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遥か彼方の浮遊都市  作者: 神羅
【信仰都市編】
178/185

<願い星>

「上手くやってるかな、アカツキの奴」


ガルナとアマテラスによって開かれた雫が居る場所へ繋がる空間の裂け目へ飛び込んだナナはここには居ない青年の顔を思い浮かべながら不安の言葉を口にする。


その隣で並んで歩くアマテラスは今のナナの言葉に疑問を思ったのか、僅かに首を傾げ問いかける。


「お前はアイツの事が心配なのか?」


「そりゃ、そうでしょ。バカでどうしようもなくアホな奴でも仲間だからね、心配くらいするさ。アイツの前でなんか言ってやらないけどね」


「そうか。お前もアイツの仲間なのだから、それも当然か」


「そういうこと」


僅かな語らいを終えたナナとアマテラス、そしてその僅か前を歩くガルナとクレアは長い階段を登り終えてようやく雫の待つ場所へと到達する。


そこはかつての帰るべき場所、記憶など無くても魂が求める安息の地。


「やはりここだったか」


雫はいつまでも待ち続けている。今でも夢に見る幸せな日々が戻ってくるのを。───それが二度と戻らないと分かっていながらも待ち続けるのだ。


「あ!やっと戻ってきたんだね!!お母さんとクロも待ってたのに...。周りに居るのは新しいお友達?」


何の疑いもなくアマテラスがここへ来るのを分かっていた雫は満面の笑みでガルナ達を迎えた。少女の笑顔は眩しく、一切の不純を感じさせない。だが、その笑顔がこの惨状に似合わないものであることに少女は気付かない。―――気付けないのだ。


「雫、お前には何が見えている?」


「何って...。ここには私達の帰る場所があってそこにはお母さんと黒羽が...がぁ...れ?」


少女の目は欺瞞を映す。いつまでも続くと思っていた、続いてほしいと願っていた、どこまでも救いようのない幸せな世界を。


「雫...」


最初は自信満々と隣に居る雫にしか見えない幻影の存在を証明しようとしていたが、言葉の途中で雫の視界からそれらは消滅し、雫の瞳の焦点が拠り所を失い揺れる。


ナナは掠れた声で変わりきってしまった友達の名前を呼ぶ。しかしそんな少女の声も今の雫の心に響くことはない。


それもそうだろう。今の彼女は―――もう、人ではないのだから。


「大丈夫、大丈夫よ雫。ワタシは貴方の側に...二ぃ。いる...よ」


雫の意思とは無関係に口が開かれ、そこから発せられるのは別の女性のものの声。その小さな体に幾百もの魂を詰め込まれた結果、複数の人格が同時に表面へ現れる。


「あれらは巫女の今まで巫女から巫女へと()()()()()()()()ものの残滓、あれをどうにかしなければ雫を救いだすのは不可能じゃ」


「どうにかって、どうにかなるの?」


今の雫の状態は異常という他ない。瞳の色は何度も移り変わり、不規則に揺れ動く。雫の口から放たれる意味不明な言葉の羅列も次から次へと別の女性の声へと移り変わり、神という完成された存在であることを感じさせない不気味さを露出させている。


「やることは呪いを払うことと大差ないが、問題はスケールじゃな」


この中で唯一呪いというものをはっきりと視認できるアマテラスの瞳に映る、訴えかけるような無数の怨嗟の表情の女達の姿。


今まで巫女としてその短い生涯を終えていった数々の命、それが一つの欠けもなく今の雫に引き継がれているのだ。 


先代の巫女から次代の巫女に引き継がれるのは長い眠りにつく神と前任者の血肉と記憶、それが何百年にも渡り繰り返され、最初は都市を思い、この都市に住まう人々を想っていた崇高な意思も長い年月を経て腐り果てる。


光に満ちた未来を信じた希望は今や未来を漆黒で覆う絶望へ変わる。


───彼女達はただひたすらに信仰都市を救うために糧になってきたのだ。


その願いはいつからか歪み、逃れられぬ使命からの逸脱を望みながらも人々の為にと、愛する家族の為ならばとその命を未来へ捧げる。それは長い年月を経て、いまや神へと至るまでに増大し続けた。


「神の力の殆どは雫へと引き継がれ、今の私にはもう力と呼べるものは殆ど残っておらん。それに加え相手は長い時を経て肥大化した想い(呪い)、どうにかしようにも...」


「どうしようもないって?」

 

