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遥か彼方の浮遊都市  作者: 神羅
【信仰都市編】
165/185

<知らない痛み>

...また、暗闇だ。もう何度目か分からない真っ暗な世界で瞼を開き、闇が佇む虚空を見つめ続ける。


神器の使用によって痛め付けられた体は恐らく現実世界で眠りについていることだろう。夢の中だというのに、自由に動く手足。しかし口だけは動くだけで声は出せていない。


目覚めれば霞んでいく夢だとしても、この夢はアカツキという人間にとって重要なものだ。


遠い、気の遠くなるような昔に居た誰かの記憶であったり、今を生きている誰かの記憶など様々だが、それを彼は見続ける。当人が知られてほしくもない記憶を自分の意思とは無関係に見てしまう。


『おかえりなさい、ダオ』


闇の中から女性の声が聞こえると闇で満たされた世界がモノクロの世界に変わっていく。


幸せそうな家庭、疲れた顔で戻ってきた男を出迎える幸せそうな女と、その傍らで父を見上げる少女。


『ただいま、ミナ。この神社に閉じ籠ってばかりで退屈だったろう。...すまないな、もっと自由にしてやりたいんだが』


『アマテラス様の依代でさえ満足に務まらない巫女ですもの。そんなのが大衆に知れてしまったら不必要なもの、巫女として不適格な存在として見られ、七年を待たずして継承が行われる。それを止めるためにあなたは巫女を神格化させた。全部、私の為にやってくれた事でしょう?』


畏れ多い存在として君臨するのなら民衆は巫女が姿を現さないことに疑問を持つことはない。


『あなたが各地を走り回るのもそれを慣習として染み込ませるため。何せ私の一代前のあの人は不適合者として僅か三年で私に巫女を引き継がせた、そんなことが私の代でも起こらないように頑張ってくれているのでしょう?』


『...巫女が幾度も継がれる度にアマテラス様の恩恵は失われている。枯れた大地を潤すことすら出来なくなり、体が常人よりも衰えなくなるだけ。だが、七年の呪いによってどう足掻いても巫女は七年しか生きることは出来ない。初代祭司ネヴ様はアマテラス様の恩恵が信仰都市から消え去るのを防ぐために儀式を遂行する』


