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遥か彼方の浮遊都市  作者: 神羅
学院都市
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<狡猾で有効な作戦>

「さあ!!今こそ副理事長様に忠誠を尽くす時だ!!我々の力を示そうではないか!!この都市を守る盾となるのだ!!」


大きな声で反応するはずもない生徒を鼓舞するのはイスカヌーサ学院下級生1組担当カルタッタ・ウルバスカト。

生まれた都市の治安が悪く、常に死と隣り合わせにあった彼はひたすら力をつけ、生き延びてきた。その為か、考えることが短絡的で分かりやすく、教師には向かないタイプの人間だ。

副理事長クルスタミナが目を付けたのは、頭ではなく力の方だった。長い間生き延びる為に磨き続けたその力は握力130という驚異的な数値を叩き出した。その体格に合わない俊敏さも持ち合わせているカルタッタを護衛として雇ったのが、彼の第二の人生の始まりだった。

副理事長の持つ神器の力は己にとっては到底手の届かない更に高みの力を持った神にも近きクルスタミナ。

そして、平穏と女、食事、生きるための全てを与えられた彼はクルスタミナ・ウルビテダに永遠の忠誠を誓った。


「先生、目的地に到着しました」


一切感情の無い声で伝える生徒。


「うむ。しかし、誰も居ないな。相手は我々が来るのを察知していたようだな」


その音声を聞いていた教頭とクルスタミナ。


「伝えておらんのか」

「いえ、敵は事前に情報を入手しているということは確かに伝えたはずですが...」

「まあ良い。あやつはそういう人間だ。奴らは裏口から逃げたのだろう。林を探索せよと伝えろ」

「了解致しました」


教頭は機械都市から特別に購入したマイクの様な物に指示を伝える。


「相変わらず、ワシらが思いも付かない物を作る都市だ」

「科学を生活に取り入れた数少ない都市であり、その力は魔法にも劣らぬ...というのが宣伝文句ですな」

「下らんな。魔法を科学なんぞと比べるとは」


この二人はカルタッタ達と離れて行動している。その後ろには黒服の男が荷馬車で武器を運んでいるようだ。


「副理事長様、どうやら足止めのようです」


その二人の通る道に、二人の少年が居た。


「お久しぶりですね、副理事長先生に教頭先生」

「アレット、やはり貴様も加わっておったか」

「嫌がらせに参加しないはずが無いでしょう?」


アレットは小さく笑い。


「それに...。復讐をするのにこんなに向いた出来事を、見逃すとお思いですか?」

「親に似て愚かな息子だ。貴様の家族の様に廃人にしてやる。光栄に思うのだな」


副理事長の周りに一瞬炎が出現する。


「ガブィナ!!来るよ!!」


クルスタミナが魔法を無詠唱で唱える情報は委員長から聞いていたアレットはその光景を見逃さない。


「無駄だ」


左右に避けた二人に木の上から黒服の男女が襲い掛かる。

アレットは四人を一瞬で目視すると、何かを小さく呟く。

その瞬間襲い掛かってきた四人の耳に凄まじい音量で声が響き、鼓膜が一瞬で破ける。

ガブィナは行動が鈍った黒服の二人を掴み、地面に叩きつけ両手両足を躊躇なく折る。


「ごめんね。これが手っ取り早い方法だから」


その後、残った二人も即座に叩き伏せ、いとも簡単に撃退した。


「これはこれは...。随分と素晴らしい能力だな」


教頭は感心しているように手を叩いてはいるが、その嘲笑うような顔からは誉めているようには思えない。


「音っていうのは案外武器として有効ですよ」

「腐っても特殊魔法使い、そう容易く死にはせんか」


クルスタミナは下卑た笑みを溢し、黒服の男に命じる。


「あれを出せ」


命令に従った黒服の男は荷馬車の奥から、黒い袋を取りだし、地面に投げつける。

その袋の中から聞こえるのはどこかで聞き覚えのある音。過去に失ってしまったはずの...


「...アレット!!」


ガブィナが止めるよりも早く、アレットは大声で叫び、クルスタミナに攻撃を開始する。


「母さんに...手を出すな!!」


その声はアレットの怒りを現すかのように、全てを震わせる。

感情の乱れにより、抑制の効かない音はこの場の全員に襲い掛かる。その対象はガブィナも例外ではない。

アレットを除いた全員に平等な音が降り注ぐ。


これで少なくとも牽制程度になる筈だった。

ガブィナが近くに居たこともあり、心のどこかで加減をしていたのだろう。先程の黒服の四人よりも、その音は弱かった。


「友というのは決して頼れる仲間という訳ではないということだ。その程度の音なら...」


『消せる』


その攻撃は有効打になり得なかった。

副理事長の振りかざした杖により、音は一瞬で消去された。


「さて、ここで授業をつけてやろう。この世界を矛盾と唱える者も居れば、バランスの整った完成形と唱える者もいる。ワシが信じたのは後者だった。完璧というものが存在しない、一定のバランスを保っている世界だ。炎を吸収する力があるとする。ならば、逆の炎を吐き出す力も存在する。これは炎に限った話ではなく、全ての魔法に当てはまる。たとえ、特殊魔法という常人とはかけ離れた魔法も例外ではない。音を大きくするならば、逆もあり得る。お前の力で対処すべきは音を何倍にもする力のみだ。何の策略も無しに来ると思ったか?」


