<闇>
「ここか」
オルナズの人形馬が途中で歩みを止める。
ここでアカツキが降りたのだろうとグラフォルは思い、周りを確認する。
もう人の気配はなく、暴れまわっているはずの魔獣の姿も確認できない。
存在しているには無数の人と魔獣の死体のみ。
「とりあえず屋敷に向かうか」
魔獣の死体が続いている道を選びながら、キュウスの屋敷へと向かう。
進んでいくと魔獣とは違う人のものであろう血も確認出来る。
魔獣の傷を見るに、アカツキが所持していた神器の刃によって殺された事が分かる。大量の死体の中に時折人の死体も混ざっている。グラフォルは目を反らさずに細かい所まで確認していく。
「....ヴァレクの野郎、本気でこの市街地の住民を全員殺したのか」
急な出来事だったのだろう。
母親らしき女性は子供守るように覆い被さりながら死んでいる。
しかしそんな母親に抱かれていた子供も既に息を引き取っている。
老人夫婦は足を噛まれた痕があり、腹の中を食い漁られていた。
「どこだ...」
暴れまわっているはずの魔獣の気配すら感じない道を歩き続ける。
やがて前方にキュウスの屋敷が見え始める。
どんどん進むに連れて、魔獣の切り傷もどんどん新しくなっていき、血の臭いもきつくなっていく。
「全部殺したのか?」
ここまで進んできて魔獣に遭遇せず、気配すらも感じない事に違和感を覚える。
魔獣の正確な数は分からないが、生易しい数ではない事は察している。ヴァレクはこの市街地の住民を皆殺しにする為に放ったのだから、百は越えているのだろう。
「この中に居ると思うんだがな」
キュウスの屋敷の正門を開け、グラフォルは警戒しつつ中に入っていく。
長い廊下を極力足音を立てずに移動しているが、魔力で察知されてしまったら逃げる事は出来ない。もっともグラフォルは退く気はないのだが。
ただ、アカツキにそんな事が出来るとは思えない。
アカツキじゃなければ話は別になるのだろうが。
結局屋敷の廊下を進んできたが、誰にも遭遇はしなかった。
グラフォルは廊下の先にあった扉の前で、中に誰かいないか確認している。
「...音も聞こえないし、魔力の気配も感じない...。ここにもいないのか?」
とりあえず中に誰もいない事を確認したグラフォルは扉をゆっくりと開ける。
「........!!?」
恐ろしい光景がグラフォルの目の前に広がっていた。
数百を越える魔獣が、原型を留めていない状態で部屋の隅や真ん中、様々なところに置かれていた。
そのなかに人の死体を発見し、グラフォルは確認するために近づく。
「...ばあさんか」
グラフォルも何回か面識が合った為、キュウスの顔を覚えていた。
ただアルフを養っていてくれたことは、今まで知らなかった。
ずっと屋敷の中で、外界との接触を避けさせていてくれたのであろう。アカツキにアズーリの伝言を伝える為に荒くれ者のふりをして接触した際にグラフォル始めて、アルフが生きていてくれた事の確認した。つい、手を伸ばしてしまったがあっさりアカツキに止められてしまった。
「あんたはアルフと俺の事を知ってたのかはもう分かんねえけど...。ありがとう」
キュウスに手を伸ばす...。
「触ルナ」
上から聞こえた声を聞いた時、体は後方に吹き飛ばされる――!!
「が...あ!!?」
何とか意識を留める事が出来たグラフォルは追撃をかろうじて回避する。
グラフォルが吹き飛ばされた場所は粉々に砕け散る。
「おいおい...。自我を失ってるじゃ済まされねえぞ」
「ヴヴヴ...。ガガガルガタ」
闇をそのまま具現化したような禍々しい姿の人の形をした『なにか』がグラフォルに対してものすごい殺気を向けている。手にはアカツキが所持していた神器がしっかりと握られ、その神器が闇の発生源となっている。
「主...のタメ。全てコワス」
「バカ野郎が――ッッ!!」
即座に戦闘体制に切り替えたグラフォルだが、アカツキが放出した黒い塊が胴体に当たり、一瞬気を失うが手のひらを小刀で突き刺し、なんとか意識を留める。
「やべえな...。本気で戦っても勝てるレベルじゃねえぞ...」
攻撃をしたことすらグラフォルには認識できず、長年の戦いで染み付いた反応速度もまるで役に立たない。
「生き延ビタ?」
「残念ながらな...」
「次で...。仕留メル」
その言葉を区切りに黒い塊がグラフォル目掛けて何発も放たれる。
無数の黒い塊はキュウスの屋敷の頑丈な壁を軽々と破壊する。
「どうダ?」
圧倒的な速度と殺傷力の塊を何度も受ければ、いくらグラフォルでも生き延びる事は不可能だ。
攻撃をされた事すら認識できなかったのだからこれで死んでいるはずと、アカツキは油断してしまった。
「なめんな!!」
既に殺したのはずの声が真後ろから発せられ、後ろを向くが、そこには人影すら見えない。その声に気を取られてしまった為に、アカツキは前方から来る膨大な魔力の塊に気づくのが遅れてしまう
「少しい痛いと思うが我慢しろ」
突如部屋の中に吹き荒れた突風は部屋の装飾品もろともアカツキを屋敷の外に吹き飛ばす。
「ぬ...ああ」
「もう一発」
間髪いれず、突風がアカツキを空中に吹き飛ばす。
『ウルファルト』
地上から無数の鎖が出現し、アカツキの体を貫く...。
