<今、自分に出来ること>
――狙撃者から放たれた銃弾は心臓を貫いていく。
血が溢れ、喪失感が体を満たしていく。
そして理解する...
「これが...。死...か」
狙撃者に撃たれたのはワルフであった。
ワルフは地面に倒れ、怠くなる体を無理矢理動かし紫雲の下へと這いずっていく。
紫雲は発砲音で一瞬心臓が止まったかと思ったが、傷のついていない体を見て、安心すると共に後ろを振り向く。
地面崩れ落ちていくワルフを見て、進まなければと思っていても方向転換をして走っていく。
「おっさん!!」
這いずっているワルフと共に近くの畑に身を潜める。
ワルフは的確に心臓を貫かれ、苦しそうにしている。
「つぅ...。ああ?...狙げ...き」
「おっさん...。せめて情報を残して...ッ。死んでってくれ...」
「み...が..。赤い...は...な」
「そうか...。安心しろおっさん部下の不始末は俺がつける。お前は...眠っててくれ...」
「たの...みぞ?」
途切れ途切れの枯れた声を振り絞りワルフは頼むと言って死んでいく...
紫雲はそっと地面に置き、再び走り出す。
しかし馬車とは真逆の赤い花畑へと刃を握りしめ走っていく。
異変があった。
刃に巻かれていた布が青く染まっていくのだ。
「てめえは...殺す!!」
――明確な殺意に反応し、刃の布は青くなっていく。
# ######
【赤い花畑 狙撃者視点】
「よっしゃ!!狙撃ぃ。あいつさえ殺しちゃえば楽勝~♪」
狙撃者ズミック。
非合法部隊の援護を頼まれた狙撃者である。
もともとは他の都市住んでいたが、銃による大量殺人者で、捕まりそうなった時、衛兵を6人殺害し、都市を出る。食料も尽き、死にかけていた時に、ある人物に雇われ、狙撃者として非合法部隊の援護をしていた。
報酬は当時の収入の3倍で本人も当然納得していた。
遠くから狙撃をしていれば、お金が降り注いでくるのだから簡単かつ、視界妨害で見られる事はないという安全な仕事だった。
「あとはガキを殺してお仕舞いだ!!ヒュウ~♪楽勝だ~」
狙撃者には似合わない陽気さ。
しかし腕だけは本物である。
そもそもこれほど強いのだから、陽気でいられるのだろう。
今まで何百と仕事をしてきて一度も死の危険に晒された事はない。優秀な視界妨害によって多少遊んでいても仕事は全うする。
「あらら?隠れちゃったか~」
しかし今度姿を見せたら確実に心臓を撃ち抜き始末して仕事終了。
また別の馬車にいたガキには防がれたが、今回の相手は変な刃を持ったただの一般人だろとズミックは陽気に考える。
「あっちは無事に殺せたか?」
狙撃が防がれる以上、あの馬車の二人を始末するのはあの四人組のはずだが、紫の霧によって確認できず、状況しだいではあっちを優先するかもしれない。
ただのガキと力を持ったガキでは後々厄介な奴になりそうだから早めに殺したいのだろう。
「この戦いが長引くようだったら、馬車を優先すっか」
しかし標的である紫雲がこちらに向かって走り出すのが見える。
「バカだな、隠れて近づいて来た方が俺を殺せる確率は高いってのに...」
標的の心臓に照準を合わせ、引き金を引く。
パァァァンという発砲音と共に銃弾は放たれた。
仕事を終わらせ馬車に向かおうとするズミックだったが異変に気づく。
確実に心臓を撃ち抜いたはずなのにまだこちらに迫ってきているのが見える。
「ッそだろ!!何で生きてる!!」
すぐにしゃがみもう一度装填する。
照準は心臓に合わせて、引き金を引く。
しかし放たれた銃弾は紫雲により無効化される。
「銃弾を...斬った...?」
本来目に見えない程のスピードなのにいとも容易く斬ったのだ。
その光景も異常だった。
紫雲は目を瞑ったのに的確に銃弾を斬ったのだ。
「くそ!!」
もう一度放つ。
またも紫雲に止めをさす事ができない。
「くそ!!くそ!」
何発も撃っているのに紫雲に傷すら負わせられない。
まるで、あれが紫雲ではないかのような動き。
ズミックからすれば何が起こっているのか理解できない。
まさか今までのは演技で、これが本当の実力なのか?と。
だとしたらこのままでは死んでしまう、本能は逃げようとしているが、今始末をしないと逃げれたとしても、護衛の任務は失敗してしまい、下手をすれば都市の『闇』に消されてしまうかもしれない。
「死ね!死ね!死ね!!!!」
キーンという音ともに銃弾は弾かれ、斬られ、今までの努力が何だったのかと思う程の強さ。
やがて彼にとっての死神が現れる。
「てめえが狙撃者か」
「な...何なんだよ!!どうして俺の銃弾を容易く防げたんだよ!!」
「覚悟だな。この刃は何となく持っていても力を貸してくれないみたいだな。んでもって今俺はてめえを殺す覚悟決めた」
「そ...んなもので俺の努力を!!」
「踏みにじるな!!とでも?そりゃあ怒るよな...。じゃあ今までてめえが踏みにじってきた命に対して償え」
「ひぇ...」
刃がズミックの眼前に迫る。
そして紫雲は...
