<強くなるために>
大聖堂には静寂があった。
一人の男が多くの兵を潰して、殺し続けて、やっとたどり着いた先には。
一人の少女と、人生の終わり。
「グルキス?嘘だよね?目を覚ましなって!!!」
傷は深く喋るのは不可能なグルキスは手を伸ばし、黒服を一瞬で潰す。
「生きてる!!ルカ!!早く来てよ!!」
ナナは大聖堂中を駆け回る大声でルカを呼ぶ。
返答は遅れることなく、ナナに届く。
「分かった。あっちが引き受ける。だから援護頼むよ、アラタ」
「任せろ」
破壊された扉を踏みつけ、走ってきたルカはすぐにグルキスに近寄る。
アラタは周りに微弱な結界を何重にも張り巡らせる。
「キューブ」
最後には大型の結界で安全を確保する。
「どうせ数秒で破壊されるが、有るだけましだ」
「何とか致命傷は避けたみたいだけど...。これだと大分時間がかかるよ」
「構わない。それよりも外の状況を知りたいが....。まあ、通信石もこの様だ」
アラタは白く光る通信石に何度も話しかけるが、テレビのノイズのような音がザザザザザー!!!
と聞こえるだけで、通信石としての役割を失っている。
「空間ごと魔法で強制固定したようだな。これでは永遠に送られつづける敵を殺すことしか出来ない」
「食料は最低、人でも構わないけど、出来れば同族を食うことだけは避けたいわ」
「なに、戦争は人を狂わせる。そんな罪悪感少しの間だけだ」
「流石。経験者は違うね」
「だが、俺だってもうそんな事はごめんだ。あの時はどんな手段でもいいから生き延びようと思ったから出来ただけで、今は三日で精神崩壊ってとこだな」
「ねえ....。本当にどうするの?」
ナナはグルキスの手を握ったまま、気を紛らわしている二人に問いかける。
「方法は何個かあるな。術式を読み解いて解除するか、歪みを探して抜け出す。または送られてくる敵から拷問で抜け出す方法を聞く。こんなものだな」
「どれもこれも難易度は相当高いわね...」
術式を読み解くと言っても、それにはかなり時間を浪費することになる。
ただでさえ未知の魔法なので、まずは元となった魔法の特定に、何を掛け合わせたのかを調べる。
他にも様々なステップを踏んで、やっと作業に取り掛かれる。
最低でも十日。
歪みの特定は、魔力の痕跡を辿れば発見出来るが、地下を丸ごと固定されているため、最低でも五日間。
この場合は結界もないので、不眠不休で探索をしなければ、敵に襲われて終了だ。
最後に拷問だが、まず不可能だろう。
送られてくるのが、ヴァレクの率いる奴隷達だったら話は別だが、襲いくる敵はジューグによって教育された人間兵器だ。情報を吐き出すくらいなら自害、または自爆を行うだろう。
「となると残る選択肢は二つだが、その間にアズーリは負ける」
「何で?」
「いくらグラフォル達が居ても、圧倒的な物量で押しきられる。その為にアズーリは神器の暴走で何とか局面をひっくり返すつもりだが、下手をすれば両方とも滅ぼされることになる」
「アズーリちゃんはそんなの分かりきってるはずなのに、何でそんな馬鹿な事をしたんだろうね」
「寿命だろうな。ヴァレクが施した依存は薬だ。ヴァレクは人間の体に含まれない物質に依存させた。しかも摂取を怠れば体は内側から崩れていく。その物質は三種類で、人間にとっては猛毒だ。それを分解させる為にさらに大量の薬の摂取を必要とした。ルカもナナも見たはずだ。背中一面に広がった痣を」
「見たよ。大分進行してるみたいだね」
「あれはなんなの?」
「依存物質の一つ。魔獣の血を飲み続けた結果だ。進行していけば、魔獣の破壊衝動を引き起こし、暴虐の限りを尽くした後、自我を失う。人の形をした魔獣になるわけだ。そうなったらアズーリを殺さなければならない。もう諦めてるるんだろう。だから危険な事だと思ってもそうする事を選んだ」
「だからあっちは早くアズーリちゃんに会ってあげなさいって言ったのに」
「....そうすれば良かったな」
「アラタは回りくどいの。あっちは面倒だから嫌だったのに」
「それでも確かめたい事があったんだ。たしかに会ってやればアズーリもこんな賭けに出なかった。だが、今の事を前の俺が知ってても同じ事をしてるな」
「そろそろ教えてくれ...」
ても良いのに。そう言おうとした時にルカは無数の気配に気づく。
「随分と早いご到着ね」
ルカは破壊された扉に振り向く。
そこには大量の黒服の兵が立っていた。その中から数人の護衛を連れてヴァレクがやって来る。
「魔道具兵を動かす事だけだったから。僕には造作もないよ」
「黒服どもを連れてるとはいえ、貴様が出てくるとはな」
