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遥か彼方の浮遊都市  作者: しんら
続章【学院都市】
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〈役者はもう一人〉

アカツキと執事のジャックスの二人はサティーナが戻ってくるまでの間、部屋で話しながら待っていた。


「なるほど。サティーナさんに強く当たっていたことを謝りたいけれど、どうすればいいのか分からないと...」

「お前は優秀な執事(自称)なんだろー?こういう時どうすればいいか教えてくれないか?」

「そんなことを僕に相談してくれるなんて...!!」


感動したように顔を覆い隠すジャックス。

しかし...。


「なあ?お前笑ってない?」

「そんなこ...プッ...」

「殴っていいかな?」

「痛いのは無理なんで罵倒で許してくれませんか?」


ジャックスは罵倒してほしそうにウズウズとしているが、面倒なので放っておくことにした。


「いや。真面目な話、今から謝って馴れ馴れしくなってもサティーナが本当に許してくれるか分かんないんだよ。色々とやりすぎた俺が悪いんだけどさ」

「いや、真面目な話僕は罵倒して欲しいんですよ。僕にはやりすぎても怒りませんから」


こいつの頭はだいぶイカれてんな...。


「ふざけてないで真面目に考えろよ...。もしかしたら半年以上一緒に居るかもしれないんだよ。信頼関係ってものを取り戻したいんだ」

「ご主人様とサティーナさんに元々信頼関係ってものがあったんですかね?」


...。


「無かった...いや。どうだろう」


ジャックスに言われて初めて、アカツキはサティーナが本当に自分を信じていてくれたのか?という疑問を持つ。

ユグドからは拠り所と言われたが、アカツキという存在が本当に拠り所なのだろうか?と。


「なあ。一つ聞いていいか?」

「構いませんよ」

「もし、俺のことに関する記憶以外全部消えたら、お前はどうすると思う?」


普通の生活を送っていたであろう人からすれば、何故そんな意味の分からないことを聞くのか、という質問だろうがジャックスは考える素振りも無くはっきりと言葉にする。


「アカツキ様を自分が生きる為の理由として利用すると思います」

「どうしてだ?」

「アカツキ様以外の記憶が無いということは、前のジャックスに戻ることを意味します。元々僕は世間から見た出来た人間とは程遠いタイプの人間でしたから」


どうやらこのジャックスという男にも何かあるらしい。

だが偽りの主であろうアカツキがそのことについて深く聞こうとするのはお門違いだろう。

こういうのは本当ならの主である誰かにしか解決出来ない。

それにジャックスの記憶にアカツキと過ごして来た日々があってもアカツキの記憶には何もない。


「まあ、その理由は深く聞かないけど、お前ならそうするんだな?」

「ええ、きっと。100%そうなると言い切れます」


うーん...。

これじゃ参考にならないし、それよりも空気が重い!


