<変われると思っていた>
アカツキが目を覚ますと、そこには少し焦った様子の女性が自分を見て安堵していた。
「ここは...」
「今度こそ、お目覚めになられたのですね」
アカツキは動こうとするがその手と足に鎖が巻き付けられていることに気づく。
引っ張ると鎖はじゃらじゃらと音を立てて、アカツキの動きを封じる。
「少しお待ちください」
目の前の女性が鎖に触れると、パキンと高い音を立てて鎖は粉々に砕け散る。
ようやく身動きが取れるようになるが...。
「あんたは...。屋敷に居た...。サティーナだったけな、まあいいや」
力なくアカツキは笑い、立ち上がろうとする。
だが、立ち上がろうとしても力が入らず、体が言うことを聞かない。
「どうか致しましたか?」
女性が疑問を投げ掛けてくるが、アカツキは何も言わずに壁に手を置き、立ち上がる。
その行動を見て、女性はアカツキの体に異常があるのでないかということに気づく。
「力が入らないのですか...?」
「は、白々しい。どうせご主人様から勝手に動かないように命令でもされたんだろ」
アカツキは今回起きた記憶の改竄をした犯人が大体誰なのか分かっていた。
副理事長ことクルスタミナ・ウルビテダが敗北した時に神器を回収しに来たことから黒幕が別に居ること、そしてガルナから聞いた話によりサティーナというメイドがジューグの側近であったこと。
つまりは今回の黒幕もジューグという女だった。
農業都市の件に関わっていたジューグという女の目的は分からないが、少なくとも自分達に害を与える存在だということは分かっている。
「いえ、確かにアカツキ様が考えているようにジューグ様により記憶の改竄は行われましたが、アカツキ様の動きを封じるというご命令はされておりません」
「じゃあ聞くけどな、何でお前がここに居る?ジューグの側近なんだろ?普通に考えたらこの体の不調に敵の側近が近くに居たら、そう考えるのが妥当だと思うぞ」
そう、今のアカツキにとってはそう思うことしか出来ない。
サティーナにも原因は分からないが、私達ではありませんと言っても今言われたように信じて貰えることはないだろう。
「ならばそう思って頂いて結構です。しかし、私はやっておりません」
「...じゃあ何でここに居るんだよ」
サティーナは正直にこれはジューグの命令であることを伝える。
「ジューグ様のご命令です。精神状態が不安定になるであろうアカツキ様を守るようにと」
「ふざけんなよ、その原因を作ったのはお前らだろうが」
「もう一つ言伝てを」
サティーナはアカツキの言葉に返答することなく、更にアカツキを苛立たせることを言う。
「これは本来なら終わっているはずの戦い、その延長戦です。ジューグ様は遊んでいらっしゃいます。アカツキ様がどのように動き、この状況を打破するのか。【仲間】を失ったアカツキ様がどんな風になるのか、とも」
サティーナは命じられたことを忠実にこなしていく。
「そして、玩具が壊れてはつまらないと。クレアという操り人形を...」
サティーナは話している途中でアカツキに襟首を掴まれ、壁に押し付けられる。
「二度とクレアのことを人形呼ばわりするな」
静かに、そして怒りがこもった言葉だった。
「以後、気を付けます」
アカツキは掴んでいた手を離すと力なくよろよろと歩き、ベッドの上に座り込む。
「それでは続きをクレア様を失ったアカツキ様が自殺などをしないように私が配属されました。今度は私がアカツキ様の支えになるようにと」
「...ふざけんなよ」
アカツキは息を切らしながらも、言葉を続ける。
「こんな大それたことをした奴の仲間が俺の支えになる?そんなことを良く言えたな?何が遊びだ!!人が苦しむのを見て何が楽しい!!」
