農業都市~その後~
「アラタ、グルキス、もう行ったよ」
遠ざかっていく三人を見送りながら、アズーリは後ろで隠れている二人を呼び出す。
「ごめんね、手間かけさせちゃって」
「別に良いんだよ、友達の頼みなんだから。ただ...」
「ただ?」
「嘘なんていうのは必ずバレるんだよ?その時はどうするのかな」
「...僕達が二年間ナナと関わらなければ、彼女は生き残れる。なら後でいくら怒られようがそれで良いよ」
神妙な顔つきをするグルキス。
「僕もそのおじいさんの助言通り動いたんだけど、その為に仲間がたくさん死んでいった。おじいさんの占いは得るものと失うものが平等だ。そして今回の得たものが一人の命、失ったものは多くの命。本来死ぬべきだった人を生かすっていうのは、それほど代償が大きいってことだ。世界っていうのは本当に上手く出来てるよ」
空を見上げながら、そんなことを口にするアズーリ。
その瞳は雲ひとつない青空とは反対の暗い闇を宿していた。
「代償か...」
「お前ら、その話も良いが早くヴァレクに会いに行くぞ」
アラタが急に話題を切り替える。
「そんなに焦らなくても大丈夫だよ、もう僕の兄は動けないんだから」
アカツキ達はこの話を何も知らない。
それは七人全員で決めた事だった。農業祭の前日に発見されたヴァレクの亡骸はこれからの彼らの行動を制限しかねなかったからだ。
アズーリの屋敷の地下深くの霊安室にたどり着いた三人はヴァレクだったものをもう一度じっくりと確認をする。
体には一切外傷は無いが、頭部だけが存在しない。
それが意味するものはヴァレクの持つ知識を欲しがる人物が居るということだ。
「これをそのまま全都市に見せたら、戦争の引き金になりかねないからね、七人以外は誰もここには入れていない。兄の持つ知識はそれほどまでに危険だ。ツァリパと契約しなかったら、誰も兄を止められなかった。ツァリパは常に兄の足枷だったんだ。全く...どこまでも愚かな兄だよ。努力をすれば、僕すらも簡単に追い越せたのに、簡単な道ばかりを選ぶからこうなったんだよ」
実際ヴァレクの体のままであればアズーリは女神に送る事は出来なかった。
あの時にツァリパの体だったから、女神の無くした悪夢が具現化していたからこそ、神送りが成功したのだ。
「どうだったんだ、女神とやらは」
「普通の女の子だったよ、そう...。普通のね」
「...そうか。それで持っていった犯人は特定出来そうか?」
「まあ、大体はね。多分機械都市総取締役ナゼッタ・カルナイサ、兄と深い関わりがあったにも関わらず、戦いには参加せずに機会を伺っていたんだろうね」
「ヴァレクの知識だけが欲しかったって訳か」
「そうだろうね、ジューグにも友にも裏切られ...。どういう気持ちだったのかな」
アズーリはもう一度もう動かない兄を確認する。
頭部だけがなく、横たわる亡骸からはもう何も感じられない。
「兄さん...。一体何のためにそこまで闇に身を委ねたんだ」
しかし答えはもう返ってこない。あれほど感じた膨大な魔力ももう何も感じられない。
...
