<アカツキという男は>
来訪者は意外も意外、アカツキすら予想出来なかった人物だった。
それも来訪した理由はアカツキにとって希望へと導くものであり、アカツキが素性を隠す必要が無かった。
来訪した者の名前は例外者と言われる類いの者ではないはずの男。
「よぉ、2、3週間ぶりだなぁ。アカツキ」
魔獣討伐を専門とした部隊バーサーカーに所属している男、ユグドだった。
自分を覚えてくれている人間が居るというのはアカツキにとっては喜ばしいことなのだが...。
「おっさん、どうしてここに来たんだよ。もしおっさんが記憶に何の影響も無いなら、俺が言った言葉を覚えてるだろ?」
それはいつぞやの平穏だった時にあった出来事だ。
信用出来ないという理由だけでアカツキは彼らと一時的に縁を切ったつもりだったのだ。
「それも含めて場所を移動して話そうじゃねぇか」
「...サティーナ、おっさんと二人だけで話がしたい。部屋の用意と、もし誰か訪ねてきたら俺に連絡を入れるように、イスカヌーサ学院の奴等が来たら...。その時はどうにかする」
「了解致しました」
アカツキが移動をしようとすると、サティーナから松葉杖が手渡される。
その意味を理解できずに、アカツキは少し不信感混じりにそれを乱暴に受けとる。
「おっさん、メイドに案内させるから先に行っててくれ。俺は少し用意をしてから行く」
「早くしろよぉ」
サティーナから指示を出されたメイドに案内されて、ユグドは一足先に部屋に移動を開始する。
その後ろ姿が目視出来なくなったところでアカツキは苛立ち混じりでサティーナに話しかける。
「俺はこんなことをしろとは言ってねえよ」
「お体が不自由ということで、こちらが必要かと思いまして」
「昨日も話したが、お前に対しては信頼より、不信のほうが強い」
これがサティーナという女でなければ受け取っていたと言うような言い方にもサティーナはショックなどは何も受けない。これは命令であって、アカツキとは親しい間柄とは言えないのもそうだが、アカツキはこういう男だと割りきってたからかもしれない。
「申し訳ございませんでした」
「...今の俺には特に必要な物はない。だから今後こういうことは無しにしてくれ」
それだけ言うとアカツキは松葉杖を壁に立て掛けて、ふらふらとした足取りで移動を開始する。
サティーナはその松葉杖を回収すると、また屋敷の業務へ戻っていく。
...アカツキは他のメイドに案内されて、ユグドを待たせていた部屋へたどり着く。
「遅かったじゃねぇか」
「俺もこの屋敷のことをあんまり知らないんだよ」
アカツキはふぅ...と疲れた顔で椅子に腰を掛ける。
ユグドの案内を頼んだメイドが紅茶を持ってくると、アカツキは二人だけにしてくれと言いメイドを部屋から離させると、用意された紅茶で口を潤す。
「おっさんも飲んだらどうだ?」
「そうだなぁ。移動で大分疲れたから助かるぜぇ」
ユグドも用意された紅茶に口を付けると、少し時間を掛けて飲む。
「なぁ?アカツキよぉ、これを飲んで何か無かったか?」
「...?味ならボンボンの屋敷だけあって美味いかな。それがどうしたんだ?」
「そうかぃ」
お互い口を潤したところで話が始まる。
アカツキが最初に知りたいのはどうしてここに来たのか、だがそれを聞くよりも、もっと最初に聞くことがあることに気づく。
「おっさん、記憶はあるんだよな?」
「ああ、お前が心配してんのは俺が記憶を改竄されて敵の斥候としてここに来たんじゃねえかってことだろぉ?」
「まあ、そうだな」
信じる為には自分を知っているということが前提条件であり、もし知らなかったらここで拘束することになる。仮に敵じゃなかったとしても、バーサーカーという魔獣討伐専門であるはずのユグド達がここに居る理由をはっきりさせてもらわないといけないが。
「その点は心配すんなぁ、俺達は時には隠密行動をすることがある。その為に特別な加護が与えらってからなぁ」
「その加護と隠密行動をする理由は?」
「加護の方の秘密はお前を信じられたら話してやらぁ。もう片方の情報は教えれるがなぁ」
まあ、加護の情報をそう簡単に教えるのを躊躇うのは仕方ないか。
一先ずは隠密行動の理由だ。
