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遥か彼方の浮遊都市  作者: しんら
【農業都市】
24/187

<神様が見た悪夢 ツァリパ>

「ルカ、グルキスの容態は?」

「まだ戦うのは無茶。もし今度傷を負ったらあっちでも無理だよ」

「そうか。じゃあ今教えられる情報を全て教える。何としてもアズーリ達に知らせろ」

「死ぬ気?」

「死にたくはないが...。無理だ。今のヴァレク相手に魔法はほとんど意味をなさない。近接戦に持ち込めば黒服に殺される。残念だが足止めをして...。終わりだ」


アラタはすでに覚悟を決めた。

何としても伝えなければいけない情報を最優先にしなければならない。

だが全員で生還は不可能だ。


「ナナもよく聞いていろ」

「...でも」

「時間がない。言うぞ」


ナナの言葉を遮りアラタは話し始める。


「箱の在処はヴァレク邸地下三層大聖堂に。ジューグ及びヴァレクとの交戦は全て回避しろ。魔道具兵の行動停止コードは17956325。ヴァレクの力について、多くの知識を保有し、魔法攻撃は全て無効化される。アズーリ・スチュワーディの依存の呪い解除方法はヴァレク邸、知識の図書館一番右から三冊目の人類の歴史という題名の本を抜き取り、裏にあるレバーを引けば隠し扉が開かれる。その先に依存の魔法の術式が載っており、解除方法も乗っていると思われる。アカツキの担当する神の役割は断罪者、例外なく全てを裁くことができる。箱の少女クレアは捨てられし者。以上だ」


「以上って...。アラタが伝えなよ!!」

「無理だと言ってるだろう。この状況ではこれが最善策だ」

「なら...!!」


そこでナナはふらっと気を失う。


「...グルキス?」


それをしたのはグルキスだった。

グルキスは傷を負った体で立ち上がりナナに気絶魔法を掛けた。


「ナナ、ごめん」


倒れるナナの体をグルキスは支える。


「ルカ、僕からも頼みたい事がある」

「駄目」

「ナナを連れて逃げてくれ」

「あなたも連れていく」


グルキスは少し悲しそうに微笑しながら。


「固定魔法の解除を確認出来た。誰か知らないけどこっちに向かってきてるんだ。その誰かが走ってもここまでは十分は必要だから、その間の時間稼ぎはいくらアラタでも無理だよ」

