<最悪な旅路>
遅れてすみません...
不規則に揺れる馬車の中でボーッとしながら外を眺めてる。
あれほど鮮明に記憶に残る戦いのあった農業都市は遠ざかっていく。
農業都市の外側にある大きな畑には平和に農作業をする親子達も居た。
今も奴隷は居るのだろうが、それでもいずれは皆平等になるだろう。
遠ざかっていく農業都市を見ていると、何だか悲しい気持ちになる、しかしそれとは別に新しい都市に行くというワクワクもある。
「はぁ...」
「ため息をつくなんて、どうかしました?」
こっそりとしたつもりだったが、どうやら聞こえていたようだ。
「いや、気遣ってくれるのは素直に嬉しいよ。だけどさ、大量のお菓子をこれみよがしに見せつけるのやめてくれる?」
「これほどのお菓子の山を見て何も思わないんですか!?」
「いや...。そんなお菓子でテンション上がる奴なんて...」
居ない、そう言いきる前に気づいてしまった。
ナナが目を輝かせながら、興味しんしんな顔でお菓子に手を伸ばすところを...。
「おい、そこの薄い奴」
「あんた!!今どこを見てんの!!」
「折角俺が否定しようとしたのに目を輝かせやがって、お前はもう少し大人だったと思ったんだけどな」
俺が失望していると、ナナがお菓子の山に興味を持っていることに気づいたクレアは、少し笑みを浮かべる。
「...なーんだ、ナナちゃんもお菓子が欲しいんですか?ほら、ほら」
「やめてよ...。そんな甘口ちゃんを見せつけないでって...。早く頂戴」
「良いですよ、ただナナちゃんにはお菓子同盟に入ってもらいます。そしたら、甘口ちゃんをあげましょう」
「うーん...」
いや、そこで悩むなよ。てかお菓子同盟ってなんだ?
そんなもの一回も聞いてないぞ?
「ほらほらー、良いんですかー?甘口ちゃんが待ってますよ?」
「うう...。分かった...。入るから、それ頂戴」
「よし!!これで五人目です!」
甘口ちゃんの誘惑とクレアの押しに負けたナナはお菓子同盟という謎の同盟に入ってしまった。
ちなみに甘口ちゃんというのは一口サイズのチョコレートのみたいなものだ。
他にも中辛君に辛口さん、激辛様というものまである。中辛君までは食べれるが辛口さんからはもうチョコレートというよりは唐辛子をそのまま食べているようなものだ。平然と激辛様を食べていたクセルから一口貰って食べたら、口の中が痛いというより、焼けるような感じだった。しかもそれが十分は続いた。
「美味しい」
甘口ちゃんを幸せそうに食べているナナ。
「なあ、お菓子同盟っていつ作ったんだ?」
「お菓子同盟は、六日間アカツキさんが働いていて暇だったから、オルナズさんと結成しました」
こいつ!おれが六日間各地で暴動を収めている時に!!
「それで?オルナズ以外に何人居るんだ?」
「少数精鋭部隊ですよ。オルナズさんにシラヌイさん、アルフちゃんにアズーリさんも。アズーリさんはオルナズさんに若干強制気味に入れられましたけど。そして、今回新しく加わったナナちゃんに私を含めて六人です」
「オルナズは子供だから暴動を止めるのに行かなかったから入ってるのは分かるけど、何で会ってすぐの筈のシラヌイまで居るんだ」
「あの人は匂いで気づいたんですよ。私たちから漂うお菓子の匂いに....。正直に言うとオルナズさんが誘ったんですけどね」
「おい、前半はどうした」
「ノリです」
クレアはお菓子の事になると若干だがテンションが上がる。
幼い頃から好きだというのは本人が言っていたので分かっていたけれど、ここまでとは思っていなかった。
「とりあえずお菓子の件はいい。それよりも今どこに向かってるんだ?」
「あれ?アズーリさんから聞いてなかったんですか?」
「いや、その都市を治めている昔の友達への手紙は渡してくれたけど...」
「ああ、そうでしたね。アカツキさんは字が読めないんでした」
「残念ながらな」
だからこそ書類関係の仕事ではなく、肉体労働系の仕事だったんたけどな。
「まじで?アカツキは字が読めないの?」
「おい、あの時はスルーしたけど俺は年上ですよ?その言い方はどうかと...」
「じゃあ鬼畜でいい?」
「おい!!そんな事を教えたバカな奴は誰だ!!」
「え?アズーリが、あいつは女の敵だから気を付けてって言ってたよ」
そんなありも...。ありもしない...風評...を。
あ、駄目だ。アルフの下着にアズーリを女と見極めた時、色々とあるわ...。
「他にも女を影で舌舐めずりしながら覗いてるって」
「おい!!それは嘘だからな!?」
「良いんだよ、あんたも男だし」
「まじだぞ!!?俺はそんな変態な事をしてない!!」
このまま旅をしていく以上ここで信頼を失うのは最悪だ。
これから蔑まれながら一緒に旅はしたくない!
