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遥か彼方の浮遊都市  作者: 神羅
【信仰都市編】
180/185

<人の夢>

...暗闇だけがあった。

それ以外は何もなく、最早意識もあるかどうかさえ怪しい。ただアカツキは永遠と落ちていく闇を味わいながら、瞳を閉じている。


その閉じられた瞳から雫が流れると、落ちていくアカツキとは対照的に上へ上へと流れて───


「......」


それを見ることしか出来ず、アカツキに神器として振るわれるアニマは歯噛みする。


何度と無く押し留めてきた人の業。アカツキが無意識に留め、サタナスが長い間その力の殆どを使って封じ込めてきた、太古より現在(いま)へ送られる人々の夢。


『───いいかい、アニマ。君がいつかアカツキの前に姿を現すと決めた時、ソレはきっと君と同時に意識の表層へ姿を出す。ソレがアカツキの心を食い破り表出することを防ぐ方法は...きっと無に等しいだろう』


思い出すのは、長い間姿と自我を隠してきたアニマ・パラトゥースの意識体、といっても白い球体しか形を保てていなかった私に話をしてくれた、私の()()()()()()()()()である彼の言葉だ。


『僕は君達神器を作成するにあたり、多くの犠牲を払い、代償を払った。人がかつて神に近づかんとし、建設した青き塔。ここではない別の世界から齎された技術と、当時の人類の知恵を結集して造り出したそれも天に届くこと無く崩壊した。先人の失敗を元に、僕達は別のアプローチを考え、その結果生まれたのが今の世界で神器と呼ばれるものだ』


『それは───人が神に近づくのではなく、神を人に近い存在にし、その威厳、その威光を地に堕とす最大にして最悪の禁忌。それを承知で僕達は神器を作成し、人と契約する形で神を空想にある概念ではなく、世界に実在する存在として確立させた。名もなき神、存在無き神に、土地、時代、思想、言語、多様性を持った神という存在に人類は明確に形を与えたんだ』


その過程で生み出された13の神器、それは神を撃つ道具でも、神が生み出した人類への祝福でもない、───人が神を世界に縛る為の鎖として機能する。


『勿論当時の創生種はそれを行った人類を明確に滅ぼすべき種族として定めた。龍に天使、現在の歴史にも残るそれら強大な種や、当時は下層に位置した種も関係ない、ほぼ全ての種が僕達人類に対して宣戦布告をし、実に僕等は総人口の9割を失い、壊滅に追い込まれた』


それは紛れも無い種の滅亡だ。それほど数を減らしてしまえば幾ら繁殖をしようと駆逐の方が勝り、人類は世界から姿を消すことになる。


───しかし、それは起きなかった。こうして今の世界で人類が霊長類の頂点として君臨し、世界領土の半分以上を有しているこの現状がそれを証明している。


『現在の教会が伝える歴史では選別と称された種の大量絶滅───それを残りの1割の人間と、彼等が携えた13の神器が成したんだ』


それは教会が歴史の闇に葬った真実。教会が何の理由でそれを隠匿しているのかはサタナスにもついぞ知り得る事は無かったが、その事と現在アカツキの体を動かしている別次元の存在に関係はない。


神器が生まれる過程、そして真に完成した瞬間にこそ、この問題を解決する糸口があるのだから。


『神器という圧倒的な力を持っていながら何故人類が絶滅に瀕したのか、その疑問への答えこそ───君がアカツキを救い出す為の鍵になるだろう』


虚ろな意識では彼の言葉を断片的に思い出すことしか出来ないが、アニマはそれでも必死にあの暗闇と静寂が続く記憶を掘り進め、必死に答えを探す。


だが、経年劣化というべきか、アニマの記憶領域は()()()()()()。数千、数万年という時を暗闇で過ごした弊害でアニマには思い出すという行為が当たり前に行えないのだ。


思い返す程の思い出もなく...。その全てを暗闇に閉ざされ、今も過去も目の前には変わらぬ虚無が広がる。その中で何かを思い出そうなど、考えようとも思わない。


───ただ、願いだけはあった。何としてもアカツキを助けたいという願い、あの人の為に邪魔するものを薙ぎ払い、時にその苦しみを肩代わりし、彼に敵対する何かを意識もなく鏖殺した。


