<さ迷う者>
―――また暗闇だ。
記憶の閲覧が終わったら決まって闇の中に放り出される。
どこまでも続く途方もない闇の道を何も考えず進んでいく。その先に何がある訳でもない歩くのは止まることを許さないという意思によるものか、そうしなくてはいけないという使命感か分からないが、ただ歩いている。
静かなのにも真っ暗なのにも慣れたけれど、人との触れ合いを知ってしまったから人肌が恋しくなる。無機質で、氷のように冷たい心を溶かしてくれる暖かな光を求めてしまう。
どこまで進む。何があるのか分からないのに、どうして歩いていられる。
どこからともなくそんな言葉が投げ掛けられる。
『進まなきゃいけないだろ』
一度は止まることを選んだのに?
『背中を押してくれた人が居た。俺が諦めても諦めなかった人達が居た。だから進む』
それは自分の意思ではないだろう。君は諦めたのだから。
『そう...かもな』
もういいだろう。外は苦しいことばかりだ。体はとうに限界を越えている。中身もぐちゃぐちゃ、精神もボロボロ。誰にも見せていないだけで黒い痣が体に転々とある。その痣はやがて全身を覆い君を人ならざるものへと変質させるだろう。
満身創痍、ここまで十分頑張った。ここらで休んでも誰も怒らないだろう。
『...諦める?』
そうとも。君は頑張った。称賛さえ送られど罵倒はされないだろう。誰もが君を認めている。
『それで、何人死ぬ。俺が諦めたら助けられた人達がどれだけ死ぬことになる!?』
...救えない。どうしてそこまで他人を救うことに拘る。そんな考えは苦しくなるだけで、君に何も与えない。見返りもなく、自分の為にもならない。
『声が...聞こえるんだ。たくさんの人達の苦しむ声だ。ずっと、ずっと聞こえてくる』
それは幻聴だ。他でもない苦しんでいるのは君自身だけであって罪悪感が生み出した有りもしない声を君は聞いているだけなんだよ。
『進まなきゃ』
止まれ。
『嫌だ』
どうにかなるぞ。
『どうにかなんてとっくになってる』
どうして。そこまで君は
最後に声の主は泣き出しそうな声で囁いた。
『―――君は救われないんだ』
暗闇が一瞬だけ晴れると、そこに立つ男が涙を流しながら手を伸ばした。
『...どう、して?』
そこに立っているのは自分と瓜二つの顔をした人間だった。悲しそうに涙を流して、鏡合わせのように真っ直ぐとこちらを見つめて。
『どうか、僕のようには――――――』
画面がシャットアウトする。音が全て遮断され、感覚が急激に現実へと引き戻されていく。
―――慣れ親しんだ感覚が、現実へと全てを戻していく。
「―――ぁ」
そうして目を覚ました先にあったのは見慣れない天井と、カビ臭い匂いのする部屋、ギシギシと音を立てる古いベッドの上に眠っていた。
「ここ...は?」
辺りを見渡して自分の置かれた状況を把握しようとしたところで右手に暖かな温もりを感じて視線を向ける。そこにはベッドに眠る自分の手を握り締めている少女の姿がある。
「アカツキさん...?」
握っていた手が動いたことで目を覚ました少女はアカツキの顔を見ると顔をパッと輝かせて抱きついた。
「よかった...。ちゃんと起きてくれて...。急に左手が黒くなって、呼吸も荒くなって、本当に、本当に心配したんですから」
「クレア、だよな?」
「え...?こんなに近くに居るのに、私の顔が分かりませんか?」
「あ、あぁ。何だか視界が霧がかかっているみたいでぼやけていて」
目頭を押さえて目を瞑る。寝起きだから視界が不鮮明になっているのだろうか。いいや、それにしてもここまで物がぼやけて見えたことは今まで一度も無かった。
「もしかして!!」
「ちょ...!?」
クレアはアカツキをベッドに押し倒して上着を脱がすと、痣の位置を確認した。心臓から左腕へ伸びたどす黒い痣は首もとに迫り、明らかに症状の進行を告げていた。
「そんな、ここまで進行してるなんて」
アカツキの体に刻まれた痛々しい痣を見て、クレアは悲痛な声を漏らした。
「なんだよ...この黒いやつ」
いつの間にか自分の体にあった黒い痣を見てアカツキも驚きを隠せないようで手で痣を何度も触っている。