ナナの言葉にアマテラスは静寂を持って答えとする。答えを出すことを躊躇っているだろう、だが静寂であればある程に現実は非常であると叩きつけられる。


「そっか...。―――でも」


今更、諦められる訳がない。まだ希望はあると信じている。例えどれだけ細い可能性という糸だろうと、手繰り寄せてみせる。


「どうにかしてやろうよ」


その言葉を聞いてクレアは嬉しそうに微笑み、ガルナは少しだけ驚いたようにナナを見つめた。その視線に気付いたナナは振り向き。


「何それ、初めてあんたのそんな顔見た」


「お前からそんな言葉を聞くとは思わなかったからな。―――アカツキに似てきたか?」


ガルナにとってナナは悪い意味でも良い意味でも現実的な判断をする人間だと思っていた。今回は明らかに分の悪い賭け、救える可能性よりも圧倒的に救えない可能性の方が高い。


「バカじゃないの。あんな奴と一緒にしないでよ、私は私がやりたいからやるの」


「そういう所が似てるんですよ、ナナちゃん」


「クレア!」


身近に居る二人に言われてはナナもアカツキに影響されてなどいないと言うには無理があるだろう。確かにナナは少なからずアカツキの影響を受けていると自分でも僅かに感じている。たが―――。


「...似てなんかないよ、私はアイツみたいになれない」


ボソリと誰にも聞かれない声で呟いたナナは僅かに落ち込んだ気分を切り替える為に両の頬を叩き、前を見据える。


「よし!こんな下んない話はもういいでしょ。アマテラス、どんなに可能性が低くたっていいから、雫が救う方法があるなら言って、私に出来ることなら全力でやるよ」


「今の雫は神になったとはいえ、まだ完全体ではない。意識の混濁が続く限りそれは適応しきれていない証拠だ、完全に1つになってしまう前に僅かな綻びを見つける」


「綻びを見つけたらどうするの?祓うことはできないんでしょ?」


そう、仮に綻びを見つけたとて、そこから何をすれば今の雫を救い出せるのか。そこまで考えていなければ作戦とは言えないだろう。


「...私が雫の内側に入り込む。雫には悪いがその後、中で拒絶反応を起こし無理矢理雫とその他の魂の結びつきを引き剥がす」


歴代の巫女の魂が混ざり合おうとするのならば、その間に割り込み逆に魂の融合の拒絶を起こす。そうすれば雫と巫女の魂は混ざり合うこともなく次第に乖離していく。


「今の雫は正常な状態とは程遠く、話し合いをしたとてまともに通じるとは思えない」


「かと言って、雫が元通りになったとてあの子が諦めてくれるかといえば...私は断言できん」


彼女は自身の意志で終末の柱を取り込み、神へと至った。この結果を望んだのは他ならぬ雫自身、アマテラス達と敵対することも覚悟の上で今までの巫女の命を無駄にしない為に神に成ることを選んだ。  


今は神に成る道程を歩み、その最中にある記憶と干渉し、エラーを吐き出しているが、その選択をしたのは間違いなく彼女の意思だ。目を覚まさせたからといって、その決意が揺らぐ事は無いだろう。