アカツキが質問した結果、望んだような答えは得られないだけでなくジャックスにあまり聞いてはいけない質問だった。

何とも言えないもやもやとした雰囲気が漂い始めた時だった。


「アカツキ様、今戻りました。私に何かご用事が?」


少し控えめに扉を開けて、サティーナが部屋の外で質問してくる。


「ん、ああ。少し用事があってな。それよりも外はどうだったんだ?」

「...それは場所を移してからにしたいと思います。ジャックス貴方は持ち場に戻ってください。アカツキ様は私に付いてきて下さい」


サティーナが場所を移すと提案してきたということはジャックスには聞かれたくない話、つまりは。

敵の誰かが起こした事件だ。


最初に仕掛けてきたか。

こっちの都合はお構い無し、まあそれが当たり前か。


「そうだな。ジャックスは仕事に戻ってくれ。相談を聞いてくれてありがとな」


アカツキは椅子から立ち上がると覚束ない足取りでサティーナの下へ向かう。


「分かりました。また相談があったら読んでくださいよ」

「ああ」


ジャックスも椅子から立ち上がり、足早に部屋から出ていく。

そして。


「サティーナさん。アカツキ様を頼みました」


サティーナの横をすれ違う寸前、アカツキには聞こえない様に小さな声で呟いた。

サティーナが何を、と聞く前にジャックスはサティーナから離れていく。


「ん?どうかしたか?」

「いえ。何でもありません。早く移動しましょう」


サティーナがゆっくりと歩き出すと後ろからアカツキが。


「サティーナ」

「どうかなさいましたか?」

「肩を貸してくれないか?あと、話が終わったらさっきの松葉杖を持ってきてくれ」


サティーナは一瞬だけ戸惑うと、アカツキに少しずつ近づいて行き肩を貸す。


「サティーナ、お前の話が終わったら俺も話がある」

「......。はい」


サティーナは消え入りそうな声で答えると、アカツキと一緒に誰にも聞かれない部屋へ向かう。



――――5分ほど歩いたアカツキとサティーナは屋敷のメイド達に1時間程誰が来ても呼ばないでくれと頼んだ後、アカツキの部屋に向かった。


「鍵は一応閉めておくぞ。防音とかは大丈夫か?」

「はい。この屋敷の各部屋には防音設備が備えられています」

「ならよかった」


アカツキは扉の鍵を閉めると、気だるげな体をベッドの上に投げ出す。

サティーナは本棚近くにあった椅子を持ってきてベッドの横に置き腰掛ける。


「体は大丈夫ですか?」

「相変わらず言うことを全然聞いてくれないけど、まあ今は動くだけマシかな」


....。

少し間が空き、サティーナは口を開く。


「アカツキ様、あまり怒らないで聞いてください」


さっきからサティーナが自信がなさそうだったり、落ち込んだ感じ話している。

きっとアカツキを怒らせない為のことだろうというのが感じ取れる。


「サティーナ、ごめんな。俺はもう大丈夫だからあんまりびくびくしないで話してくれ」

「...アカツキ様」


サティーナが心配したような顔でアカツキを覗き込むと。


「どうかなさいましたか?」


まあ、そう思うのが普通だろうな。

俺でもこういう反応をすると思うし。

どれだけ俺がバカだったのかよく分かるな。


こんなに心配してくれているのに、俺は安易、いや自分勝手な態度をとっていたんだ。

本当に最低な奴だと自分でも思う。


アカツキの思っているように今のサティーナは少し戸惑っていた。

どうしていきなり態度が急変したのかと。


「じゃあ、サティーナも話しづらいだろうから、俺から話すよ」


アカツキは緊張を和らげる為か、スウーーと大きな深呼吸をして。


「サティーナ、ごめん!!」


一番簡単で、一番伝わりやすい言葉と態度でサティーナに謝る。

ベッドの上だが、サティーナの方へ向きながら頭を下げる。


今のアカツキに思い浮かんだのはこれだけだ。

これ以外に伝わりやすい謝罪はないと言い切れる。


「ア...アカツキ様?」


このサティーナの反応はさっきのようなアカツキを怒らせない為に慎重に顔色を伺っていた時とは違い、本気で戸惑っていた。


「おっさんと話して、俺がどんだけバカだったか知った。自分だけがこんな理不尽な状況になったからお前に強く当たったり、折角心配してくれたのにそれを蔑ろにした!!」


「こんな安易な謝罪で許してくれるはずは無いだろうけど...」


「本当に、ごめん!!」


サティーナは少し頭を下げていたアカツキを見た後、アカツキの頭にポンと手を置く。


「顔を上げてくださいアカツキ様。アカツキ様が正直に謝ってくれただけで私は十分です。だから、私も正直に言います」


アカツキはまだ頭を上げない。

サティーナの返事次第では協力者1日は頭を下げていても良いと思っている。


だか、アカツキの予想していたことと反対の答えが帰ってくる。


「私はアカツキ様を許します」

「.....え?」


アカツキが戸惑った声で顔を上げようとした時にサティーナはただ、と言葉を続ける。


「私にはサティーナとして育った記憶はありません。もしサティーナとしての記憶が有ったなら許してなかったかもしれません。ここを勘違いしないで下さい。ここに居る私はサティーナではありません。記憶が戻った時に私はきっと貴方を許せないと思います」

