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遥か彼方の浮遊都市  作者: 神羅
【信仰都市編】
172/185

<願いは彼方へ>

この時の為に全てを捨ててきた。愛すべき家族すらこの手で奪い、やり直す前提で事を進めてきた。


誰にも理解されないと分かってはいた。そんなことを妻と娘が望まないことも。


それでも、ただひたすらに理想を現実にするために役割も使命も願いも命さえも踏みにじってきた。


「...最初からこうなることは分かっていたのじゃろうな」


遠くに立ち上る黒い柱を眺めながらアマテラスは少しだけ安堵したようにため息をつく。


数分前、信仰都市そのものであるとも言えるアマテラスの認可と共に魂の入れ換えは行われる筈だった。しかし、そこで致命的なエラーが見つかった。


やはり、過去に死んだ人間を甦らせるなんて芸当、そう上手く行く筈は無かった、ということだろう。


「私が取り戻したいと願った二つの命、片方は魂はあれど器が偽物、もう片方は魂すら回収されていないとは思わなかったが...これで良かったのだろう」


「上手く、いかないものだな。ここまでしておいて失敗するなど」


エラーを発見した後、それに追い討ちをかけるように純白の世界に出現した黒い柱が現れ、ダオとアマテラスが当初計画していた生死反転の儀式は終わりを告げた。


「いいや、君はよくここまで至った。おおよそ人の身では叶わない奇跡を発動させたんだ。そのことは誇っていい。そして―――アマテラス、君もここまでよく頑張ったね」


崩れ始める世界、最後に残された中心部に青年はアマテラスの記憶と寸分違わない姿で、───記憶に焼き付いたままの姿で現れた。

突然の出来事にアマテラスは声を失い呆然と青年を見据え、


「...どう、して」


「僕がここでやるべきことは一先ず終わらせたからね。現実世界で会えなかった分、君達とこうして話してみたかったんだ」


「英雄、ネヴ・スルミルか。敗者たる私達に何かようかね?」


侮蔑気味に言い放ったダオにスルミルは嫌そうにするでもなく、まだダオの隠している真実を言い当てる。


「敗者とはよく言う。仮死状態で魂をアマテラスに保管させている君の部下達、仮に一度目の儀式が失敗しても再度発動させる気だろう?」


「まさか、そこまでお見通しとはな。だが、私の我が儘にあの子達を再び付き合わせるつもりはない。仮に私の作戦が失敗した時は最後まで民を守れと伝えてある」


「...矛盾しているな。それは。君は民を裏切り、過去に死んだ人間を甦らせる為の生け贄に捧げようとしていた。それなのに次は守れと、君は言うのかい?」


「私、ダオの願い、理想は潰えた。ならば祭司としての役割を果たすのみだろう」


「―――随分と、酷な生き方だね。同じ体に別人が居るようなものだ。家族との幸せを取り戻す為なら如何なる犠牲も問わないダオと祭司としての役割を果たすダオ、どちらも一つの魂であり、同一人物だ。そうなるまで追い詰めてしまったのは僕らのせいだろう」


彼の場合、二重人格ではなくどちらもダオという名前を持った一つの魂、一人の人間だ。だが、相反する願いを抱え、次第に彼の中で矛盾は当たり前になってしまった。


「―――気を付けるのだな。外にはおそらくお前の体を持ったあの男が居る。我々が生命の檻から戻ってくる時を待ち、奇襲をかけるつもりだろう」


「知っているとも。だからこそ僕はアカツキに会いに来たんだからね。これから起きる第2波に備えて幾つか僕も保険はかけてある」


「あぁ、それと。どうかアマテラスは責めないでやってくれ。私が丸め込め、無理矢理従わせていたに...」


「―――違う」


アマテラスを擁護する言葉を遮り、否定したのは他でもなくアマテラス自身だった。生命の檻に徴収される際、肉体が死滅してしまったダオとは違い、現実世界に戻ることが出来るアマテラスを気遣っての言葉を彼女は否定する。―――否定しなければならなかった。