「その傷で...。本当に死ぬのよ」

「良いさ。最後に守りたい誰かを守れるなんて...。幸せでしょ」


今度こそ、ナナを守らないとね。

最後にそう言ってグルキスはナナをルカに託し、アラタと共に前に立つ。


「良いのか」

「あはは...。嫌に決まってるよ。でも...。やらないといけないよ」

「そうだな」


アラタが張った結界は二十八。

そのうち、もう二十五個目の結界が破壊されている。


「多分そうだろうね」


二十六個目。


「お前と会って八年間、楽しかったよ」

「僕もだよ。母さん達に捨てられた僕が始めて信じる事が出来たのは君だった」


二十七個目。


「お互い女泣かせな男になっちゃったね」

「まあそれでも...」


最後の結界が崩れ落ちる。


「「何かを守れて死ねるならそれでいい」」


この世界のおとぎ話の勇者が言った最後の言葉。

アズーリの屋敷で一番二人が気に入って読んでいた物語だ。

魔王の前で仲間を守るために勇者は剣を抜き、魔王と共に死を選んだ勇者が言った覚悟の証明でもある。


「ルカ!!走れ!!」


アラタは剣を抜き、グルキスは杖を握りしめる。

ルカは合図と共にナナを背負い、大聖堂の扉に走りだす。


「頼んだよ、ルカ」


グルキスは走りだすルカに、最後の願いをした。


「....任せて、二人とも」


もう振り返る事はないだろう。

二人は覚悟を決めて、ここに残る事を選んだ。

なら振り返ってはいけないんだ。一緒に逃げようと言っても駄目なんだ。そうしたら二人の決死の覚悟を侮辱してしまう。長い間一緒にいれて...。


「楽しかったよ。ありがとう」


めんどくさがりで、迷惑ばかりかけてたのに、皆はそれでも許してくれた。

神様に逆らって父が残した魔法をその身に宿した私は、どこに行っても嫌われ者だった。

だけど、皆は違った。

一人一人が私と同じくらいの中にはそれ以上の苦しみを経験していた。

その経験が無くてもきっと皆は私を受け入れてくれるんだろうね。

そんな、仲が良くて優しい皆。

私は大好きだよ。


「...!!!二人が逃げた。追え!!」


結界が消えると同時に走りだしたルカ達を逃がさない為に、ヴァレクは黒服達に命じる。


「駄目だよ」


グルキスは扉に杖を向ける。


「重力五十倍。『グラビトン』」


扉周りの重力は急激に上がり、壁が崩れ落ちる。

それを確認した後、移動した黒服達にグルキスは攻撃を仕掛ける。


「『フォースウォーター!!!』」


大量の水が黒服を包み込む。


「『アスファ!!!』」


その後は土属性の魔法で黒服ごと水と共に造り出した四角い形をした容器に入れ、逃がさないように蓋を造り出し、閉じ込める。


「水圧上昇『ウォーターグラビトン』」


容器に封じ込めた黒服達はグルキスの魔法と共に、暴れもがき、苦しみだす。

人間が耐えられるはずのない水圧によって体の中から破壊され、数秒で黒服達は動きを止める。


「な...!!!」


仲間の悲惨な死を目の当たりにした黒服の中の半分がそちらに目を奪われる。

それと同時にアラタは走りだし、剣を構えて...


「電気属性付与」


アラタの剣に雷属性が纏われる。


「グルキス!!水を撒けろ!!」

「ああ!!!」


容器を崩すと大量の水が溢れだし、黒服達の足元まで到達する。その頃合いを計りアラタは水に剣を突き刺す。


「グルキス!!」

「電圧上昇『サンダーグラビトン!!!』」


剣に纏われた雷が荒れ狂い、辺りに飛散する。

そして電気は水を伝わり、黒服及びヴァレクに伝わる。


「『キューブ』」


状況を把握したヴァレクは即座に数人の黒服と共に結界を張り、水を弾く。

しかし結界の外にいた黒服は体中を電気が暴れまわり、気絶をする。

アラタとグルキスは即座にアスファで水を含まない地面を生成し、回避に成功した。


「単純だが、効率的な攻撃だね」


ヴァレクは崩れ落ちていく大量の黒服を観察し、少し笑みを浮かべる。きっとそれはいわゆる強者の余裕と言えるのであろう。仮にも目の前の敵は英雄と言われた最強の敵だ。それでも余裕でいられるのは、今の自分ならばこの程度の攻撃を受ける事もないし、受けてもほとんど意味を成さないだろう。という考えがあるからだ


「さあ、残るのはお前らだけだ」

「そうだね。残るのは僕だけだ」


その言葉を区切りにヴァレクは即座に周りにいた黒服の頭を吹き飛ばす。


「いただきます」


最早それは人と言って良いのだろうか。


狂気、としか言いようがない。

仮にも自分の意思で助けた黒服の男女を躊躇なく殺し、喰らい始めたのだ。

二人は防衛反応というのか、咄嗟に視線を逸らす。あまりにも悲惨な事だ。ただ大聖堂には何かを啜るような音と咀嚼音が鳴り響く。


「なんだ。大した知識も持ち合わせてないな。しかもジューグに関する記憶が消されてじゃないか。まあ、当然か」

「本気で人である事をやめたのか」

「そんな弱小種族なんかとうに捨ててるよ。僕はいずれこの世界を手にするんだ。人間なんかの領域で留まっていいはずがない」

「アラタ、質問しても無駄だと思うよ。こいつはもう感情すら持ち合わせてない」


グルキスはそう言うと辺りの黒服を一瞬でぺしゃんこにする。目の前の化け物は知識欲の権化、これ以上の補食は自分達に不利になると判断したのであろう。若干の躊躇いは見せたものの、ナナを助けた時と同様に例外なく押し潰す。


