<すれ違う少年少女>
夢を見た。
一人だけで世界を旅する夢を。
それは今の自分を表しているようで...。
『辛かった』。
...アカツキが目を覚ますと、頬を伝う冷たい何かがあった。
「....」
それを無表情で拭い、壁に手を掛け部屋を出、サティーナの様子を見に行く。
そこにはメイド服を着ながら料理を作っているサティーナの姿があり、アカツキが起きていることを知ったサティーナは料理を二人分テーブルの上に並べる。
「朝食の準備は出来ております」
「いいよ。俺はいらない」
そう言って、アカツキは並べられた料理に目を配ることすらせずに、サティーナが居ることを確認しただけで部屋を後にする。
「図書館にでも行くか」
時々転びそうになりながら危うい足取りで屋敷の中にある図書館へと向かう。
この屋敷は現在アカツキが所有していることになっているらしい。
記憶の改竄により、ここの主はどこかで平民と変わらない暮らしをしていると聞いた。
そして、もう一つ。とても重要なことを聞いた。
「俺も犯罪者か」
それはサティーナとアカツキが学院都市で指名手配されているということ。
「確か生徒を数人拉致したってことになっているっぽいな。まあ、そんなの関係ないけど」
過程はともかく、一番重要なのは指名手配されていることにより、迂闊に外に出ようものなら、いつどこで襲われる危険があるか分からないことだ。
最初に打った手はこの屋敷にいたメイドの一人を偽の主とし、外部との接触の際にはそのメイドが出向いたり、迎えたりする。
「まずは情報を集めるか」
この図書館に来た理由はあることを確かめること。
それは些細なことではなく、とても重要なことだ。
アカツキは図書館を掃除していたメイドを呼ぶ。
「この都市の歴史とかを知れる本は無いか?それも出来るだけ新しいやつだ」
メイドは本棚を確認し、三冊程の本を掴みアカツキの下へ戻ってくる。
「最近のものでしたらこちらかと」
「ありがと」
その本を受け取り、アカツキはまた壁伝いに自室へと戻る。
「さて...と。少し休むか」
たった数分動いただけで、今のアカツキには重労働だ。
理由は分からないが、体が言うことを聞かないというか力が入らないというか、よく分からない状態にある。
それでも誰かに頼らず、自分で向かうことも理由があった。
現在、この屋敷に居るのはアカツキにジューグの側近サティーナ、名前も知らないメイド達と一人の執事だけだ。
そのなかで信じられる者など誰も居なかった。記憶の改竄によりメイド達は昔からアカツキに仕えているということになっているが、アカツキからしたらたった1日程度の付き合いだ。
心の底から信じられる者など誰一人として居ないのも当たり前と言えるだろう。
そんなことを考えながらベッドの上に寝転がっていると、コンコンと部屋の扉がノックされる。
「アカツキ様、よろしいでしょうか」
「用件があるならそこで話せ。サティーナ」
扉の外から食器が運ばれている音が聞こえる。
ということはさっき作っていた朝食をわざわざここまで持ってきたのだろう。
「朝食が冷めてしまわぬ内にお食べ下さい」
「いいって。まだ腹は減っていない」
そう言うと、扉の外で食器が運ばれていく音が聞こえる。
そして、その音が聞こえなくなると。
「そこに居ても部屋には入れねえよ。廊下は寒いんだからさっさと部屋に戻ったらどうだ」
今のアカツキは体が不自由だが、その分と言っては何だが感覚が鋭くなっている。
きっと食器は他のメイドが持って来て、サティーナが戻ったと思わせようとしたのだ。そうする理由はアカツキを監視する為か、心配している為かは分からないが。
「やはり私は邪魔ですか」
「邪魔...。じゃねえよ。ただ今回は腹が減ってなくて、今は一人になりたかっただけだよ」
「ですが昨夜の夕食も食べておられません」
アカツキは少し考えると。
「ほら、腹が減りすぎて逆に減っていない風に思うって時があるだろ?今はいいから後で食べるよ」
「...そうですか。それでは失礼します」
とても幼稚な言い訳だが、どうにかサティーナを帰らせることが出来たアカツキはベッドの上で目を瞑る。