「アカツキさんの心臓を補完している神器の暴走、だそうです。神器メモリアの因子と複合したことで少しずつ異常が発生しているみたいで...」
そんな予想を立てたのは今はここには居ないガルナだ。アカツキの異変にいち早く気付き、戦線から後退させ、今は誰も使用していない廃村に避難させた。
「二人だけ、じゃないよな。リアの話ならこの都市で二人になるのは危険だって」
「はい。既にナナちゃん達とは合流していて、ガルナさんとシズクちゃん、黒羽さん、ネオ君の四人は私達から離れて別行動中です」
「ってことは...」
その中にまだ言われていない少女、ナナとクレアを残してアカツキを見守っているということだ。
「今は周囲の安全確認をしているみたいです。そろそろ戻ってきてもおかしくないと思うんですけど...」
「もうナナ達とも合流したのか。一体、俺が倒れてからどれくらい時間が経った?」
「丸1日は過ぎています。リアさんが教会の人達を食い止めてくれていたおかげで問題なくナナちゃん達と合流して、五時間前にガルナさん達は作戦を変更して偽ネヴさんの対処に向かいました」
気を失っている間に誰かが死んでいないことを知って安堵すると共にいつもよりも深い眠りについていたことに対する不安感が芽生える。
これは警告のようなもの。今までのように無茶ばかりしていては体は持たないだろう。現に魔力を全て使いきることもなく気を失ったこと、更には1日も時間が過ぎていたことを考えると、事態を楽観的に見ることは出来ない。
「アカツキさんも気付いているかもしれませんが、ガルナさんから言伝てがあります」
「うん」
「『これ以上お前を戦わせることは出来ない。この戦いが終わるまでお前はそこで寝ていろ』だそうです」
気付くのも容易い当たり前のことだ。アカツキの体に起きている異変は体の構造をめちゃくちゃに作り替えて死に至らしめる変異と神器の暴走、そんな病人を幾らまだ建て替えるからといって戦わせることなんて出来ない。
ましてやアカツキに長期戦は向かない。神器アニマの度重なる使用により精神は磨り減っている。鬱や自殺願望、心に支障をきたすことになる前に戦いから遠ざける。
この戦いにはもう参加させられないと踏んだガルナはアカツキをナナとクレアに任せて、自分達は敵地に向かった。
「ほんと...迷惑かけてばっかだな」
「そんなことありません。アカツキさん達のおかげで私達はあそこから逃げれたんです。まだ誰一人死んでなんかいません、きっと...この後も。だから待ちましょう、私達はここで」
「うん。皆、大丈夫だよな」
「心配性なんですから、ガルナさん達だって無茶はしませんよ。危なくなったら逃げることも出来ます」
教会とウルペース、それに加えて地獄からの侵攻者達との戦い、混戦さえ有り得るこの戦いでガルナが無茶をするとは思えない。あくまでも被害を最小限に済ませたいだけであって戦うことが目的ではない。
何の事かも知らずに今も尚どこかで怯えて隠れている人達を救う、そんなアカツキのワガママに付き合ってくれているガルナだがきっと決断はアカツキよりも早く的確だろう。
だからこそ、誰かを見捨てて逃げるという選択を迫られた時にその重荷をガルナに背負わせてしまうことになる。
「アカツキさ...」
こちらへ手を伸ばしたクレア、しかし途中で部屋の扉が勢いよく開けられて外からナナが飛び込んでくる。
「クレア!!急いでここを...ってアカツキも起きてたんだ。なら丁度良かった。起きたばかりのところ申し訳ないんだけど急いでここを離れなきゃならなくなった。外でロロが待機してるから急いで」
ナナらしからぬ焦った顔でここを離れることを促す。そのことに疑問に思ったアカツキが質問すると。
「何があったんだ?」
「私達がここに居ることが何故かネヴにバレた。まさか率先して潰しに来るなんて思わなかったけど...。あっちからしてみれば不確定要素である部外者の私達を排除したかったんだろうね」
そう言ってナナは部屋の隅に置かれた荷物を背負ってアカツキ達にも移動を開始するよう言った後外へと向かう。
「アカツキさん、行きましょう」
ベッドの上にいるアカツキの肩を持ってクレアは歩きだす。まさか動くのもままならないとは思いもしなかった。想像以上に体はボロボロらしい。
