<悪意蔓延る人形劇>
アカツキとカナスラはコレクションと呼ばれる女性達で足止めをして逃げ出したクルスタミナを追っていた。
クルスタミナの傷は大分深いようで血痕が地面に転々とあるが、生憎の雨で一部流されておりどこに逃げているのか正確には分からない。
「ったく...。どこに逃げたんだ?」
「そう遠くまで逃げてないはずだよ!!早く見つけて捕まえないと!!」
「そうだな」
あの傷でそんな遠くまで逃げ切れるとは思えない。
魔法で止血をしていれば別だが、それも長くは持たないことは知っている。だとすれば、向かう先は...。
「病院...には行かねえな。もしかしたら専属の医者を抱えてるかもしれない。ここで捕まえておかないと都市から逃げ出す可能性もあるし...」
この状況でわざわざこの都市に留まるはずがないだろう。
「危ないけど、一旦分かれて探すぞ!!何かあったら連絡するように!!」
「うん!!分かった!」
アカツキとカナスラは左右に分かれて深い森の中を探索する。
...一方ガルナとミクの二人は何とか十人の女性を捕らえ終わっていた。
「これで全員...?」
「ああ...。ここまで手こずるとはな」
ガルナとミクの二人は息を切らしながら、壁にもたれ掛かっていた。
普通の市民とは思えない動きの女性達の攻撃により、ガルナとミクは体中に切り傷を負ってしまったがまだ何とか動けるようだ。
「この人達どうする?」
「アカツキが戻ってくるまで柱にでも縛りつけておく。それが終わったら俺達もあの男を追うぞ」
「うん」
二人が立ち上がると同時に、異変が起きる。
「「....!!!」」
魔法に精通していない者でも分かるであろう禍々しい魔力の量と禍々しさ。
神器の魔力は神器を使用した者にしか分からないというが、ある境を越えると神器の存在を知らない者でも分かるのかもしれない。
その境とは、人の範疇に収まりきらない魔力の質と量とでもいうかのように膨大な魔力の奔流を感じる。
「なに...。これ?」
「...遅かったか」
ガルナはその場で立ち上がり、手帳を取り出す。
「ガルナ君、これって...」
「ああ、やっと俺達にも分かった。これが神器の魔力、ここまでとはな...」
ガルナはもう半分諦めきっているのか、手帳に何かを書き残した後、その場に座り込む。
「記憶の消去、もしくは改竄がこれから行われる。ミク、これから俺の言うことを良く聞け」
「どうにかなるの?」
「もう止めることは出来ん。ならば、今考えるのはその後の事だ」
ガルナは手帳を開き、何かを書き込みとそのページを乱雑に破き、ミクに渡す。
「目が覚めた時には覚えてないだろうが、このメモを見つけたらその場所に来い」
「うん...。覚えてればね」
ミクも決心がついたのか、自分の頬をパンッと叩くと笑顔を見せる。
「よし!!大丈夫、怖くない!!」
怖くないはずが無いが、そう自分に思い込ませることしか今は出来なかった。
記憶が無くなることを、誰かの都合の良いように書き換えられることが怖くないはずが無いだろう。だが、ここで泣くことよりも、ミクは笑うことを選んだ。
それが、今出来る一番の抵抗だ。
...同時刻、逃走をしていたクレア達にも膨大な魔力を感じ取っていた。
「あはは。失敗かぁ...」
ガブィナは乾いた笑いを溢し、その場で足を止めていた。
「ナナちゃん、この魔力って」
「アカツキのと似てるけど、違うよ。だとすれば、副理事長の奴が持っていた神器だろうね」
「...神器?」
クレアとナナの二人には何も伝えてないはずだったが、ナナはため息をつきながら話し出す。
「アカツキのバカが隠していたのはそのことだよ。副理事長が神器を所有していることを知ってるのはこの場に居るクレアを除いた奴等と、姿を隠して行動していたアカツキ達四人。そのことを伝えることで私達にも被害が及ぶかもしれないと考えてたみたいだね」
「そうなんですか...」
「まあ、結局狙われるのは私達二人のどっちかなんだし、隠す必要は無かったんだけどね。過保護が過ぎるっての」
ナナはやれやれと言いたげな顔でその場に座り込む。
「クレアはさ、もし大事な人の記憶が消えちゃったらどう思う?」
クレアは少し間を置くと、口を開ける。
「もし大事な人というがアカツキさんだったら...。勿論悲しいですよ」
「私はぶっちゃけどうでも良いんだよね。むしろ...忘れたいぐらい」
洞窟の外では同じように神器の魔力を感じ取っていたカルタッタが何事かと騒いでいるが、ナナはそれとは対象に冷静だった。
「嘘ですよね。だったら、そんな顔しませんよ。ナナちゃん」
「そう...。でも、案外本心かもよ」
ナナは強がっているのかもしれない。神器の効果を知っているからこそ分かる恐怖に心が押し潰されてしまっているのだろう。
強がっている様に見えるナナの手が少し震えてるのがその証拠ではないだろうか?
クレアにはこの後、何が起こるか分からないが全員は諦めきっている様子から大体のことは分かっていた。
「ナナちゃん」
その場で膝の中に顔を埋めているナナの横にクレアも座り込む。
「怖いんですか?」
「そうかも...しれない。もしかしたらって考えると...ね」
「じゃあ、私が傍に居ますから。もし、この後何があっても、アカツキさんがどうにかしてくれますよ」
ナナの声が少し強めになり
「何でアイツのことをそこまで信用出来んのさ」
「そういう人ですから。もし、私達が忘れても、アカツキさんが忘れてしまってもまた戻って来てくれますよ」
クレアはそう言って、ナナにとって霞んでしまうほど眩しい笑顔で答えを返す。
アカツキに対するここまでの信頼はナナではなく本人でもビックリするだろう。
無条件で信じれるというのが、ナナには理解出来なかった、出来るはずがなかった。
「はぁ...。クレアがそこまでアイツを信じれるなら、私も信じるしかないかぁ」
ナナは膝に埋めていた顔を上げ、息をホウ...っと吐く。
白い息が洞窟の天井に当たると、世界を表現しようのない黒が覆う。
目が覚める頃には忘れてしまっているのか、忘れられてしまっているのかは分からない。
だが、クレアの温もりのおかげで恐怖は少し薄れ、途切れゆく意識の中でナナはその温もりを守るかのようにギュッと握り返し、闇に意識を預けた。
はい。
というわけで、ここから続章【学院都市編】の始まりです。
第2章は終了ですが学院都市編は続いているので、登場人物説明及び補足は続章終了時に投稿します。