その果てに、アカツキが苦しむことを知らずに私は、人を殺し、心を殺し、───守るべき存在であるアカツキという人間の精神を傷つけてきた。


ただ、救いたい、助けたいという一心で明確な意識も感情も、善悪の基準も持たずにアカツキを守ってきたことへの報いが旧人類の残滓の現世(うつしよ)への表出なのだとしたら。


───真に罰せられるべきは、私だ。


『もう、やめて』


永遠と続く虚無の中で、少女は手を握りしめて涙を流しながら、嗚咽と共に声を絞り出す。


『───これ以上、あの人を傷つけないで』


溢れ出る感情を抑えきれず、顔を小さな掌で覆い隠しても尚、その隙間を伝い流れ落ちていく大粒の涙。


『私が...悪かったです。意思も無く、善悪の天秤を持たず、ただひたすらに、あの人を守りたいという願いだけで動いた私が悪いから!!だから、もう!!』


少女は漆黒の世界、暗闇の地に頭をこすりつけて救いを乞い願う。


『───お願いします、神様。私を殺してください。私を壊してください。私に何をしてもいいから、あの人だけは───お兄ちゃんだけは助けてください』


そうして、少女は地につけていた頭をあげ、漆黒の空を見上げる。


そして、───そこから伸びる白い腕を見て、安堵したようにアニマは目を閉じる。


変わらない、変わることはない。今も昔も、私には終わらぬ闇が相応しい。


少女の体が白い腕に絡め取られ、その祈りに答えるかのようにその小さな体躯を締め付けられる。

そうして、アニマ・パラトゥースの精神体の解体が始まっていく。


───あぁ、よかった。確かにこの世界には神様が居た。ううん───私達がそうしたんだ。


数多の信仰、数多の救い、数多の願いを踏みにじり、人に近い神、人の願いだけを叶える神として私達が造った。それは自身を生み出した人の願いに答え、神器という触媒を通して神の力を行使する。


であるのなら、神器の願いに応えることも神の行うべき統治であり、機能だ。そこに混在する意思はなく、ただ機械的に、受動的に願いを叶え続ける。


───これで、ようやく私は消えて、あの人が救われる。あの人は言っていた。私がこの姿でお兄ちゃんの前に現れることで、ソレも現実世界へ表出すると。


であるのならば、もう一度私という存在(自我)を消し去ってしまえば、あの怪物も再びアカツキの魂、その精神世界の底に落とされる。


そうなれば、アカツキとアレの立場は入れ替わり、アカツキが現実世界へ、アレは再び落ち続けるだけの暗闇の世界へ行くことになる。


それこそが在るべき形、───それだけが、この事態を収拾する唯一の方法だ。


白い腕は包み込むようにアニマの体を無数の腕に取り込み、やがてアニマをかつてのような球体、意思無き意識体へと回帰させる。


それこそが在るべき形、アニマ・パラトゥースに望まれる願いの形。武器に自我は無く、ただ振るわれ、その危機に立ち向かう。


───今度は間違えない、アカツキが傷つかない方法で、アカツキを助けるのだ。誰かを傷つけてはいけない、外の世界で精一杯生きている人を傷つけず、対象だけを的確に狙い、───殺す。


───私は器、私は刀。それ以下でも、それ以上でもない。


『.........ぅ゛』


別れを告げるように少女の体が軋み、痛みで反射的に肉体の声帯が震えるが、それはただの肉体の反射行為。


そんなことは分かっている。他の誰でもない私が。(アニマ)という心を通じて溢れた声ではないことを。


───そして、そのことを少しだけ悲しいと思った(アニマ)が居たことも、私だけが覚えていれば...。それでいい。


『───ううん。それはきっと悲しいことで、受け入れちゃいけないことだよ。そうだよね?()()()()()


───自我が消えてしまうその瞬間、これまで来訪者の居なかった神器の世界に二つの影が落ちる。


1人は少年のような幼い姿で、もう一つは僅かに残った記憶に居た青年によく似た体躯の...。


『そうだとも。アニマ、君は生きていていいんだ。僕たちのように過去の亡霊ではない、(アニマ)だからこそ───』


何故消えたはずの二人がここに来れたのか、そもそもどうやってアカツキの精神世界ではなく神器の内面を構成するだけの、暗き世界に姿を現せれたのか、二つの疑問が思い浮かぶが、それも消え入る前の残滓、きっと考えても無駄な行為で───。