歩くことすら辛く、こうして誰かの助け無しでは進めない程に。
「来たね」
ようやくの思いで外へ出ると遠くから立ち上る黒い霧のようなものを黙視できる。
新しい荷台を用意していたナナが荷物を積み終わり、遠くから向かってくる敵へ視線を向ける。
「こんな何もない寂れた村にどうして私達が居ると思ったんだろうね。それとも何かしら目印になるものがあったのか」
アカツキが持つ神器が彼等をここに呼んだという可能性はある。しかしそれならば1日も猶予を与えるだろうか。偽ネヴからすればアカツキ達は何をしでかすか分からない鬱陶しい存在であることは確かだ。
彼が大量虐殺を目論んでいることは知っている。それがたった一人の人間を殺すための用意であることも本人の口から聞いている以上疑いようのない事実だろう。
「あんた達と別れた後街で戦っている途中で偽ネヴと話す機会がほんの少しだけあった。あいつが人間じゃないことも今更意思を曲げるつもりがないのも分かったよ」
「あいつに会ったのか...?」
「街の泥を浄化してる最中にね。街の住民は小さい子供から老人まで、誰一人として生き残っていなかった。私達が泥の浄化を開始する以前に既に滅んでたんだ」
「いや、そんな。街の被害は泥の侵攻が殆どで地獄の化物は街の半分くらいまでしか到達してなかったはずだ」
僅か数分で街を飲み込んだ地獄の泥、そこから現れるこの世ならざるものたちの手ではなく、別の要因で死んだのだとしたら...。
「ネヴが広げていたのは大きな穴、生きている人間を地の底に突き落とし...」
アカツキの背後、黒い霧の中から現れる無数の人影、そのどれもは泥から現れるが体は泥ではなく。
「生きたまま死なせる。けと、意思は残したまま。肉体だけを操り、当人の意思とは関係無しに人を襲う兵にした」
そのどれもが人間そのもの、違うのは背中から伸びる一本の筒のようなものと、頭部に生えた泥の角だ。
半死半生、生きたらまま死後の世界へと向かった彼等は生きているとも言えず、死んでいるとも言えない。
「なんだよ...それ。じゃあ、あれは全部生きた人間で...」
「違う。生きてるけど死んでる。偽ネヴはあの人達をそういう曖昧なものにしたんだよ」
あまりにも惨すぎる結末だった。意志が残ったまま人を襲い、生きているのかも死んでいるのかも分からない。こんなことをしてまで成し遂げたいものがあるというのなら、それはどれだけ崇高なものなのだろうか。
大勢の人間を苦しめ、殺し、矛盾した存在へと変容させて。その行き着く先にあるのがたった一人の人間を殺すこと?
「何だよ、それ」
アカツキの手が力強く握られ、怒りに震える。それを見てもナナは冷静に言い放った。
「今のあんたじゃあの人達は救えない。生きていた人間に戻すことも楽にしてやることも出来やしない。行ったって無駄だよ」
「それでも、なにもしないよりはマシだろ」
近づく人ならざるものたちの足音、悲鳴と絶叫を上げながら村へと近づく死した生者は終わりを願い、奇跡を願う。もう一度生きていた頃に戻りたい、どうか死なせてくれ。
相反した願いが思考を満たし、堪えきれない殺人衝動が体を支配する。苦しむ心がありながら自由を奪われた彼等は進み続ける。
「何も出来ないって言ってるでしょ。まともに歩けない、戦えない。そんなあんたが何をするっていうのさ」
「けど...!」
「けどじゃない!!」
ナナは怒りを露にしながらクレアからアカツキを引き剥がして地面に押し付ける。
「自分よりも年下の私にさえこの様だ!!体が好調の時だって単純な力比べなら私の方が上だったのを覚えてるでしょ!」
「ッ......」
「あんたが強かったのは神器の力があったから。それが使えなきゃ、あんたはひ弱で非力で、何にも出来ない凡人だ!!そんなこと、他でもないあんたが一番知ってるでしょうが。だからそうやって今も苦しんでる」
上から押し掛かるナナから視線を反らして悔しそうに唇の端を血が出るくらいに強く噛むアカツキ。
何も出来ないやしない。そう言われて当然だ。今の自分には力がない。他者を救えるような絶対的な力も、正常に考える思考もない。
