<役者が二人、平民多数>
もう70話ですね。100話近くまではこの学院都市編が続きそうです。
100話は特別話書こうかな...
「どうかなされましたか?」
アカツキの笑みに何かを感じたのかサティーナは疑問の言葉を投げ掛ける。
「おい、お前は戻ったら殺されるんだよな」
「ええ、そういうご命令ですから」
そうか、と意味ありげに呟くとアカツキは今までの考えを一切投げ捨てて真逆の優しい言葉を掛ける。
「なら、ここに居ろ。だけど俺には一切関わるな。家事も自分のことだけをしろ。俺はお前の協力を一切受け付けない。それでも良くて、死にたくないならここに居ろ」
そうだ。何でこんな簡単なことに気づけなかったのだろう。
アカツキという人間を待っている人が居るというのに、命を投げ捨ててしまってはいけないだろう。
「お邪魔になるようでしたら、私は残る意味がないのでジューグ様に殺されることを選びます」
「何回も言うがこんなことなる原因を作った奴がどうして俺にそこまで忠誠を誓う?生きたいなら生きたいと言えよ」
そう、これが仲間思いで誰にでも手を差しのべる優しいアカツキという人間の模範的な答えだろう。
俺はアカツキという人間を演じる偽善者になればいい。そうすれば誰も傷つくことはないはずだ。
記憶が無いだけで帰ってくることを願う人がいるのだ。
だから、その人を救うのが俺の使命だ。偽善者で何が悪い。
偽善者なら偽善者で良いじゃないか。
アカツキを演じる偽善者は異常とも思える考えに至った。
人は自分の意思では簡単には変われない。だが、簡単に変えてしまう要因があった。
それは環境だ。生き残る為に、誰かを救う為に変わるしかない。
容易く殺害を認め、犠牲の上に成り立っているという考えをするようになるのも、環境によって決まる。
殺人というのは人の命を奪ってしまう最低な行為。それがいわゆる一般常識だろう。
しかし、生と死が隣り合わせにある環境で育った場合はどうだろうか?
生きるために殺すことを強いられる環境で育った人間になるのも無理はない。
そう、環境というのは簡単に人を変えてしまうのだ。
優しい友人も変わってしまったように、アカツキという立派で崇高な人間を守る為に偽善者になり続けよう。
ただいつも通り優しいアカツキを演じるだけで良いのだ。
「簡単、簡単だ」
狂ってしまった。そう、考えるのが妥当だろう。
ここに居る人間はアカツキであってアカツキではない。
ここに居るのはアカツキの皮を被った【何か】だった。
...同時間、別の場所である人間が空を見上げながら呟く。
「...やっと収まった」
赤いローブを纏った男は辺りを見渡す。
つい先ほどまでは緑で溢れていた林は跡形も無く燃え尽きており、焦げた土と木の残骸が横たわっていた。
「あはは。もっとコントロールしなきゃなー」
そんな光景を見ても、何の感慨も覚えずにローブの男は歩き出す。
林を抜けた先には多くの人が何の疑問を持たずに日常を送っている町がある。
「ローブが邪魔だから、脱ごっか」
ローブを脱ぎ、その男もまた何かを演じるように笑顔を見せる。
そう、かつての5組で最も厄介でお調子者だった男。
アレット・スタンデもこの事態を収拾するという大義名分を得た復讐の為に動き出した。
「クルスタミナ・ウルビテダの周りから消していった方が合理的で一番良い作戦かな」
そして、二人の役者はかつての自分を演じるように動き出す。
...この二人とは違い、今も平和な日常を送り続けている5組。
「クレアー」
「どうしました?」
ナナはベッドの上をゴロゴロしながら、バッグを漁っているクレアに話しかける。
「さっきから一生懸命に何を探してるの?」
クレアは一拍置いて、少し困った顔をする。
「探し物をしてるんですよ。大事なものを無くしちゃったみたいなんですよね」
「大事なものを無くすって...。ちゃんと分かりやすいとこに置いときなって」
「そうですね」
特にいつもの日常と何も変わらない会話をしているであろう二人。
その時、元気よく部屋のドアが開き、半袖短パンの少女が飛び込んでくる。
