<三人の専門家と遠い記憶>
何が起こったのか。巨大な魔獣は最も確実に死を与えられる時を狙って攻撃を開始した。その三本の尾によって繰り出された攻撃回数は百は越えていた。
なのに...。
どうして、声が聞こえる?それも先程よりも数が増えて。
「皆さん!!大丈夫ですか!!?」
「心配しないで、私達は勿論この三人も無事...とはいかないけど、生きてるわ」
「おいおい、そこのガキ三人が今回の護衛対象かぃ?」
「仕方ないですよー!アズーリちゃんの頼みなんですから」
「あんのペチャパイがぁ...」
「やめときなさいよ、アズーリが聞いたら怒るわよ?」
「大丈夫だぃ、この場にいる奴が言わなかったらなぁ」
...ってえ。頭がくらくらする...
「お、そこの坊主は意識があったかぁ?」
「そうみたいね」
「だけど傷がー!!」
「ワーティは毎回叫ばないで、耳が痛いわ」
あー...そうか。
「二人...は?」
「お?よく喋れんなぁ」
「アズーリに説明されたでしょ、そのアカツキって子は私達とは違うんだから」
「神器ってのはこんなに高性能なのかぃ...。まさか原型を留めてなくとも効力を発揮するたぁな」
「そんな所で悠長に話さないで下さい!!まだ魔獣がどこかで身を潜めてるんですよ!!」
「そうね、一先ずはここを離れましょう」
クレアとナナを背負った無精髭の大きな男と眼鏡に白い服を着た研究者のような女の子、それに青髪の女性。
何一つ現状が理解出来ないまま、馬車に乗せられる。
「にしてもあの魔獣はやるねぇ...。あそこまで攻撃範囲の広いやつぁ初めて見た」
「それに不可視の攻撃、報告通りだったら百年位だったはずよ、あんなの三百年は超えてるじゃない」
「謎に満ちた魔獣かぁ、ここで考えても何にもなんねぇ。ああいうのは『専門』に任せたら良いだろぉ?」
「そうですね!!」
よく分からない状況だ。アカツキは一先ず落ち着いて最初から思い出していく。
林を抜けた時に一瞬風を切るような音がして...。
駄目だ...。頭が痛くて何にも考えれない。
「どうしたぁ?」
「やっぱり傷が...」
「そうね、ワーティ包帯を頂戴。精密検査は学院都市に着いてからとして、応急手当てぐらいはしましょう」
「了解です!!」
ワーティは持ってきたバッグの中から、医療キッドを取り出す。そこから包帯を取りだす。
「シーナちゃん!!はい!!」
「はい、ありがとう。あとは気を失っている女の子二人は?」
「傷はありませんよ!!見た限り咄嗟にアカツキさんが庇ったんでしょう!!」
「坊主!やるじゃねえかぁ!!」
「ちょっと!!今包帯巻いてるでしょ!それに背中にも傷を負ってるのよ!」
バシバシと強く背中を叩かれたアカツキは痛さのあまり、身を捩る。
「つぅぅーーーー...!!」
「暴れないで!!早く止血しないといけな...。ああ!!もう!ユグドのせいで!!」
「すまねぇな。いやぁそれにしてもこの坊主、気に入った!」
全然悪びれる様子もなく笑うユグドだが辺りの警戒は怠ってはいない。
そして何とか包帯を巻き終えたシーナはアカツキの服を脱がせ始める。
「な...なに!すんだ!!」
「背中の方が傷が深いんだから早くして」
「おいおい?ガキはぁ色々勘違いしやすいんだぁ、ちゃんと訳も説明してから脱がせろやぁ」
「細かい説明ありがとう!!だけど、あんたは黙っててくれ!」
アカツキの言葉にがはははと豪快な笑い方をするユグド。
シーナは首を傾げたまま、無言で服を脱がそうとする。
「急にやらないでっ!?自分でやっから!!」
「じゃあ早くしなさい」
アカツキは買って貰ったばかりの服をぶつぶつ文句を言いながら脱ぐ。
そして、服を脱ぎ終えて確認すると...