───故に、彼女を止められる可能性が無いのだ。雫を過去の巫女達の妄執から引き剥がしたとて、彼女の意思はもう曲がらない。過程を変えようと結果は、


「───まぁ、雫の目を覚まさせてあげたら良いんでしょ?」


そんな悲観的なアマテラスの胸中を知りもせず、目の前の少女は事も無げにそれを言う。


「...私の声も、母親のレイの声も届かなかったんじゃぞ。生半可な事ではあの子は諦めんぞ」


家族の声も届かないのなら、どうしようもない。確かに最も身近で親密な関係を築いてきた彼女たちを持ってしても諦めないと言うなら、どうすればいいのか。


答えは、とうに決まっている。その為に私はここに居るんだから。


「───私がどうにかする」


「私の声もレイの声も届かなかったと言った筈じゃが?」


「まぁ、私も100%どうにか出来るとは言えないけどさ、一個だけあの子の目を覚まさせてあげられるかもって作戦があるんだ」


結局の所は運頼みに近い賭けになってしまうが、この方法しか雫の目を覚まさせる方法が思い付かない。だが、このやり方ではきっと皆は納得してくれないだろう。


だから、私は自信満々に、全く心配なんていらないよと言うように。


「――――――私に任せてよ」


「ナナちゃ...」


まるで覚悟を決めたかのように凛とした振る舞いのナナに一瞬違和感を覚えたクレアがその事に言及しようと口を開く。


―――だが。


「――――――あ。ア゛ア゛アァ゛ァァァ」


遂に意識の融合が最後の段階に移ったのか、頭を抱えた雫の体から溢れ出した呪いが空へとまるで柱のように昇る。


「ほら!もうここまで来たんだからやるしかないでしょ、時間を掛け過ぎれば私達の敗けでしょ!!」


言及をされないようにとナナは大きく声を張り、意識を雫の方へと集中させる。


「そのようだな。雫を助けたいのならばこれ以上の話し合いは危険だろう。方法があるのなら俺はそれでいい。―――クレアも、それでいいな?」


「......分かり、ました。私も私にできることをします」


拭えぬ違和感を無理矢理押し込め、クレアもまた前を向く。全員が雫の方へ視線を移すと、雫は前を手で覆い隠しながら叫ぶ。


「見る...ナ。やめて...ワタシを...私タちを、そんナ目で見るなァァ!!」


境内で少女の絶叫が響き渡り、信仰都市全土を揺るがしているかのような地響きが重なる。


「来るぞ!」


少女の絶叫と地響きが収まると同時に、その背後から白い手が無数に伸び、触れたものを光の粒子へと変えながらナナ達へ迫る。


鬼気迫るガルナの声を受け、ナナが空へと飛び上がり、アマテラスが地上でそれを迎撃するガルナと身を守る手段を持たないクレアに結界を張る。


結界にぶつかり、霧散する光の手を見て雫の中に居る何かは叫ぶ。


「どうして、ソイつらハ守ルのに私達を助けテくれなかった!!」


「......」


それは神の寄り代として生きることを強いられ、同時に命の終わりを決められた巫女の叫びであり、悲鳴だった。


その声に返すための言葉をアマテラスは発することは出来ない。お前は運が悪かったと、アマテラスを封じていた呪いがそれを許してくれなかったと言ったところで彼女達は受け入れてはくれないだろう。


「何も...言わない。そう、貴女はいつも、何も言ってくれなかった...っ!!」


光の手が一斉に空中で霧散し、次いで現れたのは空に空く巨大な光の穴。


「...善悪問わずありとあらゆるものを浄化する星の涙、その一滴か」


「えぇ、私達の運命を星は悲観する。ここは世界の縮図、そうでしょう?」


またも雫の口調が変わり、空に開いた穴から光が溢れる。それは先程までとは比べ物にならぬ、威圧感と神々しさを発しながら地上を浄化せんとする。


「ガルナ、一度だ。一度だけ、()()を使え」


アマテラスが手を差した先にあるのはガルナの首元で鈍く光る石、その中に眠る観測者をここへ呼べと言う。


「分かった」


アマテラスの言葉を受け、ガルナは躊躇う素振りもなく黒石を握り締め、意識を暗闇へと落としていく。


瞳を閉じたガルナの体から一瞬、黒い瘴気が舞い上がり、それは空中で散ったかと思うと瞬く間にガルナの体に取り込まれていく。


「...何の冗談だ、アマテラス」


「見ての通り絶望的な状況だ。力を貸せ、観測者」


「この体に負荷が掛かることを承知でか?」


「その負担の殆どは私が負う。この短時間で二度もお前を呼ぶリスクは重々承知の上だ。だが、そうでもしなければ―――あれをどうにか出来ん」


今にも溢れ出しそうな光を湛えた大穴を指差し、アマテラスは言葉を続ける。


「───お前ならば知っているだろう。あれがどういうものか」


空を見上げた観測者は目を細め、やがて全てを察したように一つ息を吐く。それはまるで見たくないものから目を背けたように見えた。


「まさか、ここでもお前が関わってくるとはな」


「自分では何も出来ぬくせに呼び出しておいてこう言うのは無礼だとわかっている。だが、感傷に浸るなとは言わん。今はあれをどうにかしてくれ―――――頼む」


時間が無いのは空の様子を見れば一目瞭然だ。信仰都市を包んでいた夜の帳を飲み込んだ光、その発生源である大穴からは既に水滴のように光が垂れ落ち、それは雨粒程の大きさでもあるにも関わらず地面に落ちると同時にそこから花が咲き誇る。