「私はもう一度お前達に会いたかった。誰かに願われたからではなく、私自身の意思でこの過ちを選んだのだ。そうすればまた会えると...思って、私は―――」


この願いは本物だ。出来ることなら時を巻き戻し、またシズクとネヴの二人との生活に戻りたいとどれほど願ったか。機械的に人の願いを聞き届けてきたアマテラスにダオが告げた生死反転の儀式、それを聞いた時、何百年ぶりにアマテラスは自身の願いを口にした。


「また、会って、話して、一緒にお風呂に入って、一緒に寝て、一緒の朝をもう一度―――迎えたかった!」


「...うん」


「だから、私はこの都市を裏切り、お前との約束すら反故にした。間違いだと分かっていてもこの道を選んだ。それだけは、言わせてくれ」


最後までアマテラスの独白を聞き、スルミルは少しだけ申し訳なさそうにしながら少女の姿をしたアマテラスへ微笑んだ。


「ごめんね。アマテラス。君もダオも僕が狂わせてしまった。けど、良かった。君がちゃんと自分の意思で、自分の考えで生きていて。君の中で他の魂と過ごしていただけの僕じゃ、外野から眺めてるだけのようなものでね。少しだけ心配だったんだ」


「......」


「君達の望みである過去に死んだ人間の蘇生、実を言うと僕も昔やろうとしたことがあったんだ。けどね、そんなことをしてもあの子は喜ばないって気づいて、やめちゃったんだ。大切な人を取り戻したいという願いは誰しもが思って当然で、それは神様であるアマテラスも例外ではないんだよ」


そう言ってスルミルは気恥ずかしそうに頬を掻きながら笑った。


「その大切な人が僕、というのはとっても嬉しいよ。それに君達も止めて欲しかったんだろう?だから、今まさに儀式が失敗しても特段悔しそうでもなく、むしろ安堵すらしている」


ダオは答えない。きっと、スルミルの言葉が図星だから言葉に出来ないんだろう。


「結局のところ、これはこの都市に住まう人間とアカツキ達が乗り越えるべき試練の一つに過ぎない。真の試練はこれから、正真正銘、地獄の主ハデスとの全面戦争だ。教会もこの都市から退き、カルヴァリア・スルミルの分身も撃退した。―――どうだい?君は安心して彼等にこの都市を任せられるかな?」


「は...。最後まで悪魔になりきれなかった老人から何を聞きたいのかと思ったが、そんなことか。私は乗り越えるべき試練としてこの儀式を発動させた訳ではない。やるからには本気だったさ、その本気をお前と、アカツキ達は乗り越えた。ならば、心配はあるまい」


本格的に生命の檻の崩壊が始まり、中心部に位置する三人の空間にも干渉が始まる。不純物を吐き出すための機能が働いているのだろう。


再び体が光に変換されていくなか、ダオは最後に英雄へ頼み込む。


「どうか、この戦いが終わったら民に真実を知らせてほしい。自分達の信じていた祭司、神は本当は民を犠牲にしようとしていたと。これからは誰にすがるでもなく、自分の意思で生きてくれと。そして―――信仰都市は消滅したと、伝えてやってくれ」


