<幕開け>
「シウン、俺とミクはここで待っている。やることを終えたら来い」
「おう」
クレア達を置いていきながら進んでいった作戦はこうだ。
隠密行動でシウン、ガルナ、ミクの三人が副理事長を確実に潰せるだけの情報を集め、少数に伝えるのではなく、この学院都市全土に広めること。流石に学院都市全体の記憶を操作は出来ないだろうという考えでの考案だ。これにも一応確証がある。もし仮に学院都市全体を操作出来るだけの力があれば欲望の塊である副理事長は理事長という存在を消しているだろうということだが、大体合っているだろう。
「じゃねー、今夜また会おうね」
「ああ、少し遅れるかもしれないけど出来るだけ早く来る」
ミクには聞いた話をそのまま伝えたが、クレアとナナの二人には何も言っていない。
農業都市では嘘が全て倍になって帰って来て、この学院都市では真実を知れば危険に晒される可能性がある。
嘘は決して良いものとは言えない。しかし、時には嘘で守らないといけない時もある。
シウンはこの世界の厳しさを再び知ることとなる。
「ったく...。何が正しいのかなんて分かんないな...」
「あんたさっきから何をぶつぶつと言ってんの?」
話を紛らわせながら、部室を殆ど強制的に出されたナナとクレア。
クレアは相変わらずあまり気にしてないようだが、ナナは不満を隠しきれない。
「そうかっかとすんなって」
「あんたにも分かるでしょ」
「ん?」
ナナが途中で歩みを止める。
「知らないってことが、教えて貰えないことがどれだけ辛いか分かってんでしょ...」
俯きながらそう呟いた。
これがナナの本心だった。農業都市で失った仲間も何かをひた隠してきた。シウンと同じだったのだ。
何も知らないなかで最善の道だと思うことを選んだ。しかしそれはとても愚かな行為で、仲間を傷付けた。
もう、嫌なのだろう。シウンと同じで何かを失うのが。
「ごめんな、ナナ」
俯いて悲しそうにしている少女の頭にポンと手を置くシウン。
普段ならやめてよ、と言いながら払いのけるはずなのだが今回は成されるがままだ。
「あいつらみたいに俺は居なくならないからな。確かに危ないことをしようとしてる。だけど、ちゃんと帰ってくるから、心配すんなよ」
「帰ってこなかったらぶっ飛ばす。帰ってきてもぶっ飛ばすから」
「そうだな。そうしてくれると助かる」
シウンはそう言って笑顔を見せる。きっとガルナ達と行動するようになれば二人とは会えなくなる。だから、戻ってきた時にいつも通りのナナであって欲しい。変に優しくされるよりは、その方がシウンにとっても気が楽だろう。
「...約束は破らないでよ」
「大丈夫だってば。ガルナ達も一緒に来るからな。お前もあんまり無茶はするなよ?」
ナナは小さく頷く。そして、来た道を戻ろうとする。
「クレア、先に帰ってて。消灯時間までには戻るから」
「どこに行くんですか?」
「少し一人になりたいの」
荷物を背負ったまま、学院に戻っていくナナ。
しかし、一人にさせるのはマズイと思ったシウンはその後を追おうとする。
すると...。
「アカっち大丈夫、僕とガブィナもこっそりついていくから」
すぐ耳元でアレットの声がした。
「アレット...?」
「アレットさんがどうかしましたか?」
クレアの反応を見て、シウンはすぐにこれがアレットの特殊魔法であると気づく。
そしてクレアには聞こえないような小さな声で頼む。
「ナナを頼んだ」
「任されたよ。そうだ。皆には僕とガブィナは夜の町で戯れてるって言っといて」
「はいはい」
皆と言っても寮に居るのはリナとラルースの二人しか残っていない。
たった1日で随分と数が減ってしまった。
「クレア、何か聞きたいことがあるんだったよな?」
「...そうですね。ですが、今は遠慮しておきます。夜に私達の部屋に来てください、そこで話します」
ナナが居なくなってから帰り道は暗くなった。無言で寮まで歩き続け、寮に着いてからも、自分達の部屋でずっと何もせずにボーッとしていた。