それはあくまで地面に落ちた場合に過ぎず、その光がどれだけ悪辣極まるものかは、生きている者、そして()()()()()()()に触れてからしか分からない。


「何...あれ」


街に倒れていた無数の化け物の死骸、それは教会から訪れた大司教ネクサル・ナクリハスの聖法によって怪物へと変えられた者達だったもの。


既にアカツキの手により頭部と胴体を切り離され生命活動は停止()()()()


空から落とされた一粒の光、それが触れた異形の屍から花が咲き誇り、頭部と切り離されたにも関わらず再び動き出した異形を見てナナは声を震わせる。


「...何で、あんたがこんなことしてんのさ」


怒っている、悲しんでいる、そのどちらとも聞き取れる声でナナがか細く呟く。


「...こんなことをあんたはしたかったの?」


その終わり方を誰よりも受け入れられなかった筈だ。人としての尊厳を奪われ、生き方を汚されたことに誰よりも涙を流していた筈だ。


「星の涙、何よりも短い人の生を悲観しておきながらその生を歪める遠き光よ」


変わり果ててしまった友人の姿にナナが力無く崩れ落ちる姿を横目で見やり、観測者は一拍置いて空を見上げた。


「お前に罪はないが再び眠りにつくといい」


観測者の視線の先、空に浮かぶ大穴が光を落とすその前にその形が不鮮明に揺れる。いいや、それは揺れるというよりは――――――歪んでいく。


「空間そのものに作用する魔法、これほどまでとはな」


それは紛れもなく奇跡の一端、奇跡とは呼べぬが限りなく奇跡に近い事象。それを只の魔法が上回る。そんなことあってはならぬというのに、それを可能にしてしまうのが彼だけが持つ魔法の特性であり───特異性だ。


「―――歪み、消えよ」


空を覆っていた光がその発生源である大穴と共に一瞬で姿を消す。大穴があった場所では先ほどまでと変わらない景色があり僅かに捻れて見えるだけで、その歪みも数秒もしない内に整えられ、何もなかったように空に月が浮かぶ。


「...アマテラス。1つ忠告だ」


「何じゃ」


「星の涙は本来、人の意思で呼び出せるような代物ではない。そもそも、星の涙が観測されること自体千年に一度あるか無いか。この都市におけるどの災厄をも上回る人々を滅ぼす災禍であり祝福、それをほんの一滴であるとはいえ、呼び出せる人物は後にも先にも1人だけだった」


それは人が覚えていてはいけない忌まわしき過去、世界によって隠匿された悲劇の1幕。


たった1人の人間によって人類が破滅の一歩手前まで追い詰められたことがある。それを知るのは今や観測者である彼しか居ない。


「───その女の名はジューグ、人でありながら星の意思に干渉を可能とした天才であり、世界を呪う復讐者だ」


彼女が歴代の巫女の中の1人に接触し、何の目的があってか星の涙を呼び出す術を教授した。


「その目的が何であるか私にも分からないが、油断はするな。あの女が善意で動くことなど考えられん」


それだけを告げて観測者は再び暗闇の底へと沈んでいき、それと入れ替わるようにガルナの意識が再浮上する。


「――――――星の涙が」


まさかこんなにも呆気なく消えてしまうとは思わなかったのだろう。現在の雫の表層意識を支配している巫女が空を見上げて呆けている。


その隙を見逃すことは幾ら落ち込んでいるとはいえ、ナナには出来なかった。意思に揺らぎが生まれ、隙が生じる。―――今なら。


「――――――っ!?」


あまりの出来事に目を奪われていた雫の前にナナが姿を現し、その右手を伸ばし触れようとする。


それから逃れるように後ろへ大きく後退した雫は体制を整え、迎撃体制に入ろうとするが目の前に居たナナの姿が見当たらない。


魔力の感知と視覚を使い必死に探すが、気配すら感じることは出来ない。


「一体...どこに」


まるでこの世界から消えてしまったようにナナの姿が消え、その刹那聞こえたのは何かが砕けるような音。それが空間を割って別空間から姿を現したナナによるものだと気付くにはあまりにも時空間魔法というものに触れる時間が短すぎた彼女には不可能だ。