「―――分かった。彼等を救った後で全てを伝えよう。彼等の過ち、君達の過ちを」


全てが光へ還元される。戻るべき魂は再び器へ戻り、既に器無き一つの魂は一人の少年の下へ向かう。



......。



「―――これは」


同時刻、カルヴァリア・スルミルを撃退し、雫との戦いを避けたリアとウーラ、そして観測者から体を返してもらったガルナは再三の異変に気付き、空を見上げる。


「光の輪が消えているっていうことは、儀式が終わった証?成功したの、それとも失敗したの?」


リアの問いにガルナは空から降り注ぐ光の粒子を見上げながら答える。


「どうやら、後者のようだな。―――戻ってくるぞ」


ガルナ達の横に突然降って湧いたクレアとナナ、二人はきょとんとした顔でガルナ達を見つめた後に顔を見合せ。


「何とか...なったみたいだね」


「はい。ナナちゃんも無事みたいで何よりです!!」


普段通りの言葉を交わし、クレアの手をガルナが、ナナの手をリアが掴み立ち上がらせる。


「ナナちゃん、痛いところとかない?どこも怪我とかしてないかしら」


「大丈夫、大丈夫。それよりもクレアのことを心配してあげてよ。あいつ、一人で無茶したんだから」


リアとナナの会話の横でガルナと話をするクレア、英雄の方のネヴ・スルミルから預かった知恵と呪いを持って奇跡を体現させた彼女は特に普段と変わらぬ様子で立っている。


「お前も無茶をし過ぎだ。アカツキが知ったらまた怒るぞ」


「えへへ...。けど、上手く出来たみたいで良かったです」


「クレアちゃんが...一人で?」


「うん。今回に関しては私は一切聞いてないし、関与してない。クレアが一人でこの都市の人達を救ったんだよ」


アカツキ、ガルナ、ナナと各々が突出した何かを持っているなか、特に何が得意という訳でもなく、秀でたものを持たないクレアがまさか奇跡を発動させるとは思っていなかったのか、ウーラも興味深そうにクレアのことを見つめていた。


「とにかく、ダオの目論みはクレアが打ち破った。カルヴァリアも撃退し、残る問題は雫だけ...」


「――――――いいや?」


ようやくこの都市で起こっている大厄災とも言える事態に光明が指し始めた頃、彼は暗雲と共に現れる。


「むしろ、この舞台を用意してくれたお前達に感謝しよう。仮にダオが生死反転の儀式を成功させていた場合、過去の英雄と戦うことは避けられなかった。相手がお前達だけというのは―――こちらとしても有難い話だ」


彼はこの時を待っていた。度重なる激戦と、ダオの発動させた生死反転の儀式の失敗を地の底より心待にし、一番油断するタイミングで現れる。


―――数万に及ぶ泥で出来た異形の怪物と兵、再度溢れ出る地獄の泥を引き連れて最後の絶望は表舞台に姿を現した。


「―――ウーラ!!」


地獄の主ネヴ・スルミルが最初に狙ったのはイレギュラーであるウーラだった。未だ未知数な聖法と新たに観測した街一つを用意に滅ぼすことの出来る神法を使用するウーラを狙ったのは最適解だ―――だが。


「残念ながら私もこれ以上深入りするつもりはありませんよ。―――私はアオバ君の下に帰るとします」


迫り来る泥の腕がウーラを包み込む前に彼女は唐突に姿を消す。まるで最初から居なかったかのように、消失したウーラに地獄の主は舌打ちをこぼす。


「―――逃げられたか。だが、消えてくれるというのなら好都合だ」


「...ウーラは恐らく無事だ。どのような方法で消えたかは分からないが、殺されてはいないだろう」


空間を渡った形跡もない、魔法や聖法を使うような素振りも見せていない。正直な話、何が起きたのか誰も理解できないが、それでも無事だということだけは確かだった。


「さて、この物量を相手にお前達はどうする」


地獄の主に付き従う泥の化物が数えるのも馬鹿馬鹿しくなる程に増殖し、ガルナ達の足元を流れる泥は次第に勢いを増していく。街一つを飲み込むのもそう時間のかからない速度、逃げ出そうにも街には無数の化物が蔓延り、そう簡単に逃がしてはくれない。


「最早出し惜しみする余地はない。あの男の分身がこの都市に現れた以上、本体も万全の準備でこちらへ向かってくるだろう。その前に俺は力を確立させなければならないのだ。この都市の人間が俺一人になり、ハデスが再び目を覚まさなければあの男には敵わない。神たる資格を持って初めて、俺達人間はあの男の土俵に立てるのだからな」


アマテラスという神を信仰する人間が居る以上この都市の神はアマテラスということになる。しかし、アマテラスを覚えている人間、信仰している人々が一人残らず消え去ればこの都市にカウントされる命はこの男一人となる。