「ああああああ!!服がぁ!!?」
「だから言ったでしょ?背中もケガしてるって」
それはそれは見事に切り裂かれていた。
...
「ああ...。結構気に入ったてたのに...」
「てかよぉ?坊主は痛くねぇのか?」
「痛い事には痛いけど、そんな叫ぶ程ではないかな?」
「やっぱそうかぁ。おい、良いんじゃねえのか?何にも知らないよりは教えてやってもよぉ」
「...そうね。アズーリには止められてたけど、良いんじゃないかしら」
「だけど!!」
アカツキにとっては何の話しようとしてるのか分からないが、ワーティはこれから話す内容を教える事は反対のようだ。
「ワーティ、アズーリは隠しすぎなのよ。自分の体のことくらい知っていて当然でしょう」
「うぅ...。アズーリちゃんに怒られても知りませんよ!!」
「はいはい」
「ワーティよぉ、お前はそう言っても結局何にも言ってないじゃねえかよぉ」
「だって...。ワーティまで怒られるからですよ!!」
そう言ったあとぷいっと顔を反らし、外を眺め始める。
「それじゃあ話しましょうかね」
「良いけどよぉ、まずはそこの聞き耳立ててる奴ぁ、どうすんだ?」
「...?」
「クレア...つったか?別に隠しやしねえからよ。聞くならちゃんと聞けやぁ」
ユグドがそう言うと、気を失っていたはずのクレアが申し訳なさそうにゆっくりと起き上がる。
「すいません...」
「別に構わねぇさ、大方そこの坊主のことだからここで起きたら聞かせようとしないって思ったんだろ?」
「なに?俺ってそんなに信用されてない?」
「だろうなぁ、坊主の話を聞いたらそう思うぜぇ?」
確かにアカツキの事だからその情報が今後足枷になるようから心配させたくないと思い、言わないという選択もしただろう。
だが...
「言ったろ?お前には隠し事しないって」
「ごめんなさい...」
「謝んなって、まあ俺が悪いんだけどさ」
「話が進まないからよぉ、そういうのは後でやれやぁ」
そうだった。まずは聞いておかないとな。
四人で円を描くように座り、話を聞く態度になる。
「言いたい事は二つ、一つはアカツキの話に二つは今後の旅に深く関わってくる重要な話よ」
「おう」
「先ずはアカツキの体についてよ。アカツキ、あなたが今も生きているのは神器のおかげね?」
「そうだな」
アカツキは一度心臓を貫いて死んだはずの体を神器が治したと聞いている。
「問題はその治し方よ。神器は己の一部を溶かし、心臓の傷を塞いで無理矢理生命活動を開始した。それによって、人間とは違う現象が起こるようになったの」
「....?」
「じゃあ聞くけれど、どうして右手の骨折をあんな短期間で治ったの?今のアカツキの背中の傷はかなり酷いわ。なのにあなたは平然としてる、それは何で?」
それは...。
何でだ?どうして俺は...?