『───アカツキと共に生きていく。それを願ったのは他でもない、(アニマ)という1人の少女が願ったことだろう?』


サタナスの見透かしたような発言、否。神器というものの生産者である彼だからこそ知り得た、アニマ・パラトゥース(神器)になる前のアニマ(人間)の願い。


───そこにかつての闇はなく。かつてのような後悔もない。サタナスという男は1度アカツキに救われ、魂の休まる地へと弟と共に向かった。



───これは奇跡によって救われたサタナスが神器メモリアとしての権能を使い、残した軌跡だ。


サタナスがアカツキに救われたからこそ───アカツキはサタナスに救われる。全ての因果が巡るこの都市で、三度、奇跡が成る。


『さぁ!!行こう、アニマ!!アカツキの体を支配する太古の人類の夢の集合体、彼等が過去に囚われ、闇に身を投じるというのなら、君は未来に進み───そこに光の絵の具で希望を描くんだ!!』


白い腕がサタナスの背後から伸びた七色の光に飲み込まれ、白い結晶となって暗闇の世界に舞う。パラパラと雪のように、けれど空から落ちてくるのではなく、大地から空へと上昇していく白い腕の残滓を、少女は呆然と地に足をつき、見上げていた。


ふと、視線を戻すとそこに二人の姿はなく、代わりにそこには七色の光を内包した結晶が残されており、アニマは引き寄せられるようにそれに触れ───。


『──────ぁ』


瞬間、世界に溢れ出した色と記憶。神器としてではなく、人として生きてきたアニマの一生が、神器に供えられた魂を閉じ込める為だけに作られた漆黒の世界に溢れ出す。


───黄金の小麦と、太陽のある方へ向けて咲き誇るヒマワリ、遠い山々に沈む夕日と、一つのランプの光を頼りに暗い廃屋でボードゲームをして遊ぶ少女と少年。


そこにいる()は今より幾分か小さく、それでも未来への希望で満ち溢れた瞳と、太陽のように眩しい笑顔で笑っている。


多くの記憶が、一瞬一瞬が目に焼き付くような思い出がゆっくりと移ろい、流れていく。


「アニマ」


最後に...どうして、この景色が最後だと私は思っているのか分からないけれど、それでもはっきりと目の前の青年は同じ時を経ても尚、変わらなかった私の頭に手を置き、悲しげに微笑む。


血に染まる夕焼け、燃え尽きた世界で横たわるその人の腹部からは大量の血が流れ出ており、もうその命が戻ってくることは無いことを嫌という程物語っている。


「───幸せに生きてくれ。俺の分まで、あいつらの分まで」


...その後に続く言葉を、私は涙を流しながら重ね合わせる。


「『───生きて、生きて。また、一緒に遊ぼうね』」


そこには戦争を駆け回り、迫りくる敵を一振りの剣で殺して回り、その体を血と敵の内臓で濡らし、虚ろな瞳で死を振りまいていた青年の姿はなく、───共に過ごしてきた少女との思い出を語る少年が代わりに太陽のような笑顔を見せる。


そこに居たのは別世界で生きていたという暁空紫雲でも、学院都市で潜入調査の為に偽っていたルナという名前の女性でもなく、───アカツキという1人の少年だった。


長く生きることで大人を演じることを強いられて尚、消えることのなかった幼い貴方。何よりも尊く、悲しいだけの物語。


───私とあの人は既に一度出会い、死に別れている。その執念が、その残響がアニマ・パラトゥースという神器の根幹にはあったのだ。


アカツキを何が何でも助ける、それは神器に備えられた使用者を守るという機能でもなければ、神器アニマ・パラトゥースがこれまでのアカツキの経験を元に培った思考でもなく、───ただの少女が願った純粋無垢な願いなのだ。


『...そっか。私は────アニマは友達として、アカツキと一緒に居たんだね』


同時刻、現世ではクラヴァー・リストロミアの干渉によりアカツキの体と人の夢、仮称ノクトルアと呼ばれる太古の人間の意識の集合体が引き剥がされんとし、それを寸でのところで抗っている姿があった。


「『やらせるものか、成させるものか!!貴様が、あの戦いにおいて、最後まで何もしなかった貴様のような男に我等が夢を阻まれるなど、───あってはならないのだ』」


既に近くに居たネヴと呼ばれる青年の体はその内に宿していた神格と魂を剥がされ、意識を失っている。今は形を保てていても、やがて機能不全を起こし、その身に取り込んだ終末の柱に逆に飲み込まれ、その自我はこの世界化から掻き消える。


