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遥か彼方の浮遊都市  作者: しんら
続章【学院都市】
82/187

<おれのもんだ>

リリーナは大剣をヤミに向けて、大きな声で叫ぶ。


「アカツキ!あんたはそんなに弱い人間か!?」


ここには居ない誰かに語りかけるように、力強く叫ぶ。


「少し良いかしら?どうして、貴女がここにいるの?」


リゼットはさっきまで戦っていたアカツキの仲間であるサティーナが仲間としてアカツキの前に立ちはだかることに疑問を覚える。


「利害の一致ですよ。私が救いたいのはアカツキさんであって今いるこの人じゃない」

「やっぱり。あれは何なの?本当に人と言っていいの?」


サティーナは首をふるふると横に振り、分からないということを主張する。


「あと、もう一つ聞いて良いかしら」

「答えられる範囲でなら」

「アレット、という人を知ってる?」


それに反応したのはサティーナではなく、目の前に居るヤミだった。


「その男なら知ってるよ。僕は大体のことは知ってるからね。そのアレットとかいう男は」


ヤミが何かを言おうとした瞬間、白い仮面に大きなヒビが入る。


「成る程、見たのか。うん、良いよ。僕は君の味方だ。黙っておいてあげる。けど、敵は敵、殺すしかないよ 」


ボソボソと独り言をし始めるヤミを尻目にサティーナはクラリナを抱えながらリリーナの後ろに下がる。


「そのくそガ...。いや、クラリナを見とけよ。そいつは重要な情報源だ。あと、あんたにも聞きたいことは山ほどある」


サティーナは小さく頷き、リリーナ達から距離を取る。


「うん。分かってる。けど、この体は大事なんだ。だからさ、邪魔な奴等は殺さないと、ね!」


ヤミは独り言を語り終えると同時に黒い塊を一瞬で百個程作り出し、大量に作られた黒い塊は風を切りながら、リリーナに向かっていく。


「あれに一個たりとも当たんなよ。精神を持ってかれるぞ」


リリーナは向かってくる塊全てを大剣の一振りで全て切り裂き、リゼットは白い爆発によって闇が消えたことから聖属性の魔法がこのヤミに効くと判断し、ヤミと同じように白い塊を作り出し、闇を相殺する。


二人が破壊し損ねた闇の塊は後ろで待機するサティーナが破壊し、住民に被害が出るのを防ぐ。


「というか、こんな騒いでるのに何故衛兵が来ないのかしら?」

「あー。それね。知らねえけどこの屋敷全体を結界が覆ってんだよ。この屋敷の音は外には聞こえねえし、外から見ればこの屋敷には何の変化もない。空間固定結界ってやつだな。私も初めて見たけど」