こうしているだけで、アレット達とふざけていた時を思い出す。
少し前の出来事なのにそれは何十年も前のことのように思える。
アカツキは自分自身に聞いてみる。
『辛い』か?と。
答えはつい口にしてしまっていた。
『辛くない。辛いなんて思うわけがない』
それは偽善者としての一般回答だった。
...午前11時、クレア達イスカヌーサ学院の生徒は理事長クルスタミナ・ウルビテダにより校庭の中心に集められていた。
「何が始まるんだろうね」
「アレットのことじゃないかしら」
ラールスとリナが話していると、その後ろの生徒から話しかけられる。
「あの、ちょっといいかな」
二人が声のした方へ振り向くと、同じ制服を着た見慣れない顔の生徒が居た。
「えっと...。私達に用があるのかな?」
「うん。私はミクって言うの。よろしくね」
ミクという生徒から話を聞くと、どうやら人探しをしているらしい。
「名前は?」
「5組に居る、ガルナっていう人なんだけど」
「ガルナ君なら昨日の夜に寮を出たっきり帰ってきてないよ。あと、少しの間戻ってこないって言ってた」
そのことだけを聞くとミクはありがと、と感謝してから早足でその場を去る。
話だけを聞いて去っていたミクと入れ替わるように、クレアとナナの二人が息を切らしながらリナとラールスの後ろに並ぶ。
「二人とも遅かったわね」
「クレアが大事な物を忘れたとかで教室に戻ってたんだよ....」
クレアの方を見ると、その手には手紙のようなものが握られていた。
それを大事そうに握っていることから、とても大切なものだということだけは分かったが、何が書かれているのは分からない。
「クレアちゃん、そんなに大事な物なの?」
「はい、昨日もこれを探していたんですよ」
「何が書かれてるのかな?」
しかし、リナが中身が気になり聞いてみるよクレアは首を横に振り。
「今は見せれません」
「ふーん...。もしかして彼氏さんに書いた手紙とか?」
リナがふざけ半分で笑いながら言うと、クレアは顔を真っ赤にしながら必死に否定する。
「そんなんじゃありませんよ!」
「あれ?あれれ?何で顔を赤くしてるのかな?」
「ほら、先生が来ましたよ!!前を向いて下さい!」
リナはにやにやしながらクレアを見ていると、少し怒りっぽい口調で前を向くように注意するクレア。
その光景を何をしているんだと言わんばかりに見ているナナとラールスの二人。
と、二人がそんなやり取りをしていると、大きな声が校庭に響き渡る。
「注目!!」
その声を発したのは1組の担当兼生徒指導の先生であるカルタッタ。
「今日、ここに集まって貰ったのは我々で収拾しなければならない事件が起きたからだ!!」
カルタッタに付き添うように義足をした男が登壇する。
その手には昨日ナギサに見せられたものと同じ指名手配された三人の顔が載せられた手配書だ。
それを全校生徒に渡すよう各教員に伝えると、各学級の担任が受け取り、迅速に配っていく。
「知っている者も居るだろうが、先日の会議で空白の30分で起きた放火事件及び非道な大量虐殺に我が校の生徒が関与していることが発覚した。名前はアレット・スタンデ、その場に残っている魔力から特定され、現在衛兵や警備ロボットが学院都市を隅から隅まで確認しているところだ」
その言葉に何も知らなかった生徒達がざわつき始める。
「我が校の生徒が関わっている以上、我が校で解決せなばなるまいと理事長は仰った。今は体調不良ということでここには来れないが、この件を早く解決したいと思っていることだろう」
「やっぱり、アレットの件だったわね」
「そうだね。やっぱり私達でやらないといけないんだ...」
拡声器を使った連絡は校庭だけに留まらず、近隣の家まで聞こえるようになっているのは、わざとなのかは知らないがアレットを早く捕まえたいという強い意思を感じた。
それに校庭に集めるより各教室で説明したほうが手間は掛かるが、イスカヌーサ学院という学院都市で最も有名で影響力のある学院から大犯罪者を出してしまったことを隠せるはずだ。
そして、汚名を晒してまでアレットを捕まえたいのだろうか?
