<悪意、悪意、悪意>
赤い羽から無数の魔力弾が放たれ、殺す、その意思だけが具現化したような魔力弾がジャックス目掛けて飛んでくる。
「その程度の魔力の為に、貴方は体を捨てたのですか」
その魔力弾をジャックスは三枚の薄い盾のような結界で防ぐ。
その薄っぺらい結界は通常ならば簡単に突き抜けられ、ジャックスの体を粉々にしてしまうだろう。
だが、膨大な魔力の塊はその薄っぺらい結界の一つも砕けずに、吸収されるように収縮され、小さくなり、やがて魔力弾は消失する。
「少し、強く見積り過ぎましたか....。この程度の結界を壊せないとは」
「当たり前だ」
義足の青年の本当の狙いは真正面から力だけで殺すことではない。
真正面からやって勝てないのは重々承知の上で、わざと真正面から魔力を大量消費して全力に見せかけた攻撃を行った。
真の狙いは。
「地面からの放出、ですか?」
「!!!」
ジャックスはまるでどこからどう魔力が吹き出して来るのか分かるように数歩その場から退くとジャックスが先程まで居た場所から赤く輝く膨大な魔力の本流が天に伸びる。
「ならば、これでどうだ!」
義足の青年が小さな瓦礫を掴み、ジャックスに向けて凄まじいスピードで投てきする。
大きな瓦礫はジャックスの目の前で赤く輝くと爆発を起こし、ジャックスを粉々に...。
「弱い」
することは出来ない。
―――ならば詰めの一手を放てばいいだけ。
魔力で出来た羽がジャックスを包み込み、爆発の連鎖を密閉された空間で発生させる。
魔力で出来た羽の中で核レベルの爆発が連続して発生する。
義足の青年が長く触れていたものは触れていた時間の分だけ威力を増す。
体を魔力へと転換した時から存在していた魔力の羽はいまや災害級の爆発を引き起こすことが出来るまでなっていた。
時間は義足の青年に見方し、長く戦闘が続けば爆発の威力は上昇していくだろう。
「ですので短い時間で潰させてもらいます」
体の周りに何層もの結界を纏ったまま、ジャックスは魔力の羽から出現し、義足の青年へと一気に距離を詰める。
ジャックスが義足の青年、いや義足の青年の魂を宿した魔力の人間であれば心臓があった場所へ手を突き刺す...。
「バカが」
人間であれば心臓を抉られ死んでしまうだろうが、今の義足の青年には人間という概念は存在しない。
体は魔力に変換したことにより失い、魔力そのものに魂を宿すことで人間の弱点を克服する。
それは死というものであったり、脳、心臓などの人であるが故の弱点であったりする。
つまりは。
ジャックスの手は核爆発を起こせるほどの魔力へと手を突っ込んだだけで、右腕は魔力の体を通り抜ける。
それが意味するのは、凝縮された爆発の連鎖により右腕は使い物にならなくなるということだ。
「っ!!」
手を引き抜くよりも早く魔力の中で爆発が起こり、ジャックスの右腕は一瞬で塵も残らないくらい。
否、ジャックスの右腕はこの世から喪失していた。
鋭利な刃物で切られたように右腕を失った断面が露出し、幸運というべきか、爆発により断面は黒く焦げ、出血することはなかった。
右腕の消失によりわずかな隙が生まれたのを義足の青年は見逃さない。
1秒にも満たないその隙で、魔力の体でジャックスを包み込み、先程消失させた右腕のようにジャックスの存在ごと爆発させる。
ジャックスの体を死の感覚が支配する。
それはこれから自分が死ぬのだという未来を見ることに他ならない。
このままではどう足掻こうとこの死の感覚からは逃れられない。
「あは、ははは」
ジャックスはその死の感覚を味わう最中、不気味に笑う。
それは自暴自棄になったことによる笑いではなく、赤ん坊が玩具で遊ぶように笑う。
「数千年ぶりだ!こんな感覚は!」
意味不明な言葉を発したジャックスは膨大な魔力な中で核爆発にも近い爆発に飲み込まれる。
―――目というものが魔力となった義足の青年には存在しないのでどこからこの光景を目にしているか分からないが、この目の前に広がる異質な光景が人による、いや人には到底理解の出来ない次元の話であることを理解する。
かつては美しかったであろう大きな翼は黒く染まり、片方の羽は虫食いのように所々穴が空き、頭の上には闇というに相応しい色の輪が半分欠けた状態で浮いている。
「人としての死を持って、本来あるべき姿へと還る」
片方の目はぽっかりと穴が空き、世界の闇を写すように純粋な黒を宿す化け物。
いや、化け物と呼ぶにはあまりにも上位に位置しすぎている。
よって、一つの結論に至る。
「天使...」
ジャックスの姿を見れば普通に分かることだが、義足の青年には信じられなかった。
何故ならば天使と呼ばれる生物は何億年も前に地上から姿を消し、それ以来目撃されることはなく、絶滅したと発表されたのも何千年も前のことだ。
「天使、というにはあまりにも不釣り合いな姿でしょう?」
「太古の記録ではとても神々しい姿だと記されてたけど、それが本当の姿ってわけか」
「さあ?どうなんでしょう?僕にもそれは分からないんですよね」
義足の青年の問いに曖昧に答えたジャックスからは不思議と嘘をついている風には見えなかったが、敵は絶滅したと思われていた天使だ。
嘘を本当のように思わせているのかもしれない。
義足の青年はジャックスの答えを完全には受け入れない。だか、ジャックスが本当に何も知らないというのも考慮に入れるだけだ。
「だけど、良いのかな?こんな大勢の人がいる場所で姿を見せて」
「ええ。平気ですよ」
何故だ、と問うよりも早くその意味を理解する。
「―――どうせ無かったことにされるんですから」
魔力で出来ている体が一瞬で破裂し、義足の青年は自分の体が破裂する瞬間をどこからか見ていた。
意識が消える直前まで義足の青年はあり得ない光景に疑問を抱いていた。
―――どうして体が何の前触れもなく破裂した?
―――どうして、破壊したはずの屋敷が復元されていく?
―――どうして、感覚が無いのに死という感覚が体に残っている。
気持ち悪い、体を何度も切り刻まれるような、磨り潰されているような、海で溺れているような感覚が体を支配しているんだ?
どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、、、、。
「―――僕はどうして、自分の名前も覚えてないんだ?」
最後まで残った疑問はどうして、自分が自分について何も知らないというもので、それは永遠に続く廊下を歩き続けるように、底無しの大穴に落ちていくような表現のしようのない恐怖だった。
「貴方という存在はこの世には存在しなかった。そのことを知らないのも無理はないでしょう。だから、いないはずの人間が残したものも存在しないのもまたその道理」
闇しか映さない瞳を細めて、ジャックスは義足の青年が残した疑問に答える。
「僕はかつて力を司っていた天使、ジャックス・イリュードマン、同時に感覚と呼ばれるものも司っていたと言われています。まあ、結局は神様しか真実は知らないんですけどね」
屋敷の修復とともにジャックスの体はもとの人間の体へと戻っていく。
取り戻した記憶は体の復元が進むにつれて薄れていき、最後には。
「あれ?どうして右目が見れないんでしょう?」
真実の忘却は人間に戻ったことを意味する。
そんなことをジャックスは知ることは出来ない。
もう一度思い出すことが出来るのは、またジャックスが覚悟を決めたその時、それまでは天使という存在も世界には広まることはない。
―――こうして化け物と―――の戦いは名前も、体の特徴も何も知らない誰かの忘却によって決した。