そんな中でこの屋敷の異変、いや、というよりはここにアカツキが居ると分かったリゼットや、ドンピシャのタイミングで登場したリリーナは凄まじい執念だったと言える。


リゼットは町を守るために、リリーナは負の研究によって生まれた義足をつけた人間達を見つけ出す為に。


二人は理由は違えど、何かを成し遂げるということをやってのけた。その二人は、ここで結託する。


「今だけ協力してやる、足引っ張んなよ」

「仕方なく受け入れるわ。けれど彼はここで殺す」

「そんなことをさせかっよ」


リリーナとリゼットはヤミの前に並び立つ。

本来ならばアカツキに助力するはずだったリリーナは敵であるはずのリゼットと共に戦おうとしている。


リリーナはアカツキを助ける為に。

リゼットはアカツキを殺すために。


お互いのやろうとしているということは全く正反対のことなのに二人は肩を並べる。


サティーナの言う利害の一致、とは違うかもしれない。

しかし、ヤミを倒すという意味ではお互い望んでいることだ。


だからこそ。


「私は右からの攻撃を防ぐ、あんたは左からの攻撃を防げ。常にお互いをサポートして、隙が出来たら一気に決めるよ」

「奇遇ね。私もそう考えていたわ」


―――普段であれば相反する筈の二人の人間が、目の前の存在に対処するという共通の目的を持って、団結する。


「来なよ、人間ども」


辺りを侵食していく闇はテリトリーを作り出し、無数の生物の形をした闇を生成していく。


「行け」


鳥の形をした闇は真っ直ぐリリーナ達に向けて飛び立ち、狐の形をした闇は爆発によって作り出された悪路にも関わらず、目にも止まらぬ早さで突進する。


「形状変化、大鎌」


リリーナは大剣を掴み、呪文を唱えると大剣は一瞬液体状に溶け鎌の形にごぼごぼと変形していくと固まり、巨大な鎌へとその姿を変える。


液状から固体化したことを確認すると、リリーナは刃のある方を横に構える。


「上は私がやる、下はあんたがやりな」

「言われなくても」


リリーナは大鎌を飛んでくる闇鳥の群れに向けて大きく凪ぎ払う、が。


闇鳥達の勢いは止まらない。それどころか勢いを増しているようにも見える。


命令通りに目の前にある障害物に当たるだけでいい。

目の前に居るのは弱い人間が二人だけだ。後ろには負傷した女と気を失っている少女、この人間共には勝てる。


闇鳥の群れを率いて突進する一回り大きい闇鳥は、ただただ命令通りに突進する。


―――自分の体がここには存在などしないのに。


リリーナは横凪ぎの一撃で無数の闇鳥を一掃する。

バラバラに切られて落ちていく闇鳥を見ながら、鎌を背負うリリーナには何の疲れも見られない。


それもそうだろう。

闇鳥の群れを一掃したのは魔法では無く、ただ鎌を振っただけなのだから、消耗するのは特にない。


言うなればゴリ押しだ。

いや、数百は越える闇鳥をいとも簡単に一掃した姿からはまだ余裕を残しているように見える。


チョイ押しと言ったところだろう。


リリーナが例外なく闇鳥を一掃したようにリゼットも向かってくる狐の群れのど真ん中に氷柱を何度も叩き込み、一匹の打ち漏らしもなく、殲滅する。


「おいおい、魔力を使い過ぎじゃねえか?」

「貴女にはそう見えるだろうけど、これが普通よ」


そう、イスカヌーサ学院第一学年委員長ですら、多くの魔力を込めた魔法を何度も発動させて一掃できるレベルなのだ。

ただ、リリーナが強すぎるだけで。


「そうだね、魔法を連発し過ぎだ」


リゼットの魔法の連発により無数の氷柱が生成され、一瞬だが視界が狭まる。


その隙にヤミは死角を上手く利用し距離を詰める。


「ええ、そうするのは予想出来てたわ」


目の前に突如姿を表したにも関わらずリゼットは落ち着いた表情で、向かってくるヤミの顎目掛けて左手を突き上げる。


「がっ!!」


そのまま流れるような動作でリゼットはヤミの腕を掴み、無詠唱による魔法で小さな氷柱を近くに作り出す。


「やぁ!!」


リゼットは自分の体より大きいヤミの体を宙に浮かせ、背負い投げをする。

勿論、作り出した氷柱に突き刺さるように。


「やるー」


そのすぐ横でリリーナは口笛を吹きリゼットの背負い投げを称賛する。


「実力差で劣ってるなら、作戦でどうにかするわ」


今のリゼットにはヤミに勝てる力はおろか、リリーナの足元にも及ばないだろう。

だからこそ、相手を巧みに誘導し油断させ、一撃を加える。


「良いね。その考え方は実に素晴らしい。けど」


しかし、リゼットの想定すらも越える力には対処の仕様はない。どんなに姑息な手段だろうと、どれだけ時間を掛けて考案した作戦であろうと、その作戦で想定されていた力よりも更に上の暴力を前に、どんな巧妙な罠でも太刀打ちは不可能。


「よくやったよ、リゼット」


ヤミの腹に突き刺さった氷柱は一瞬で黒く染まり、闇の柱へと変貌すると闇柱から無数の触手が生まれ、近くにいたリゼットの両手両足を掴む。


「な!」


そのまま壁に叩きつけられ、リゼットの視界は激しく揺れる。

体を動かそうにも触手で壁に固定され、身動き一つ取れない。


咄嗟に助けようとしたリリーナはユグドから与えられた剣の、しかも鞘に収まった状態で攻撃を防ごうとした大鎌を簡単に砕きそれだけに止まらずリリーナの体は真っ直ぐ壁に激突する。