しかし、アカツキは、ノクトルアは違う。人の夢が去ればそこには何も残らない。───今度こそ、この体は主を失うのだ。


「貴様もそれは分かっていよう。───分かっていて尚、我等を葬るというのか!!」


溢れんばかりの光の中、叫ぶノクトルアの下に一つの影が落ち、そのフードから顔を覗かせる。


「...久しいな、ノクトルア」


「『ノクトルア、だと?()()()()()()()()()()()()()!!我々は人の夢、人の願い、かつて我等人類が願った祈りの集合体にして、太古の知恵の集合知!!そのような凡俗な名など我々には不要!!』」


「神器という膨大な力を内包することの出来る無限の器、そこを満たす原初の魔力の隅、僅かな空間に取り入った旧人類の残骸。人の夢と呼ばれたお前達に教会は()()()ノクトルアという明確な呼び名を用意する。───これが、どういうことかは貴様であれば想像しやすかろう」


その言葉を受けて、ノクトルアの顔が驚嘆と怒りで震える。


【「『我等の存在をノクトルアという存在に押し留めるつもりか!そのような事を、我等の子供がする訳がなかろう!!13の聖人、神託を受けし選ばれた彼等が、そのような愚策を────』」】


「───否、貴様はノクトルアとして地に墜ちる。人の夢を驕る悪しき感情、人の悪性でしか無い貴様らがソレを名乗り続けることを聖人は許しても()()()()()()()


聖人に連なる、教会の最大戦力にして、各々が持つ冠位、教会の祖たる初代聖人より賜った称号を持って教会の認可を得ずに活動することの出来る真なる使徒。


「『大司教...。あの者達が我等を?』」


一拍置いて、ノクトルアが固まる。それは怒りや悲しみによるものではなく、ただ純粋に湧き出た疑問を解消せんとしたが為の時間。


しかし、それも長くは持たない。彼等は人の夢ではあっても、そのほぼ全てのリソースを負の感情に割いている。


信仰都市という地に溜まっていた呪いを糧に増長した弊害として、その意思は深く捻じ曲げられ、そこには崇高な意思も、かつての人類が持っていた優しさも無く、どこまでも自身の欲望の為に暴れ狂うことしか出来ない。


「『ゆ......の、か』」



「『許すものか!!許してなるものか!!あの者達がその権限を行使できるのは全て、我等が礎となって設立された教会、旧人類の我等に連なる教会の祖もまた、我等と同じ時を生きた同志!それを奴等は否定するというのか!!』」


その内に蓄えられた漆黒が溢れ出す。クラヴァーの放った光をを塗り潰さんとする闇は濁流のごとく辺りを満たし、それに触れた植物は枯れ落ち、地面を這う蟻などの生物は数歩動いた後に絶命する。


───命を奪い、それを糧に尚も増長し続ける罪人(つみびと)の夢。


クラヴァー・リストロミアの行使した魔法にも耐えうる精神と力を持っていたノクトルアが爆発的にその力を伸ばしていく。


完全なる肉体との決別、それを否定するように。


「貴様等は言ったな、自分達を葬ればアカツキの体は今度こそ主を失い、それを承知で引き剥がすのかと」


【「『そうとも、我等はアカツキ。人の夢。私達が夢見た理想を体現する真なる魂。既にここに弱きものは無い』」】


そうして、ノクトルアは重なる魂を一つに統括し、クラヴァーにとって最も許しがたい行為を行う。


「───だからさ、もういいんだよ。おじいちゃんも贖罪なんてせずに、自由になって」


アカツキの声帯、アカツキの体を使ってクラヴァーに手を伸ばし、微笑む。───その全てが、度し難い程の悪だとも知らずに。


「その記憶は全て過去の我が子達が思い馳せる望郷にして、心の拠り所。───貴様のようなものが安易に覗き見、語って良い言葉ではないぞ」


クラヴァーの語気、身に纏う膨大な魔力に僅かな赤が込められる。しかし、それでも目の前で膨張し続けるノクトルアの闇を押し留めることは出来ない、否。


───そのようなことを、彼は()()()()()のだ。


「...時間だ。───刻が来る」


老人は空を仰ぎ見、そこに映る満天の星々に目を細める。そこに至るまでの全ての道筋、こうしてリスクを背負いながらノクトルアの前に現れたのも()()()()()()()()()()