「じゃあこれからはもうしないって言ったら信じてあげる」
「おいおい、俺はまだお前には何もしてないぞ?」
「ねえ?今まだって...」
「ああ、ごめん。今のは無しで」
「ふーん...」
やばいっすね。ナナのゴミを見るような目、これはいよいよ俺、変態認定されちまうよ。
「別に気にしてないから良いよ」
「まじで?」
「だから大丈夫、あとはこれから近くに寄らないで」
「気にしてんじゃねえかよ!!」
先程から叫び続けるアカツキをクレアは止めようとする。
「アカツキさんもナナちゃんも魔除けをしてるからってあんまり騒がないで下さい。もうここは外なんですよ?」
「そうだった。気を付けないとね」
素直に反省するナナ。
だがアカツキにとってその魔獣というのは農業都市内で見た犬型の人造魔獣しか見たことが無いので、あまり危険だという実感が湧かない。今のアカツキが神器を持っていないとはいえ、あれぐらいの魔獣なら簡単に倒せるのではないか?という考えすら持っている。
「うーん...。魔獣ってのがどれくらい危険なのか分かんないな」
「あんたが相手にしたのはあくまでも人が造り出した理論上魔獣に近いなにかだから。本物は滅多に現れないけど、それは恐ろしい魔力に特異な技も使ってくるんだよ」
「そうなの?強さで言えば?」
「百年間生きた魔獣が行商人とその護衛30人を殺したって事件が前にあったはず」
「やべーじゃん」
「だからクレアの言う通り大人しくした方が良いよ」
俺的には魔獣ってのはその辺にうようよ居るものだと思ってたんだけどな。
そもそも、そのゲーム的な考えはこの世界じゃ通用しないって訳か。
うーん...。これは色々知らないといけない事が出来たな。
「そう言えばその行商人さん達の亡骸が発見されたのはこの近くでしたね」
「たしか、私達と同じ場所に荷物を届けようとしてたんだっけ」
「まじでか、てかそろそろ向かってる場所を教えてくれよ」
字が読めないってのは本当に不便だ。
「学院都市だよ」
「...は?」
「そうです、アズーリさんが字も読めないし、初歩的な魔法の術式も知らないんじゃ大変だろうって」
「いやだよ、字はお前らに教えてもらえば良いし。そもそも今の俺の体質からして魔法は使えないと思うんだが?」
「そう言うだろうという事でアズーリさんから言伝てがあります」
あいつ....!!
クレアはお菓子の詰まったリュックとは別の小さいポーチから手紙を取り出す。
「やあ、頑固なバカツキさん」
「殺す」
最初からいきなり飛ばしてきたな、あの男女は!!