アカツキはついに声を荒らげて、怒りを表面に出した。
「忘れられるのが、こんなに辛いなんてことも知らないくせに!お前らから見れば俺は滑稽な人間か?可哀想な人間か!!?そんな風にした奴をそう簡単に許せるはずがねえだろ!」
「....ですがこれは命令ですので」
サティーナはアカツキとは対称的に何の感情も無く、そう言い放った。
「二度と俺の前にその顔を見せんな。そしてお前の大事なご主人様にこう言っとけ、殺しに行くってな」
アカツキは苛立ちを隠しきれない。
自分をこういう風にしたのは誰だ、だけではない。簡単に人の記憶を、思い出を蔑ろにしたことが許せなかった。
たとえ辛い記憶だったとしても、どこかに楽しかった、嬉しかった記憶もあるはずなのだ。
記憶とは良いことばかりではない。それは嫌なことばっかりはっきり覚えているからだ。
大事な人達を失った時の記憶は今でも鮮明に覚えている。辺りに漂う血の匂い、小さな子供が、老人が、幸せに過ごしていたはずの家族達に刻まれた無数の傷痕に、辺りに飛び散った肉の欠片。
絶望というのを思い知ったあの日を忘れたくても忘れられない。
だが、そんな辛い記憶ばかりではなかった。
苦しいことや辛い記憶だけでなく、楽しかった、嬉しかった記憶もはっきりと覚えている。
空を彩ったあの綺麗な花火、ナルフリドを飲んで夜遅くまでふざけあっていたあの日のことも鮮明に思い出せる。
だから許せなかった。他人の記憶を都合良く書き換えたことを...。
いや。
「今更何を言ってんだよ...俺」
アカツキは頭を押さえて、下を向き小さく呟く。
とても弱々しく、それでいて今にも消えてしまいそうな声で。
「俺は自分を可愛いと思っていただけだろ。都市を救った英雄で、優しくて、仲間思い。そんな風に思われていた、実際自分でもそう思っていた。なのに...」
アカツキは自分が許せなかった。
こんな風に簡単に嘘をつく人間になってしまっていた...。というより、もとからこういう人間だっただろう。
簡単には人は変われない。とても的を射た言葉だ。
キュウス達と出会った時と何も変わらない。
自分中心の考え方、戦いで犠牲が出るのは当たり前、そんな風に思っていた頃の自分から変われたと思っていたのにこの有り様はなんだ。
怒っている。それはとても正しい。
だが、その理由は酷く自己中心的で、哀れで惨めなものだった。
クレア達の為に怒っているのではなく、自分がこういう状況に置かれていることに怒っていたのだ。
何で誰も俺のことを覚えていないんだ。どうして、俺は一人残された。
そんなことで怒っていたのだ。自分で格好良く美化していただけで、本当の理由は仲間思いなアカツキという人間とは大きく違っている。
結局は自分のことが一番大事で、クレア達のことは二の次なのだろう。
それなのに、これが良いだろという言葉を並べて、仲間の為に俺は怒っているんだ!!という風に見せていた。
自分を嫌いになるのにこれだけあれば十分だろう。
自分すら騙して、簡単に嘘をついていた。
「何で俺は生きてんだよ...」
こんなにもアカツキという人間が嫌いになるなら魔力が空になって死んでいた方がよっぽどマシだった。
どうしてこんな無様な姿を敵の前で晒して生きているのだろうか。
もう、アカツキという人間は死んでしまっている。
ここに居るのはアカツキという男の体を持っているだけの、愚かで独善的な嘘つきだ。
ならば、生きている意味は無いと思う。
このまま生きていてもアカツキという人間を汚すだけだ。もう一度クレア達にあったら、壊れてしまう気がする。
何で俺を忘れたんだよ!!
俺はお前を助けた英雄だぞ!!