【農業祭前夜】
ヴァレクは何もない白い空間で目を覚ます。
「...ここはどこだ?」
たしか僕はアズーリに女神の下に送られ...。
「ようやく目を覚ましましたか」
「誰だ」
声のする方向へ目を向けると、何も無い空間に扉が出現し中から透き通るような紫の神に、水色の瞳をした女性が立っていた。
「お前が女神か」
「言葉に気を付けろ人間、私は今怒っている。今すぐにでも魂ごと消し去りたい程に」
今逆らうのは自殺行為だな...。
「これは申し訳ない。あなたが女神か」
「そうです」
「何の用で?」
質問をしても何も答えずに女神は、無言でヴァレクに近寄る。
咄嗟に逃げようとするが、まるで椅子に固定されているかのように、身動きが取れない。
女神はヴァレクの手前で止まると、容赦なく顔面に蹴りを入れる。
「ごぶっ!!」
「何の用ですか?それを自分で言いますか。私から悪夢を奪っておいて何を偉そうに。貪欲な人間よ、貴様らが奪ったのは私の十二の神器に三大悪夢に留まらなかった。私から罪も奪ったな?それを手にした者達を全員教えろ。暴食に色欲、強欲、憂鬱、憤怒、怠惰、虚飾、傲慢、嫉妬これらを手にした人間の末路は廃人か狂人どちらかだ。それ以外にも希望に絶望と、全てを奪っていった。ここまでしてくれたのは始めてですよ、愚か者め」
ヴァレクはくく...と小さく笑みを溢す。
「無駄だ!!女神よ、貴様の創ったこの矛盾の世界はもう止まらない!!全てを踏み台にしていずれここにも到達する者が現れる!!そうなれば貴様も、この世界も終焉を迎える!!今からが楽しみだ...」
「ふん...。だからこそ、アカツキを送りました」
「無駄だ、無駄だ!!運命を断ち切る事が出来る断罪者とて、世界の崩壊は止められない!!」
「狂人が...。まあ良いでしょう、まずは悪夢を返してもらいょう、そしてここで罪を洗い流せ。その後はアズーリ達の役目ですから」
そう言うと女神はヴァレクの心臓を素手で貫く。
「が....ば!?」
しかし流れてきたのは血ではなく、どす黒い闇だった。全てを塗りつぶすような漆黒はヴァレクの心臓から溢れ、やがて球体になる。
「これは私の悪夢」
漆黒の球体を掴み、それを口に運ぶ。
ゴクンと音を立てて、球体を飲み込むと異変が起こる。
「う....ぐぅ....あ」
女神の体が一瞬だけ黒く光る。
「やっと戻ってきた、後は2つの悪夢...。待ってて、きっと貴方を取り戻すから」
女神は虚ろな目をしながら再び来た道を戻り、扉の中に入っていく。
「あ....はあ....はあ...。まだだ、ツァリパを奪われたぐらいで止まるかぁ!!」
一人残されたヴァレクは何もない部屋で叫ぶ。
「絶対に...。あの頃に...あ..ぐぁ...!」
少しずつ意識が朦朧としてくる。
「くそ...。出口....出口はどこだ」
それでも自分の体に鞭を打ち、何もない空間からの脱出方法を模索する。
その時...
「なんだ...これは..!?」
ふと熱を感じ、振り返ると先程まで何もなかった空間が地獄のような光景に変わっていた。
少しずつ空間を支配していき、やがて全てが炎に包まれた世界に変わる。
「ああ...。あああああああ....」
炎に包まれた世界でも一際目立つ火柱から巨大な足音が近付いてくる。
それは今まで一度も感じた事のない、魔力とはまた違った異質な力を辺りに撒き散らしているように感じる。
それもそうだ....。
この世界の炎はこの化け物から生まれていたのだから...。
「灼熱の監獄へようこそ、人間」
「..あ...あ」
「恐怖で声も出ないか、ともあれ、これからお主には百年間ここで罪を償ってもらおう。女神曰く貪欲な人間よ」
炎に身を包んだ巨大な骸骨はそう告げる。
ここから、骸骨までの距離はかなりあるはずなのに、数千度を越えるような熱気。
しかし体は熱を感じるだけで、火傷すらしない。それが恐ろしかった。
「そうそう、一つ言い忘れておった。この世界の炎はお主を殺すことはない。ただ熱を与え続ける。お主の罪が無くなるまでな。ここから脱出する方法を探していたようだが、その脱出方法はこの世界で死ぬこと。しかしここでは舌を噛みきろうと、己の心臓を潰そうと、死は訪れん。お主が死ねるのはお主の罪が洗い流されたときのみ、いやここでは罪が焼き尽くされたときのみだな...。かっかっか!」
なぜ笑える!?
この地獄のような世界でなぜそんな能天気にいられる!!
永遠と続く炎の世界に、体を焦がすような熱、お前こそ地獄にいるのに!!