「箱の回収だよ。ジューグの奴は箱ごと強制固定したからね。それは必要な物なんだ」
「だがどうする。今は結界でいくらお前でも解除には時間を...」
「キャンセル」
アラタの言葉を遮るようにヴァレクは解除魔法を唱える。
すると結界はまるで豆腐やプリンのようにぐにゃぐにゃになり砕け散る。
「...高速解読。しかもアズーリよりも早く?」
「これでも僕は僕なりに強さを磨いてきたんだよ?お前らとは違って努力もして、多くの古文書を読み、どうやったら本当に極められるか、読んで考えて読んで考えて、何度も何度も繰り返した。結果は単純だったけどね」
ヴァレクは余裕たっぷりに笑みを溢す。
「僕だけでは駄目なら、たくさんの人を用意すればいい。一人一人がほんの少しでもいいから解読をする。これを何百何千という人だったら一秒足らずで解読するのも簡単だよ。だけど、統制も取れなければ意味がなかったからね。面倒だったから、喰った」
たしかにヴァレクは言葉にした。
統制が取れなければ、いくら人を用意しても意味はない。
だから喰った。
理由になっていない理由。
狂気すら感じるほどだ。どうやったらそのような考え方をするのか理解出来ない。
理解してはいけない。
「太古の世界の人々は今とは比べ物にならないくらい、強く、勉学にも優れた。だけど今の人々はその領域に達する事が出来た者はいないだろう。それもそうだよ、今の人では彼ら太古の世界の人々とは考え方が違うのだから。魔法を極めるには才能、努力しか方法はない。その考えが太古の世界の人々とは違う。太古の人々は至って単純な考えをしたんだよ。栄養を取り、人間は体を強化する。ならば魔法を極めるならば、魔法を使える者の知識を吸収すればいい。吸収=喰う、これが太古の人々がたどり着いた極論。魔法の知識は人間の脳、魂の二ヶ所の器に保管されているらしいんだよ。魂を喰らう事は簡単に言えば殺す事だ。脳はそのままで、脳を喰えば知識を得られる。この七十二の都市の中で唯一全ての都市で禁止されている行為は同族喰い。なぜかこれだけが世界の常識として考えられているんだ。これに気づいた時はなーんだ簡単なな答えじゃないかって思ったよ」
「....見てきたのか?」
アラタはボソッと呟く。
「見てきた?何の事か理解できないな。僕は自分でこの考えに至った。誰にも教えられる事もなくだ」
「だとしたら...。とうに人間ではないな」
「今の人から見れば狂気だけど、昔はこれが当然」
「何人だ。何人喰ってきた」
「なーにこのたかが七万六千九百七十五人だけだよ」
アラタはこれからの事が全て分かっていた。
ヴァレクの飲み込んできた知識量はかつての自分よりも遥かに多い。
アラタ自身、体験したから分かる高揚感。
かつて一度死にかけて、アラタが行った過ちの記憶が炭酸のようにジュワーっと沸き上がってくる。
奴隷の一斉蜂起のリーダーになったアラタは七人の友人と共にアズーリを依存の呪いをかけた、ヴァレクを殺す為に行われたのが一斉蜂起。
その蜂起の前に行われた一度目の暴動はヴァレクがジューグと共謀し、他都市と協力し起こした。
その混乱の最中でヴァレクはアズーリを除く自分の家族を全員例外なく殺した。
その罪をアラタに押し付け、当主の座につこうとしたヴァレクだが、アズーリによってアラタの無罪は証言されていた。ヴァレクはそれでも諦めなかった。何十年も考えてきたシナリオ通りに進まなかったけれど、諦めずにどうにかしてアズーリを地に伏せたかった。
そこで思い立ったのが、自らが起こした暴動を利用しアズーリを騙し、当時まだ未完成だった依存の魔法をアズーリに使用し、アラタを激怒させる。
ただ、アラタも一時の感情に身を任せるほどバカではないことを知っていたヴァレクは更に追い討ちをかけた。アラタが動き出さずにはいられない状況を作り上げたのだ。
そこでグルキスの妹が関わってくる。
グルキスにとって唯一の親子であり、誰よりも愛すべき存在だった妹。
名前は...。ナナだった。
まだ幼い妹の為にグルキスは何でもした。
泥棒に、スリ、生き延びる為に人を殺す事意外の犯罪で、奴隷にされた妹を買うために、犯罪に浸かっていた。
しかし、そんな簡単に事は上手くいかなかった。
ある貴族の屋敷に侵入したグルキスは衛兵に遭遇し、捕まる事になった。
その侵入した屋敷が当時のNo.1、アズーリ、ヴァレクの父ナガスト。
事情を知ったナガストは直ぐ様にグルキスの妹を解放するように命じ、グルキスは釈放と同時に妹との再会を果たした。