その言葉を聞いた時には遅かった。

無詠唱による魔法の強み、発動のタイミングは自由。それが、猛威を振るう。

アレットを中心として、大きな炎の渦が巻き上がった。


「これも覚えておくといい。場所を固定して放つ魔法は通常の数倍の威力を持つ。その女を連れてきたのも誘導するためだけだ」


知っていたはずだった。

この男がどのようにして、副理事長という役職を与えられたのか。

天性の才能である魔法の全適正。それを活用するだけの賢さ。強敵と呼ぶのにこれ以上ない力であることは最初から分かっていたではないか。


「さて、友人は死んだぞ。どうする」

「まさか、ここまで殺すことに躊躇いがないとは思いませんでしたよ」

「そうだった、お前らはワシの表面だけを見てきたのであったな」


同時刻【クルスタミナウルビテダの屋敷】にて。


「誤算だった」

「何がだ?」


ガルナは副理事長の書庫に隠された一冊の本を見て、今までにない程の焦りを見せていた。


「俺達の知っている神器の情報は少人数に対しては有効だが、大人数には向かない。そう思い込むように全てが計算されていた。俺達だけに限った話ではなく、何時でも反抗勢力が現れても良いように、今までの全てが仕組まれていた」


1ページ、1ページを捲る度に明らかになる記憶を消去、操作する神器の力と性質。


「神器の所有者が扱えば数万にも及ぶ民衆の記憶を改竄、消去することが可能となる」

「つまり、何時でも記憶は改竄出来たのか?」


ガルナは違う、と言って首を横に振る。


「そんなのは知っていた。この本の内容だけなら、暗記している。ただ、あくまでもこの本に書かれていた内容のみだ。新しく発見された内容以外はな」


そう言って、三人の前にガルナは本を見せつける。

全体的に古びているページと違い、まるで最近付け足したかのように白く綺麗なページ。

アカツキには読み取ることが出来ないからかミクがその内容を読み上げる。


「一番目の所有者が神器の所有権を放棄せずに他人に譲渡した場合、効果範囲の減少記憶の改竄は不可能となり、消去のみが行える。そこで神器の力を生かす為に、依存の儀式を取り入れた。依存の儀式でも残る自我を記憶を全て消去することで、操り人形にすることが可能となった」


依存の儀式、ヴァレクが作り出した依存の魔法の上位互換とも言える恐ろしい儀式。

しかし、それはあくまでも何かに依存させることだ。以前クレアに行おうとした依存の魔法は長い準備を経てようやく行えるものだ。人格を消し、完璧な操り人形を作る。しかし、神器によって今まで積み上げきた記憶を消せばその工程を全て省くことが出来るのだ。


「これを使えば」


誰も居ないはずのクルスタミナの屋敷の扉が開く。


「殺すことに一切躊躇いを持たない。殺人兵器が量産出来る」


人間には感情がある。

その感情全てを消し去ることなど、到底不可能だ。暗殺者にも、どんなに残虐な人間も、全員感情を持っている。先程のアレットの様に感情を制御出来なければ、大きな隙を与えることに繋がる。だが、それら全てを捨て去った人間はどうなるのだろう。


「おい、誰か入ってきたぞ」


記憶が無ければ、かつて仲間だったということを忘れる。


「...」


四人が集まっている部屋のドアが静かに開けられる。


「何で...お前らが」


そう、たとえそれが。

かつてのクラスメイトだったとしても。


「想定していた時間よりも、到着の連絡が来た時間が遅かった。何も知らない奴等を手駒にするなら、一時間もあれば十分だった。大人数を短時間で手駒にするのは簡単だということだ。焼き印と己と魔獣の混ぜた物を飲ませるだけで、依存の儀式は終了する。血液は給食にでも混ぜていたのだろう。後は体の一部に焼き印を押し、記憶を削除。一人一分も掛からないはずだ」