今まで考えもしなかった、いやきっと気付いていた。だがそれを頭の端へと追いやっていたのだろう。
自分は普通の人とは違う。「なんだ、そんなことか」と言うのは簡単だった。
だが言えなかった。
それが意味していたのは人とは違うことを嫌がっているということだ。
遠い遠いどこか遠くの決して思い出したくはない、『記憶』だ。
「ああ...。あああああああああ!!」
「どうしたぁ?まだ傷が痛む...。いや...ちげえなぁ!!?」
「アカツキさん!!」
突然頭を抱えて、倒れ混むアカツキ。
突然、本当にそれしか言えなかった。何が引き金になったのか分からない、どうしてこうなったのか分からない。
「おい!!坊主!!こりゃあどういうこったぁ!!?」
「ワーティ!!診てくれる!?」
「何ですか!?どうしていきなり叫び始めました?」
「知らねえやぃ!!」
「ふぇぇえぇ!!?急に叫ばないでください!!」
「ああ!!もうめんどくせえなぁ!!」
こちらも急にパニクり出し、馬車の中はしっちゃかめっちゃかだ。
その中でクレアだけが一人動き出す。
「アカツキさん、こっちを向いてください」
「あああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
「どうだぁ?」
「アカツキさんすみません『スリープ』」
クレアはアカツキの顔を持ち上げ、頬に触れながらスリープを唱え眠りに着かせる。
「ワーティ、どう思う?」
「多分肉体的な事や魔法によるものではなく精神面で何かあったんでしょう!!」
「ていうかよぉ、おめぇは四六時中叫んでるくせに何で俺らが大声出すと驚くんだよぉ。何年も付き合ってきたがよぉ、全然わかんねえわぁ」
「自分が叫ぶのは良いんです!!だけど他の人が叫ぶとびっくりするんですよ!!」
そんなよくわからない持論を堂々と言い出したワーティ。
それを呆れた顔で見るシーナとユグドの二人に心配そうな顔でアカツキを見るクレア。
「クレア、おめぇも知らねえのかぁ?」
「分かりませんよ、でも...。出来れば皆さん、この事は黙っていてくれませんか?」
「何故だ?」
「...多分ですけど、分かるんです。こうなった原因が」
クレアは眠りに着いたアカツキの頭を優しく撫でる。
その顔はどこか悲しそうで、三人は何も言えなくなる。
「きっと...。弱かったんでしょうね」
「どういうこったぁ?」
「いえ、何でもありません。シーナさん学院都市に着くのはいつ頃ですか?」
「このまま何事もなく移動出来ればだけど。ワーティの改造馬なら...。そうね、二、三時間ってとこかしら」
無理矢理に話を反らしたのは簡単に分かったが、これ以上話そうとはしないであろうクレアに何も言わずにため息をつきながら外を見る。
そこでユグドはあり得ない光景を目にした。
「どうやらよぉ、相手さんは見逃すつもりはないみてぇだぜ」
「そんな...。この速度にあの巨体が付いてこれるはずが...」
そう言いながら外を確認したシーナはその光景に唖然となる。
「あわ...あわわわわ!!分裂なんてやりたい放題じゃないですか!!」
そう、あれほど大きな巨体を持った魔獣が小型化して馬車の後を付いてきていた。
「ワーティ!!おめぇさっきまで外見てたのに何で気づかなかったぁ?」
「アズーリちゃんに怒られたらどうしようって!!目を瞑ってたの!!」
「バカがぁ...。だからおめぇが言わなければそんな心配をしなくて良いんだってのによぉ...」
呆れ果てたユグドだが、ゆっくりと立ち上がり剣を抜く。
「まずは一発、粉々にしてやるぜぇ害虫共ぉ」
剣を抜き、ひゅんと空を切る。
たったそれだけの動作だった。だがその無意味なはずの動作は圧倒的な破壊力を有した攻撃となる。
一瞬空間が歪んだように見える。その直後に分裂した魔獣の過半数が大きな爆撃音のような音とともに跡形もなく砕け散る。
「二撃目をやりてぇとこだが、巻き添えを食っちまうかもしんねぇなぁ。ワーティ、どうにかしろぉ」