「感想は終わってから言ってください」
さて...と言葉を続ける。
『君の短絡的な思考ならこう考えてるはずだよ。魔力をほとんど生命維持に使用してるから、魔法を使えるはずがないって。だけど残念ながら、君にも魔法は使えるんだ。例の件以来君は通常誰でも行っている魔力循環のサイクルが適用されない。君は魔力を他者から与えられることでしか魔力の補給は行えない。ただそれだけのことだよ。君は一時的だが魔力量が人間の領域を超えた。そのデメリットが魔力循環の崩壊、しかし逆に得たものもある。それは常人を遥かに超える器。君はその器を満タンにすれば僕の予想だと二、三ヵ月は平気で過ごせる。君の器を満たすには僕と七人が協力しても不可能だけどね。これも予想だけど、君の器を満たすのに必要な人数は平凡的な魔力量を持つ者なら二百五十人程、僕の魔力量で考えるなら百人は必要だ。だから君は魔力を1日おきに補給してもらえば魔法も使えるんだ。だけど、魔法っていうのは術式を知らないと何も使う事が出来ない。魔法を使う為の条件はそれを唱えるだけの魔力を保有している器と知る事だ。人が魔法を創り出す事も出来るけどそれは新しい世界の法則を生み出すこと、並大抵な努力では不可能だね。
そんな訳で簡単にまとめると君は器だけは大きく、術式を知れば普通の人以上に強力な魔法を使う事が出来るそしてこの世界の字も覚えていない=勉強という結論に至った。そして偶然僕の昔の友達が治めているのが学院都市って訳だよ』
「えー...。魔法を使えるのは嬉しいけど、まさか異世界に来てまで勉強をしないといけないのか...」
「その魔法を使うのも結構時間を必要とするけどね。魔力を使うってことはあんたが生命活動に使う魔力を減らすようなもんだから、私達だけで魔力を補給するとなると一回の上級魔法を放つのに2日は必要だよ」
「まじか!」
「当たり前でしょ?アズーリが言っているのはその人が持つ全魔力を注ぐってことだから、私達も魔法を使うし、そんな大量に補給出来る訳ないでしょ」
結局は魔法を使えないから、あんまり使えないに変わっただけだな。
俺の自己責任だから仕方ないっちゃ仕方ないけど...。
「そんな落ち込まないで下さい。魔法は使えるんですから、良かったじゃないですか」
落ち込んでいるアカツキを慰めるクレア。
ナナは二箱目の甘口ちゃんを開けて、幸せそうに食べている。
直後、そんな平和を一瞬でぶち壊す出来事が三人を襲う。
『キュウウウウウウウウウッッッッッ!!!!!』
甲高い雄叫びが辺りの草木を震わせる。
「な...!!」
「耳が痛い...」
「皆さん!大丈夫ですか!!」
「おい、そんな心配なんて...」
する必要があった。
クレアの視線の先には首を切り離された馬、それを操っていたおじいさんも右手を切り落とされていた。
「うわ!!」
急な失速により、馬車はバランスを失う。
咄嗟に反応したナナとクレア、ナナはアカツキの手を掴み、クレアは苦しそうに手を押さえているおじいさんを掴み、馬車から飛び降りる。
「クレア!そっちの状況は!!」
「とりあえず凍らせて流血を止めました!けど、早く手当てをしないと!」
「こっちはアカツキも私も無事!まずはそこの林に隠れるよ!!」
「はい!!」
ナナの的確な指示によって、誰も死ぬ事はなかった。
だが状況は...。
「おっさん、大丈夫か?」
「ええ...。痛みはありますが、流血を止めてもらったおかげで死ぬ事はなさそうです」
「それは良かった。ナナもありがとな」
「別に良いよ」
どうするか...。このまま隠れてたらおっさんの傷を凍らせてるとはいえ、危険な事に変わりはない。
だけど、敵がどこに居るかも分からない状況で出ていくのは危険過ぎる。
「ナナさん、あの雄叫びに鋭利な刃物に切られたかのような切り口。これは多分...」
「例の百年生きた魔獣だろうね」
「誰かその魔獣の特徴とか見た奴は居ないのか?」
「発見されたのは切り刻まれた大量の死体にその魔獣が残したであろう微弱な魔力だけだよ」
「おっさんは?」
「そこのお二人と同じで、その他の情報は...」
くっそ!!
「でもさっきの雄叫びの方向から察するに、多分魔獣は空を飛んでるっぽいよ」
「たしかにそうだけどな...」
ここで普通に考えれば鳥型の魔獣だと思うけど、違うだろうな。
そもそもこの世界の生物を俺の知ってる世界と比べてはいけない。この世界での生物がどんな進化を遂げてるか分からない。
「ここら辺の木々のお陰で位置がバレる事は無いと思うけど、万が一に備えていつでも逃げれるようにしとこう」
「私もその考えには賛成。だけど空から来る化け物相手に逃げ切れるとはあんまり思えない」
「敵さんの姿、あわよくば今どこら辺に居るか分かれば良いけど、それは無理か...」
「ここから出て確認すれば、敵にも位置がバレるからね。やめといた方が良いよ」
やばいな...。この林から移動すれば攻撃される。だけどそんなに悠長にしてたら、おっさんの命が危ない。
いくら凍らせてるからって、痛みはあるし、溶けたらまた凍らせるの繰り返しだと手の傷だけじゃなくて腕が凍傷になる可能性もある。
どうにかして打開策を見つけねえと!!