はずだったのだが鎖は途中で黒く染まり、ぼろぼろになっていき、アカツキに到達する前に砕け散る。
「殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺」
アカツキは狂ったように殺と言い続ける。
それに呼応するように、アカツキの周りを黒く染めて、闇のテリトリーを作り上げる。
アカツキを中心とした闇の円ができると、またも無数の黒い塊を生成し、グラフォル目掛けて攻撃を開始する。
危機一髪で上へジャンプし避けるがそうする事を読んでいたであろう『なにか』は一気に間合いを詰め近接攻撃を仕掛ける。
『ウルファルト』
身を守る為に鎖で自分の周りを覆い冷静に攻撃を防ぐ。
「人間ゴトキが」
「お前の主様も人間だけどな」
「アカツキサマは断罪シャとなる、神にエラばれタ者だ」
攻撃を防がれたアカツキは地面に降りると同時に、先ほどと同じ闇のテリトリーを作り上げる。
すると一個目のテリトリーと二個目のテリトリーから、無数の黒い塊を生成する。
「量を倍にして、多方向からの攻撃で潰す気か!!」
「正カイ」
右方向と前方から放出された黒い塊は、一部の狂いもなくグラフォル目掛けて飛んでいく。
「おまけに精密な攻撃...。めんどくせえ!!」
グラフォルは即座に剣を抜く。
剣を抜くと同時に、眩ゆい光が辺りを包む。
すると闇のテリトリーも含めた黒い塊は崩れ落ちる。
「な...ニ?」
「この剣に細工をしてあるんだよ。魔法の術式を柄の方に仕込んでてな、一回きりだが魔法だけでなく、人智を超えた攻撃であろうと無効にする。便利だが、組み込むのに数年必要だ」
「クソ!!」
消されたテリトリーを作り直そうとするが、グラフォルはそんな時間を与えない。
『ウルファルトチェイン』
鎖が常にアカツキ目掛けて、向かう為に一ヶ所に止まり続ける事を封じる。
「無駄ダ」
しかし鎖は闇に侵食され、またも砕け散るのだが...。
「上書き系の魔法だ。残念だったな」
砕け散った部分から鎖は新しく生成される為、侵食は実質無効化される。
「....」
鎖がようやくアカツキを捕縛する。
「どうだ...」
いくら上位の魔法とはいえ、人間の域を越えているアカツキには簡単に千切る事ができるであろう。
グラフォルは近づかずに、距離を取りながら次の行動を警戒する。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア!!!!!!!!!!!」
地の底から鳴り響くような雄叫びを発するアカツキ。
体を取り巻く闇は一気に膨れ上がり、鎖を飲み込み始める。
「化け物...か?いや...。そんな生易しい領域のじゃねえ...」
民家も巻き込み闇は膨れ上がり、巨大な塊が生まれる。
その後闇の塊は収縮していき、先ほどと同じ人の形を取る。
しかし先ほどとは全く異質な魔力と殺気。常人であれば立っている事すら不可能な、闇と力の集合体。
グラフォルの体は危険信号を発しているが、無理やり押さえ込む。
「―――――――――ッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!」
表現しがたい雄叫びを発し、赤く輝く瞳でグラフォルを見つめる。
すると、人でいう口の部分から、赤いどろどろしたなにかが地面にポタリと落ちる。
地面に落ちたどろどろした赤い物体は、ぐにぐにと動きまわり、辺りの死体を飲み込んでいく。
「な...!!」
数人の人の死体を吸収すると、赤い物体は瞬く間に人の形を得る。
全身が怒りを体現したように赤く塗り潰されており、アカツキと同等の魔力を感じる。
「...無理だ。これはもう...。戻ってこれねえぞ」
尚も増殖を続ける赤い物体を見て、グラフォルはアカツキが戻ってこれない事を知ってしまう。
赤い物体は人の形を得ると、アカツキと同化していき、それに比例するように魔力の量は跳ね上がっていく。
既に人の魔力の容量をオーバーしてしまっている為、アカツキが人に戻ると同時に人間の体は耐えきれなくなるため、内側から爆発してしまう。
「もう...。助ける方法が見当たらねえ」
見る事しか出来ないグラフォルは呟く。
アカツキは全ての赤い物体を取り込んでしまい。悪夢の体現者ヴァレクでも遠く及ばない魔力量を誇っている
人の形では耐えきれないのか、不安定に闇は揺れている。
何とか闇を安定化させたアカツキは、後ろを振り向く。
赤く輝く目は細まり、赤く輝く口らしきものがニイと歪む。
圧倒的な力の前にグラフォルは、逃げ出したいという思考をできるだけ隅に追いやり、剣を構える。
アカツキは歩きながら確実にグラフォルに近づいていく。
グラフォルは何とかこの状況を打破するため、頭をフル回転させる。どうにかして、奇跡を起こさないとアカツキは死んでしまう。
どうすれば...。
考えろ、なにかあるはずだ。まだ、可能性があるはずだ。
早く。早く。早く考えろ。
『心を折ってやりなさい』ニナが残した....。
霧の中では理解出来なかった本当の意味。
グラフォルはようやくニナが残してくれたヒントに気づく。
心を折る。しかしアカツキは神器に全てを乗っ取られている。なら心は神器を意味すると解釈すれば...