グルキスの件で、すでにジューグの考案した奴隷制度は民衆に広がりつつあった事を知ったナガストは制度廃止をするために身を乗り出すのだが、ヴァレクの凶刃により命を落とす。
ヴァレクはその兄妹を利用する事にした。
アラタとアズーリ、両方に関わりがあったグルキスとナナ。
アラタとの出会いは、当時アラタ十七才の時。(グルキスも十七)
当時スリをしていたグルキスは、逃げている最中に路地裏から聞こえた声に導かれ、何とか逃走に成功する。
『お前が最近ここらへんで噂になってるグルキスか?』
『....そうだ』
『とりあえず聞きたい事があるんだが、この都市について教えてくれないか?』
『はあ!!?』
そう。アラタがこの世界に来たのは十七の時。
アラタも当時は人見知りでお金もない為、グルキスがちょうどよかった。
同い年で、犯罪者であるグルキスならば、金をせびられる可能性も少なかったからだ。
もし要求してきたなら、衛兵を呼ぶぞ?これだけで良かった。
『君は少し横暴すぎだよ...』
『お互い様だろう?』
『盗みをしてる僕も言えた事じゃないって?そりゃそうだ』
『それにお前にとっても悪い話じゃないぞ?』
『何で?』
『俺も盗みを手伝ってやる。これで良いだろ?』
バカだ。
そうグルキスは思った。
本当に何も知らない他人が自分を助け、意味も分からない事を問いかけてきて、盗みを手伝う。
なんとも可笑しな状況だ。
まあ、その結果妹を助ける事が出来た訳だが。
いくらナガストが優しいとはいえ、No.1の家に侵入すれば、死刑にすらなったかもしれなかった。
そこで、アラタはグルキスの行った行動の意味をナガストに教え、釈放させてもらった。
『君が、スチュワーディ家と関わりがあったなんてね...。というか君が話してくれたらわざわざ屋敷に侵入しなくても良かったんじゃ...』
『まあ...。結果オーライだ』
『やっぱり横暴だよ!!!』
グルキスが妹と過ごしたのたった三年だった。
奴隷として売られた二人は、グルキスだけが、逃亡に成功し、ナナは奴隷として働かせられた。
ようやく二人は再会し、アラタがアズーリの屋敷に行くときにちょこちょこ付いていったり、二人だけで過ごす事もあった。
しかし三年後にヴァレクによってナガストは死亡。
アラタを動かせる理由を作るために....。
ナナは殺された。
農業都市では奴隷の一斉蜂起の主導者はアラタとなっているが、最初に攻撃を仕掛けたのはグルキスだった。
怒り狂いグルキスは屋敷に乗り込もうとしたところをアラタに止められた。
しかし怒っているグルキスはもはや止まる事はない。
そして一斉蜂起が起こった。
地震でいうところの初期微動から、本震に変わったようかものだった。
奴隷の勢いは更に増し、当時のヴァレクの兵が半分以上戦死した。
そこで猛威を振るったのがジューグであった。彼女は敵を真正面から破るのではなく、七人に的を絞った。
奴隷の希望であった七人を打ち破れば、勢いは低下していくと推測し、あらゆる方法を駆使し、七人を投監した。
すると予想通り奴隷は少しずつ勢いを失い、ヴァレクの少ない兵でも太刀打ちできるようになった。
そして七人の反逆者と共に多くの奴隷が捕まり、処刑された。
これほどまでに大きな争いを起こした奴隷の扱いを今後どうするかの疑問が上層会議で行われ、キュウスのみが奴隷制度の廃止を訴えたが、ヴァレクは奴隷の有用性をNo.2~No.10の前でこう説明した。
『現在我々は圧倒的に他都市に比べ力で劣っている。農業都市という立場である以上、それは仕方ないことなのだろう。だが今回の奴隷達を見たか?彼らを上手く制御すれば、我々の都市は戦力を確保できる』
『しかし制御と言ってもあの野蛮人どもをどう統率するのだね?』
『No.7クラナマ、いい指摘だね。だけどその点もちゃんと考えているよ』
『ほう...。聞かせてもらっても?』
『簡単な事ですよ。奴隷にも家族はいるから、人質を取り、手駒にします。特に七人を引き抜ければ相当な軍事力になる』
『しかも統率も取れるというわけか...』
『だけど、決定権は農業都市No.1のアズーリじゃないのかい?あの子はそんな事を許さないよ』
『キュウス、残念ながら妹は不治の病でとてもではないが、正しい決定を出来るとは思えない』
『....あの子が病気に?』
『ええ、しかも時期にアズーリは蝕まれ死んでしまう。大変残念だ...』
『ならば致し方ありませんな。我々としても他都市の侵略に怯えてくらすのはもううんざりだ。頼みますよ。農業都市No.1 ヴァレク・スチュワーディ卿』
『勿論。この都市は僕が守るよ』
こうして農業都市No.1ヴァレク・スチュワーディが誕生した。