そんな考えがナナの頭を過る。
「クレア、どうする?」
ナナの問いかけの意味が分からなかったのか、クレアは少し困った顔で。
「どうするって?えっと、何のことですか?」
「私達もアレットを探す?って意味」
「ナナちゃんはそうしたいんじゃないんですか?」
普通の生徒はこの事件を早く終わらせたいのだろうが、ナナは違った。
これは勝手な思い込みなのかもしれないが。
「私はアレットを探すよりこのアカツキって奴とサティーナって奴を探したほうが良いと思うんだよ」
「何でですか?」
そう思うのが普通だろう。何故なら、最優先で捕まえるべきはほんの少ししか関わりのない犯罪者より、自分が関わってきた人間だ。
貴方なら関わりの無い人間とクラスメイト、どちらを探すだろうか?
こんなバカなことをした奴を同じクラスの人間だとは思いたくないと切り捨てるのも一つの答えだ。だが、大体の人間はクラスメイトのほうを探すと思う。
今まで通りのナナだったらそうする。だが、今回は違和感だらけだ。
確かに優秀な生徒が多いとはいえ所詮は学生であることに変わりはない。そんな子供達を捜査に加わらせても何らかの成果を持ち帰るのはごく一部の生徒で他は邪魔になるほうが多いだろう。
それなのに全校生徒を動員するというのは何かの意図があるように思える。
そしてこれは本当に下らないことなのかもしれないが。
林で会っただけのこの男に何か引っ掛かるものがあった。
「この二人に会った方が、この違和感を消せるかもしれないって思ってるんだよね。やっぱ駄目かな...?」
「いえ、ナナちゃんがそうしたいなら私も手伝いますよ」
何か言われるかもしれないと思っていたが、クレアは案外簡単に了承した。
「えっと...。本当に良いの?」
「ナナちゃんもそうしたいんですよね?それに止めても勝手に行っちゃいますから、私もお手伝いします」
「まあ、うん。ありがと」
ナナは少しクレアのことを不思議に思いながらも、少しだけ安心した。
だが、このアカツキという男はクレアに何かただならぬ何かを抱いていたのだ。クレアを危険に晒すことになるが、あっちから接触してくる可能性がある。そこで真実を聞くのだ。この事件の違和感と照らし合わせて、正しかったのなら...。
どうするのだろうか...?
もし仮にアカツキという男がこの事件に何の関わりも無かったら見逃してしまうのか、それともそれは別と言い捕まえるのだろうか?
ここでどっちか決めても、もしかしたら意見が変わってしまうかもしれない。
だからまずは会ってみないことには、真実も自分がどうしたいのかも決められない。
「ナナちゃん、絶対にアカツキさんに会いましょうね」
「うん、そうだね」
ナナは考え事をしていたので適当に相槌を打ち、上の空でカルタッタの話を聞いていた。
「話はここまで!!アレット・スタンデを捕まえるまで教員も生徒もこの学院には来なくて良いとのことだ。各々休むときは休み、アレット・スタンデを1日でも早く捕まえるように心がけること!!以上だ!!」
こうして数十分に及んだ集会は終え、各自担任の先生に従い教室に戻っていく。
ナナはボーッとしていたので、クレアに手を引かれながら歩き教室に到着する。
教室に戻ると、中には学校が休みということで喜ぶ生徒は誰一人居なかった。
それは、アレットのことを許さないというより心配に思っているからだ。記憶を失っても尚、5組の絆は本物だった。
そのなか、誰よりも本気で挑む生徒達が居た。
5組一の身体能力を持つリナ。
「早く見つけないと...」
心を読み取るという特異体質を持つラールス。
「...」
5組をまとめる委員長サネラ。
「あのバカ...」
抜群の身体能力に息ぴったりの姉妹のサラとララ。
「あの時の恩を返す時です」
「面倒な奴ね」
そして、アレットの大親友ガブィナ。
「...ガルナ」
きっとこの少年少女達には記憶など無くとも、強い絆で結ばれている。
...そんな幸せ者の男は今。
「一つ質問、クルスタミナ・ウルビテダの持つ神器に心当たりは?」