あれほど騒がしかった食堂も、四人しか居らずシーンとした空気の中、一言も喋らずに時間が過ぎていく。
「ごちそうさま、クレアちゃん、この後ラルースっちとお風呂に入るから一緒に来ない?」
「はい」
「シウン君、私達はお先に失礼するね」
「じゃあな」
「バイバイ」
女子の中ではアレット並みにうるさかったリナも今では普通の生徒に見える。
全員揃って5組、そういうことなのだろう。
「随分と人数が減ったな、シウン」
黙々と食べていると、こんな時間にも関わらずパジャマ姿のナギサが料理を持って立っていた。
「隣、良いか」
「どうぞ」
料理を机に置き、ジュースを飲み干すナギサ。
「ガルナから聞いたよ。三週間寮には戻らないんだって?」
「そうなんですか?」
「知らなかったんだ」
「そんなに長いのかぁ...」
確かに数日でどうにかなるような問題ではないのは分かっていた。
相手は副理事長、気づかれないように活動するには常に慎重な行動が求められる。三週間というのもあくまで目処に過ぎないだろう。もしかしたらもっと時間が掛かってしまうかもしれない。
「大体何をしようか分かってるよ。あの副理事長関連のことだろ?」
「...流石ですね」
「そりゃあね、あんなバカどもをずっと見てたら分かるもんだ。それに...。あいつらが本気で行動するのは副理事長関連しかないんだよ」
野菜が苦手なのか、端に避けながら食べているナギサは話を続ける。
「あんたはさ、どうしてあんなに若い奴らが寮に入ってるか疑問に思わなかったか?」
「...?」
「この都市では早く子供を作って英才教育しながら育てるのが普通だ。もう分かったろ?」
そうだった。何故疑問を持たなかったのだろうか。
ここに来たときも、町の中を歩いた時もどの生徒にも親がついていた。
だが、この寮の中で見た大人はナギサと案内人兼教師のカルナだけだったではないか。
誰一人、親らしき人物は居なかった。
「この寮に居る奴らは全員身寄りのない奴ばっかだよ。この寮の奴らがあんたら5組を差別しないのもそういうこと。小さい頃からずっと一緒に過ごしてきたんだ。この寮の奴らは全員絆ってものがある。食堂でうるさくしてたのに、誰一人注意をしてこなかったろ?あれがこの寮では普通なんだ」
「そして5組の奴らは全員副理事長に目をつけられたから5組に落とされた。その理由は、あいつらの親は全員副理事長に都市を管理させてはいけないと立ち上がったからだよ。まあ、家族も含めて全員廃人にさせられたりしたけどね」
ナギサは冷静に語っている風に見えるが、手には力がこもっていた。
「あんたにはここであいつらを知ってもらう。どうしてあいつらだけが5組に落とされたのかをね。そして同時に副理事長がどれほど狡猾で卑怯な奴か知ってもらうよ」
「飲み物を持ってくるから、少し時間を下さい」
シウンはすっと立ち上がり、飲み物を取りに行く。
お茶をいつもより少し多めに入れて、席に戻り話の続きを聞いた。
「全員薄々気づいてはいるんだ。理事長が戻ってこないんじゃなく、戻ってこれないんだってね。そして、その原因が副理事長にあることも。だけど行動に移さないのは勿論理由がある、過去に起こった副理事長のことを調べていた団体の惨殺、廃人化事件というおぞましい事件があった」
「その団体の構成員が5組のガルナ、ガブィナ兄弟の父と母、リナの父、アレットの家族全員、ラルースの母だ。ミクだけは別件で5組に落とされたみたいだな」
「随分昔から活動はしてたんだ。だから、あいつらはガキの頃からずっとここに預けられてたんだよ。アレットの奴は一週間に一度じいさんが遊びに来る日を何よりも楽しみにしていたよ。親同士の仲良いと大体その子供同士も仲良くなるもんだ。私が学校から帰る時にはあいつらだけで、いつも遊んでた。たまに私にも構ってと寄って来るから面倒だったよ」