「ただいまー!!」
「あ、おかえりなさい」
元気よく帰ってきたのはリナ、クレアとナナのクラスメイトで昔からの付き合いだ。
その後を追うようにもう一人の少女が帰ってくる。
「リナ、靴下は脱ぎっぱなしにしないで頂戴」
彼女は常にリナと行動しているラールス、彼女とも昔からの付き合いで、今ではリナの保護者といっても良いほどリナの面倒を見ている。
「あ、そうだ!さっきね、ナギサさんが夕食を終えたら皆で部屋に来いって言ってたよ」
「なんのことだろ?」
ナナの記憶ではここ最近、悪戯という悪戯はしていないはずだ。
「やっぱり、アレット君じゃない?あの空白の30分から会ってないもん」
「まあ、そう考えるのが妥当じゃないかしら」
「むう!!ラールスっちなんか適当じゃない?」
そうかしら、とラールスは呟き背負っていた荷物を下ろす。
中には何に使うのか分からないが紙束が大量に入っていた。
「なにそれ?」
「今のナナちゃん達には関係ないものよ」
ラールスの言葉に疑問を持ちながらも、ナナは何も言わずに自分の布団へ戻りゴロゴロする作業を開始した。
「ナナちゃん、最近授業も上の空だし、寮でもそうやってゴロゴロしてるし、どうしたの?ニートにでもなるの?」
「何でそういう発想が出てくるか私は不思議でしょうがないよ」
そう思われるのも当たり前だろうか?
最近のナナは授業中によく寝るし、寮でも何かと暇そうにしている。
だが、ナナにもこうなってしまった理由は分からない。
昔は何にでも興味があって、1日1日が楽しくてしょうがなかったのに、今の学院生活はとてもつまらない。
だから。
「ナナちゃん、どうしたんですか?」
考え事をしていて、目の前にクレアが居ることに気づけなかったナナは一瞬ビクッとし、クレアを見つめる。
「いや、何でもないよ」
「そうなんですか?何か悩み事があるならいつでも聞きますから言ってくださいね」
誤魔化したことがバレただろうか。いや、それならもっと強めに聞いてくるはずだろう。
そんなことを考えながらもう一度クレアを見つめ直す。
楽しそうに話すその様子からクレアは今が楽しくてしょうがないのだろうか。
それなのに私はつまんなくて、暇だった。
この胸の中に残るモヤモヤはどれくらい続いているのだろうか...。
あの空白の30分と呼ばれる現象の日に出会ったあの男に出会ってから?
いや、それはないだろう。
名前も顔も知らない人間に...。人間に....。
「ナナちゃん、時間よ。ガブィナとガルナも先に待ってるから早く行きましょう」
「あ、うん」
ラールスに呼ばれてナナは立ち上がり、その後をついていく。
何であの男は悲しそうな顔をしていたのだろう。
宝物を無くしてしまったような、そんな顔だったのを今でも覚えている。
ただの変質者だとは思うな、と本能に近い何かが今でも訴えかけてくる。
記憶とかそんな甘いものではなく、体に刻まれた本能が。
ナナは食事中もその事をずっと考えていて、心ここにあらず、ボーッとしながらいつもより遅く食事を終えた。
そして、約束通りナギサの部屋に来たのだが。
「まだ寝てたの」
「ああ、ごめんごめん。最近夜に眠れなくてさ」
このナギサという女性は寮の管理人、優しいけど怒ると怖いと評判の綺麗な女性だ。
「昼夜逆転生活...。ニート...。はっ!!ナナちゃんの師匠がここに!?」
「リナ、次私のことをニートって言ったら絞めるよ」
「何を?」
「首を」
ナナちゃんが反抗期だー!!と叫びながらリナは悲しむふりをする。
私がいつあんたの娘になったよ。
「元気そうで何よりだよ」
「逆にナギサは元気がないね」
ナギサは大きく欠伸をしてんー!と背伸びをする。
「最近ミクって子が夜遅く寮に来るんだよ。あんた達と同じ制服だから、イスカヌーサ学院の生徒なんだろうけどさ」
知ってる?と疑問を投げ掛けてくるが、そんな生徒は記憶にない。
「そうか。んで、あんた達をここに連れてきた理由だけどさ」
「そうだよ!!ナギサさんがついさっき呼んだのに寝てるなんて!!」
あーはいはいと適当に相づちをうってリナをあしらうとナギサは数枚の紙を全員に配る。