その男の信仰する神が今は意識無き幼神ハデスとなれば、全てのリソースはハデスへ委譲され、神の資格を得るのだ。


「アマテラスが本来の器に戻ったとなれば、殺すことは容易い。簡単な話、奴が死ねば手っ取り早いのでな」


そこでガルナは辺りを見渡し、アマテラスと思わしき姿がないことを確認すると。


「―――今から転移でアマテラスの下へ向かうぞ!!あいつは今孤立している!」


「命を削ってか?お前に残された魔力は生命維持に必要な最低限の魔力のみ。それ以上魔力を引き出そうとすれば命を対価にすることになるのだろう」


「だからどうした。数年寿命が減るだけだ。ここでみすみすアマテラスを殺されることに比べれば安いものだろう」


アマテラスが殺されればこの都市の人間を殺さなくとも神の座が空くことになる。雫がアマテラスの消滅に気づいたとしても、それより先にハデスをその座に座らされては取り返しがつかなくなる。


その時点でこの勝負に決着はつき、ガルナ達の敗北は確固たるものとなる。


覚悟を決めてガルナが時空間魔法を発動させようとした瞬間、ネヴは右手を前に出し牽制する。


「また、腹を貫かれてみるか。今度はお前ではなくそこにいる女でもいい、誰かを犠牲にしてでもアマテラスを救うつもりならばやってみろ」


一度、ガルナは空間を渡っている最中に干渉を受け、背後からネヴに襲われている。一人で向かえば確実に死に、誰かと向かえばそこにいる誰かが死ぬことになる。


「―――時間切れだ。誰かを犠牲にしてでも行くべきだったな」


ガルナ達の足元から勢いよく溢れる泥と、背後から迫る生あるものにしがみつく死者の腕、逃げ場を塞がれ、リアが剣を抜き迎撃しようとするが、その体を横から殴り飛ばす黒い影があった。


「――――――ッ!!」


一人ガルナ達を捕らえた泥の外へ放り出され、咄嗟に向かおうとするがそれを阻むようにネヴが立ちはだかる。


「お前は確かに強い。俺が全力で戦っても勝てぬ程にな。―――だが、お前は奴等が居る限り本気で戦うことは出来ない。そうだろう?」


「...」


「おかしいとは思っていた。各地でお前の戦いを見てきたが、その戦い方、戦力にばらつきがあったからな。その中でお前がもっとも弱いと思ったのは近くに仲間が居た時、その時のお前は隙だらけ、実力も十分に引き出せていない。―――まるで他のことに気を取られているようにな」


彼の()はこの都市全土を観測していた。戦いの起きた場所、誰と誰が戦ったか、それらを地獄より観測し、驚異になりえる人間を予め割り出し、その対策を練っていたのだ。


「そこまでして見られたくない何かがあるのか?お前という人間を畏怖の象徴として見られてしまうようなものが」


この男の話に付き合う余裕も無ければ時間も無い。今まさに仲間が目の前で殺されようとしているのだ。早く向かわなければ―――。


「行かせると思うか?」


踏み出したリアの足を絡めとるように現れた怨霊の腕によって身動きを奪われたと思いきや、次にネヴは掌をリアの方へ向ける。するとリアの視界は暗闇へ閉じ込められる。


体の感覚が彼方へ飛んでいき、意識が生きている内に行ってはならないどこかへ誘われていく。だが、内側からそれを掻き消すように熱く燃える何かが胎動を始め―――。


意識を持たないまま、リアの体は動きだしネヴへ接近すると大振りの一撃を放つ。それを身軽な動きで回避した先へリアは接近するとネヴの頭部を容赦なく蹴りあげる。


「―――成る程。それが見せたくなかったものか」


空中へ投げ出されたネヴから見たリアの表情はまるで別人のように変わっていた。興奮し、赤くなった瞳は大きく見開かれ、頬は高揚しているのか赤く染まっている。


そして―――笑っている。


戦いを求め、戦いを楽しむその光景があまりにもリアという人物像から離れている。


顔に笑みを讃えたままのリアに頭を押さえられ、今度は地面に打ち付けられるとネヴの頭部は豆腐のように崩れ、赤い血と脳から溢れ出る液体が辺りに飛び散る。


「面倒だ」


だが、既に肉体の死などというものを超越した男は割れた頭部を気にせず体を押さえつけるリアの脇腹へ掌から生み出した槍を突き刺す。


勢いに任せて突き刺された槍は脇腹を貫き、内蔵をズタズタにしながら逆側から先端を覗かせる。


「血...」


脇腹から流れる血を見て、リアは更に楽しそうに笑いながら突き刺さる槍を強引に引き抜くとネヴの髪を掴み、一度地面へ叩きつけた後、ガルナ達の閉じ込められた泥の檻とは逆方向へ放り投げ―――。