そんなことを言っているが、楽しそうにアレット達の幼少時代を語っている顔からはとてもそうには思えない。
「だからガルナの奴はよく私に本を貸してって言ってきてた。あのなかでは一番大人だったのはガルナだったかもしれないね。大人ぶってるけど、からかうとよく泣くから大変だったよ」
「全員そんな環境でも1日をいつも楽しく生きていた。だけど、あの野郎が姿を消してから学院都市の状況もあいつらの生活もガルナの奴は性格も一変した。そして事件があった日の深夜2時、衛兵が妙に騒がしくしてたからあいつらも面白半分でこっそり寮を抜け出したんだ。そして...。家族が惨殺、廃人になっていた現場を目撃した」
「酷いもんだったよ。団体の構成員だった奴らだけじゃなく、その家族すら巻き込まれたんだから。寮の中には人が沢山居たからきっと殺した奴らもあいつらには手を出せなかったんだろうね。そこで多分ガルナは何かを知った。あいつが見つけたのが何なのか分からないけど、きっとあの事件の黒幕か、協力者についての情報だろうね」
「協力者が居るのか?」
「確実に副理事長に力と知識を与えた奴が居る。事件発生時には副理事長は急に学院会議を開き、教師全員を証言者にしていたんだよ。副理事長が誰かに頼んだのは分かっているんだ、だけどその協力者についての情報はさっぱりさ」
当時のナギサは真実を知るために学院都市中を駆け回ったのだが、副理事長が謎の人物と話していたことしか分からなかった。
そして運悪くナギサ両親の死去により寮の管理者はナギサに引き継がれ、情報収集に行くことが難しくなった。
小さい頃からずっと見守ってきた子供達の為に何も出来ないのがどれほど苦しく辛かったのだろうか。
寮の管理者である以上寮のことが最優先になり、何も出来ないまま情報収集を断念せざるを得なかった。
「その日、ガルナは自室に引きこもり泣き続けた。そして私に魔法を教えてくれと頼み込んでくる時には感情を捨てていた。あれほど弟のガブィナと一緒に笑っていたのにね...」
「過去の思いでも全部捨てて、復讐のために人生を捧げるようになったのもその日からだったよ。そしてそれを手助けするかのようにあいつに特殊魔法を扱えることが判明した。能力も才能も凄まじかったよ、時空間という人領域を越えた魔法すらたった5日でマスターしたよ」
才能だけではない、5日間不眠不休で魔法をマスターするために努力をした。食べることすら忘れ、何かに復讐するために...。
「魔法をマスターした日からあいつは他人に助けを求めることも、私に本を貸してと頼み込んでくることも無くなった。だから今回は少し嬉しかったよ、あいつが私に会ったばかりのクレアを守ってくれと頼んできたことが...」
「あいつが?クレア達を?」
そんなことを言っていたのかあいつ。
「あいつなりに気を配ってんだ。ただそれを知られるのが恥ずかしいだけなんだよ」
話しながらも料理を完食したナギサは皿を流し場に返してくる。
テーブルに戻ってくると大きく背伸びをして、シウンの方に向き直る。
「シウン、私からも頼みたいことがある」
「何ですか?」
「ガルナの奴が無茶しそうだったら止めてやってくれ。あいつはあの事件関連のことになると無茶をするから。今回、私は止めてやれない。もしバカをしそうになったら私の代わりにあいつを止めてくれ」
ナギサがどれほどガルナ達を大事に思っているか話を聞いていてよく分かった。
シウンにとって断る理由は何もない。
「分かりました、あいつのことは任せて下さい」
ナギサはシウンの前で初めて笑顔を見せる。
「ありがとな」
とても綺麗だなとそう思った。
...
食堂でナギサとの話し合いを終えた後、シウンは部屋に戻りできるだけ必要な荷物をまとめた。
その後、一人で誰も居ない風呂に入り髪を乾かす。あんなにガヤガヤうるさかった風呂の中は主を失った城のように静かなものだった。
たった1日、あいつらと過ごしただけなのにな。
こんなに静かなことが虚しいなんて思わなかった...