喋ることすら出来ないヴァレクは心でそう叫ぶ。
「なーに、いずれ慣れる。炎はまるで絵を描くように見え、この熱気も心地よくなる」
ヴァレクの心を見透かす骸骨の一言。
「しかし、ずっと炙られ続けるのは暇じゃろうから痛みも適度に与えるからの。斬殺に刺殺、撲殺など殺せはせんが、退屈せんように痛みを与える。これはわしの善意じゃ、素直に受け取って良いぞ」
ああ...。
この骸骨は狂っている...。そうか、ここで僕は何度も痛みだけを味わい続ける。
どれくらい長いのだろうか...。百年は何日で何時間だ...。
痛みは痛くて、辛いのは楽しいのか...?
ヴァレクは意味不明な事を心で繰り返し言い続ける。
「さて、それでは始めるかのぉ」
骸骨は心の底から楽しそうな声を上げて、大きな刀を取り出した。
それを呆然と見上げることしか出来ないヴァレクはその刀が降り下ろされると同時に心に蓋をした。
切り刻まれ、叩き潰されて体が痛みを感じても、何も思わない。
体が治っていくことすら痛みを感じるようになっても、ただ何も考えずに永遠にも思える時を過ごす。
...
「あ..ああ...あ」
どれくらい時間が経ったのだろうか。
休む暇もなく感じた痛みを感じない。
やっとか、やっとここから...!
そんな淡く脆い希望も一瞬で否定される。
ドシン...ドシン...と響く音。
がちゃがちゃと金属同士が擦れる音とともに絶望の象徴が姿を現す。
「遅れてすまないの、新しい道具を持ってくるのに時間がかかってしまった。さあ、あと七十八年3ヶ月もあるんじゃ、楽しもうかの」
ここで始めてヴァレクはこの状況に絶望し、恐怖した。
今まで心に押し止めていた感情が一気に溢れ出る。
死にたくないいやだいやだ痛いよ助けて父さん母さん誰か助けてここはどこだったけあれ何でここにいるんだ僕はヴァレクであれは誰か苦しい熱い眠い怖い恐い希望も絶望もなんだっけ考えるな痛みに目を背けろいや背けるな骸骨に鎧痛みは悲しみ悲しく哀しい壊れた壊したどうして僕だけ選ばれたのは僕だけやだやだ消えろ嫌
来るな瞑れる潰れる ....
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ヴァレクは迫り来る圧倒的な恐怖から逃げ出した。
「かっかっか、鬼ごっこか。それならわしが鬼じゃな。捕まえたらまずは溶岩でじっくり煮込んでから、ミキサーに入れてやるからの」
「あ...。ばあ..いだい....。たずけて...は..はあ」
全速力で走っているはずなのに、後ろから聞こえる金属音に地響きが近くなっているのは気のせいだろうか。
声が近づいてきているのも気のせいだろうか。
あれほどの巨体であるのに...。子供のように無邪気に笑っているのはなぜだ。
「ほれ...。捕まえた」
大きな影がヴァレクを覆う。
上を見上げると...。
「あ...ああ..」
「まずは溶岩じゃ」
骸骨が口を大きく歪めながら、手を伸ばしてくる。
へなへなと倒れるヴァレクを右手でひょいとつまみ上げ、近くの溶岩湖に投げ入れる。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああああああああああああああああ!!!!!!!!?!?!?!」
体がどろどろに溶けるような感覚を味わう。しかし手を見ても何一つ外傷はない。
ただ痛みだけが心を体を侵していく。
「いやだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
「かっかっかっかっかっか!!気持ちいいか、どれ火力調整を」
失いつつある意識の中で最後に思ったことは...。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい
なにかに謝り続けた。
「もうおしまいか?女神よ」
「ええ、もう百年過ぎましたよ」
...?
ボーッとした意識の中で聞こえる誰かの声...。話し合っているのか?
「なんじゃ、もう少し楽しませてやろうと思ったんだがの」
「時というものは早く過ぎますよ。しかしこれでも人間達の世界では10日経っていないかぐらいです」
「なんと!?それはまた面白い事を聞いた」
「ここもあっちも....」
「........か。まあ、たしかにな」
聞き取りずらい...。何を話してるんだ
「さて...。百年の時を経て、彼の罪は洗い流されました」
「お主、良かったの。これでようやく帰れるぞ」
...帰れる?
