<誰から見ている>
今回も遅れてしまって申し訳ない...
アカツキさんは行ってしまった。
でも大丈夫、約束しましたから。
絶対に帰ってきて下さいね、待ってますから。
アカツキがクレア達の部屋を後にしてから数十分後にナナが騒ぎながら帰ってくる。
「何であんた達が居たのさ!」
「アカっちに頼まれたからですー」
「あんなバレバレな尾行をして、よくついてこようなんて思ったね」
「ナナっちの察知能力が凄すぎるだけだよ!」
「本当に馴れ馴れしいね!!」
ナナは二人に尾行されていることに気づいてしまったようだ。
「でも僕の能力が無ければ会えなかったんだし、ついていったのが僕で良かったね」
「どう見てもストーカーにしか見えなかったんだけど」
端から見たら確かにそうだろう。
男二人がこそこそと小さな少女の後をついていく、ストーカーだと思われても別に不思議ではない。
「ガブィナ、どうやらナナっちは被害妄想が強すぎるみたいだ」
「僕がついていったのは、帰りにお菓子を買いたいからなんだけどね」
シウンにお菓子を貰う契約(買収をされた)をしたガブィナは、放課後にシウンから銀貨三枚を貰い、お菓子を買いまくろうとしたところをアレットに見つかった。最初は嫌がっていたが、アレットのにお菓子を買ってやろうと言われて、ついていっただけである。
「皆さん、廊下で騒いじゃいけませんよ。もう、消灯時間なんですから」
「あ、クレア居たんだ」
「ナナちゃんは私が勝手にどこかに行くと思いますか?」
「いや、アカ...。じゃないや。シウンの奴についていくと思ってたから」
ナナは、クレアはいつもシウンについていっていることから置き手紙でもして、ついていくと思っていたのだろう。
「私にも、ついていって良い時と悪い時は分かりますから」
「ふーん...。でも、クレアまで居なくならなくなって良かったよ」
『ねえ、ナナっちはツンデレなのかな?』
『アレット、駄目だよ。ツンデレは実は恥ずかしがりなんだから、そんなこと言ったら...』
こそこそと廊下で話している二人、しかしナナにははっきりと聞こえた。
「あんたら、背中には気を付けなよ。もしかしたら、背後から誰かに刺されるからね」
『ガブィナ、ガブィナ。あれがツンデレなの?僕には殺人者にしか見えないんだけど』
『大丈夫、あれがツンだから。少し刺さりやすいだけだよ』
こそこそと話しているが、もう隠す気はないのが見てとれる。
「本当に刺してやろうかな」
「そんな物騒なこと言っちゃ駄目ですよ」
シウンが居なくなっても、いつもと変わらぬ様に感じる。
いや、アレット達がそうしてくれているのだろうか。シウンが居る時と変わらぬやり取りを演じてくれているのかもしれない。クレアはそう思うことにした。
「三人も減っちゃったね」
「ガブィナも悲しいと思う心が合ったんだ...!流石相棒第一号だよ」
「なんかシウンと紛らわしくなるから、相棒じゃなくて良いよ。それに、お菓子を買ってくれる人が減ったから、これからどうやっておごってもらおうか悩んでるだけ」
「..........」
流石のアレットもこの反応は予想外だったらしい。
ここまでお菓子という闇に侵食されていたことに気づけなかったことを床を叩きながら後悔している。
「もう少し早く症状に気づいていれば..!ここまでお菓子に侵食されずに済んだのに...!!」
それを半分呆れた顔で見ているナナ。
「あんたいつもそんなテンションで疲れないの?」
「これでも低めだよ。テンションが高い時は語尾に☆がつくから、そこんとこよく覚えてて」
「いや、そんなの分かんないから」
アレットとナナがあまり意味の無いやり取りをしているをしていると、リナとラルースの部屋の扉が開く。