お風呂を上がってから部屋に戻ったシウンはアレットに手紙を書き置いておき、荷物を持ちクレアの部屋へと向かう。
「クレア、居るか?」
中からはいと返事が帰ってきたのを確認してから、扉を開ける。
「こんばんわ、アカツキさん」
「こんばんわ、その名前で呼ばれるのも何だか久しぶりな気がするな」
「1日1日の内容がとても濃かったからですよ」
クレアと少し雑談をしたアカツキ。
話を聞く限りではこの都市に来て良かったと感じた。教室であった話をとても楽しそうに語るクレア。
それだけでも来た価値があると心の中で思う。
「こんな私にも友達が出来て、1日がとても楽しいんです」
農業都市での学校は学校と呼ぶにはあまりにも酷いものだった。奴隷が通う学校では回答を間違えたり、教師に反抗的な態度を取れば体罰が待っており、どうすれば1日を乗りきれるかを考えるそんな毎日だった。
しかしこの都市での生活はとても楽しく、1日があっという間に過ぎてしまう。
「アカツキさんが助けてくれなかったら、私はこんな幸せな生活を送れることはきっとなかったはずです。1日がこんなにも楽しく、幸せな気持ちになることなんて...」
だから...。
「アカツキさんには本当に感謝しています。本当は行って欲しくありません。だけど、止められないのは分かっています」
クレアは話を聞いていたアカツキの手を握る。
「...クレア?」
「魔力の補給です。私に出来るのはこれしありませんから」
クレアにもアカツキが無茶をしようとしてるのは分かっていた。
きっと農業都市の時の様に、大きな敵と戦おうとしていることも、それが誰かを救うためだということも。
「詳しくは聞きません。聞いたらきっとアカツキさんは嘘を言って誤魔化すと思います。嘘をついてしまったらその罪悪感がこれからのアカツキさんの行動を邪魔するかもしれない、そんなことを思っています。だから聞きません」
アカツキは苦笑いをするしか無かった。まさかクレアがそんなにも考えていたとは思わなかったからだ。
「ただ...。絶対に帰ってきて下さいね。ナナちゃん私もアカツキさんが無事に戻ってくることを待っていますから」
クレアのアカツキの手を握る力が強くなる。そうすることで、魔力の供給量が上がるわけではない。
アカツキがここに居るという確かなものを知ろうとしているかのように思えた。
「ありがとうな、クレア。大丈夫、絶対に帰ってくるから」
「絶対ですよ?」
「任せろって。嘘じゃない、絶対戻ってくる」
「はい。待っていますよ」
アカツキは片手で荷物を持ち、静かにクレアから手を離す。
一瞬寂しそうにクレアの手が伸びてくるように感じたが、きっと勘違いだろう。
「クレア、何かあったら呼んでくれよ。俺が一番大切なのはお前らなんだ。いつ、どこにお前が居ても絶対に行くからな」
「アレットさん達も居ますし、大丈夫ですよ。安心して出発してください」
『ああ。行ってくる』
『行ってらっしゃい、アカツキさん』
クレアに見送られながら、寮を出て学院に向かう。
外を歩く人はいつもと変わらない。しかし、これから自分達がやることはいつもと違う、非日常だ。
探られていることを見逃すほど、相手がバカではないことは重々承知だ。
時には危ない橋を渡ることになる。だが、約束は絶対に守る。無事とまではいかない、クレア達のもとに必ず帰る。
そう決意した
「来たか、準備はもう整ったんだな」
「ああ、もう大丈夫だ」
「今日は部室で待機し、早朝にあの生徒を自宅まで見送ったら行動開始だ」
「副理事長達に気づかれないのか?」
こっそり学院内に侵入し、静かに廊下を歩く。時折巡回中の教師から隠れながら、部室に向かう。
「あの部室はこの学院内で最も安全な場所だ。常に意識の外側に存在しているからな」
「...どういうこと?」
「俺もあそこを見つけた時には驚いた。学院内の構造は全て把握していたはずだが、あそこだけが突然姿を現した。中は埃だらけだったが、多くの資料が残っていた。実験もした、アレット達を使ってな。教師から逃げながらあの部屋に向かった。すると、教師は突然どこに行ったと叫び、去って行った。あの部屋は見えないような物なんだ。そして、見る方法はあそこがどんな部屋か知ることか、案内されることの二つしかない。俺がどうして気づいたのかはまだ分からん」
視界妨害とはまた違った類いの魔法なのかも分からない。あの部屋に来る生徒はミクかガルナに案内された生徒のみだ。
「お前らがあの部室に来なかったのもそういうことだ。お前らは全部回ったと思っていたろ」
「そうだな。ミクに案内されてから、こんな部活があったんだなって気づいたよ」
「しかし、理事長達には認識されて居るはずだ。あの部屋を情報収集の拠点にするのは無理だ。明日からは、学院都市を転々としながら、確実に潰せるだけの情報を集める。良いな?」
「分かった。あの豚野郎に一泡吹かせてやろうぜ」
ここに親の意思を継いだガルナを筆頭とした、副理事長に反する第二の勢力が生まれた。
裏で行動するガルナ達に、表で普通の生活を送りながら、副理事長による被害を防ぐアレット達。
アカツキにとって二度目の戦いが幕を上げる。