ああ...やっとだ!!これでまた...
「道は既に開いています。さあ、投げ込んでください」
「なあ?女神よ、本当にこの黒い穴の先に人間達がおるのか?」
「そうですよ。行っちゃ駄目ですよ、あなたは.....なんですから」
「残念じゃの...。まあ、仕方ないのか」
体を持ち上げられると、黒い穴が真下に見える。
「お疲れ様、達者にな人間よ」
そのまま黒い穴に入っていく。
この感覚は神送りと同じ感覚だ...。
下に落ちているのか、上に上がっているのか、感じたことのない感覚とともに意識が朦朧とする。
このまま目を閉じらなければ、何かが見えそうなのに...。
自分が追い続けていたものがそこにあるはずなのに届かない。
「でも...。帰れるぞ!!僕はまた...!!」
プツンと意識が途切れる。
....
う、ここは...どこだ?
体が重く、立ち上がるのも容易ではない。
すると...。
「おかえり、ヴァレク」
「だ...れだ?」
倒れている自分に向けて、誰かの手を差しのべられる。
「僕だよ、ナゼッタだよ。遅れてごめんね」
「...なぜ今頃来た」
「だからごめんってば...」
「ジューグはどこだ。貴様もあいつもグルだろう」
上を見上げると驚いたような顔をした青年が居た。
しかし、一瞬でそれは笑顔に変わる。
「あはは!!バレてたんだー。いや、正直な事を言うとね、これも全部予想出来てたんだ」
「機械ごときが...」
「僕の本体より劣る機械でも、今の君なら簡単に殺せるよ。まあ、出来ればやりたくなかったけど」
笑い声混じりの声に腹が立つ。こいつも幼い頃からバカにしたよう目で見る奴だった。
ただ実力は十分にあった。自分どころかアズーリよりも...。
「あの女も貴様も結局は僕を殺そうとする!!」
「君ねー。そろそろ僕の真似事をやめなよ、昔は俺だったじゃん。いくら僕に憧れてるからってさ。そういうのまじうざいから」
「......」
「ほら黙り決めちゃって....。まあ、良いや。ジューグ、カプセル持ってきて」
裏切り者の名前を呼ぶと、平然とした顔でジューグが姿を現した。
「あらあら、随分と疲れきってるわね、 あ・な・た」
バカにした態度の女は手に頭が一個入るか入らないか位の...。
「あ?」
「あはははははは!!!そう、その顔が見たかったんだよ。長い付き合いの二人に裏切られ、果ては殺される!!しかも長い間蓄えた知識も奪われる!!その絶望に陥った君の顔が見たかった...。ああ、思ったより楽しいや。だけど残念、ここに居るのは二人とも偽物だ」
は?
「もう仰ってしまうんですね」
「僕は元々機械で侵入してる。そして、ここに居るジューグはー?」
タイミングを見計らったように女は自分の顔を引き剥がす。
ベリベリと音を立てて剥がれた後に見えた顔は...。
「お前...。誰だ?」
今まで見たことのない女性が立っている。
この二人と長い間付き合ってきたが、周りにこんな顔をした女は居なかったはず...。
「始めて顔をお見せしますね、ヴァレク様。私はジューグ様に仕えるメイド、サティーナ・クルシルタと申します。この度はジューグ様の変装をしておりました。どうでしたか?」
「いやーやっぱり君の演技は完璧だよ!その変装技術で都市一個滅ぼせるんじゃないかな?」
「ジューグ様のご命令なら、何でもこなします」
「そうか、じゃあ今度頼んでみよっかな」
「ジューグ様はお忙しいので、あまり迷惑はかけないで下さい」
「あーはいはい。そうだったね、今は色々大変な時期だった」
...油断をしている。
少しだが、体に力が戻ってきた。まずはナゼッタの複製を壊してから、この女を殺す。
いける。一瞬で決めれば...。
すっとできるだけ音を立てずに立ち上がり、ナゼッタの首筋目掛けて雷の魔法で作り出した槍で貫く...!!