「相変わらずユグドさんの残撃はうるさいです!!」
「残念ながらこういうもんなんでなぁ」
ユグドの攻撃はあの場所に残っている。
それがユグドの持つ魔力の性質を利用した斬撃ならぬ残撃。その場に攻撃を残し、好きなタイミングで攻撃を開始出来る。そして剣に帯びさせているのは爆発系統の魔法だ。これのコンボがとても相性が良く扱いやすい。だがもう一つの魔力の性質上そう何度も攻撃を繰り出せない。
これは生まれつきというより、後天性の魔力変質によってユグドも予期できなかった能力だ。
それは攻撃をすればするほど威力が上がるという便利な能力なのだが、その分魔力の消費量が増え、何より自分でその威力を制限出来ない。いくら威力を弱めようとしても、勝手に一発一発の威力は上がっていく。
その為連続で使用すれば魔力は底を尽き、その攻撃の破壊力によって巻き添えを出すこともあった。
「仕方ないです!!ここはワーティの凄い所を見せてあげますよ!!」
大きなリュックをごそごそと漁り出し、中から小さなの猫のロボットを取り出す。
「じゃじゃーん!!特注(自作)魔道具『招かれざる猫プロトタイプ』!!」
「ひでーネーミングセンスだなぁ」
「ふっふっふ...。『招かれざる猫』の威力を見せてあげます!!」
そう言って躊躇無くその愛くるしい機械猫を残った魔獣の集団に投げる。
「後はバーストー!!」
ワーティが叫ぶと馬車の速度が一気に加速する。
「これも特注(自作)試作型魔道具『スーパーバースト』!!一気に馬車のスピード!!機動力を増加させる!!」
「なら最初から使えよぉ?」
「ワーティの科学に完璧という二文字無し!!」
「おめぇ!!まさかぁ!!?」
急にテンションの上がり出したワーティは眼鏡をくいっと上げる。
「これは人間には操作できない、いわゆる制御不能です!!」
「なに胸張って言ってるんだよぉ!!バカがぁ!!?」
「そして『招かれざる猫』の機能は...」
ユグドにはこれも悪い予感しかしない。シーナはもう既に慣れてしまったのか、どこか遠い目で呆然とどこかを眺めている。クレアはアカツキとナナを掴みながら、大きく揺れる馬車の中でうつ伏せになっていた。
「その場一体を空間ごと一時的に切り抜きます!!そして!!弱点は五秒だけしか持たないこと、その後二週間の間頻繁にその空間切り抜き現象が起きます!!」
「おめぇは後先考えろやぁ!!この道は行商人達が使う正規ルートだぞぉ!!」
「ふっふっふ...。これだから科学はやめられない...!!失敗の先にある完璧を求めて!!」
「カッコいい風に言ってるけどなぁ!?結局は迷惑掛けてばっかじゃねえかぁ!!」
「科学も人生も綺麗事だけでは上手くいかないのですよ!!失敗を繰り返して成長する!!なんと良い言葉でしょう!!」
もはや狂気に近いその言動、しかしこれだけではワーティが止まらない。
「『招かれざる猫』は時間稼ぎ!!本命はこっちですよ!!」
またもリュックの中から不便利アイテムを取り出す。
「こういう機会がなければ実験は出来ませんからね!!これこそ最強にして最凶の兵器!!『五月雨は鋭く僕に突き刺さる』!!名前の通り雨を起こす豊穣をもたらす兵器!!しかしその裏側に隠された事実は鋼鉄をも貫く殺傷性に特化した雨を一週間降らせるという生態系を破壊する能力ぅぅぅぅぅぅ!!!?」
小さな小瓶を投げようとしたワーティを間一髪で押さえ込み、その手から奪い取るユグド。
「おめぇ!!普段使えねぇやつばっか使ってんじゃねぇ!!」
「ああ!!生産費白銀貨一枚というお金と欲望に満ち溢れた兵器が!!」
「欲望ってなぁ!!?あーもうめんどくせぇ!シーナ!!さっさとあの害虫をやってくれぇ!!」
狂い始めたワーティを羽交い締めにしながらユグドは叫ぶ。
その光景を呆然と見ていたシーナは自分が呼ばれたことに数秒遅れで気付く。
「あ、ごめんなさい。皆無事だった?」
