<静かな日常は>
アカツキはふと声を掛けられた様に感じ目を覚ます。
外は夜明け前でうっすらと明るい。
「気のせいか...」
早起きにはまだ抵抗があるものの、一応癖はついてきているようだ。
「...はぁ」
何だが頭がずきずきとする。
やっぱ癖はついても早起きは慣れないのか。
布団から出ようとする。
が...。
「あ...れ?」
布団をから出ようとしたのに、何で手を掴まれてるんだろう...。
あれぇ?
「...」
そっと右を向く。
「何があった」
そこにはパジャマ姿のミクがとても気持ち良さそうに寝ていた。
「ガルナと同じ部屋だったのに何でこいつが居るんだ...?」
昨夜のことを思いだそう。
クレアに会いに行ってから、ガルナ達と合流。
そこでミクとある約束をしてポーカーをした。そんでぼろぼろに負けた俺は渋々一つ目のおんぶをして帰るという屈辱を受けて...。
「駄目だ」
何故かその後のことが全く思い出せない。
「お姉ちゃん...」
ん?
寝言なのかボソッとお姉ちゃんと呟いたミク。
そう言えば最初に会った時に言ってたな?
だけど一度も会ってないし、紹介された覚えもない。
でもこんな妹を持ってさぞかし大変だろう。
「まずは...」
ぼろぼろの部屋から廊下へ出る
床を歩く度にギシギシと音がする。ここでジャンプすれば壊れてしまうのではないだろうか。
そのまま極力音を出さないように歩き、洗面所に向かう。
ここも汚くてボロいが宿があるだけマシだろう。
「戻るか」
顔を洗いさっぱりとしたアカツキは部屋へ戻る。
「ミク、起きろ」
戻ってきてもまだ寝ているミクの肩を揺さぶり起こそうとする。
「...あれ?いつの間にか寝ちゃってたんだ」
目をごしごしと擦りながら、目を覚ますミク。
「それなんだけど、どうしてお前がここで寝てるんだよ」
「酔ってたから忘れた」
そうか、この頭の痛みはナルフリドの...。
「何でここでナルフリドなんか飲んでたんだ?」
「うるさい。静かにして、頭痛いんだから」
少し機嫌悪そうに怒るミク。
「悪い。じゃあ俺はあいつらが起きてるか確認してくるから」
「はーい」
ちゃんとミクを起こしてから隣部屋のカナ達を起こしに行く。
きっとこの部屋にガルナも居るだろう。何があったかはあいつに聞こう。
「起きてるかー?」
「ああ、丁度今起きたところだ。カナは今顔を洗いに行った」
「ところで何で俺がミクと相部屋だったのか教えてくんない?」
そう聞くとガルナが手を差し出す。
これは情報料を渡せということだろう。
「銅貨三枚だ」
「へいへい」
持ってきた分のお金は白銀貨一枚。
これだけあれば十分過ぎるので、残った四枚はクレアに預けておいた。
余程の買い物をしない限り無くなることは無いだろう。それにクレアもお菓子の魅力負けない限りそんなほいほいと無駄遣いは使いはしないだろう。
銅貨三枚を受け取ったガルナはもたれ掛かっていた壁から身を起こし、手帳を取り出す。
「お前らが昨日した賭けは覚えているな?」
「ああ、それで俺が負けてミクをおぶってこの宿に来たとこまでは覚えている」
「それで一つ目のお願いを使ったミクは暇だから、お前とトランプをすることにした。勿論お前は断ったが二つ目のお願いを使い、強制的に付き合わせようとした。『お前とのトランプなんざナルフリドが無きゃやってらんねえ!!』と叫んだ」
「ふむふむ」
俺はそんなことを言ってたのか。
「そこでカナが笑顔で『ナルフリドならあります。頑張って下さいね』と言ってナルフリドを三本渡した。物凄く嫌そうな顔だったが、二つ目のお願いに自分の言った条件のナルフリドまで渡され、やるしか無くなった。そうして酔いに身を任せた」
そうか。この痛みはナルフリドのせいか。
また、俺は飲んだのか...。
「そんで?俺は酔ったままトランプをして、寝落ちしたと」
「そこまでは知らんな。お前らのバカなんて記録する価値も無い。ただ、テンションが異常におかしかったのは覚えている」
「そうか。きっと疲れてたんだろう」
ガルナは過去の自分を慰めているシウンを見て、ため息をつく。
「ああいうのはお前らの勝手だが、今日のことをちゃんと考えて行動しろ」
「...?ああ、バカ騒ぎでもしてたのか」
ガルナはそれも覚えてないのか...と落胆混じりのため息をもう一度つく。
「言ったろう。異常にテンションがおかしかった...と」
「いやいや、何でそんな疲れた顔で言ってんだよ」
ガルナは何も言わず部屋を後にして、洗面所に向かう。