と、そんなことを言ってしまうのか、はたまた心の崩壊により記憶が無いとはいえ、幸せで平穏な日々を送っている彼女達をこの手で殺してしまうのか。
そんなことになってしまうならば、ここで死んだほうがアカツキにも、クレア達にも一番良い解決方法かもしれない。
「アカツキ様」
サティーナが名前を呼ぶが、嘘つきは辛辣な言葉を言い放つ。
「言ったろもう俺の前に出てくんなって。さっさと消えろ。宿代なら払っといてやる。次あったらお前を殺しちまいそうだ。だから、俺の前から消えろ」
そんなことが出来るのか分からないが、そういうことになるのは自分でも分かる。
街中で多くの人が歩いていたとしても、その顔を見ただけで殺してしまいそうになるだろう。
「お前には心がねえんだろ。ここで俺がどうしようが関係ないはずだ。さっさと大事なご主人様のとこに帰ろよ」
そう、サティーナはこんな風に自分を責めているアカツキを見ても可哀想だとは思わない。
慰めるというのはジューグの命令には無いからだ。
だから、これもジューグの命令だ。
「分かりました。アカツキ様がそれで良いのならば、私はこのまま戻りましょう。ですが、そうすることにより私は死にます」
「...仲間なのに殺されるはすがねえだろ」
そう、それが仲間であればだ。
「いえ、私はジューグ様の所有物で仲間という関係ではありません。今回の命令を簡単に伝えます。アカツキ様の補助、及びに精神的な支えになること。もし、これが出来なければ私は殺されることになります」
「お前は何でそんなことを承諾したんだよ...?」
「承諾?そんなことはしておりません。ジューグ様の命令に承諾も拒否も必要ありません。私はただご命令に従うだけです。それが私の存在意義ですので」
狂ってる、そう思うしかなかった。
簡単に殺すと言えるジューグもだが、それに抗うことも命令に背くこともしないサティーナもだ。
どうしてそんな簡単に命を投げ出せ...。
いや、それは自分も同じだ。今さっき死のうとしてたではないか。
「ジューグ様からもう一つ言伝てがあります」
『もしサティーナのことを受け入れないのであれば、サティーナは死ぬことになる。直接的ではないが、貴方が拒否したことで彼女は殺されてしまう。それは貴方が殺したも同じ。これを聞いてどうするかは貴方次第よ」
「以上です」
確かにアカツキが手を下してはいないので直接的に彼女を殺すことはない。
だが、サティーナを拒否したことにより彼女は死ぬ。それは間接的にサティーナを殺すことに繋がる、そう言いたいのだろう。
ここから先、死ぬのだからそんなことは関係ないだろう。
「そして、これはまた別の方から」
次は何を言うのだろう。更に脅しでもかけるのだろうか。
「これは記憶の改竄が行われた一時間後にクルスタミナ・ウルビテダの屋敷で発見されたものに、クレア様達が移動をしていた洞窟に置かれていたものです」
サティーナが二枚の紙を差し出すと、片方は濡れて字がかすんでおり、もう片方はメモ帳のように線が引かれた紙に乱雑に破られたものに大きく書かれていた。
「読めねえよ」
アカツキは読むことが出来ずに諦めて下を向く。
しかし、サティーナがその紙に書かれていたものをはっきりと読み上げる。
「片方はかすんでいて分かりづらいですが、両方ともこう書かれています」
「【生きろ】と」
「.....?」
アカツキ意味が分からないのか、顔を上げ、え?と疑問の声を上げる。
「かすんでいる方の紙は女性の方が、もう片方は男性の方が書いております」
サティーナには魔力の性質からそれを書いた人物の性別が分かる。
女性ホルモンや男性ホルモンのように、魔力にも男女か分かる違いがある。
詳しくは言えないが、女性が書いたものは柔らかい感じで男性のものはシャキ!とした感じだ。
「...はは。そういうことか」
アカツキはその手紙の意味を理解し、笑みを浮かべる。
しかし、その笑みには勇気や希望とは違った感情が隠れていた。
キュウス達と会う前に戻ったかのような、そんな笑顔だった。