「これはお返しだ」


ヤミは身動きの取れないリゼットの腹の溝に壁にめり込む程の力で全力のパンチをお見舞いした後、リゼットの額にデコピンをする。


「夢でも見てなよ」


リゼットの額に黒い模様が浮かび上がると、頭の中に色々な記憶と感情が流れ込む。


『リゼット、お前は私達の子ではない。だから、私達に甘えるな』


汚物を見るような目で偽りの両親は言い放った。

辛くない。慣れっこだから。


「やめ...て」


見たくもない過去、トラウマが悪夢としてリゼットの精神を蝕む。


『君の才能は素晴らしい。是非我がイスカヌーサ学院に来るといい』


14才の誕生日、誰にも祝られず町を歩いていたリゼットの前に太った男が現れる。


『君はワシのコレクションになれるかもしれんのだ、励みたまえ』


そう、いくら功績を残そうと両親は誉めてくれない。だから、この男が誉めてくれるのが嬉しかった。


だけど。


『ワシの屋敷に来い』


全ては嘘だった。

屋敷に出向いた時に待っていたのは人形のような女性達と謎の瓶を持った豚の姿。


『さあ、ワシのコレクションに』


そう、称賛は偽物。家族も偽物。教師も偽物。

全部、全部偽物。


『何やってるんですか、副理事長』


虚ろな瞳にはっきりと映ったのはある青年だった。


『アレット、か?』


アレット・スタンデ、5組に落ちた二度と進学出来ることのない出来損ない。

それが、本当の、偽物ではない本物の出会いだった。


『間に合ってよかった。副理事長、これはどういうことですか?僕達の学院の生徒、それも新入生でトップになった一学年委員長に、何をしようと言うんですか?』

『何故ワシの屋敷に!』

『うるさい。そんなことより、何をしてるって聞いてるんですよ?』


初対面、しかも何の関わりもないのに、青年は怒っていた。


『これは、そう。授業だ!自主研究について教えていただけで』

『成る程、そうでしたか。なら、僕が手伝うので大丈夫ですよ』


ありもしない言い訳なのに青年は笑顔で応じた。

ああ、やっぱりこの人も偽物だ。偽善者だ。

偽物。偽物偽物!!


『ごめんなさい。僕にはまだクルスタミナを副理事長から降ろせないから』


私を背負いながら青年はどこか遠くを眺めながら謝ってくる。

その目には憎悪などではなく、とても悲しそうな目で、辛そうで少し触れてしまったら壊れてしまうかのように脆く見えた。


だから。


「ありがとう、助けてくれて」


私は許した。

そのかわいそうな青年を、同時に私が初めて信じたその人が。


―――アレットだった。


リゼットの意識は体へと戻っていく。

全てを、思い出した。悲しいことだらけだけど、初めての親友が出来たその日も全てを。


いや。

最初から知っていたのではないだろうか。


だって、殺人者だというのに私は救いたいと思っていた。

ずっとずっと。


だけど辛い記憶を思い出したくなくて、私は記憶に蓋をしていた。


私は弱かった。

脆かった。


だけど。


「なんで、目を覚ました?」


ヤミはリゼットの早すぎる目覚めに驚きを見せる。

それもそうだろう。あれは悪夢なのではなく。


「記憶を戻してくれたのね、アカツキ」

「何を...?」


―――脆くても、簡単に崩れてしまうものでも、私は強く生きたい!


リゼットの決心とともに、束縛していた触手はボロボロと崩れていく。


「そういうことか!アカツキ、やってくれたね!」


触手の崩壊と、覚悟の決まった目をするリゼットから危険だと察知したヤミはその場から離れようとする。


が...。


「な、なんで体が?」


ヤミの命令にその体は従おうとしない。

当たり前だ、その体はアカツキのものだ。ならば、真の主の命令の方に体は従う。


「動かせる...かよ。バカ野郎」


仮面に大きな亀裂が走り、リゼットを束縛していた触手のようにボロボロと崩れていき、その仮面の下から苦しげに笑うアカツキの顔、黒装束も崩壊し本物のアカツキが戻ってくる。