「いい判断だ。だから僕はお前らを手中にしておきたかった」

「残念ながらお誘いは断っておくよ」

「そうか...。残念だけど、途中で殺すつもりだったから、どうでも良いな」

「....」

「最後に良いことを教えてやろうか?お前の大事な大事な妹の死に際をな!!」


ヴァレクの顔はどんどん喜びで歪んでいく。

人の一番言ってはいけない事を言うときにはいつもこうなってしまう。それは喰ってきた事が原因なのか、自分の本来の姿なのか分からないが楽しい事に変わりなかった。


「面白かったぞ?お前の妹は最後まで『お兄ちゃーん!!お兄ちゃーん!!』ってなあ....。ああ...笑える」

「.....」

「『お兄ちゃんもまた私を捨てちゃうの?どうしてなの?お母さんもお父さんも皆、ナナを一人ぼっちにするの?』って目玉を抉ってやった時に言ってたっけなあ!!!」

「あ...。あああああああ」


今まで溜め込んできた。

復讐の相手が目の前で堂々と背中を見せている。いつでも殺せる。だがグルキスは過去に一時の感情に身を任せた為に、仲間を失い、親友達を傷つけてしまった。それが足枷となり、耐えて、耐えて、耐えてきた。だがもう関係ない。ここで殺してしまっても良いのだ。


「さっさと死ねよ!!ヴァレク!!」


手を前に突き出し、無詠唱で魔法を唱える。

重力を操作してけキューブの外に出れないようにして、その間にキューブの術式を解読して、破壊し様々な拷問にかけて殺す。絶対に苦しませながら殺す。そう思っている。


「君たちも言ってたじゃないか...。しょせんは足止めだ」


ヴァレクは自分で結界を解こうとする。


「グルキス!!逃げ...!!」

「遅い!!『キャンセル』」


結界の解除とともに重力操作も強制解除させる。

複雑な術式で創られた重力操作の魔法をたかが数秒でいとも簡単に解読した。


「おしまいだな。『インフェ....』」

「バカ」


グルキスはボソッと呟く。

そんな事は分かっていた。あの量の術式が一つ一つ違う結界を一秒足らずで解読したのだから、力を操る独自の魔法も簡単に解読されてしまう事なんて想定内だった。

その事を予想していたグルキスはグラビトンの魔法に別の魔法を乗せていたのだ。

しかしその発動条件を少し変えて、グラビトンに混ざり混ませて放ったのだ。

発動条件はグラビトンの術式が解読されると、解読された術式を上書きして発動するといったものだ。


「効果適用範囲、完了。術式上書き、完了。暴発可能性3%、特に異常なし。制御失敗確率0%」


グルキスは早口で捲し立てると...


「絶対魔法『大崩落』」


アスタの使用した冥天の槍と同じ絶対魔法の一種『大崩落』。

『大崩落』は制御に失敗したり、効果適用範囲を広げすぎると術者もろとも圧倒的な力によって、死んでしまうという、絶対魔法の中でも最も実用性に掛けた魔法だ。下手をすれば仲間もろとも殺してしまう事から昔の大きな戦いでは、小さな子供に無理やり覚えさせ戦争でいう所の特攻という事をさせていたという。


グルキスが絶対魔法を唱えると、ヴァレクの周りが歪み始める。

ヴァレクがいるその空間にのみ、異変があった。


「....?」


ヴァレクが首を傾げると同時にヴァレクの下半身が一瞬で喪失する。

しかし消えたはずの下半身をもう一度見ると、またそこに戻っていた。しかし今度は右腕の感覚が消えているヴァレクが右腕を見ると、今度は足元が消える。深い落とし穴に落ちてしまったかのような感覚が体を支配する。そのまま暗闇に叩きつけられたヴァレクは頭上を見上げる。光がなく、全てが闇だが継ぎ目のような歪みを見ることができた。しかもその歪みはどんどん狭まっていくではないか。そこでようやくヴァレクは『大崩落』の魔法を理解する。


グルキスが得意とするあらゆる力を操作する魔法。

重力は無詠唱でも、手をかざすだけで発動できるほどまでに極めた力魔法。

ならばこの状況から判断するに、空間を支えている力をあやふやにしたのだろう。だから体の一部分の感覚が無くなったり、何もないただの地面から落ちていったりと本来ではあり得ない現象が起きていたのだ。ならばこの場所は屋敷の地下の更に地下。本来なら岩や土が存在していた場所だ。そして空間を修正しようと上から