「おめぇ本気で意識飛ばしてやがったのか!!?」
「よくワーティを止められたわね。それじゃあ次は私の番」
未だに暴れ狂うワーティを押さえているユグドの横を平然と通るシーナ。
今の馬車の速度はワーティのバーストによって改造馬達が全力疾走しているため、先程の三倍近いスピードだ。揺れも当然大きくなるためクレアも立つ事すら出来ない。
ワーティもユグドもシーナもそれにも関わらず平然としている。
「皆さん凄いですね」
「職業柄そういう風に鍛えなくちゃいけないんでねぇ」
「そういえばまだ何も聞いてませんでした。皆さんは何を仕事にしてるんですか?」
「ありゃあ、そういえばまだ言ってなかったなぁ」
ユグドは着ている服に着いた小さなバッジをクレアに渡す。
「見れるかぁ?」
「はい、何かに掴まってれば大丈夫です」
「そうかぃ」
クレアは手渡されたバッジを見て唖然となる。
「魔獣専門の討伐部隊バーサーカー...?」
この世界での災害は今のところ魔獣による侵略や破壊などの魔獣災害と地震などの天災によるものが主である。その他にも一部の狂人達により引き起こされた大惨事などもあるが、今は気にしないでおこう。
天災は防ぎようが無いため、その後の復興に重点が置かれている。しかし魔獣災害は事前に災害を起こすであろう魔獣を特定し速やかに排除すれば防げる。
しかし今回のエイ型の魔獣を見れば分かると思うが、一体一体がとてつもなく強力な能力を備えている。
その魔獣討伐に特化した部隊がバーサーカーと言われる全都市共通認識の一つだ。
このような特殊部隊の特徴としては恐るべき力を有することに自分達の意思で都市に入る事ができる事だ。
72の都市の中にはある条件を満たさないと入る事を許可されない都市もある。そういった条件を満たさなくても入れるというのは数十年前にあった魔獣を使った他都市侵略という前代未聞の事件後に全都市に無断侵入しても裁かれないという条件を飲ませた。これによって特殊部隊に入る為の試験も難関になった。なにせバレないように侵入しても裁かれないというのだから、当然邪な考えを持つ輩が増える。
よって正義感に溢れ、力を持つものしか入る事が出来ない。
この三人(特にワーティ)を見たら正義感?と思うだろうがそこは気にしないで頂きたい。彼女も彼女なりの正義があるはずだから。
「まあ、そんな訳でアズーリに頼まれた護衛の口実として魔獣の視察って名目にしてあんだよぉ」
「なるほど...」
「しかしなぁ。ここまで好戦的な魔獣とは思わなかったぜぇ」
「大丈夫なんですか?」
「シーナは一応俺らの班のリーダーだかんなぁ、実力は確かだぜぇ」
しかしそのシーナもユグド達の後方で立ったままである。クレアから見たら何をしているか分からないがユグド達のシーナに寄せる信頼から疑う事はしなかった。
「シーナの奴はかなり特異な体質でなぁ。あんたなら分かってると思うがぁ、本来魔法ってのは言葉にする事が発動条件だよなぁ」
「はい、奴隷の時に習った話だと言葉にする事で脳が魔力の供給を高める。しかし極一部の人間は無詠唱による発動が可能だと聞きました」
「そりゃあ実は関係ないんじゃねぇかって話が最近の魔法学者達が言ってんだぁ。たしかに魔法を使用する際には脳の動きが活発になってるらしぃ。だがその働きが魔法の発動を補助してるだけらしいんだわぁ」
クレアには今一話が掴めない。その証拠に先程から真剣に話を聞いて入るが、しきりに首を傾げている。
「そうだなぁ...。もうちっと話を聞いてれば分かるはずだから一応聞いといてくれやぁ。」
そこからユグドの教習が始まった。かなり長く続いたので要点だけを言おう。
今までの魔法の発動条件は術式という遺伝子の様に複雑なものを体で覚える。その際の方法は見る事、またはその魔法を受ける事だ。しかし、一度見た瞬間に覚えることは難しいためその後の修練が必要だ、覚えるスピードは生まれつきの魔法の親和性に抵抗性で決まる。親和性が高ければすぐに習得でき、抵抗性はその魔法が効きづらいというのではなく、ただ単に苦手なだけである。