「こんな夜遅くに騒がないでくれないかしら、眠いんだから」
そこには前髪を結んだパジャマ姿の女子生徒が居た。
「あんた...誰?」
「ああ、そっか。ナナっち達はラルースが前髪を結んでいる状態で見るの初めてだったっけ」
「嘘...。これがあのオカルトマニア...?」
「失礼ね」
そう、いつも前髪で顔の半分を覆っていた不気味を具現化したようなラルースとは似ても似つかない顔なのだ。
「人と目を合わせるのが苦手なのよ」
『ラルースっち~、寒いよー』
部屋の奥から小さなリナの声が聞こえる。
「もう少し待ってて、ナナちゃん達と話しているの」
『ふぁーい』
あまりの違いに戸惑いを見せるナナと、後ろで何やらガブィナと話しているクレア。
「ミクから少しだけ教えて貰ったわ。シウン君達が今居ないのよね?」
「そ、そう。居ない」
上擦った声で答えるナナ。
どうやら、状況というか印象のあまりの変化についていけないようだ。
「じゃあ部屋の荷物をまとめて頂戴」
「...は?」
「ミクからの伝言で、一緒の部屋にしてって言われたのよ。ナナちゃんは帰ってくるが遅すぎよ。何時間待たせられたと思ってるの」
「ちょっと待って!今状況をまとめるから!!」
その場で屈み、ぶつぶつと考え始めるナナをアレットは若干引きながら見ている。
『いや、確かに美味しいのは認めるよ。だけど、すぐ飽きるのが難点なんだよね』
『何も甘口ちゃんだけじゃなくてもいいんですよ?他にも中辛君なども時折食べることで...』
どうやら二人はお菓子について熱い討論を繰り広げているようだ。
なので、ナナ達が何を話しているのか全く聞いていない。
「よし!あんたはラルースで、オカルトマニアで顔面詐欺で良いんだよね?」
「本当に酷いわね...。まあ、今はそういうことで良いわ。早く荷物をまとめて、私達の部屋に持ってきて頂戴。元々五人用の部屋だから空きスペースはあるわ」
「それが分かんないんだけど?何でわざわざそっちも部屋に行かなきゃいけないの?」
ナナの質問にまためんどくさそうに答えるラルース。
きっと早く寝たいのだろう。
「あなた達が危険だからよ。大勢で居た方が身を守れるからってミクに頼まれたのよ」
「...危険?」
「詳しい理由まで言ってたら長くなるわ。早く荷物をまとめて」
「わ、分かったよ」
渋々頷いて部屋に向かうナナ。
「アレット、どうするの」
「どうするって何が?」
「ふふ...。とぼけたって駄目よ。副理事長が関わっているのに、あなたが何もしない訳無いじゃない」
しかしアレットはいつもと変わらない調子で答える。
「何もしないよ。シウン達がやるんだから」
「あら?呼び方が相棒やアカっちではないわよ?それにそんな殺意だらけの心では、隠しきれないわ」
「...なら、あんまり聞かないでくれるかな」
一瞬だけ明らかな殺意がアレットの瞳から感じる。
「そうね。あなたが何をするかまでは聞かないでおくわ」
「ありがと!ラルース、君は心を覗く相手を選んだ方が良いよ。僕みたいなのを覗いたら、せっかくの目が台無しになるから」
「ええ。ドロドロの殺意程目が痛くなるものは無いわ」
ラルースの魔法は他者の思考、心を覗くことができる。
しかし、使い過ぎれば目に痛みを感じ、長時間酷使し続ければやがて失明すると医者に言われている。
思考を覗き、次の攻撃方法を知る。
便利な様に聞こえるが、実際のところラルースにとって良いことは殆ど無い。
次の攻撃方法が分かっていても、それに対応するだけの力を持っていないからだ。
確かに敵の次の行動を知れるのは脅威だろう。しかし、それが赤子であれば?
動くことすら難しい赤子に、次は右からパンチが来るなと分かっていても何が出来るだろうか?