「...さっぱり分かんねえ」
アカツキが戻ろうとした時にガルナと入れ違いでカナスラが戻ってくる。
「おはようございます。昨日は随分と元気でしたね」
「まあ酔ってたらしいしな。迷惑だったか?」
「はい。ああいうのは控えた方が...」
少し恥ずかしそうに俯きながら、カナスラはぼそぼそと言っている。
反応がおかしい。
「なあ?マジで何があったんだよ」
「...言わせないで下さい」
おい...。
「酔った勢いで...。いや、そんなことは...」
「ミクちゃんに聞いて下さい。あと、もう同じ部屋にはなりたくありません」
嘘だよな...?いやいや、そんなバカなことするはずが...。
「出ていって下さい。あと、謝るならすぐ謝った方が良いですよ」
カナスラに部屋を追い出されたアカツキは、頭を抱えながら部屋に戻る。
部屋に戻るとそこには髪を結んでいるミクが居た。
「なあ、一つ良いか?」
「言ったら殴る」
...おい。
「もしかしてだけど...」
「反省してるの?」
「いや、その...」
ミクの見る目がとても冷たいのは何故だろうか。
そして、あの二人があんな曖昧な言い方をしていたのは何でだろう。
「悪いのは私だけど、あれは酷いよ」
「すみません」
いつの間にかミクの前で正座をしているアカツキ。
「アカツキ君はさ、人として最低だと思うよ」
「はい」
アカツキは真剣に話を聞いている風に見えるが...。
やばいやばい。これはマジで洒落にならない。
本気でヤバいことをしちまったああああああああああああああ!!!
内心悶えていた。
「ひと、一つ宜しいでしょうか?」
「言ってみなよ」
「貴女様にどのような無礼を...」
「.............!!!!」
言い切る前にミクは顔を真っ赤にして、正座しているアカツキの顔を全力で蹴った!!
「良いよ!!教えてあげようじゃないか!!私がどんな辱しめを受けたのか!!」
「...な、なあ本気で取り返しのつかないことをしちまったのか?」
「やっぱり覚えてないんだ。あんなに酔ってれば当たり前だよね!!」
もう駄目だ。クレア達に合わせる顔がない。自害しよう。
「アカツキ君は...アカツキ君は!!!」
きっとナナには数百回殴られて、クレアからは冷たい視線が浴びせられるんだろうなぁ...。
「私の...。私の!!」
このままあいつらに会って失望されるぐらいならいっそ...。
「むむむ、胸を揉んだんだよ!!」
「...は?」
アカツキはその言葉を聞いて最初は驚いた顔をしていた。
だが、少しずつ状況整理がつき。
「良かったあああああああああああああああ!!!!」
笑って喜んだ。
「このド変態!!何で喜んでんのさ!!」
涙目のミクに襟首を掴まれ何度も揺さぶられながら、アカツキは心の底から喜んでいた。
...アカツキが自分の勘違いをミクに伝え、もう一度顔を蹴られ、殴られてから一時間後。
「成る程、アカツキさんはそんな妄想を...」
「頭がおかしいとしか言えないな」
ボロい宿屋の一階に併設された酒屋で、四人は朝食を取っていた。
「いや、お前らの言い方が悪いって」
「本当のことを言っただけだ」
「私もですよ」
いや、これは年頃の男の子ならそう思ってしまうだろう。
あんなあやふやな言い方にゴミを見る目をされたらやらかしたと思ってもしょうがない。
「うーん...。でも、その行いに至るまで何があったんだ?」
「知らんな。後でミクから聞け」
そうするか。
さっき私が悪いって言ってたし、二人がいるとこで聞いても絶対に話さないだろう。
「そうだ。さすがに酔ってたとしてもミクちゃん達は昨夜の作戦会議のこと覚えてるでしょ?」
そんな当たり前だよねという雰囲気で話さないで欲しい。
作戦会議があったのか...。やばい、それすらも覚えてない。
「覚えてないのか?」
アカツキとミクが視線を泳がせていることに気づいたガルナが、二人に質問した。
「今日、これから何をするかも覚えてないのか?」
「い、いや、そのー」
「それはあれだよ。うん」
まったく会話になってない。
ガルナはもう呆れて声も出ないようだ。
「カナ、説明しといてくれ。俺はこれから交渉しにいく」
最低限の荷物を持ってガルナは宿屋を出る。
残されたアカツキ、ミク、カナの三人。
「冗談じゃなくて、本気で忘れてるんですか?」
「うん」
「何のことかさっぱり分からん」
まさか、ナルフリドを飲む前の記憶まで無くなっているとは思わなかった。
でも、そんな酔っぱらうかなぁ...?