空間から空間へと渡り歩く異質な魔法、呪術であっても空間や時間に干渉することは禁忌であると同時に一種の到達点である。


「―――捕まえた」


故に、神に至った彼女ですらそれを認識することは遂には叶わなかった。突如として背後から現れたナナは雫の体に組み付き、地面に押し倒す。


たった一人の人間に組み伏せられる程弱くはなく、たとえ一瞬の隙を突かれて組み伏せられたとしてもそれを振りほどくことは彼女であれば可能だ。―――可能な筈なのだ。


「...な、んで?」


体の上に跨がられ、体を動かすことができない。手足を動かそうにも地面に固定されたように地と手足が引っ付いて離れない。たった一人の人間の膂力に神である雫が敵わない。


―――そんなことが。あり得る筈がない。


「離...して」


「絶対に離すもんか!!もう、あんたをこれ以上一人ぼっちにしてたまるか!!」


それはナナの悲鳴に似た決意の声、たった一人で巫女としての責務を果たす。そんな悲しいことがあってたまるものか、と。


「苦しいなら苦しいって言いなよ!誰にも迷惑をかけたくないからって一人で全部背負い込むな!何の為の家族だ、何の為の―――友達だ!!」


アマテラスとナナの姿を交互に見て、雫は苦しそうに歯を食い縛る。彼女の意思は半ば他の巫女と同化してしまい、薄れてしまっているというのに、ナナの言葉を聞いて雫は明らかに動揺している。


「静かにし...違う、違う違う違う!!黙れ、黙れぇ!この子は私達の希望、私達の積年の恨みを晴らすための愛しい最後の巫女だ!!」


「過去の亡霊が勝手にしゃしゃり出てくんな!私はアカツキ程甘くはないんだ、死んだやつが今を生きてる奴の意思を勝手に決めつけて、自分の都合の良いように解釈しようとすんな!!」


ナナの怒りに呼応して体にかかる重圧がより一層強くなる。地面に体をめり込ませながら雫は唯一動く目でナナを強く睨み、言葉を使い隙を生ませようとする。


「じゃあ、私達の()()()はどうなる...!!有りもしない、意味もないもの(儀式)に付き合わされ、7年という月日しか生きることを許されず、その身を余すところなく次代の巫女に食われ、絶望を積み上げることしか出来なかった私達の...あの、苦しみは―――どこへ行く!?」


無かったとは言わせない。無意味だったとも言わせない。僅かな記憶と共に肉体を取り込み、そうして引き継がれてきた巫女の命。


それは悲劇という言葉に表すことは出来れども、果たしてその言葉で彼女達の運命を表していいものか。数え切れない憎しみと悲しみ。


それが積み重なって、いずれはこの都市を救う光となる。そうであれば良かった。―――たとえ嘘であると分かってしまってもそう願うことしか出来なかった。


「私達に意味を...与えるのが最後の巫女としての使命。こんなにも醜い都市を生きながらえてこそ、私達に意味が生まれる―――生まれ続ける!」


誰よりも運命からの脱却を望み、この都市の破滅を願ってきた彼女達、だが、彼女達の命に意味を与え続ける為にはこの都市を存続させていくしかない。


元より巫女の命はこの都市を守るためだけにある。これはこの都市に住まう人間にとっての常識であり、巫女を引き継いだ人間の責務である。


矛盾していると分かっていてもそうせざるを得ないところまで来てしまった。


「だから...私は、私達は!!」


雫の声が一段と荒くなり、それと同時に空を雲が覆い、雷の音が信仰都市に鳴り響く。ポツリポツリと雨粒が空からこぼれ落ち、やがて小雨となり、雷雨に変わる。


「たとえ、身動きが取れずとも呪法は使える。私の動きを封じたところで意味などない!」


空から感じる絶大なプレッシャー、それはかつてダオが見せ、つい先刻のネヴとの戦いでクレアが一度見せた最高位の呪法、天雷の予兆にも似た余波だ。


「お前達人間はおろか、ただの一度も私達を救わなかった神になど防げまい。これはまさしく罰だ!!この都市で神として君臨しておきながら悲劇を阻止できなかったお前への―――!!」


空から降り注ぐ絶大なプレッシャーの発生源、白く光る雷が天雷とは比べ物にならないことを証左している。

神に至り、無限にも近い呪力量を誇る彼女が放つ天の裁きは、もはや神の領域へと至る。


それは天の裁きなどではなく、神による裁きと呼ぶに相応しく、その対象は境内に集う数多の生。それらを悉く焼き尽くすことだろう。


―――それを止める手立てが彼等に無いことを除けば、だが。


「神雷...。よもや、あの子以外にそれを成し得る器がこの世に存在したか」


「始まりの巫女がそれを成し得るなら終の巫女がそれを成し得るのは必然、貴女は神でありながら神の裁きによって滅ぼされる!!」


天雷を発動するだけでも莫大な呪力が求められるというのに、それを凌駕する威力を誇る神雷を発動するには実に天雷の十倍に当たる呪力が必要となる。


それだけの呪力を留めておけるだけの器は歴代の巫女でも始まりの巫女であるシズクと唯一巫女の中でこの都市を滅ぼさんとした裏切りの巫女、更には信仰都市で最後の巫女である雫くらいのものだろう。