そして二つ目はその魔法を唱える際に使用する魔力が足りるかだ。これはいつか説明した気がするが、魔力の多さはその者の器次第で決まる。
三つ目は使用する魔法の名称を口にする事、これは脳にこの魔法をを使うぞと合図し、体から魔力を集中させる為に必要とされてきたが、無詠唱で魔法を使用できる者と詠唱によって使用できる者の脳波を調べたところ魔力の供給量はほとんど変わらなかったそうだ。それどころか無詠唱の場合の方が供給魔力量が上回る結果も出てるらしい。しかし無詠唱の場合、炎系統の魔法説明すると一瞬辺りに炎が目視出来る為、無詠唱=最強という訳ではない。結果詠唱しなければいけないという法則に縛られ過ぎてるのではないか?という議題が出され研究中だ。
「ここまでは分かったかぁ?」
「...ふぇ!!」
「おめぇ...。疲れてるのは分かるけどなぁ、人の話で寝るのは良くねえぞぉ?」
「す、すみません。色々と有りすぎて」
「たしかに現在進行形で起こってるがぁ、よく寝れんなぁ...?」
そうだ。今も後ろには数百に分裂した魔獣が馬車の後を付いてきている。
しかしクレアはそれよりも馬車の揺れに馴れてきたのか、心地よく感じ眠気襲ってきていた。
「だ、大丈夫ですよ!!うっすらとなら覚えてますから!!」
「おま...」
「力を緩めましたね!!」
ユグドの言葉を遮って叫んだワーティはそのままユグドの顎目掛けて頭を突き上げる。
「当たるかぁ!!このインテリ気分屋サイコパスがぁ!!!」
それをするりと避けたユグド。
「言いましたね!!そのあだ名はワーティが禁止したのに!!」
「てめぇは勝手に割り込んでくんなやぁ!!」
「その話は団長に今は話すなって言われたじゃないですか!!」
「そうだったけか?」
「またボケですか!!?冗談は中二病みたいな傷の付いた顔にだけにしてください!!」
ワーティはビシッと指を前に突き出す。
「おめぇなぁ!!?言って良いことと悪いことぐらい判断出来ねぇのかぁ!!?このクソ眼鏡が!!」
「また言いましたね!!これで付けられたあだ名は五つ目です!!これ以上は許しませんよ!!」
どんどんヒートアップしていく二人の会話をシーナが迷惑そうに止める。
「少し静かにしてて、この量の敵を一気に足止めするのは集中するの」
「う...。申し訳ないです」
「しゃーねぇか」
たったその一言で二人は大人しくなる、シーナの注意に若干殺意も混ざっていたように思えたが...。
「足止めですか?」
「そうだぁ、どうせこの魔獣には隠してる力があるはずだからなぁ。ここで完全に仕留め切れねぇよ」
「そろそろ時間です。一応ワーティの試作品『暖房毛布』を渡しときます」
ワーティがリュックの中からやっと真面目な発明品を取りだし、人数分毛布を配る。
「これは大丈夫なんだろうなぁ?」
「これはワーティが深夜テンションで作った真面目な発明品です!!」
「なんで深夜テンションで真面目な発明品なんだぁ?普通逆だろうがぁ」
「...それが普通ですよ?」
「話が噛み合わねぇなぁ」
ユグドが悩んでいると、空模様が急に怪しくなっていく。
「お、もう時間かぁ。俺らは馴れてるから大丈夫だけどなぁ、お前らにはちと厳しいかもしれねぇ。出来ればそこの三人で寄り添っておけよぉ」
「寄り添うって...。そんな」
「お前なぁ...。普段は大胆だったんだろぉ?」
「な、ななな、何を言ってるんですか!!」
ユグドのからかいに動揺するクレア。ユグドは更に追い討ちをかけていく。
「パジャマ姿とか風呂上がりに突撃とかなぁ、何でこの坊主が気付かねぇのか不思議なくらいだぜぇ?」
「クレアさんは乙女なんですよ!!乙女心の分からないおじさんには分からないと思いますよ!!」
「お前と俺は同い年だからなぁ?それは自分がババァって言ってるのと同じだかんなぁ」