「お戯れを」
放った雷の槍はナゼッタの前で急に方向転換をして、上に飛んでいく。
「うわー、相変わらず方向転換系統の魔法が得意だね」
「簡単ですよ。魔力の向きを変えるだけですから」
「魔力だけじゃなく物理的な攻撃も簡単にあしらうんだから、戦う側からしたらたまったもんじゃないよ」
「ナゼッタ様も魔法をお使いになればよろしいのに」
「うーん...。何かしっくりこないんだよね。それに機械の方が魅力もあるし」
「そうでしたね。それでは、これ以上抵抗されないようにこの男を殺してしまいましょう」
「そうか、戸籍上だけとは言え、ヴァレクはジューグの夫だからね。君には憎くてしょうがないわけだ」
笑いながらもカプセルを開くナゼッタに手元に鋭利な刃物を持つサティーナ。
「さて、君の知識は戦争の火種だ。これを上手く利用して緊張状態の都市同士で大きな争いを起こす。それもこの都市も巻き込んでだ!!君が妹を騙してまで、守ろうとしたこの都市をだ!!」
凶悪な笑みを浮かべるナゼッタ。その一言を聞いたヴァレクはその顔に素早く蹴りを入れる。
「うぐ...!!まだ動けるんだ...。流石元No.1のヴァレク様」
「.....」
「ナゼッタ様!!」
「大丈夫、もうヴァレクはほとんど魔力が無いから」
「お前一人壊すぐらいなら簡単だ」
そう言うとヴァレクの周囲に雷と炎の槍が出現する。
「来い...。出来損ない!!」
「機械ごときが!!!」
槍を放つ度にもう一度槍の生成をする。既に魔力は底を尽きているはずにも関わらず、ヴァレクはその過程を繰り返す。
「命を魔力変換しているんだね。その調子なら残り一分持たないよ」
「戦いに集中しろ、機械」
どこかで聞いた短い一言。
「あはは!!滑稽だ...」
「隙が出来たぞ」
今までとは比べ物にならない洞察力でナゼッタの隙を発見したヴァレク。
前方と右側からの攻撃を避け、弾くナゼッタの次の行動は一歩後ろに後退すること。その瞬間に左脇腹ががら空きになる。
その瞬間に冷静かつ的確に脇腹を抉る。
「くぅ...」
「まだだ!!」
そのあとも的確に隙を突いていく。
この調子ならナゼッタも言ったように一分も持たない。
だが、最後まで抵抗しないで死ぬよりはマシだ。
アズーリには今まで何も与えられなかった。妹だと言うのに兄として導くことすらもしなかった。
あいつの大切な物ばかり奪った。それでもあいつは諦めなかった。
最後まで抵抗してきた。なら、兄としてこのまま何も出来ずに死んでいっては母さん達にも顔向けを出来ない。あの日の夜に起こった悪夢による一家惨殺、そんなのもあいつは知らなくていい。
悪いのは全て俺だった。この都市を守ろうと息巻いてただけのバカは死んでいく。それでいい。
だが、最後ぐらいは何かを残さなければな。
「後は頼んだぞ...。アズーリ・スチュワーディ」
最後にありったけの魔力を込めた雷の槍を放つ。
「ナゼッタ様!!」
間一髪で雷を方向転換させ、何もない空に向かわせる。
「はは...。バカが」
そう呟きながら、地面に倒れる。
「ナゼッタ様!!コアは無事ですか!!」
「あ...はは。正直やばかった、でも大丈夫。コアに当たらないように避けてたから」
「今ので誰かに見つかるかもしれません。早く首を持ち帰りましょう」
「うん...。そうだね、急ごう」
ふらふらとした足取りで既に魔力も命も空になったヴァレクの下に移動する。
「やれば出来るじゃないか...。だけど...。今回も僕の勝ちだ」
ヴァレクの頭部を切り離すと鮮血が辺りを満たしていく。
「さあ、帰ろうか」
二人は頭部を持ちその場を後にした。