長く続いてきた巫女の歴史でも僅か3人のみしか扱えぬ呪法の頂、それをたった3人の人間とアマテラスだけの為に行使するのだ。


「手札はまだ揃いきっていないか」


「そうじゃ、仮にも神であるというのに今のあやつらは扱える呪法の種類があまりにも少なすぎる。実力ではまだネヴの方が上じゃろうな」


羽化を遅らせている原因は何度も言っているように複数の人格が雫の内側に在るためだ。個であるネヴは力と記憶の制御など必要としないが、無数の魂を宿した雫には浮上してくる魂ごとに実力のムラがある。


「それがどうした!神雷であればお前らを倒すことなど―――」


「こちらが何もしてきていないと?ここまで来てお主らはまだ気付いていないとはな、いや、神との繋がりが限りなく薄かった巫女では気付くことは出来ないか」


「何を...いや、まさか契約が巫女以外に可能な―――筈が、無い」


徐々に表情が怒りから驚愕に変わり、尻すぼみになっていく言葉を聞きながらアマテラスは隣に立つガルナのその手を握る。


「こちらで補助はする。何もあれを正面から受け止めることは無い。結局の所はあれが落ちなければいいのじゃからな」


雫の上に跨がるナナも表情を変えることはなく、空から落とされる神雷のことなど気にも止めず、ただ身動きを封じることだけに集中している。


「奇跡である星の涙に比べれば呪法の枠に留まっている神雷は驚異ではない。今の私達であれば対処することは可能だ」

 

「ならば、やってみろ!!所詮は神の残滓と唯の人間、お前らに止められるのならば...」


空に立ち込める暗雲が更に厚く濃くなっていく。遠くで沈んでいく夕焼けの光を遮断し、暗闇が都市を埋め尽くした後にそれは空を切り裂き落とされる。


大気と大地を揺らす程の轟音と共に人々の呪いが集約した雷はその下にある大地を焼き、生命の住めぬ呪われた大地へと変えるだろう。


「この都市の最南端。現代でも尚、呪いによって生命を芽吹かせぬ大地、そこであれば神雷が落ちようと関係ないじゃろう」


正面から受け止めることは不可能、先程のように空間ごと捻じ曲げで無かったことにすることも。


だが、―――落ちる場所を逸らすことならば可能だ。


『演算、開始』


空から落とされる雷、一本の大樹から幾重にも枝分かれしたそれらを余すところなく他の場所へ転移させる。ガルナだけでは不可能だろうが、ここには空間の転移すら可能にしていたアマテラスが居る。


彼女の目と頭があれば、全ての雷を捉えることは可能だ。


『総数26942の呪力の塊を補足』


アマテラスの声が機械的なものに変わり、その全神経、全権能が神雷唯一つに向けられる。


『落下地点の座標、把握』


枝分かれした雷の落ちる位置も割り出し、後はガルナにより魔法が行使されるのを待つのみとなる。


空に描かれた無数の雷の軌跡、その下の大地に現れた巨大な魔法陣。それはこの緊迫した状況には似つかない幻想的な雰囲気を感じさせ、この場で唯一大地と空を仰ぐことの出来たクレアはつい口を緩めてしまう。


「綺麗...」


1秒にも満たない刹那のような時間、だが、その光景はまるで写真のように静止し、クレアの両の目はその景色を焼き付けた。


そうして、暗雲が晴れ、落ちた太陽と共に空に顔を覗かせる無数の星々。


それを憎らしげに見上げながら神社から遠く離れた場所でネヴは呟いた。


「星の涙も、神雷も止められたか。存外お前の仲間は上手くやっているようだ、だというのに―――」


その手には右足と左の腕の根本から切断されたアカツキを引きずりながら、冷ややかな視線を送る。


「―――お前はこの様か」


それは間違いなくアカツキの敗北とネヴの勝利を決定づける残酷な光景だった。

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