「だから、逃げよう。あの人達が苦しんでるのを見過ごして私達だけでも生きるんだ。その決断がどれだけ残酷でも、選ぶしかない」
「ナナちゃん...」
「クレア、そのバカを背負って荷台に乗ってて。私は残った魔力で出来るだけのことをする」
アカツキから離れて寂れた屋根へと飛び移ってナナは後ろへ駆けていく。
「アカツキさん行きましょう。すぐにここを離れないと」
「...あぁ」
もう一度クレアの肩を借りて荷台へと向かうアカツキ、その後ろでは氷が砕け散るような音が連鎖して、音が止むと少ししてロロの背中にナナが跨がる。
「行くよ」
ナナが行き先を伝えるとロロはゆっくりと走りだし、徐々にスピードを上げていく。後方から聞こえてくる声は次第に遠退いていき、助けを呼ぶ声が聞こえなくなる。
「一先ず私達は信仰都市の中心から離れて敵と会わないように各地を転々とする。ガルナ達と連絡を取り合う手段は無いけど居場所を知らせる方法はある。ガルナ達と合流しなきゃいけない状況になったら私とクレアでアカツキを守る。分かった?」
「はい。アカツキさんもそれでいいですか?」
「うん」
力なく肯定の意思を示したアカツキ、その後は特に会話も続かず静かな時間が続く。
......。
「ガルナ、お前の予想通りだ。ダオの居る都市中枢部に逃げ遅れた人間は殆ど落とされたと思って間違いない。この街ももぬけの殻、所々に死体があったから地獄の襲撃にあったんだろうな」
「生き残りはやはり居ないか。ネオ、足はまだ動くか?」
「少しだけ動きづらくなりましたけど、動くには問題ありません」
「切り離したとはいえ、多少は義足を作ったアカツキの容態と関係している...か。あまり一人で行動させるのは良くないな、クロバネかシズク、どちらかと行動するようにしろ」
「はい。もう次の街に向かうんですか?」
アカツキ達から離れて行動するガルナ達は現在泥の侵攻があったと思われる街を転々としている。生き残りが居れば回収し、接敵
するようなら固まって行動する。
「ガルナ、一つだけ質問していいか?」
「あぁ」
「この街を調べて泥の侵攻があった場所は例外なく一人も生き残りがいないのは確実になったはずだ。それでもまだやるのには理由があるのか?」
こうしてバラバラに街を散策している中で生き残りを探しているのは雫とネオと黒羽の三人だ。ガルナだけは何やら探し物をしているようで人探しをしているように見えなかった。
その探し物が何なのか、それを見つけることにどんな意味があるのか黒羽は質問する。
「理由ならある。生き残りが居ないという確証を得た以上、これからはお前らにも探してもらいたいものだ」
「それってどんなものなんしょう?」
「ウルペースが利用しているであろう転送装置のようなもの。一気に信仰都市の中枢部へと向かうことの出来る近道だ」
「そんなものがあるなんて僕も聞いていませんよ?」
この中で唯一ウルペースに所属していたネオですら知り得ないものを在るかのように語るガルナにネオは問いかけると。
「どこかにあるはずだ。近場なら良いにしろ、ダオの徴集があった時に遠くから移動する時や、今回のような非常時に一斉に集まる時にいちいち移動していたのでは話にならない。それにこの都市には現在する神、アマテラスがいる。その御神体を使えば空間と空間を繋げることなど造作もないことだろう?」
「確かに...。アマテラス様はこの都市を自由に渡ることが出来る。しかしそれを技術として利用することなんて出来るんでしょうか?」
「出来る。ダオは現在ネヴの記憶を持っているからな。神降ろしなんてものを成し遂げた英雄だ、神の力を利用する方法なんて幾らでも思い付くだろうさ」
「しかし仮にそんなものがあるのだとしたら...」
そう、どこからでも移動できることが出来るというのなら分散してその装置を探している時に突然現れるなんてことも有り得る。
黒羽を奪われればこの都市の人間が全員死ぬことになる以上、決して黒羽を彼等の手に渡していけない。
「いいや、ウルペースは動かない。正確には動けない、が正しいだろうがな」
「それは何故だ?」
「簡単だ。儀式を執り行うまで奴等は常に民衆の味方でなければならない。突如として空を覆った暗闇と無数の瞳、無差別に人を殺して回る化物、連続して起こった異変、民衆の中に不満を持つ者が現れない方がおかしい」