また再生成をしている。ならばここに歪みが到達すると同時に体は様々な方向からの回避不可能な力で押し潰されてしまう。


「しかもキャンセルをしたら、空間の再生成は早まり脱出不可能になる...。ならばテレポートで地上に移動を...」


ヴァレクはテレポートを唱える。

しかし空間があやふやな場所で使用したテレポートは結果的にヴァレクの死期を近づけただけだった。

テレポートも空間を移動する魔法である以上、『大崩落』によって本来とは違う場所に移動させられる。

ヴァレクは目を開けると...。


目の前に岩があった。

成功したのか?そう考えるよりも早く、体に異変を感じる。

なぜか痛みがないのに、ぐちゃぐちゃになったような感覚。それもそうだ。ヴァレクが移動した先は、既に再生成されていた空間。地中だった。表現しがたい感覚は体中を駆け巡り、遂に理解をする。

既に体は無くなっているという答えに達する。ならば今見えているこの岩は魂が見てると言えば良いのだろうか?ただそこに存在しているけど、存在していない。そんな矛盾がヴァレクの考えられる事だった。


「あ....。はぁ...はぁ...。どうだ...?僕は上手く...出来た?」

「ああ。暴発もすることなく、的確にヴァレクの周りにのみ作用していた」

「良かった~....。これで...」


終わった。そう言おうとしたグルキスの体を何かが突き刺す。


「僕は死なない。僕が見たのは悪夢だ。今お前が見てるのも悪夢」


ついさっき確実に殺したはずのヴァレクの声がグルキスに届く。


「僕の名前はツァリパ。神をも恐れさせる、大きな悪夢。具現化した悪夢」


グルキスはまるでごみくずのように壁に投げ捨てられる。

ベタん!!と大きな音を発てて、壁の血痕を残しながら崩れ落ちる。


「人間の体は捨てた。新しい肉体だ。ああ!!僕は遂に人間という呪縛から解放されたんだ!!」


アラタが見上げた先には、全長10mはある大聖堂の半分、約5mはある大きな人形をした、なにかだった。

口は大きく裂けており、背中には薄い羽が何百と重なっており、グルキスを貫いたであろうやり槍のような形をした大きな尻尾。例えが出てこない化け物。


「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」


自分の今の姿の酔いしれているヴァレクは縦横無尽にその鋭利な尻尾を振り回す。

アラタは何とか剣で弾いはいるが弾く度に剣にヒビが入っていく。やがて十九回目の攻撃を防ぐと、剣は砕け威力は低下したとはいえ、恐ろしい速度の尻尾を脇にねじ込まれる。


「がががあああああああああ!!!!」

「終わり終わり終わり終わり終わり終わり終わり終わり終わり終わり終わり終わり終わり終わり終わり終わり終わり終わり終わり終わり終わり終わり終わり終わり終わり終わり終わり終わり終わり終わり終わり終わり」


ヴァレクは更に追い討ちをかけ、アラタの腹に大きな風穴を開ける。

あえてすぐ殺さずに、死の感覚とともに、箱がヴァレクの手に渡る光景を見せる為だ。

球体の中で、抵抗をしていたクレアはもう動かずに、目も虚だった。美しい黒髪のストレートは白く染まり、さながら廃人のような感じである。


「大きい体では不便だね。さあ...」


ヴァレクは元の人の形を取り、クレアに近づいていく。


「やっとだ...。我が何百年も...。違う!!!僕が何年も追い求めてきた」

「希望...。クリアプロテクト、解除」


球体は粉々に砕け散る。

そしてクレアはその場で何かを待ち続けている。


「ああああ...。綺麗な髪...。艶やかな体....。やっと....。僕のものに」


ヴァレクはクレアの前に立つ。

するとクレアは機械的な声を発する。


「あなたが私の主ですか」


ヴァレクにそう質問する。


「僕のもの。僕のもの。僕のもの。クレア...。お前は...!!!」


終わりゆく景色をただ呆然と眺める事しか出来ないアラタ。

全てがここで終わってしまう。絶望に呑まれてしまう。今までの事が全て無意味なってしまう。七人で交わしたあの約束も。アズーリとの大事な約束も。全てが....。終わってしまう。


「ごめんな....。また約束を破って...」


『ねえよ。約束は破らせねえ』


静まりかえっていた大聖堂に一人の青年の声が響く。


『ヴァレク・スチュワーディ。もうこれで終わりにしようや』


何度目かの光景。

グルキスによって崩壊していた扉だった場所に立っていた。


かつての仲間である四人を連れて、アカツキは大聖堂に姿を表した。

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