何も出来ないだろう。
たとえ先を読めるとしても、それに見合う実力を身に付けなければ、意味を成さない。
ラルースにとってこの魔法は便利というより不便なものだ。
「じゃ、僕はもう部屋に戻るよ。ナナっち達のこと見ててね」
「任せて頂戴。あなたはちゃんと寝るのよ」
「1日位なら平気、平気」
アレットは軽い調子で部屋に戻っていく。
ガブィナも途中でアレットが居ないことに気づき、慌てながらその後ろを追う。
クレアはナナに早く荷物をまとめて!と言われ、何が何だか分からないまま、荷物をまとめている。
「ラルースっち、目薬要る?」
「ありがとう」
【ガルナ陣営】
「寒すぎる...」
「暖房設備は無いからな。我慢していろ」
「俺は寒いのが一番嫌いなんだよ...」
部室で女子生徒を守りながら作戦を確認しているガルナとシウンとミクの三人。
別室で寝息を立てながら寝ている女子生徒を確認したミクは、暖かいお茶を持ってくる。
「はい」
「あー生き返る...」
「ガルナ君、あの子、最初は少しうなされてたけど、ちゃんと寝たよ」
「そうか。ミク、お前がもしあの生徒と同じ経験をしたらどうする」
ミクは首を傾げながらも質問に答える。
「そうだねー...。分かんないや。でも、許せないのは確かだよ。もしかしたら、殺しちゃうかも」
「ぶっ!!お前、物騒なこと言うなよ!!」
すぐ隣で殺すという単語が出てきて、びっくりするシウン。
「復讐、そうだ。今回は調べるという行為だけで済んだ。だが、もし次同じようなことがあったら、選択肢は殺害か自殺のどちらかだ」
「シウン君だったらどうする?」
...。
「多分自殺する。ああいう体験は怖いなんてもんじゃない。ガルナ、お前が言いたいのはあの女子生徒も連れて行った方が良いってことだろ?」
ガルナは小さく頷いて反応を伺う。
「まあ、良いんじゃないかな。可憐な女の子は私だけだったし」
「可憐な女の子?あれぇ?人を窓に投げ込んだりしたのはどこのだったけな」
「根に持ってるの?でも、女の子に投げて貰えるなんて体験滅多に無いんだよ?」
そりゃあな。まず、投げよう!!だなんて思わないだろうし。
「あと、俺も賛成。人数が増えるから面倒だって言ってた時点で分かってたし」
効率で言えばやっぱり四人がベストだと思う。
いざとなったらツーマンセルで行動するという手もあるからな。
「あと、勘違いしてるかもしれないが、まだ大丈夫だぞ」
「...何が?」
「ギリギリだがな。まずは映像を入手した」
「何の?」
「記憶の結晶化で、当時の状況を見ただけだ。ミク、お前は見るな」
ガルナが手に持っているのは白い石だった。
うっすらと中に映像らしきものが見える。
「記憶の消去というより、薄れさせている感じの様だな。予想通り副理事長は神器を完璧に扱えていないというのが分かった」
「んで?」
「見てみれば分かる」
シウンは結晶の中を覗く。
すると頭の中に声が響き、目の前に大きな屋敷が出現する。
「さあ、入りたまえ。四組24番、カナスラ・イルミーナ」
「教頭先生?ここは?」
「君の反抗的な態度に副理事長先生は怒ってらっしゃる。中で話し合うと良い」
そうか。これは当時の視点で見ているのか。
「よく来たな。まずはどうしてあのようなことをを言ったのか教えて貰おうか」
「え?」
「聞いておるのだ!!貴様がクラスでわしのことを悪く言っておったのは!!5組のクズどもと同じようにな!!」
「な、何を?」
嘘をついている。
多分このモヤモヤは何かを隠しているということだ。
「まあ、良い。貴様でもう68人目だ。全員、忠実な下僕にしてやったがな」
「え?」
「まずは依存の儀式だ」
....!!
依存の儀式、依存の魔法では無く依存の儀式。
しかし、工程が違うだけで効力は同じだろう。
「さあ、出てきたまえ」
鋭くぱんぱん!!と手を叩くと、扉から20代位だろうか?五人の女性が虚ろな目で歩いてくる。
「連れてこい」
逃げ出そうとしたのだろうか?