ユグドの反撃によってワーティはバタンと倒れる。
「そんな...。ワーティはこのおじいさんと同じ年なんて...。死のう」
「てめぇは本当に気分屋サイコパスくそ眼鏡だなぁ!!?」
「あ!!掛け合わせましたね!!もう許せませんよ!!?」
二度目の口喧嘩に発展した二人に、何故か顔を赤くしながら毛布に入るクレア。
その光景を見ていたシーナは、はぁ...とため息を漏らす。
しかし今度は何も注意せずに魔力の制御を行い始める。すると雪が止み、今度は冷気が辺りを満たしていく。
「お...来るかぁ?」
「今回は随分と時間が掛かりましたね!!」
「あなた達がうるさいからよ...」
ユグドは試作品『暖房毛布』を羽織り、見せ物を見る観客の様に外を覗いている。
ワーティは寒さに弱い機械があるので壊れないよう守る為、一人で五枚使用しリュックと同化する。
それを確認したシーナは空に手を掲げる。
「ちゃんと顔も守っておけよぉ?地面に着弾したら一気に冷気が駆け巡るからなぁ」
「は...はい」
クレアにとっては既に寒すぎて先程までの恥じらいを捨て、三人と寄り添っている。そのまま顔も毛布に突っ込むとそのまま動かなくなる。このワーティの作った暖房毛布はその名の通り暖房と毛布を掛け合わせた物であり普通に市販しても売れるレベルの完成度だ。
その間にもシーナの魔法は刻一刻と完成しつつある。
主を守るかの様にシーナを包み込んでいく白い霧に、空に生成された巨木の様な太く長い三つの氷柱。
誰の目線からでもこの氷柱を見ればどんな戦いにも決着が着くと思うだろうが、ユグド達三人にはこの程度では魔獣を殺す事は出来ないと確信している。これ程の殺す事だけに特化した氷柱でも足止めだ。
それほどまでに魔獣は手強く、厄介なのだ。
「分裂体の数は三百十六体ね、クレア達は二分間位音が止むまで顔を出したら駄目よ。ユグドは勝手にして、ワーティは...。もう隠れてるわね」
「準備オッケーです!!」
それじゃあ、とシーナは掲げていた右手を下ろす。
そこからは爆音と物凄い冷気でクレアにはどういう状況なのか分からなかった。
やがて音が止み、外を確認する。
「これは...」
圧倒的な暴力とはこれの事だろう。地表を深くまで抉り、天候にも影響与える程の威力。
雪がちらほらと降る中、ワーティが小さな掃除機の様な物で凍った馬車を手際良く溶かしていく。
「これがシーナの特異体質でなぁ、異常に氷との親和性が高いんだぜぇ?氷で武器とかも作ったりできるからな、便利だよなぁ。しかも異常親和は魔力の消費量も抑えるんだ、あんたらが知ってるクセルって奴の上位互換って考えてくれぇ」
「ワーティ、もう動けそう?出来ればすぐに移動を開始したいのだけれど」
せっせと凍った馬車を溶かしていくワーティは僅か三十秒で解凍し終えた。
「大変でしたぁ...。これ魔力を使用するから怠いんですよ」
いつもの様に叫びながら喋るという事も出来ない位くたくたに疲れたワーティはリュックを枕がわりにして『暖房毛布』にくるまって眠りにつく。
「じゃあ出発ね。シト、ネト、移動を始めて」
二頭の馬はぶるぶると猫の様に震えた後、凍った大地を走り出す。
「この後は何事も無ければいいわね」
「一応ワーティの奴が魔除けをしてたみたいだしなぁ、安全に学院都市に着けるだろぉ」
クレアはそんな会話に耳を傾けながら後ろを振り向く。
そこには無数の分裂体が赤く目を輝かせながら、こちらをじっと見つめていた。
ここでやっと気付いた補足。
銅貨などの貨幣の現実額
銅貨-100円
銀貨-1000円
金貨1万
白銀貨10万
という事でアカツキはあれだけの大金を祭りの開催資金に充てました。
ですが開催資金と言っても花火や現実世界の出店を再現する為の開発資金に殆ど使い切りました。
それほどまでにお金と労働力を使用した、農業都市最大規模の祭りとなりました。
あとワーティは書いてて楽しかったからこれから結構使うかも