「なにこれ」
そこにはある人物の顔が3人分描かれていた。その横には...。
「空白の30分のを起こし、その内に起きた放火及び、大量の焼死体、数人の生徒拉致を起こしたと思われる人物」
その名前と顔を見て、クレア達は絶句する。
「アレット・スタンデ、アカツキ、サティーナ。三名を見つけ次第拘束及びは殺害...?」
「ねえ、ナギサこれは何」
もう一度ナナは問いかける。
「見ての通り指名手配書だ。先日理事長クルスタミナ・ウルビテダが執り行った会議でこの三名の名前が容疑者として挙がったんだってさ」
「嘘...。アレットがこんなことをするはずが無いよ」
ナギサは悲しそうにふるふると首を横に振ると。
「既に証拠も出てるってさ。焼死体と放火の件はその場に残る魔力からアレット・スタンデの魔力が残ってた。生徒拉致の証拠は複数の女性がそれを目撃してる」
空白の30分、それは二週間前に起きた謎の現象、前後3時間程の記憶は無く、イスカヌーサ学院の生徒の一部が見覚えのない林の中で目を覚ましたりと、謎だらけの現象。
事態収拾の為に学院都市の警備ロボットが全稼働し、見回った結果理事長クルスタミナ・ウルビテダの親戚に当たる人物の屋敷が数ヶ所放火され、死人も出た。そして林の中で発見された無数の焼死体、その一週間後数人の生徒が姿を消すということが連続して起こった。
本腰を入れて捜査を開始した学院都市の職員は聞き込み調査、魔力探知などの持てる技術を全て使い、真相を突き止めた。
その結果がこれだ。
容疑者、アレット・スタンデ、アカツキ、サティーナ、三名の拘束及びは殺害。
学院都市始まって以来の大事件の犯人の内二人はこの場に居る全員が知っている。
アカツキという男は雨の中、クレアの前に現れた男、そしてアレットは...。
「アレットの奴...。なにしてんだよ」
ガブィナが悔しそうに呟く。
その後ろでリナとクレアが事態を受け入れられず放心状態にあった。
「そしてもう一個伝えなきゃいけないことがある」
ナギサは一瞬言うのを躊躇い。
「理事長からのお達しで、私達を含んだイスカヌーサ学院の全生徒で事態を収拾する。だとさ」
「それって...」
「そうだよ。下手をすれば私達でアレットを殺さなきゃならない」
ナギサは冷静を装っているが、きっと心の中ではとても辛いと思っているはずだ。
その証拠に爪が肉に食い込み、痕が残っている。
「このサティーナっていう女は?」
「アカツキって奴の協力者、としか聞いてないね」
ならば、あの林の件の後に出会い、拉致を行ったということだろう。
「そう言えばクレアちゃんに手を伸ばしてたしね...。そういうことだったんだ」
「ナナが居なかったら危なかったんだ」
ガブィナとリナはアカツキという男に嫌悪感を覚えているようだ。
「各々思うことはあるだろうから、今日は部屋に戻って早く休むといいよ。私はこれから出かけるから」
「そうさせて貰う」
ガルナはそう呟くとナギサの部屋を後にする。それに続き、ガブィナ、リナ、ラールス、クレア、ナナも部屋から出ていく。
廊下では。
「皆、今から少し話し合わない?」
ガブィナが部屋を出てすぐにそんなことを行ってくる。
それに反対する者は誰も居なく、静かに首を縦に振る。
「じゃあ、大きい部屋が良いからリナ達の部屋を借りて良いかな?」
「良いよね?」
ナナを除いた三人はうん、と返答するがナナは何も言わない。
「...ナナちゃん?」
クレアが首を傾げると、ナナはその足を止める。
「少し、聞いていい?」
それに釣られて全員は足を止め、ナナの方へ向きを変える。
「部屋についてからじゃ、駄目かな」
「今知りたいことがあるの」
ナナは意を決したように深呼吸をし、口を開ける。
「皆にはこのアカツキって奴がどんな風に見えた?」
ガブィナは。
「最初はクレアとナナの知り合いかなって思ってたけど、今思い返してみると色々と怪しいところがあったかな?」
それに続きリナも。
「こうして、アカツキって人を知ったからなんだろうけど、私はとてもいい人には思えないかな」