薄暗い部屋の中で、その少年は地べたを転がり回っている細身の男に問いかける。
「あづい!!あづィィィィィ!!」
「あのさ、早く答えてくれない?」
右手に大きな火傷を負った細身の男は痛みに耐えきれず、まともな言葉を言うことすら出来ない。
彼はクルスタミナ・ウルビテダの親戚に当たる男で、記憶の改竄の影響を受けていない。そのことを知られ、こうして地べたを転がり回っているのだが。
「じゃあもう片方の手も使い物にならなくしてあげよっか?」
その髪の毛を掴み、目前で炎を出して見せると発狂し気絶しそうになる男に何度も蹴りを入れ意識が途切れないようにいたぶる。
「確か職場でのストレス発散の為に何の罪も無い一般市民を拷問して殺害したんだよね?それもライバルとなる企業のお偉いさんばっかり。クルスタミナ・ウルビテダの権威を使い今まで事実を揉み消してきた」
アレットが冷徹な目で細身の男を睨みつけると衣服の端に火がつく。
「やだぁぁぁあ!!!やだぁぁぁ!!言う!!あの男から聞いた話は何でも言う!!殺すのはやめでぐれぇ!!」
「しょうがないなぁ...」
アレットがため息をつくと火は男から消える。
細身の男はアレットを見上げながら必死に許しを乞う。
「神器による記憶の改竄はクルスタミナ・ウルビテダの親戚または協力者に何の影響もない!!それとは例外的に異世界とかいう場所から来た奴にも影響は無いらしいんだ!!」
「成る程成る程...。これは新しい情報だね。その異世界っていう単語の意味が分からないけど、例外的な人間が居るかもしれないんだね」
アレットはうんうんと頷きながら考え事をしているように見えたが、心の中では何も関心を抱いていないことが丸見えだ。
「───まあ、そんなの関係ないんだけどね。僕は確実にあいつを潰すために動いてるだけだし」
「なあ?俺の知ってることは全部教えたぞ!!助けて...」
『え?そんなわけないじゃん』
細身の男に言いはなったその言葉は更に男を震え上がらせる。
ここまで、人を殺すことに躊躇うことのない人間が居るのかと、しかもそれが学生だとは思えない程の冷徹な心。人の温かみを微塵も感じないその言葉から逃げ出すように、細身の男は発狂しながら走り出す。
「やだぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁ!!!」
「いや、そんなこと言っても罪は消えないよ。でも安心してね、家族に手を加えることはしないよ。おじさんが悪いことをしていたのを知らない人間を殺すほど僕はひどい人間じゃないし」
逃げ出した男を捕まえ、引きずりながら男の屋敷の廊下を歩くアレット。
この屋敷で雇われている人間もこの男の家族すらここに居ないのは、こういったことをする時には屋敷に誰一人居ない時だからだ。
自分の欲望に役立っていたこの環境は誰も救ってはくれないという環境であるということに気づけなかった愚かな男はやがて地下の拷問室と思われる場所に連れていかれる。
「ここが資料にあった拷問室か...。人体から魔力だけを取り出す為に使われた器具もそのままあるし、魔力さえ集まればその過程はどうでもいい。それでストレスを発散させるのも兼ねて拷問室がピッタリだったんだ」
アレットは男が逃げ出さないように壁に叩きつけ、部屋の鍵を内側から閉める。
その後、拷問室に充満する悪臭の原因と思われる四隅に集められていた黒く大きなごみ袋と思われる物の中を確認する。
「実験の犠牲になった人達か...」
この部屋に長らく放置されていたのだろう。
肉は所々腐れ、目は垂れ下がり、誰一人安心して眠りについている顔ではなく最後まで苦しんで死んだのだろう。口を大きく開けて叫んでいるような死体の山が四隅に集められていた。
「....おじさんは救いようが無いね。まあ、これで何十人目なのかすら覚えてない僕も同じだけど」
「どうして!!どうしてそこまで非情になれるんだぁ!!」
最後の死を待つだけの男は掠れた声でアレットを批判する。
それにアレットは嘲笑を持って返す。