屋敷に入ってきたのは一切感情のない5組。仲間だった敵が、ガルナ達の前に立ちはだかった。

誤算だったのは、この短期間で大勢の敵が生まれていたこと。カナスラを見て、副理事長に遭遇するまでは依存の儀式による被害がないと思っていた。いや、そう思いたかった。

かつての仲間が命を狙いに来るなど、誰しも考えたくもないだろうから。



...場面は戻り、副理事長はその顔を更に歪ませて笑う。


「敵はかつての仲間。それだけではない。イスカヌーサ学院のお前ら5組を除いた全員が、敵だ」


イスカヌーサ学院、生徒数3026人。カレンを除いた教員542人。

計3568人、推定した人数だけでこの数だ。


「記憶を消すだけなら、簡単なのだ。あとは依存の儀式を行うだけで手駒の完成だ。魔獣の血に含まれている成分を薄めれば依存の効果が若干薄れるが、手駒にすることが出来る。記憶が一切無い状態ならどれだけ効力が薄くても関係ないがな。記憶が無い中で、ワシだけが頼りなのだ。扱いやすく、強力な武器だろう?」


ガブィナはクラスの全員が、この男の指導下にあることを知った。

安息とは言えないがようやく見つけた拠り所をこの男は『また』消したのだ。

家族の大半を失い、自堕落な生活を送ってきた彼を快く受け入れてくれた彼らを汚した。思い出を簡単に消し去ったのだ。


「何故、ワシが学校の制度を変えたのか知っておるか?貴様らに受け継がれた醜い意思を学院に蔓延らせない為、学院で昼食を用意するのも依存の儀式の第一段階を済ませる為だ」


副理事長には焦る必要など無かったのだ。今までの行い全てが意味を持ち、何時でも反逆者を潰せる様に。理事長が消えたあの日から全てが彼の都合の良いように進んできた。


「仲間、最も貴様らに向いた敵だろう?貴様らは殺せない、だがあやつらは何の躊躇いも無く殺しに来る。素晴らしい武器だよ」


副理事長は自分に心酔しきっている。全てが自分の思い通りに進んできたのだ当たり前だろう。


「そうですね。僕達にとって仲間は一番大事なものです。けど...」


ガブィナは初めて怒りを露にする。殺意の宿った眼差しを目の前にいる敵に向ける。


「お前たちを殺す位なら、簡単だ」


ガブィナは言葉を言い終えると同時に一気に間合いを詰める。

しかし、その行く手を阻むように左右から黒服の男女が襲い掛かる。


「ガブィナ、僕も手伝おう」


しかし、黒服の凶刃はガブィナに届くことはなかった。

何の脈絡も無しに、突然の心肺停止により簡単に死んでしまう。


「やはりな。音は副作用のようなものか。本来の力は震動だろう?」

「対処をしていたのがあんたらだけだと思うなよ」


アレットは傷はおろか火傷すら負っていない。


「魔法の無効化術式を練り込んだ制服か。これは校則違反ですぞ」


教頭の小馬鹿にした発言にアレットは首を振る。


「父さん達の活動には多くの支持者がいた。あんたらが捕らえきれない量の支持者の中には御守りを作る女性も居た。巫女として神の祝福を受けた女性が」


アレットは胸ポケットから、焼け焦げた御守りを見せる。


「巫女とも繋がっておったのか。まったく...。他都市とも繋がっていたとは予想外だったな」


アレット達の父親達を支援する者が多く居たのは知っていた。だが、それはこの都市を支える大きな企業も関わっており、全てを罰するわけにはいかなかったのは事実だ。もし、都市を支える企業が無くなれば副理事長であろうと、他都市が攻撃を仕掛けてきた際に食い止めれないからだ。


だから行った対処は安全かつ、簡単なものだった。アレット達の父親に関わる記憶を消す。そうすることで、企業が離れるのを防ぎ、その子供達が反乱を起こす時に手伝うかもしれないという可能性も低くした。送り込んだ人形の様に人格を完全に消去は出来ないので、副理事長に対する不信感までは変えれない。だが、少しでも手を貸す可能性を減らすための対処だ。


「だが、どうする?ワシは貴様が使う魔法に先があることを知っていた。ならば対策も練っていると考えた方が良いぞ。さっきのような無様な姿を見せないようにな」


瞬間、副理事長の回りに電気と炎が走る。


「ガブィナ、魔法のトラップを仕掛けられたら面倒だから、差を縮めるよ」


場所を固定して発動する魔法はその範囲内に居なければ発動しないというリスクがあるため、当然メリットもある。だが、自分の近くで発動させれば自分すらも巻き込む危険がある。ならば、差を縮めるのがベストの選択だ。


「近接にも対策はしておる。何時でも来るがいい。どちらにせよ、ワシの勝ちは決まっておる」


それは本当かもしれないし、そう話すことで近接も危険だと思わせる為の嘘であるかもしれない。

だが、魔法勝負になれば負けるのは確実だ。ならば、突っ込むことしか出来ないだろう。


「ガブィナ...!!行くよ!!」


二人は危険を覚悟して走り出す。

そして、同時に森が大きく震えた。

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