彼等ノクトルア(罪人の夢)は、その名の通り夢を見ているのだ。

彼等が嬉々として語る過去の大戦争、天と地を分かち、それでも尚終わることのない種の存亡をかけた戦争において勝利したのは自分達という礎があったからだと。


だが、それを見届けた者からすればやはりそれは礎、結果の前の過程でしかなく、天使という上位の存在を焼き払い、首を落とし、羽をもぎ、地に落としたのは───12人の武器を携えた子供達だ。


それぞれがそれぞれの魂に連なる武具に身を通し、これまでの死者を弔うように他種族を滅ぼしていく。そこに彼等の意思はなく、神器という強大な力にその精神を侵されながら、神意を振るい、やがて1人、また1人と倒れていき、───最後に残った少年も、全てを失って。


救い無き終わり、その上に立つのが今を生きる我々であり───この歪な世界だ。


「満天の星々。欠けたる月は笑い、───世界は廻る」


男の姿を背に空が回る。───これは比喩でもなく、事実。ノクトルアの目の前で星々は空を回り、しかし、空の中心には三日月が悠然とその場から移動すること無く浮かび、佇む。


「...なんだ、これは」


同時刻、その異変を感じ取ったガルナは雫の放った神雷を自身の時空間魔法と契約したアマテラスの演算によって防ぎきり、息を吐きながら組み伏せられた雫の次なる行動に警戒をしていたところで、違和感を感じ取り空を見上げる。

数秒程間が空いて、それぞれがその()()を感じ取り、白い雷が去った後の空を見上げる。


天間雫の魂と混ざり合う巫女達も、その光景を見て固まる。


誰の記憶なのかは分からないが、───彼女達は一度これと同じ光景を見たことがあるのだ。


どの()の記憶なのかは考えども答えはなく、代わりにとでもいうように口が動き、言葉を紡ぐ。


「...予言の日。私は、確かに見た。───廻る星々を」


───信仰都市の最南端。アマテラスが顕現した後も払うことの出来なかった呪われた大地。そこで1人の女は手の中でボロボロになって崩れていく紙切れを握りしめながら、(みな)と同じように空を見上げ、呟く。


「...事象の固定化。無限にある世界線から似た結末を辿る世界ではなく、今、私達が歩んでいる世界を発見し、()()()()()()()()()()


───クラヴァー・リストロミアの力、及び脅威の本質は予言である。この世界の未来に起きるであろう事象を無限にも思える平行世界から最もこの世界に似た道を辿る世界の未来から予測、その対処法や起こる災禍の内容を出来る限り予言として後世に託し、人に運命に抗うための機会(チャンス)と術を与える。


常人より異なる視覚を持つ彼だからこそ、知り得る魔法は多岐に渡り、これまで何度も大預言者と呼ばれる伝承の存在を狙った者達を単身で撃破し、記憶処理を行い、その地に記録された柱への干渉も可能だったが、それは全て予言と呼ばれる未来視による副産物。


真にノクトルアが恐れるべきは、クラヴァー・リストロミアの魔法などではなく、彼だけが持つ予言という未知の力だ。


その力の本質が何であるか、それを最後までノクトルアは考えなかった。何故、これまで彼の予言が一度も外れなかったのか、───どうして、この世界が今も在るのかを(ノクトルア)は疑問に思うべきだったというのに。


「───今、未来は繋がった。ここが終わりの時だ、ノクトルア」


夜空を廻っていた星々がその動きをやがて緩慢にしていく。それに呼応するようにこれまで瞬きをして、正常に呼吸していた筈のアカツキの体の動きも緩やかにになり、ノクトルアは世界で1人だけ10分の1の速度で進む時間に置き去られたのではないかと錯覚する。


(待て、待て、待て。行くな、私を置いて、先に行くな。どうして貴様だけが歩いている。何故、世界はこうもゆっくりと進んでいるのに、お前はその中で悠然と歩くことが出来る。予言とは何だ、私が全く動けないことと、この状況は繋がっている。他者の時間と空間に作用する魔法か?いや、それは記録者にのみ扱うことの出来る世界の秘技。神がその役割を与えたのは彼等の一族のみの筈で...。では一体コレは何だ?予言とは先を知ることだけではなかったのか?何故、他の星々に干渉するだけの芸当を何の儀式も代償もなく行えた?いや、そもそも、あいつは刻が来たと言っていた。であるのならば、こうなることは決まっていた...。───決まっていた未来を、再現した?違う!これはもっと上位の干渉、我等人類が奇跡と呼ぶもの!!)