『復讐者に感情は要らない。炎は心を焼き尽くしても消えることは無いだろう。何故ならば人間が持つ復讐心を薪にして燃え続けるのだから、人無くして復讐は無い。その反対も然り、人が存在すれば僕らも存在するんだよ。と三人の子供は呟いた』
「だってさ。ずっと長い間頭の中に鳴り響いてる言葉。おじさんに分かるかな?」
アレットはすっとその手を男の目の前に出す。
「いやぁだ...死にたく...」
『まあ僕は優しいから、予定より一秒だけ早く燃え尽きるようにしてあげるよ』
「がぁぁぁぁあああああぁぁあぁぁぁあああああっぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
男の体を炎が包み込み、痛みと熱に耐えきれない男の焼けるような声は拷問室に響き渡る。
アレットはそれを見ながら四隅の死体にも火を着ける。
「さよなら」
アレットは燃え尽きるのを見届けることなく、部屋の鍵を開けて屋敷を出る。
屋敷を出て数分後に綺麗な服を来た少女がアレットに話し掛けてくる。
「ねえねえ!!お兄さん」
少し舌足らずな声のする方へアレットは振り返る。
「どうしたの?迷子?」
「ううん。私は迷子じゃないよ!!お父さんがね、約束の時間になっても来てくれないからここまで来ちゃったの!!」
「そっか、そのお父さんってどんな人なのかな?」
少女は家族が写った写真とともに、笑顔でまるで自分のことのように話す。
「この細くて弱そうな人がお父さんなの!!だけど、家に帰るといつも遊んでくれるんだよー!」
「....そっか。ごめんね」
「え?」
少女は突然謝られたことに戸惑いを隠せないようで。
「お兄さんはお父さんを知ってるの?」
「ううん、お兄さんにもお父さんがどこに居るのか分からないや。けど待ってれば来てくれるよ」
「そうなんだぁ...」
残念そうに少女は下を見て呟くと、アレットの手を突然ギュウッと握ってくる。
「お兄さん、ありがとね!!」
「...っ!!」
少女は感謝のつもりで握ってきたのだろう。
しかしアレットには自分の手が真っ赤な血の色に染まり、少女を包み込んでいくような錯覚に陥る。
「駄目だ!!」
アレットが突然叫びながら少女の手をはねのけると、少女は心配そうにアレットの方を見る。
「お兄さん、どうしたの?」
「いや...。ちょっと驚いただけだよ」
アレットは少女を見ないように顔を反らすと、早口で捲し立てる。
「お兄さんは急いでるから、じゃあね」
アレットは少しでも早くこの場から逃げようと、後ろを振り向き足早に少女から去っていく。
その少し後、少女の母親が息を切らしながら少女の下に走って来る。少女はアレットの握った手をまじまじと見つめていて何を言っているか分からなかったが、適当に反応を返す。
「お父さんが...!!早く帰らないと!!」
「うん。分かった」
少女は母親に手を引かれながら歩き、アレットの手の感触とその異常な程に冷たかった温度をこう表現した。
「冷たくて固くて、お人形さんみたい」
【三つ子の魂百まで】
サティーナはアカツキの部屋から離れていく時に、闇をそのまま具現化したかのような男の言葉を思い出す。
「今でも意味が分かりませんが、物事や言葉をもっと簡単に捉えろということでしょうか?」
しかし、サティーナにはそれがヒントよりも、もう一つの質問を出されたように思える。
アカツキが目覚めることで、闇の気配は消えたがそれも違和感があった。
見つけた時には闇が混ざっていたのに、今のアカツキからは何にも感じないのだ。もしかしたら、アカツキの体が不自由なのも...。
「メイド長」
サティーナが一人考えていると、アカツキに朝食を持っていたメイドが話し掛けてくる。
「どうかしましたか?」
「お客様が訪ねてきたと」
「アカツキ様のご命令通り貴女と執事で出迎えてください。お客様が来たことは私から伝えておきます」
「了解致しました」
サティーナは残ったメイド達に出迎えるよう指示すると、誰かが来訪してきたことをアカツキに伝えに行く。