「これはあれだな...。自業自得ってやつだ」
躊躇なくズミックの首をはねる。
「女神が言ってたのはこういう事だったんだな。死ぬまで戦え...か。もうここは俺の知ってる世界じゃないんだな...」
――紫雲はこの世界の事を知り、最低限の殺害は許容した。
# ######
「馬を走らせるんだよ!!」
「はい!!」
これほどの惨状に馬は暴れることなく獣の死体を踏んでも前に進む。
戦争中人間は殺すことに何にも思わなくなるというが、それはどの生き物も同じらしい。
自分の命が危なかったら、予想異常に冷静になる。
「馬の教育にもあまり良いもんじゃないね」
「僕の事はいいんですか...」
「何の事だい?」
「僕はキュウス様の財力を利用して復讐したんですよ」
「そんなの知ってたさ」
「え...?」
「そりゃあこの都市でNo.3なんだから、当然嘘話を持ちかけてくる人たちが一杯いる。そんな環境だったら嘘なんてわかるのよ。だからあの旅人さんの話が嘘だってのも、もう気づいていたのさ」
「あの旅人さんが...?」
「所々嘘をついているのは分かってたけど、行く宛がないのは本当だった。だからもし良かったならあの旅人さんに最低限の物資でもあげたりそれこそ、この都市で暮らせるようにしても良かった」
二人の会話は突如起こった異変により途切れる。
異変。それは天変地異といっても過言ではない。
辺りが全て闇に包まれていくのだ。
「これは...一体...」
「常闇の儀」
暗闇の中で響き渡る声は四人組の一人である男のものであった。
光の通らない世界で前か後ろか分からないまま、馬車は走り続ける。
「ウズリカ...もう駄目だよ..」
「何がですか!!」
「今はっきりと分かった...。私らにはこの都市の闇には勝てない」
「何が...」
顔を手で覆いキュウスは喋り続ける。
「頼むから...。もうやめておくれ」
「苦しいか?どうだ心の闇に踏み込まれる気分は?」
「やっと分かったよ...。あんたらのボスが」
「さすがというべきか、いや当然だな。こんな芸当はあの方しかできないのだからな」
「キュウス様!!こいつらのボスの名前は!!」
「駄目だよ。一矢報う事すら私達には許されないはずなのさ」
闇を永遠走り続ける事20分。
キュウスはその場で倒れ、もう息をしているのかすら分からない。
「キュウスはもう使い物にならないか、さて雑草はどうする?」
「誰が...。誰が諦めるもんか!!」
『僕は絶対に諦めないし、投げ捨てない!!』
「....いつまでも調子に乗るなよ?貴様もいずれ死ぬのだからな」
冷徹な声は闇に響く。
ウズリカはまだ心の弱さに挫けない。
永遠と頭の中でループする地獄を見ても、それを塗りつぶすように母との楽しかった日々を思い出す。
人生には嫌な時もあるし、とても楽しい時もある。
だからここで諦めて、それを忘れてしまうなんてのは母を侮辱するのと同じなのだから...