「まあ、しょうがないですよね。あのナルフリドはお父さんに頼んで、普通のより強いですから」
「そうなんだ。すげぇ...」
...こいつ。
「そういうことか」
「私も何で覚えてないのかはっきりしたよ。よくもやってくれたねカナちゃん」
「え?え?」
ミクは笑顔のまま、カナの隣の席へと移る。アカツキは自室に戻り、空き瓶を取りに行く。
「カナちゃん」
「ひ...!!な、何ですか」
「これを狙ってたんだね」
ミクは怒らずに笑顔のまま語り掛ける。
「おかしいと思ったんだ。何で最初は持ってきてなかったナルフリドを持ってたのか、そして賭けをしたら良いなんて言ってきたのか」
「何のことを言ってるのか分からない。私は何も知りません。勝手な言い掛かりはやめてください」
ミクから目を逸らしながら、ぎこちなく話すカナスラ。
その様子を見て尚ミクは笑ったままだ。カナスラにとってはそれがとても怖かった。
心の中でどんな罰を受けるんだろうと思っている。
「一本持ってきたぞ。特に変わらないと思うんだけどな」
文字が読めないから大体そういう風に見えるにだろう。
ナルフリドは日本でお酒、度数とういうものもちゃんとある。
「ふむふむ、度数25。確か一般的な学生用に出回ってるのは15~20程度が上限だから...」
今までのより若干高めなのか。
「要注意※このナルフリドは泥酔竜から取れた生き血を使用しています。作用としては酔いが回りやすい。記憶が曖昧になりやすいなど」
泥酔竜、そんなのまでこの世界に居るのか。見てみたいな。
アカツキは泥酔竜というものに興味があるようで、怒っている様子はない。
...が、ミクは笑いながら怒っていた。
「おっかしいな~。偶然あんな都合の良い賭けを持ち掛けてきたり、偶然!!泥酔竜の生き血混じりのナルフリドを持ってたのかな~」
それにしても竜か~。一度で良いから会ってみたいな。
「あの夜のことを覚え出させてあげよっか?カナちゃん♪」
「ごめんなさい!!」
泥酔竜、やっぱり常に酔ってるのかな?
「いやいや、そんなに楽しかったなら言ってくれれば良いのに」
「お願いしますやめてください」
やっぱ竜も魔獣の類に入るのかな?だとしたら、旅の途中でばったり会ってしまったとかはやだな。
「遠慮しなくて良いんだよ?私もカナちゃんも楽しいんだから」
「楽しくは...」
「え?何?」
圧力を加えるように声の調子を変えるミク。
「ごめんなさい。私も楽しいです」
「ほらねー。じゃあ暇な時に遊ぼっか」
アカツキは目を閉じて考え直す。
何で俺はこんなバカ達と一緒に居るんだろ...。
...その頃クレア達は合宿所で補習を受けていた。
「何で皆は遊んでるのに僕達は勉強しなきゃいけないんだ!!」
「あんたらが真面目に勉強してなかったからでしょ」
「う...!!」
そう、現在この合宿所に残って勉強してるのはアレット達だけだった。
他の5組は自分の分からないとこは抜かし、分かるとこを生徒内で共有しあい1日足らずで補習用プリントを終わらせた。アイナスは皆はやれば出来るんですね!!と喜んでいたが、実際にやったことと言えば先生に見えないように答えを回しあっただけである。
「やることが汚いね。流石5組だよ」
「ナナちゃん!!」
相変わらずの毒舌を発揮するナナを何とか黙らせるクレア。
「アレット、なら僕達も同じ方法をすれば...」
「あ、もしやったら。補習プリント追加な」
「ストックは百枚あるので何時でもどうぞー」
大人二人の容赦ない攻撃。アレットはガブィナの隣に座り...