「あ」


ネヴを放り投げる時、視界に端に移った盛り上がる泥を見てそこで、ようやく思い出す。閉じ込められた者達、助け出そうとした仲間が居たことに。


「俺の勝ちだ。骨すら残らぬくらいに喰らえ、虚ろなる魂よ」


伸ばされた死者の腕は中で身動きの取れないでいるガルナやクレアへ到達し、自分達と同じ泥の底へ連れていこうと―――。


「――――――んなわけ、ねぇだろうがあああああ!!」


突如として空から聞こえてくる声と落ちてくる巨大な影、それは重力に任せて勢いよく泥の檻へ直撃すると、迫り来る死者の腕ごと燃え盛る紫色の炎が蒸発させる。


それは雫とアカツキでしか対処できない筈だった泥をも無に返し、文字通り世界から消滅させる。


「浄化でも侵食でもない。消滅だと?」


アカツキのように神器から生まれた何物にも染まらぬ闇で上書きするでも、雫のように不浄なものを浄化させる訳でもなく消滅させたということにネヴは危機を抱き。


「そこにいる男を殺せ!!」


辺りで増殖を続け、無差別に破壊を繰り返す異形の化物へ向けて命令を下す。ネヴの命令を受け、この街に存在する化物は一斉に振り向き、目をギラギラと輝かせながら現れた謎の男を殺さんと走り出す。


「―――残念、一人だと思った?」


次いで現れる野暮ったいボロボロのローブに身を包んだ魔導師のような女性。その女は化物の固まる場所へ向けて杖を向けると。


「意思を持たない可哀想な魂達。ここで朽ち果てなさい」


杖の向いた先で青い光の雨が空から降り注ぎ、その一滴に触れただけで異形の怪物達の体は地面を流れる泥と共に固形化し、ひび割れ、やがて砕けると黒い粒子が漂い、それも風に流されて消えていく。


