」


禁忌書物、それは神が存在するということを証明しゆる書物の通り名で、神が起こしたと思われる事象などを記録した書物も禁忌書物に分類される。


この禁忌書物というものが存在することを知るというのも普通の生活を送っていれば知り得ないことだが、その中身を知る、果ては書物まで持ち出せるとなると並大抵の人間には不可能だ。


「半分正解で、半分ハズレですね。ですが、禁忌書物を知っているのならば話すことが出来ます。ですが、これから先の話は一般人に話すことも、ジャックスさんの主であるアカツキさんにも話すことは許しません。それが、慈悲であり誓約です。もし仮に誰かに言うようでしたら僕が動くより彼らが証拠を、その話を、或いは噂を全て消すでしょう。多くの死を持って」


ジャックスは少し目を伏せた後、顔を上げる。


「ええ。彼らはそういう人間の集まりです。それは僕もよく知っています。ですから、あなたが彼らの信頼を得ているのが矛盾してならない。彼らはあなたの魔法を邪法として認識しています。それなのにあなたは禁忌書物を持ち出している。何故ですか?」

「一種の契約ですよ。これは僕ではなく、一つ前の先代が彼らのトップに持ちかけた契約です。内容は話せませんが、そのおかげで僕はこの魔法を自由に扱える。しかし、この魔法を公衆の面前で使うことは禁じられているので、こんな薄暗い場所で皆さんの治療をしています」


アオバは説明を終えると胸ポケットから一枚の青い手帳のようなものを取り出す。


「賢者の書です。といってもこれは今の僕には飾りのようなものですが。賢者というのは現在の大賢者様によって認められた人間に渡される信頼と束縛の称号です。信頼の意味は都市に許可なく入れること。束縛というのは、賢者の書は常に人間を見定める。相応しくない者は賢者の書によって消去される。存在と、その者が行った事象によって起こった悲劇や、戦争レベルの争いもそれを引き起こす者が居なければ起こらない。世界からの完全な消去を意味します」


アオバは乱雑に並べられたカルテをまとめると、賢者の書を胸ポケットにしまう。


「だから僕は賢者の座を降りました。だけど、役職上彼らとは長い付き合いになるので大賢者様は抑止力として持っておけと。これがある限り彼らは僕に手を出せませんから。僕にはこの賢者の書は重すぎる。本当なら手放したいですよ」


しかしそれは出来ない。

この賢者の書というものが無ければ、彼は教徒達にに殺されてしまうのだから。


教徒達は不死や人の身に余る再生を行うもの、治癒魔法と言った人を救う魔法を邪法として扱う。

神の作った世界で争いで死んだり、薬で治せない病気で死ぬことは運命であると、教徒達は叫び、断罪と称した虐殺を行うのだ。


「僕は身の丈に合わない服を着てるんですよ。だけど、これがある限り多くの人を救える。それが出来るなら僕は利用します」


アオバは部屋の扉に手をかけて、別れの言葉を告げる。


「それでは、まだ用事があるので今回はこれぐらいに。また今度機会があったらお茶でもしましょう、ジャックスさん」

「ええ、楽しみにしております」


静かに部屋の扉は閉まり、ジャックスは布団に戻り目を閉じる。



―――最後の診療は。


薄暗い地下を歩き、アオバは最後の患者の容態を確認しに行く。

扉の前に立つと、アオバはノックをする。


「アカツキさん、入りますよ」


入ってくれーと中から声がするのを確認した後にアオバは扉を開ける。


「お元気なようで安心しましたよ、アカツキさん」


扉の先には病衣を着て、椅子に座るサティーナと手を繋ぐアカツキの姿があった。


「毎日サティーナが魔力を補給してくれるからな。大分体も動くようになったし、いつ頃退院出来る?」

「そうですね。身体検査から精神面での異常が無いか確認など諸々検査すると3日は必要ですかね」

「そっか」


少し残念そうに下を向くアカツキにアオバは言葉をかける。


「大丈夫ですよ。屋敷の修復は既に終わってますし、今はリリーナさんが屋敷を警備しています。外部との接触もなるべく避けています。クルスタミナに感づかれることはまずありません」

「ならいいんだけどな」


アカツキは今はこうして屋敷のことを心配しているが、つい2日前までは屋敷や、他人の心配を出来ない程の荒れようだった。


神器の代償。

一時的なものであれ、制御できないほどの神器の力を引き出したアカツキに待っていたのはとてつもない強迫観念に取りつかれ、自傷行為と謎の独り言をぶつぶつと呟いていた。


アオバは四六時中サティーナと共にアカツキの看病をした。

まだ切られた腕も癒えないでいたサティーナを呼んだ理由は神器の力を使われた際にアオバにはどうしようもないからだ。


「サティーナさんも傷は癒えましたか?」

「はい。この通り」


切られた方の腕をアオバに見せると、良かったと安堵した様子で息をつく。


「本当にサティーナさんがいて安心しましたよ。同じ患者なのにご迷惑をかけて申し訳ありませんでした」


頭を下げるアオバにサティーナはそんなことないですよ、と言葉を掛ける。


「アカツキ様の為にやったことですから。それに腕もこうして元の形に戻ったので大丈夫です」


魔力の供給を終えて立ち上がるアカツキは一枚の紙切れを机の中から取り出し、アオバの下へ向かう。


「アオバ、あいつらにはどういう説明をした?」

「何も。死んでいる人間について話すことはありませんよ」

「俺が体を乗っ取られているときに夢を見た。いや、あれは紛れもない現実なんだろうな。アレットの奴が神器を持ってラルースとガルナの二人と戦っていた。ミクの奴がユグドのおっさんを殺そうとしていた。んで...。あんたらが死んだはずのガルナと話しているのを見た」


一枚の紙切れをアオバの前に見えるように開いて置く。


「この紙切れはガルナの手帳を破いたもんだ。これをリゼットに渡された。私が屋敷に向かったのもこの紙切れをある人物から送られたからってな。おかしいよな?どうして死んでいるはずの人間が手紙を書ける?俺が思うにあんたの魔法は再生魔法だけじゃないはずだ。俺の掻きむしった腕もおかげで治ってきてるしな。だけど、死者の復活なんて真似は再生の更に上の次元の話だ」


アカツキは体を奪われている時に全てを見た。

この都市で起こった悲劇を、一緒に笑って過ごした親友達が殺し合いをして、恩人であるユグドを涙を流しながら刺した親友を。


全身がボロボロに焦げて息をしていない人間を数秒で蘇らせた医者の姿を――――


「あんたは何者だ?」


アカツキの質問に今まで下を向きながら話を聞いていたアオバは顔を上げ、静かに深呼吸をする。


「いいですよ。アカツキさんなら信用出来る。僕の能力を、神に嫌われた人間のお話をしましょう」

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