後ろを振り向いた瞬間、六人目の女性が香水らしきものを顔に吹き掛けてくる。
「副理事長殿、こういうことにかまけてばかりではジューグ様もお怒りになりますよ」
「サティーナ、貴様の主の言う通り制御の仕事はこなしている。依存の儀式についての対価は払い続けているのだ。操り人形ごときが、わしの遊戯を邪魔するな」
「申し訳ありません。それでは、中間報告を」
自分の上で何かの紙が手渡されている。
「それではこれで」
扉が閉まる音とともに意識が薄れていく。
最後に聞こえたのはとても気色の悪い副理事長の笑い声だった。
...次に目が覚めたのは暗い部屋の中だった。
鼻を刺すような臭いと、吸っているだけで気持ちの悪くなる空気。
あまりにも現実から離れている惨状、どれもこれも地獄というのに相応しかった。
そのなかで、動き回っている人影が居た。
「んー!!」
小さく声を出そうとするが、口を塞がれているのか言葉にならない。
手足にも同様、鎖で固定され身動きすら取れない。
「味わうのはまた後日にするが、まずは依存の儀式で刃向かえないように調教してやる」
「んー!!んーんー!!」
「なーに生活に支障は出ない。この屋敷を出る時には何も覚えてないのだからな」
恐怖、絶望の感情が直に伝わってくる。
見るというより、これは体験しているというのが正しい。
自分の意思で動くことは出来ないが、痛み、感情は本物だ。
「それでは始めるか」
もう諦めている。
この女子生徒は絶望を受け入れてしまっていた。
「―――――――――――!!!!!」
背中に熱せられた鉄のような物が押し付けられる。
自分でもどのような声を出しているのか分からない。
痛みに感覚、感情、全てを支配されている。
「次は魔獣の血とわしの血を混ぜたものだ。これは少々痛いかもしれんな」
注射器で体内に何かが侵入する。
背中に残る痛みに続き、体の中で気持ち悪い何かが走り回る。
声はもう出ない。
出せない、思考が止まっている。
何も考えれない、ただ痛みが永遠にも思える痛みが続いている。
これは自分ではない。
なのに、どうしてここまで痛みが現実のように感じるのだろうか。
どうして『私』はこんなことになってしまったのだろう。
『起きろ!!どうした!!?』
声が聞こえた。私に対してだろうか?
いや、この地獄では誰も助けには来てくれない。
『まずいな...。ミク、頼む』
『シウン君、ごめんね。ちょっと眩しいかもしれないけど我慢して』
シウン?私の名前が?
一体誰のことだろう?私の名前は...
その瞬間、目の前が光に包まれる。
同時に体と心がどこかに引っ張られ、意識があやふやになる。
「あ...」
目を覚ますとそこは薄暗い部屋の中、ここには見覚えがある。
確かミクちゃんが連れて来てくれた...。
「シウン君?」
「ミク...ちゃん?」
さっきまでの地獄はここには無く、あの痛みも感じない。
「ちゃん?どうした、お前」
「ガルナ君まで...。どうしてここに?」
「...どういうことだ」
この場の誰も今の状況を把握出来なかった。
シウンが体験したのはあまりにもリアルで、当時のカナスラ・イルミーナに一時的に全てを支配されている。
そのことを知らないガルナとミクの二人はシウンが何を言っているのか全く理解出来ない。
「ガルナ君、どうするの?」
「まずはシウンの今の状況を把握する。お前の名前、所属学校、何組の生徒か言ってみろ」
「え?どうしたんですか?私はカナスラ・イルミーナですよ?」
「そういうことか」
ガルナがようやく今のシウンの状態を理解出来たようだ。
「一時的にカナスラ・イルミーナの人格に支配されているな。理由は神器との異常共鳴」
「異常共鳴って?」
「この結晶の呼び方は二通りある。記憶を保管、抽出することから記憶化結晶。別の呼び名は神器の破片から生まれた、半神結晶だ」
「うんうん。成る程成る程、理解したよ」
と言っているが、全く理解出来てないようだ。
「まずはシウンの意識を戻すぞ。これは末期だから、痛みでも与えれば戻るは...」
『よいしょ!!』
ガルナが言い切る前にミクは全力で容赦なくビンタをする。
それは見事な音を立てて、シウンの頬が赤くなる。
「痛ってええええええ!!!」
「あ、本当だ」
「ミク、人の話は最後まで聞け」
しかし、ガルナの言った通りシウンの意識が戻ってくることが出来た。
手短にさっきまでの状態を教える。
「...そっか」
「本当に頭がおかしくなっちゃたのかと思ったよ」
「いや、まじでおかしくなるって...」
今もあの痛みや絶望は鮮明に覚えている。
「お前は何を見た?」
「自分の体に熱せられた鉄みたいな物が押し付けられて、魔獣の血を直接体内に入れられた。見たんじゃなくて、体験したんだ...。怖いとか、そんなことじゃない。何にも感じなかった、何も考えれなくなって...」
思い出すと体中に鳥肌が立ち、ガタガタと震える。
覚えてないカナスラが幸せに思える程までに、あれは地獄だった。
「お前も一旦休め。詳しいことは明日聞く」
そのことを察したのか、今は無理に追及してこないガルナ。
「そうする」
ようやく長い夜が終わった。
暗い話が続いている気がするので、次回は明るめのお話にしたいと思います