「簡単な話、俺らは魔獣討伐を専門とした部隊だがよぉ、何も『魔獣が自分たちの意思で暴れまわる』だけじゃねぇ。時には人間の悪意がそうさせることもあらぁ」
「...魔獣を操るっていうのか?あんな化け物を?」
「ああ、実際過去によぉ、一つの都市が滅びたこともあるんだ」
成る程、人間が関わっているだけで魔獣討伐の危険性はグンと上がるわけだ。
それで過去に一つの都市が滅び、魔獣討伐だと言って無理やり攻撃を仕掛けるより敵の情報を十分に集めてから襲撃をするようになったのか。
今のアカツキは体の調子は良くないが、頭の調子はとても好調だ。
この状況に置かれたおかげで、何をどうすれば良いのか、聞いた話から様々な推測を立てることが出来る。だが、アカツキからしたらまるで誰かからか教えられているような感覚なのだ。
そう、アカツキとは違う他の何かが考えたことがそのまま脳にインプットされたような違和感を感じるが便利なものは自分だろうと何でも利用することにしている。
「じゃあ次は俺を信じてくれれば加護の情報を教えてくれるんだろ?大体どんなものか分かるけどな」
「おめぇの推測通りかもしれねぇし、そうじゃないかもしれながなぁ」
「だからここで俺のことをどうやって信じてくれる?俺は一刻も早く情報が...」
『無理だなぁ。今のおめぇに教えれるのは過去に起きたことだけだぁ』
...?
「もしかして、あの時のことを怒ってるのか?」
確かにあれは言い過ぎたかもしれないが、何かを隠され続けているのはいい思いがしないのは当然だろう。
「違ぇよ、俺はアカツキになら教えたがてめぇには教えられんねぇって言ってんだ」
「は?」
何を言ってるのか全く理解出来ず、アカツキは顔をしかめる。
「俺が俺じゃないって言いたいのか?そんな馬鹿な話...」
「じゃあ聞くがあのサティーナって奴に強く批判してたのは何でだぁ?」
...聞かれていたのか。
「敵であるジューグの側近の奴に...」
「───あいつは記憶を改竄されている」
アカツキはその言葉に突然冷や汗が流れ始める。
その理由は...。
「てめぇは一番知ってんだろ?何せ神器をその身に宿してんだからなぁ」
「...」
アカツキは目線を伏せ、何も言わずにユグドの話を聞いていた。
「アカツキ、いつからてめぇは下らない嘘をつくようになったんだぁ?自分の理不尽を一方的に相手に向けて何か楽しかったのか?てめぇが一番神器の魔力を分かってんだ、あいつの辺りに漂っていた魔力は相当濃いものだっただろ。それこそ、記憶を書き換えられる直前の命令だけを覚えているような状況なんだぜ?」
それを知っていて何故サティーナに厳しい態度を取るのかをユグドは的確に見抜いていく。
そう、アカツキは出会った時からサティーナという女が記憶の改竄を受けていることは知っていた。何せ神器の魔力を調べる為に何度もカナスラから感じる微弱な魔力を感じ取る修行をしていたのだ。
それなのにサティーナから放たれている神器の魔力を気づけなかったとは言えないだろう。
「し..」
「信じることが出来なかったかぁ?」
「ああ。俺にはアイツを何一つ信じられない。考えてもみろよ、アイツはジューグの側近だぞ?記憶の改竄を受けていても信じられるはずがない」
しかし、アカツキの正当にも思える言葉をユグドは簡単に打ち砕いていく。
「てめぇを信じらんねぇのはだからだよぉ。アカツキって男は自分が傷ついても他人を傷つけない男だった。俺は誰かを守る為の嘘なら許せるが、他人を貶める為の嘘は許せねぇ」
「さっきから何だよ、おっさんはそんなにアイツの為にそんなことを言う?既におっさん達も知ってるよな?この都市の理事長をどこかで封じ込めているのにジューグが関与してるって。その側近だぞ?」
そう、たとえ記憶が無いと言ってもサティーナはジューグの側近であることに変わりない。
それなのにユグドはサティーナを庇っているような言い方だ。それがアカツキには理解できない。
「今は神器により記憶を改竄された被害者だ、とか言って優しく迎え入れるのがお前、アカツキって奴だろ」
「そんな綺麗事で迎え入れる程俺は優しくない」
「じゃあよぉ、てめぇの仲間だったナナはどうだ?アイツは多くの人間を殺してきたぞ?それなのにてめぇは頼まれたから旅に加えた。その理由を言ってみろやぁ」