残された泥の化物はそのことには目もくれず、ネヴの命令通りに屈強そうな男へ群がっていく。


「あー。めんどくせぇ!!ガキ共、こいつを抱えて後ろに下がってろ」


そう言って投げ渡された少女をクレアが受け止めると、そのことに不満を抱いた少女は声高に叫んだ。


「もっと丁寧に扱わんか!!助けてもらった事には感謝するが、急に飛んだかと思ったら勢いよく落ちよって!」


「おーおー。怖かったかよ。それはわりぃことしたな。―――神様」


男の言葉を聞いたナナはそっとクレアが受け止めた少女の顔を見て。


「もしかして、アマテラスなの?」


「この小さな体では威厳も何も無いだろうがな。アマテラスで間違ってはおらん」


「あんたに寄り代ってやつがあったことは知ってたけどこんなちっこいとは思わなかった」


「お前もチビッ子だろうが」


「は?」


後ろでそんな会話をしているなか、男は何度か確認するように両手を開け閉めし、特に問題が無かったのか拳を目の前で突き合わせ。


「先ずは凱旋のパレードと行こうじゃねぇか。精々俺らを祝福する花火になってくれや、化物共!!」


紫色の炎を纏いながら振るわれた右手から放出された魔力とも呪力とも言えない炎は渦巻き、迫り来る泥の化物を悉く灰塵に帰していく。


「体の調子はなかなか良いが、肩慣らしがこれっぽっちじゃ、ちと足りねぇな」


辺りを焼き尽くした紫の炎の向こう、背にはリアの変わりに守ってくれたガルナ達が特に怪我もなく立っており、安堵したリアの前へ魔導師と思わしき女が移動してくる。


「怪我は...特に問題なさそう。はいこれ」


そう言って女は自身の着ていたローブをリアに着せ、フードを被らせる。


「まだ頬の紅潮と目の色が戻りきってない。見せたくないならそれを被ってるといい」


「ありがとう。不甲斐ない私の代わりにあの子達を守ってくれて」


「気にしないで。それに貴女があの男を引き付けてくれたから私達は怪物の除去に専念できた。あと、これ」


そう言って差し出された紙切れをリアは受け取り、その内容に目を通す。


「ネヴからの伝言。ここは私とあいつに任せて、そこへ向かって」


「けど...」


「大丈夫。私達でここはどうにか出来る。けど、その化物は必ずここに訪れる。それに対処できるのは貴女だけだから、どうかお願い」


素性どころか名前も知らない女、だが、その紙切れに記された内容に書かれた化物がここへ来ることを知れば、そちらをどうしても優先しなければならない。


「今は本体が封じられて分身であるとはいえ、一つの世界の終わりにその化物が現れるのは必然的。どうか、ここを()()にしないで」


「...分かったわ。けど、あの子達をどうか死なせないで。大切な仲間なの」


「了解。責任を持ってあの子供達は守る」


それを聞き、リアはその場から離脱するのを見届けると男は不満げに歯を鳴らす。


「そいつとも殺しあってみたかったが、ネヴの野郎があの女しか対処できねぇって言うなら仕方ねぇ」


「......」


女とリアの対話を聞いていたガルナは何か思い耽るように口元に手を当てる。その様子を屈強そうな男はちらりと横目で見た後、「気になるのか」とガルナへ質問する。


「お前が何を考えてるのかなんて分かりもしねぇが、今はこっちを優先しろ。あいつをぶっ倒すにはてめぇの知恵が必要だ」


男が指差した先には街を飲み込んでいた泥を集め、吸収している地獄の主、ネヴ・スルミルの姿があった。


「また、会うことになるとはな」


「てめぇとは短い付き合いだったが、こんなことをする奴とは思わなかったぜ。ネヴ」


「親に見捨てられ、妹をこの都市の為に犠牲にされ、狂わない方がどうかしているだろう」


「そう。じゃあ私達のことは恨んでないの。貴方と入れ替わった彼を友と呼び、何も知らない振りをしていた私たちを」


屈強な男の横に立った灰色の髪の女の質問にネヴは無表情のだが、少しだけ憐れみの感情が混ざった声で答える。


「いいや。お前達を憎んだことはなかったさ。そうすることでしかこの都市に未来は無かった。選択を強いられていたのは俺だけじゃない。お前達もだった」


ネヴと対話ををする二人がまるで旧知の中のように聞こえ、ナナの頭の中をある一つの確信が頭によぎる。


「あんた達、もしかして―――」


ネヴ・スルミルという男の悲劇は知っている。だが、ナナ達が知っているのは実際にその記憶を追体験したクレアから聞いたものだ。


だが、この名も知らない男はそれを知っているどころか当事者のように話している。


それはおかしなことだ。ネヴ・スルミルという同じ名前を持っている二人、そのどちらも大昔に生きていた人間であり、そんな彼らと同じ時代に生きた当事者だとしたら。


「そうかよ。それだけ聞いときたかったんだ。俺達もお前も、運命に踊らされた愚か者同士―――仲良く殺し会おうぜ!」


男の纏う闘気が爆発し、呪いを含んだ紫色の灼熱が辺りを炎の海へかえる。


だが、その炎はガルナ達が触れても何も感じず、辺りからネヴの下へ一ヶ所に集まっていく泥のみを焼き尽くしていく。


「――――――最後の3英雄が一人、グルーヴァ。この都市を守る為にてめぇをぶっ倒す!!」


「同じく3英雄が一人、アシャ。英雄ネヴ・スルミルとの約束を果たす為に貴方を止める」


一人の男は声高に名を叫び、一人の女は静かに名を告げる。そして。


「――――――この都市を滅ぼす大厄災にして、地獄を統べる主ネヴ・スルミル。俺は俺の願いの為にこの都市を終わらせよう」


英雄と同じ名前を持ちながら英雄としての道とは反対側へ進み続けることを選んだ一人の男も名乗りを上げる。


そうして現れた巨大な門を開き、ネヴは英雄を殺すための亡者達を呼び出す。


炎と絶え間なく流れる泥がぶつかり合い、一つの街でこの対局を決める戦いが遂に始まる。

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