ラールスは。
「今の私には何が何だか理解は出来ないわ。色々なことは起こりすぎてるもの」
クレアは。
「私は...」
クレアは全員の顔を見渡し、唇を少し噛むと。
「信じたいです。アレットさんも、このアカツキって方も」
最後にガルナが。
「興味ないな」
一人だけ何の興味も持たずに、メモ帳を持ち退屈そうにしていた。
その行動にガブィナが苛つきを覚えたのか、ガルナに強めの言葉で責め立てる。
「興味ないってどういうことだよ」
「そのままの意味だ」
ガブィナは一番後ろに居たガルナに少しずつ近づいていく。
「仲間が、クラスメイトがこんなことになっているのにその態度は何だって言ってるんだよ!!」
「何度も言わせるな、俺には興味がない」
その言葉を区切りにガブィナは怒りを爆発させる。
「ふざけんなよ!!アレットが殺されるかもしれないんだぞ!!」
「俺にはアイツを擁護する理由が無い。本人が望んで放火を行った、それだけだ」
ガブィナはガルナの襟首を掴み、そのままの勢いで壁に押し付ける。
「もう少し仲間思いの奴だと思ったよ。このくそ兄」
「くそ兄で悪かったな。俺も望んでガルナになったわけじゃないが」
険悪な雰囲気が場を支配し、二人の兄弟が感情をぶちまけた。
「母さんや父さんが生んでくれなきゃここには居なかったのによくそんなことを言えるな!!」
「その点に関しては感謝している。だが、それだけだ」
ガルナは態度を一切変えずに話す。それがガブィナには許せなかった。
どうして親友とも言えるアレットがこんなことになっているのに、興味がないと言えるのか。
「仲間なのにどうしてそんな態度を取れるんだよ!」
「仲間だからだ。お前は何も分かっていない」
「はあ!!?ふざけんな!」
「ふざけている風に見えるか」
「ああ、見えるね」
クレア達は何も言えずにそのやり取りを見ていることしか出来なかった。
誰も止めることをしないことでこの争いは続き、ガブィナはますます怒りを煮えたぎらせる。
「そうか。お前が俺を理解出来ないように俺はお前を理解出来そうにないな」
「僕もだよ、こんな奴が兄だとは思いたくもない」
ガブィナとガルナは互いに睨み合う。
こんな喧嘩をしたのはいつ以来だろうか。そんなことがガブィナの頭を過る。
「お前と喧嘩をしたのは何年ぶりだろうな」
ガルナもそのことを考えていたようで、そんなことを口にする。
「さあね。昔は子供の殴り合いとかだったろうけど、今回はそんな幼稚なことをしないのは確かだよ」
「殺し合いか?」
「ご想像に任せるよ」
兄弟だとは思いたくない。
こんな奴が兄であったことにガブィナは初めてガルナという男に嫌悪感を覚える。
「お前は仲間思い、と言っていたな」
「それがどうしたの?ガルナには無いものだろ」
ガブィナが挑発するとガルナは初めて感情を見せる。
若干怒りを含んだその顔にガブィナは一瞬たじろぐが、もう一度ガルナを見据える。
「仲間思いなら信じてみせろ。そして、そのことを忘れないのも仲間思いだろうが」
「忘れたことなんて一度も無いね」
「そうだろう。何も知らないお前にはな」
知らない、いつもそうだ。ガルナは知らないのが罪だと言うようにその言葉を口にする。
それなのに何も教えてくれない。それがどれだけ辛くて苦しかったのかも知らないくせに。
「なら隠し事なんてするなよ!!こっちがどれだけ辛いのか知ってるのか!」
「知っている。だから隠すんだ。知るというの重みも知らないお前には分からないだろうがな」
「下らない。何が重みだ。何が兄弟だ!!何もかも全部下らない!!」
ガブィナはそう叫ぶと、ガルナを壁に叩きつけると、部屋に走って行く。
「ガルナ君、良いの?ガブィナ、泣いてたよ」
「リナ、すまないが後であいつの部屋に行ってやってくれ。俺は少しの間寮に戻らない」
リナは仕方ないなー、と言いガブィナの部屋に向かい、ガルナ寮の出入口に何も持たずに向かう。
残されたクレア達は少しの間何も出来ず、その場で立ち尽くしていたが、ラールスの部屋に戻りましょうという言葉で、静かに部屋に戻る。