『僕が魔法を使うから情報共有をしよう』
「流石だよ!!アレット、良い友を持てて僕は幸せ者だよ!!」
こそこそと話しているが、ナギサは長い間アレット達を見てきただけあって簡単に何を話しているか分かってしまう。
「カレンそういえば微弱な魔力を感知する機械があったよね」
「そうですね。丁度持ってきてますよ」
最後の希望まで粉々に砕かれたアレットとガブィナの二人。
その顔は絶望しきっていた。
「ガブィナ、こんなに勉強をするのは何年振りだろう」
「さあ?僕の中ではもう時が止まっているから分かんないよ」
「あはは、面白いジョークだ」
半分精神崩壊を起こしている二人何とか教え込むナナと委員長の二人。
アレットはともかく1日目は何の問題もなくプリントを終わらせたガブィナまでもがこんなことになっているかというと...。
「お菓子...。お菓子を下さい」
昨日持ってきたお菓子を全て食べてしまったのでお菓子を切らしてしまっているのだ。
「ごめんなさい、私の分も無くなってしまいました」
「いや、何であんだけあったお菓子が一晩で消えんのさ」
クレアもガブィナ同様お菓子を切らしている。
何故リュックがパンパンになるまであったお菓子が一晩で姿を消したか。
理由は簡単だ。昨日行われたお菓子パーティーというものが原因だ。
寮組の部屋で行われたそのイベントの中枢を担ったのがガブィナ、クレアの二人だ。
ナナは観光スポット巡りで珍しくテンションが高く、はしゃいでいたせいですぐ寝てしまい、知らないのも無理はない。
「あれはお菓子を一瞬で消す悪魔の催し物だよ...」
「はいはい。ガブィナ君、そういうのは今は必要ありません。二人が終わらないと私達も出れないんだから、早く終わらせるわよ」
サネラ達も寮組という枠組みに入っているせいで、外に出たくても出れないのだ。
自由行動の条件は各組の補習及び学習が終わることだ。こうして二人が終わらない限り、サネラ達も観光をすることが出来ない。
「委員長の鬼!!ガブィナの悲しみが分からないのか!!」
「そう。じゃあガブィナ君、一時間以内に終わらせたらお菓子を十個買ってあげる」
委員長の発言にガブィナの目の色が変わる。
「ごめんよ...。アレット、先に僕は行く!!」
「契約...!!委員長と契約してしまったのか!!」
既によく分からないテンションになってきている二人。
「クレア、もう帰りたい」
ついにナナまで心が折れそうになってしまった。
【副理事長の屋敷】
「優秀なる1組の諸君。よく集まってくれた」
「当然です!!我が組の生徒は副理事長様に忠誠を誓っております」
異様とも思える光景。
生きているとは思えない人形のような1組の生徒が副理事長の屋敷に集まっていた。
「カルタッタ先生、頼りにしてますぞ」
「教頭先生!!勿論でございます。我が優秀なる戦士に比べれば5組程度雑兵、いや障害にすらなり得ません」
副理事長はこの光景を見て、勝ちを確信していた。
この男は単純だが、力はある。1組の依存権は教頭に任せておけば問題ない。
あの女の兵も借りておるのだ。負ける要素など、どこにもない。
「戦士諸君!!今から我々は副理事長様に歯向かう愚か者共に罰を与えるのだ!!」
目に光を宿さない人形達は静かに手を上げ、忠誠を誓う。
「あの合宿所には寮の生徒しかいない。職員の記憶は消し、他の生徒は今日の夕方まで帰らん。その間に決着をつけるのだ」
「お任せ下さい。必ずやクレアという女を捕まえてみせます」
もし、こいつらが失敗したとしても黒服を使えば問題ない。
ワシも出るのだ。成功以外は有り得ん。
「教頭、指示を出すのだ」
「了解しました。1組の生徒...。いや戦士諸君に任務を与える。クレア、及び女子生徒を除いた者を殺せ。方法は問いません。作戦成功を最優先に行動しなさい」
こうして一方的な攻撃が始まった。