アカツキは一瞬答えを出すのに躊躇うが、少し声を抑えながら小さく呟く。
「ナナは生きる為にそうする必要があった」
「それならサティーナって奴もだろ?ジューグがどういう人間か知ってるよなぁ?」
ジューグは自分の手下を物のように扱い、戸籍上だけとはいえ旦那である農業都市の元No.1を簡単に裏切り、この都市では仲間であるクルスタミナを見捨てた。
つまりは人を利用する物としか考えていないのだ。
仲間や旦那さえ殺すのにサティーナが例外であるはずが無いだろう。
「てめぇはそれを知っててアイツは邪魔者扱いすんのか?随分とひねくれたなぁ?アカツキ」
「...っは。こんな状況で冷徹になれなくてどうする?俺はクレア達の記憶を取り戻す為にやってんだ。同情にどれだけ価値がある?なあ、教えてくれよ。ただの足かせにしかならない奴に...」
アカツキが言い切る前にその顔に重い拳が振り払われる。突然の出来事であったせいもあるが、体が自由に動かないアカツキにそれを避けることは出来ない。
頬に重い一撃を食らい、壁におもいっきり叩きつけられたアカツキは小さく舌打ちをする。
「何すんだよ」
「気に食わねぇから殴った。それ以外に理由はねぇよ」
ユグドは壁にもたれ掛かった状態で睨み付けてくるアカツキにつかつかと音を立てて近づく。
アカツキの前に到着したユグドは上からアカツキを見下ろし、腰に掛けていた剣を抜き、アカツキの眼前にその矛先を向ける。
「いつから人をそんな物のように見るようになった」
「は?」
「てめぇのやってることはジューグの奴がやってることと同じだって言ってんだよ!!あの女は仲間であろうと自分の側近であろうと何の躊躇いも無く殺すことも出来るし、実際サティーナって奴は殆ど記憶がねぇ。てめぇが忘れられる恐怖を知ってるくせに、記憶が殆ど無い事の恐怖を知らねぇはずがねぇだろ!!」
今までのようにふざけた風に怒っているのではなく、本気で怒っているというのがその眼と口調から理解出来る。
「自分という存在が酷く曖昧でどんな風な人間だったかすら知らない人間をどうしてあそこまで卑下出来んだぁ!!?」
「...っ!!!」
「サティーナは命令とはいえ、お前を主として見ている。だが同時にてめぇがサティーナの拠り所になっているってことを理解しろ。命令を守ってんじゃねぇ、命令に縋るしか自分を確立出来ねぇようになってるんだ」
ユグドは剣をアカツキの口に近づけていく。
それを見ながらアカツキの体はガクガクと震えていた。
だが、それは刃が迫ってくる恐怖ではない。
───自身の過ちに、矛盾に気づいてしまった。
「おっさん、殺すなら殺してくれ。もう、これ以上誰かを傷つけてしまう前に...」
アカツキは目を覚ましてから感情を失ったような人間になっていた。
簡単に自分すら騙し、被害者であり自分を救ってくれたサティーナに自分の理不尽を押し付けるようにキツく当たっていた。
これでは前の自分を見ているようで、酷く自分という存在が嫌になる。
簡単にコロコロと考え方を変えて難しい道は通らず、簡単な道を選んで通るアカツキという男の心の弱さが、ようやく理解できた。同時に、凄まじい嫌悪感が襲ってくるのだが...。
「それも簡単な道の一つだ。何かを守るために犠牲とか出すのじゃなくてよぉ、敵も仲間も守ってやるっていうくらい強欲になってみろよ、アカツキ」
ユグドがその剣を鞘に納めることで死を選ぶということも出来なくなった。
いや、死ぬことくらいなら舌を噛みきれば容易に出来る。だが、死にたくないという意志がそれを邪魔するのだ。どこまでも生にしがみつくように。
「死にたくないって思うのも当たり前だぜ?俺だって死にたくねぇしな。だったらこう考えろ」
「――全部助ける!!ってな」
そう言ってユグドは自分の剣をアカツキに投げる。
「武器は与えてやらぁ。それを死ぬことに使うか、守るために使うかはおめぇが決めろ」
ユグドはそう言い残すと、残った紅茶を飲み干し静かに部屋から出ていく。
アカツキは一人その場に残され、自分という人間の弱さと戦い....。
かつて農業都市を救った英雄だった頃の様に目を腫らし、覚束ない足取りだが立ち上がる。
「...ありがとな。おっさん」