「どういう...?」


「私は私だけどサティーナではないということです。私が知っているサティーナは狂っていました。自分の感情を押し込めて押し込めて、どれだけ非人道的なこともしていた」


サティーナは肩に乗っかった重荷を少しずつ下ろしていく。

そう。

サティーナも自分という存在がひどく不安定で、断片的な記憶からサティーナを演じていた。


人を作るのは環境であり。

それらの環境ど得た悪いことも良いことも含めた経験値の塊が記憶だ。


サティーナには記憶がない。

だからこそ、アカツキを許せた。いや、許すことしか出来なかった。


「私は、アカツキ様に関する記憶は何も持ち合わせていません。私の記憶に残っているのは狂気にも近いジューグという女性に対する信仰心と頼み事という名の命令です」


「命令の内容は申し上げたのが全てです。それがサティーナを演じる為の資料でした」


サティーナは初めてアカツキの前で感情を露にする。


「嘘つきで、人間として失格なのは私です。私はアカツキ様を利用し、サティーナとしての私を確立させようとしていた」


本来ならあそこまでされた人間はアカツキと接することは極力避けるだろう。ジューグの命令は、そこまで複雑ではなかった。


アカツキが自害するのを防ぐこと。

ただそれだけで良かったのだ。死ぬことを出来ないと知った後に取る行動は無気力で意味の無い日々を送るか、この状況を作った人間達に復讐することぐらいだろう。


ジューグはアカツキの心の拠り所になれとは言っていない。

それでもサティーナがアカツキに忠誠を誓っていたようにしていたのは、罪悪感だった。


自分はアカツキを利用して自分を確立させている。そうしないと、生きていくことが出来なかった。


サティーナが記憶の改竄によって意識を失い、起きた時に思ったことは。


怖い。

それだけだった。


私はサティーナ、だけどどういう人間だ?

私はジューグ様の従者。ジューグ様って誰?


私という存在がひどく曖昧で怖かった。

なんの意味を持ってここに立っている。

息を吸って、生きる理由がない。


だから、記憶に残っていた命令通りアカツキという少年をある屋敷に連れていき、2週間一睡もせずに看病し続けた。

だって目が覚めたら、そこには誰も自分を覚えていなくて死んだ方がマシとさえ思う地獄が広がっているのだから。


自分を確立させるために利用して、長い間地獄を見せ続けることになることに対する申し訳なさと罪悪感がアカツキに対する忠誠の全てだ。


「だから顔を上げてください。悪いのは私もなんです。アカツキ様の為ではなく全部私の為だけ」

「じゃあ本当に覚えている記憶は...?!」

「命令と断片的な記憶の欠片だけで。生まれてから21年間のはっきりとした記憶は一つもありません」


これがジューグという女が自分が楽しむだけの為に行った行為の被害だ。

仲間であり、それに何年も付き従っていたサティーナの記憶を容赦なく消し、苦しんでいる景色をどこか遠くでかわいそうとも思わずに、命令に背いたら容赦なく殺せるように準備しているのだろう。


なんと酷い話だ。

アカツキの創造を絶する答えがサティーナの口から放たれ、数分の間アカツキは何も言えずに凍りついたように固まっていた。

少し捕捉を。


今のサティーナは21年間の記憶がないので冷酷でジューグの命令を何でも聞く便利な人間ではありません。

むしろ、ジューグを嫌ってさえいます。


ですが、この事件が終われば記憶は戻り、サティーナはまた元のサティーナに戻るでしょう。


なのでこれは今までのサティーナではなく、二人目の優しいサティーナとして捉えておいてください。

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