「めんどうなガキが...。なら死ぬよりも辛い地獄を見せて欲しいか?」
「それよりも僕たちの腕を奪った罪を償わせようよ」
「私も同意」
「あっちは楽に仕事が終われば良いよー」
「全く、まとまりがないチーム構成だな...」
「でもあっち達がいなければ、駄目でしょ」
「じゃなければ、チームなんて組んでないさ」
「それもそうだな」
「早く苦しところ見たいんですけど」
淡々と人の生き死にを話続ける四人組。
それでもウズリカは屈しない。
それよりもここから脱出する方法を考える。
何よりキュウスの事が気になって仕方ないようだ。
「全く....。利用した挙げ句死んじゃいましたじゃ僕は母さんに怒られちゃうな...」
「だから...。キュウス様だけは助けたいですね」
途方もない闇に飲まれないように、気を紛らわし、ウズリカは馬を走らせる。
「おーい。聞こえる~?」
話し合いが終わったのか腕を失った男は話しかける。
青年は何も答えず前を見据える。
「反応なしっと...。じゃあ君に関係なく始めちゃうよ」
「「「「圧力5倍」」」」
四人は声を合わせ、闇の圧力を強める。
それは重力で体を軋ませ、頭に流し込む闇記憶もより強烈にし、身体的にも精神的にも多大な不可を与え続ける事となり、一般人では到底耐えられない苦痛がウズリカに襲いかかる。
「まだ...。まだ大丈夫」
「結構タフだね」
「母親譲りの愚かさだな」
「あっちは早く帰りたいんですけど」
「そんな事言わずに、私達は腕を使い物にされなくなって頭にキテるんだから」
「はあ...。帰りたい」
「俺だってそうしたいが、案外この光景も楽しいものだな」
「でしょ!!こういうのが僕の好きなものなんだよ!!」
「ちょっと...。テンション上がりすぎだよ?」
やっている事はえげつないのに、話すことはまるでクラスメイトのような感じである。
普段なら憤るウズリカは痛みに耐えるのに必死で、何の感情も抱かない。
「ちっ!!!さっさと叫んで苦しめよゴミが!!」
「あんた性格変わってるよ...」
「俺的にはこっちの方が仕事しやすいんだがな」
「あっちは早く帰りたいし...」
「しかし大分根が深いな、もう少し圧力を強めてみるか?」
「そうしようか」
「賛成」
「あっちもさっさとくたばってくれた方が助かるね」
「「「「圧力10倍」」」」
躊躇なく、圧力を上げる四人。
もはや今自分の体がどのような状態なのか分からなくなる程の重力。
もう自分が誰なのか分からなくなる程の記憶の混濁。
「さっさと働け!!」
「奴隷ごときで私に逆らうな」
「あんたさー...。ださいよねー」
「あれ?君って誰だっけ?奴隷になった奴なんか友達じゃないからさ」
「きも」
「何で町をあんな堂々と歩けるんだろうね」
「あー...あれって。去年奴隷に落ちゃったウズリカでしょ?イケメンだったのになー」
「何?あいつに興味あんの?」
「まさかー。笑わせないでよ」
「何で生きてるのかまじ分からないんだけどー」
「うっせえよ!!俺が言ってる事にいちいち歯向かうなよ!!」
「ぷふ...。だっさ」
「ほら奴隷なんだから外で寝てなよ」
「汚らわしい。ネズミ同然の存在でよく生きられますわね」
頭に流れ込む思い出したくない過去。
何で...。
「僕は...何でこんな風になっちゃたんだよ」
「おっ!!壊れてきたーーーーー!!」
「耳が痛いんですけど」
「あっちは帰りたい」
「お前...。なら寝ててもいいぞ」
「いやじゃ」
「ほらやっばあんたも見たいんじゃない」
「駄目...だ!!まだまだまだまだまだ」
「粘るねえ...」
「もう良いだろう?さっさと終わらせるぞ」
「たしかにもう夜だしね。帰ろっか」
「あんた...。本当にテンションの差が激しいね」
「それでは...」
しかし男の声を遮るようにもうひとつの声が闇に響く。
それはまるで日の出のような光放つような、希望の声。
『よう。ずいぶん楽しそうじゃねえか』
「なっ!!貴様はあいつと共に死んだはず....ッ!!」
『おっさんは死んだよ。んで狙撃者は殺した』
「圧力....!!」
『いい加減やめようぜ...。そいつも疲れてるしな』
紫雲を中心に闇が崩れ落ちていく。
やがて空が空間に戻り、四人組の姿も目視できるようになる。
『覚悟は決めた。てめえら分かってるよな』
『裏切りは死刑だ』