【そ「う、『か』事象の」固定化。「辿るべくして」『辿る未来が』【ただしく訪れた】のか】


───よもや、ここまでとは。


世界がどうして今も在るのかを考えなくては、辿り着けない答えが在るなどと、とんだ無理難題をクラヴァーは押し付けてきたものだ。


───であるのなら、私がこうして動けないことにも合点が行く。


──────私達は夢を見ている。黄金の小麦畑。燦々と輝く太陽と、流れる川のせせらぎ。そこで穏やかに過ごしている二人の少年少女。その下へゆっくりと歩み寄り。


「ごめんなさいね。貴女達はただそこ(思い出の景色)に居たかっただけなのに僕達(私達)が戦いへと身を投じさせてしまった」


少年は何も言わず、流れる川を眺めているが、その隣に居た少女は振り返り、乱雑に重なった人の形をした何かの顔を見るために視線を上に映し、見上げ───。


「───いいよ!お兄ちゃんや、お姉さん達も一緒に遊ぶ?」


たった一言で少女は過去の影を許し、手を伸ばす。その手を取ってしまえばきっと私達は救われる。けれど、そこ(思い出)は貴女とアカツキだけのもの。他の誰も汚してはならない、大切な記憶。


───だから、俺達に出来ることは一つだけしか無かった。


「アニマ、この子(アカツキ)を大切にするんですよ」


───闇が祓われ、罪人の夢(ノクトルア)が人の夢へと戻っていく。呪いによってその属性の大半を負に偏らせていたが、本来在るべき形はこうだったのだ。


二律背反、正と負。矛盾にも見える事を積み重ねて人は未来に思いを馳せる。時に人を呪い、時に人を想い、時に誰かを恨み、時に誰かを愛する。


そういった全てを内包したのが人の夢であり、我等が誇る人の意思。歪みは正され、在るべき形へと戻っていくのだから、───彼女だってアカツキの側に戻ったって構わないでしょう?


人の夢の言葉を受けてアニマはその顔を少し曇らせた後、記憶にある人と同じような笑顔で笑う。


「───うん!任せて、わたし...わ、たしがきっと」


けれども、彼女は見てしまった。人の夢と呼ばれる彼女達、彼等の最期を。どれも真っ当な死に方ではなく、きっと消えゆく最期には苦しみがあった。


───神器アニマ・パラトゥースという存在を確立させる為に犠牲になった多くの人々。まさしく、彼女達は後世に託すためにその命を散らしていった人々が夢見た幸福な未来。


私はたまたまそこには居なかっただけで、もしかしたら人の夢を構成する数多の記憶としてそこに有ったかもしれない。そうならなかったのはきっと運が良かっただけ。───アカツキと出会わなければ、私はここには居ないのだ。


「───だから!!」


私は誓う。今度こそ、アカツキの側に立ち、その傍らで彼を守り続けることを。形無き意思ではなく、彼等が齎してくれた祝福()を持って、アカツキを支えると。


「───みんなの分も、ちゃんと生きるね」


アニマの覚悟を聞き届けて、()()は笑う。過去に生きた人々、その残響が祝福の鐘のように音を奏で、明るい太陽の下で魂が光の粒子となって、その場で消える。


───ここに人の夢は潰え、そして、願いが残される。

───消え入る前の、ほんの少しの夢。私達、僕達、俺達が夢に見た幸せな光景。


ぎぃぎぃと揺れる木製の椅子に腰掛けて、私達は目の前で語らう3人の子供達に起きてることがバレないように薄目で見つめる。


遠い未来、その結末を知っていて、耐え難い程の別離が訪れることも知っていながら僕達はその幸せな時間が少しでも長く続くように祈り、もう一度心地よい焚き火の音を聞きながら瞳を閉じる。


やがて眠ったふりをして話を聞く俺達の体を揺らして、3人の子供は大好きな過去の英雄たちの話を話してくれとせがみだす。


両手を掴まれ、乳を求める赤子のように話を聞かせてくれと声を張り上げる愛おしい子供達。


───そして、その老人は少し笑った後、子供達が眠るまで、お伽噺を語る。今は遠い昔、或いは先に居る者たちなのかは分からないが、世界を救うために戦った英雄達話。


───遥か彼方の浮遊都市を目指して旅をした、人間達の話を。

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