「てめぇがリゼットに触れんのをずっと...待ってたぜ。言ったろ?嫌いな力に頼るって。俺の力だけじゃ、神器は完璧に使いこなせない。それに相手は完璧な所有者によって記憶を改竄されてんだ。並大抵な魔力じゃ、記憶を戻すことはできねぇ...」


ふぅ、とため息をつき、アカツキは自分の心臓に手を当てる。


「だから、俺の体の邪魔をしていたてめぇが出てくんのを待ってたぜ。俺はあくまでも弱い立場の人間として演じなきゃ駄目だった。じゃなきゃ、てめぇに悟られるからな」


『成る程、それで命の核たる心臓にある魔力の核、コアに陣取っていた僕が表に出るのを待っていたのか。そして、僕が悪夢を見せる時に君が唯一使うことの出来た神器や魔法の相殺を行ったのか』


「当たり前だろ。俺は殺さないって言ったよな?それに俺の体は俺のもんだ!名前も知らねえ誰かに奪われて、後から後悔するようなことは二度としねえ!」


アカツキの決意と共に屋敷を侵食していた闇はアカツキの体に吸い込まれていく。


体は真の主と偽の主の相反する命令に悲鳴を上げる。

壊れたおもちゃのようにギギキと音を立てるように骨は軋み、頭は今にも破裂しそうなくらいに痛い。


『そう簡単に体は渡さない。これは君の為なんだ、君が悲しまずに済むための...』


「適当なこと言ってんじゃねえ。こいつらを殺そうするなら、俺は全力で止める」


体の支配権を巡り、精神世界で抵抗を続けるアカツキ。

決意がアカツキの力となり、クレア達との記憶が支えになってくれる。あとは...


「自覚だ、その体に何でもいいから痛みを与えな。生半可なやつじゃない、骨の一本や二本折るくらいの痛みだ」


壁に叩きつけられたリリーナは不自然に曲がった左腕を押さえながらリゼットのもとに歩みよってくる。


「どういうこと?」

「あいつは精神的な面では抵抗出来てるが身体的な面ではヤミの方に奪われたままだ。だから、他者から与えられた痛みを実感すれば体はアカツキのものだと理解するんだとさ」


リリーナはボロボロになった紙切れに書かれた乱雑な文字を読み、リゼットに質問する。


「私がやろうか?」


大人として子供に酷なことをさせたくないのか、リリーナはリゼットな前に立つ。


だが。


「いいえ。私がやるわ。これは私がやらなくちゃいけない」


リリーナの手を掴み、自分の決意を示したリゼットに少し悲しそうに前を譲る。


「ありがとう、記憶を返してくれて。そしてごめんなさい」


アカツキの右腕を掴み、リゼットは魔法を発動させる。


「また、目が覚めたらお話をしましょう?」

「ああ。頼むよ」


一瞬微弱な風が流れ、その一秒後アカツキの右腕に多方向からの暴風が襲いかかり、普通曲がる方とは逆向きに大きな音を立てて折れる。


鈍い音がアカツキの耳に伝わり、凄まじい痛みが脳に伝わる。

激痛が脳に伝達されると意識は一瞬鮮明になりその後緩やかに視界が暗くなっていく。


「ありがとうな」


ちゃんと言えたか分からないが、感謝の言葉と共に全てが戻ってきた体の意識を離す。

直後、頭に残念そうな声が響く。


『あーあ、奪われちゃったな。まあいいや。また、君が苦しむようなことがあったら、僕は今度こそ君の悲しみを取り除くよ』


ハッ!!言ってろ。


『言ってるさ。何度も、何度も』


そろそろ黙れよ。俺は眠いんだ。寝かせてくれ。


『そうかい。じゃあね』


ああ。さよならだ。

あいつらを襲ったことは許せねえけど、お前の力が無きゃ記憶を戻せなかった。


それだけはありがとよ。


『.........意味が分かんない』


ああ、俺も分かんないよ。

だけど、ありがとう。


『勝手に救われてなよ』


アカツキの体の何かの気配が消えるとアカツキも同様に意識を手放す。


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