この都市の基準で考えてみろ、とガルナは前置きをして。
「この都市で異変があったらそれは巫女のせい。代替わりをしてさっさと平穏を取り戻せと民は叫ぶ。しかしどうだ、代替わりが行われるどころかこの都市の神であるアマテラスが姿を現すことすらない」
ダオはアマテラスが目を覚ますよりも以前に巫女である自身の妻を守るために民衆から遠ざけ、神格化させることでアマテラスの力が弱まっていることを隠し続けた。
それは雫にも言えて、外出するときは顔を隠させてウルペースの何人かに影から護衛させていた。
秘匿される巫女という存在、雫が巫女であるということを殆ど知らない民衆は何気なく接することはあっても雫を巫女として認識することはなかった。
「顔も知らない巫女という存在、何年か前に一度した見たことのない少女、それも偽ネヴに煽られて半狂乱的な状態に陥ってた奴等がまともに人の顔を見ているわけがない」
「確かに私は外を歩くことは何度かありましたけど巫女だと気づかれたことはありませんでした」
「ならば大層怖がることだろう。自分達の救世主が顔も知らない人間だ。しかもこんな異常事態になっても姿を現さない。もしかしたら自分達は騙されているのではないだろうか?アマテラス様が現れないのはウルペースが何かしているからだ。そう思う人間が数人居ればあっという間に暴動は起こる。早く巫女を呼べ、とな」
だから彼等は現れることは出来ない。黒羽がガルナ達に連れ去られ、リアが見せた圧倒的な力。もし現れるとしたら生半可な戦力では足らない。
それほどまでにリアの功績は大きい。相手からしたら絶対に勝てない人間が黒羽を護衛している、そう思って当然だ。重要人物を警護無しで歩かせるなんて思わないだろう。
「中枢部に近づけばまだしもどこに居るかも分からない俺達を見つけるためには分散させるしかない。しかし少人数で見つかれば返り討ちにされる。ただでさえ数の少なくなったウルペースだ、これ以上戦力を減衰させるのも得策ではない」
民衆に不満を持たせてはいけない、戦力を減らしてはいけない。となれば彼等はそこで座して待つしかない。
「それは理解した。だが、今更都市中枢に行くのは何故だ?」
「本当の意味でこの都市を終わらせる。死者と生者を入れ換えるなんてことが出来るのはこの都市があるからだ。戦力を整えて行くのも手だが、その間に地獄の化物にウルペースもろとも殺されるだろうな」
「...アカツキはそんなことを望まないと?」
「お前らからしたら憎いだろうが、民衆は偽ネヴに半ば洗脳されていた。罪がないなんて言ったら嘘だろうが被害者なのはあちらも同じだ」
この場に居るガルナを除いた三人、雫、ネオと黒羽は同じ母、レイという女性にに育てられている。そして母は巫女を継承する際に死んでいる。
それも雫にレイ無理矢理食わせることで、だ。
「分かった。ネオ達がここに居るということは既に助けるか助けないかの話はしているんだろう?なら、俺はお前の指示に従う」
「そうか。なら次の街に行くぞ。あまりうかうかとしてはいられないからな」
ミミが引く荷台に乗り移り移動を開始するガルナ達、彼等が去った街に一人、人間が足を踏み込んだ。
「...さて。大方、次の街で転移装置を発見するだろうな」
いいや、既に人として生きる時間を越えて生きている彼を人間と呼ぶには違うかもしれない。
「ガルナ、か。何故そこまで信仰都市に詳しいのか知らんが、厄介な奴だ。アカツキも面倒だが、想像していた以上にあの人間は頭が切れる」
男の足元から腐食していく大地、そこから涌き出る泥から生まれ出でる異形の存在。
「――――――行け」
狐の面を被り、青年の姿をした何かは泥から生まれたそれらに命令を下す。
「泥の侵食を一気に進める。生きた人間が居たら泥に落とせ」
命令を受け、歩きだした化け物とは正反対の方へ歩きだした青年は狐の面を外して空を見上げる。
「遂に終わりの刻が来た。待っていろカルヴァリア・スルミル、この呪われた血に俺が終止符を打ってやる」
そう言って青年は憎たらしげに空を仰ぎながら泥の中に溶けていった。