「やるしかねえよな」
アカツキが今も離さずに握っている神器。
壊すことで...。
ガッ――!!!
思考は一瞬で欠落する。
今まで歩いていたはずのアカツキは、一瞬で間合いを詰め、躊躇なくグラフォルの右腕を切り落とす。
「痛ッッ!!!!!」
「¿?¿?¿?¿?¿?¿?¿?¿?」
グラフォルは切り落とされた腕が地面に落ちる前に回収をし、強引に傷口もろとも氷で固め、出血を回避するが、痛みは尋常ではない。耐えきれないほどではないが、意識の半分は痛みに集中してしまう。
「€¤¢€¢€¤¿¢„ª¢º‹ª«¢‹ª×÷¢‹~¿›°‹‹¢«ª«€º¢ºª‹?€€€」
意味不明な言語を発しながら、ゆらゆら揺らめくアカツキ。
グラフォルを見て笑っているようのか凶悪な笑みを浮かべている。
「はあ...。はあ...。痛えな...」
「£₩§¤º¢ººµ×µº¬₩¦ºµº¬₩µ§¦º¢º¬×€×¤º»›€‹µ×¦¢¬¬」
またも理解不能な言語を口にするアカツキ。
「£§§µº€×ª×»‹¤›µ×¬¢¤¤¤¤」
言葉を発する度に辺りを闇が覆い尽くし始める。
光の通らない闇の中に人間、魔獣関係なく飲み込まれる。
グラフォルはその光景を目にすると、目の前のアカツキであった『なにか』の圧倒的な力を思い知らされる。
もはや止める事すら出来ず、助けるなんてのは奇跡ぐらいでは叶わない。
「一か八かの賭けに出るしか...。ねえな」
「‹°›¿×ª‹¢‹ª‹‹¿×°›¢‹€‹ª×°×¤×»‹~¿›?」
グラフォルは霧を発生させる。
それも今までとは比べ物にならない程の濃度を誇る霧を。
賭けに出るというのはこの事である。
グラフォルの使う霧はその濃度に比例して、死者もより現実に干渉しやすくなる。
自身に対してもその効果はあるため、死者の怨念に飲み込まれないように精神を保たなくてはならない。
実際グラフォルは過去の監獄で大量の人を殺したことで、リスクは三倍以上に跳ね上がる。
死者の軍団に遭遇してしまったら、いくらグラフォルとて無事では済まないだろう、なので短時間でアカツキを呼び戻す必要があるのだ。
「ちゃんと出てこいよ...」
グラフォルが待っているのは一時期にとはいえ死んでいるアカツキの魂の具現化である。
アカツキは自分を殺した為、今のアカツキだった『なにか』の前に現れるのはアカツキではないかという、グラフォル自身、何を言っているのか分からない謎の勘でこうして濃度を最大まで上げている。
「み...づ...げた」
グラフォルの耳元で潰れた声が発せられる。
足元を見ると黒い服を着た男女が首が折れた状態で足を、掴んでいた。
「...見つかちまった」
ズルズル...。ビチャ...ズル。
這いずり回るような音が様々な方向から聞こえる。
這いずる音は次々と増え、やがて全方向を囲まれてしまう。直接脳内に響く肉を引きずる音や這いずり回る音が精神を確実に削っていく。
「しねぇ...」
「ず...あ...まえた」
「たずめてぇ...」
「じにがくねぇ...。ころざ...いで」
亡者はグラフォルの体に登り始め、体中に大きな負担がかかる。
音を発していたであろう、衛兵達の亡霊を確認できる。数え切れない亡者の数を見て、決心を決める。
「はは...。我慢比べだ。先にどっちが終わるんだろうな」
目を閉じ、心を落ち着かせる。
亡者の囁きに惑わされぬように自分に言い聞かせ、精神統一を始める。
【アカツキであった『なにか』】
「€º¢×¤×¢‹ª›¿›°„°~ª›¿›»‹¢‹ªº°×ª‹??」
突如発生した霧のせいでグラフォルを見失った『なにか』は動かずに、少しの物音を逃さないようにその場で
待機している。
「うおっ!!なにこいつ、怖い!!」
そんな雰囲気をぶち壊す男が現れる。
暁空紫雲ことアカツキの登場である。