だが。


『巫女継承の儀、それをパフォーマンスのように行っていいものだろうか』


『巫女が受け継がれて信仰都市の安寧が続くのは喜ばしいことだもの...。――――――っ』


『......すまない、思い出させてしまった』


過去の陰惨な光景を思い出して思わず口を押さえた妻に男は駆け寄り、傍らで見ていた少女も心配そうに母に近寄る。


『お母さん、どうしたの?』


『ううん、何でもない。そういえばレイ、お菓子を買ってきて貰ってるから食べてきなさい。私はお父さんとお話があるから』


『本当!?』


『えぇ、狐のお兄さんに付いていってね』


ミナが近くに居たウルペースの青年にレイを連れていってくれと頼むと青年は面を外してレイの手を引いて台所へと向かっていく。


『ちゃんとお前に話しておけばよかった。本当にすまなかった』


『それはあなたの優しさですもの。都市のために尽くす祭司としても正解だった。もし儀式の内容を聞かされていたら私は―――逃げてしまっていたから』


『祭司としての役目...か』


果たしてそれは妻を、娘を犠牲にしてまでやらなければいけないのだろうか。少数の犠牲で平和が訪れるのならば、仕方のないことだと割り切らなければいけない。


呪われたこの都市はそうしなければ簡単に瓦解してしまう。私は本当に、これで良いのだろうか。


これは一人の男の何気ない一日の記憶であり、もう戻ることのない淡き日の思い出である。


『...こんなものまで見せてどうすんだよ』


アカツキにとっては今この都市を滅ぼそうとしている悪の親玉の記憶、しかし彼にとっては何を犠牲にしても取り戻したい平穏の記憶だ。


『死んだ人に会えるなら...俺はどうするんだろう』


どう足掻いても救えなかった命があった。その人達は彼に安眠する為の寝床を提供し、異邦の人間であるアカツキを心よく迎え入れてくれた。


『キュウスさん、ウズリカ』


彼女達はもう戻ってくることはない。アカツキの驕り、過ちによって屋敷で魔獣に食い漁られ凄絶な死を遂げた。


きっと自分が変われたのはあの別れがあったから。もしそうでなかったら異世界に来たばかりのアカツキは身近な人、大切な人間の死を知らなかったら変わってはいなかった。


それでも、変われていなかったとしても。


『―――居なくなって欲しくなかった...!』


微睡みの記憶の中でアカツキは涙を流しながら瞳を閉じる。



......。



「起きませんね。アカツキさん」


ダオの天雷を真正面から打ち破ったリア達はその街から離れてナナ達に合流するために何もない街道を歩いていた。


「度重なる神器の使用で心も体も疲弊しているんだろう。直に目は覚めるだろうが―――これ以上戦いに参加するのは不可能だろうな」


「...どうしてだ?アカツキは並大抵の傷なら簡単に治るんじゃなかったのか?」


「あの戦いでクレアから魔力の供給を受けていたとはいえ、最終的に殆んど魔力を使い切っている。これ以上戦えば神器に蓄積された原初の魔力を使用することになる」


アカツキの器に残されている魔力はほんの僅か、生命維持ですら失われていく魔力、それを補給するのは他社からの供給が必須だ。


「普通なら魔力は体で生成されるがそのサイクルがこいつは壊れているからな。失っていくばかりで、自分一人で取り戻すことは出来ない」


「それだけじゃない。もう一回原初の魔力に頼るようなことがあれば変異が始まる。こいつの体の半分以上は既に人間のものじゃない」


「...何だよ、それ。どうしてそこまでして、アカツキは戦ってるんだ」


魔力や魔法の代わりに呪力というものが独自に発展したこの都市で過ごしてきた黒羽でも変異と呼ばれる肉体の変化は知っている。


「けど、俺の知ってる半変異とかはこう、もっと生々しいやつだったんだが」


「外側ではなく、内側らしい。心臓を中心として渦巻く細い骨のようなもの、内臓をぐちゃぐちゃに掻き乱しているそうだ」


「それって死んでるんじゃないのか?」


「半変異した人間は体の構造も変わるんだろうな。今のこいつは食事は愚か水分の補給すら不要らしい」


そこまでのことが体に起こっておきながらアカツキは立ち上がった。それはきっと並大抵の覚悟では無かったはずだ。


恐ろしいまでの他者を救うという行為にたいしての執着と自己犠牲、今のアカツキを黒羽は安易に誉めることは出来ない。


「誰かを助ける以前にお前が死んでどうする。そんなの誰も望まないだろうに」


「死ぬ気は毛頭ないだろうさ。だが、明らかに行動は矛盾している。その矛盾に俺達は救われた訳だがな」


これまで幾度も後悔したからこそ辿り着いた死を恐れる自己犠牲の精神、それはきっと病気なのだろう。誰にも、あのアオバですら治せない心の病だ。


「...く、暗い話はこれくらいにしましょうよ!!折角クロバネさんも救いだして、ガルナさんも私達も助かったんですから!」


淀んだ空気を振り払うように声を張ってクレアは明るい話題へと持っていこうとする。確かに今はいつ襲われるか分からない緊迫した状況だが、作戦は比較的順調に進み、ダオの計画を止めるどころかクロバネの奪還にも成功した。これ以上ない戦果だろう。


「そうね。暗い話は心まで暗くさせる。もっと明るい話をしましょう」


「リアさんもそう思いますよね。きっとアカツキさんだって...そう思うはずです」


リアに背負われながら深い眠りに落ちているアカツキをちらりと見てクレアは唇を軽く噛んだ。


今回で何度目かの激闘、それをただ見ることしか出来ない己の無力感には慣れたつもりだが、大事な人が傷つくのはどうしても慣れることは出来ない。いや、こんなことにまで慣れてはいけない。


あの頃とは違い、今は妥協をしなくてもいいのだ。誰かに縛られてばかりの人生から、一人で歩きだすことが今の私には出来るのだから。


「こんなにも悲しい戦いなんて早く終わればいいですね。そうしたら今度はゆっくり休める都市に向かいましょう。平和で、争いの起きない場所で休めばアカツキさんも無茶をしなくて済みます」


「...相変わらずアカツキに一途ね、クレアちゃんは」


「え、えぇ!?そんなこと無い...と言ったら嘘になりますけど...う、うーん。けど、えっと、あのですね」


しどろもどろになりながら否定したいのか肯定したいのか分からない様子のクレアにリアは微笑みながらその想いがどれだけ大事かを話す。


「誰かを愛すっていうのは人間なんだからあって当たり前。それに今はアカツキが寝ているんだから隠す必要は無いでしょう?」


「...そうですね。私は多分、いえこの際だからちゃんと言った方がいいですね。―――好きなんです、この人が」


彼と出会って何ヵ月か経ち、最初の印象からアカツキは大きく変わった。農業都市で初めて出会った時は何というか、少しだけ怖かった。


絶対的な力を持っていて、それに酔っていたとアカツキ自身も言っていた通りその自信とわがままで自分本意な態度。奴隷になってから幾度も見てきた人達と同じ、力を持った怖い人、それがアカツキの第一印象だ。


けど、あの大聖堂で自分を救いだしてくれた時のアカツキは間違いなく私にとっての―――英雄だった。


表情も柔らかくなっており、使命感と己の無力を知って少しだけ絶望した瞳。


ヴァレク・スチュワーディがクレアを我が物としようとして編み出した依存の儀式、それを利用して人形ではなく人として戻ってこれるように一言、「帰ってこい」と。


「不思議ですよね、最初はご機嫌伺いをしていただけ、当時の私を飼っていたヴァレクさんと同じ人だと思っていたのに、一回助けてもらっただけで...」


アカツキはそれから少しずつ変わっていった。最初に出会い、優しくしてくれたあの二人を失って悲しさを知り、優しさを手にいれた。


「でも、今は少しだけ自分のこの気持ちに確証が持てないんです。この想いもアカツキさんとの繋がり、依存の儀式によって作られた仮初めの感情、ネヴさんの言っていたように依存の魔法が無くなった時に消えてしまうんじゃないかって」


それはとても恐ろしいことだ。間違いなく今の私は彼、アカツキのことが好きで好きで、執着していると言っても過言ではない。


いつか依存の魔法が完全に効力を無くした時、私はまたこの人のことを怖がってしまうのではないか、それはおろか何とも想わなくなってしまうのではないかと思うだけで胸が苦しくなる。


「―――きっと大丈夫だろう。ネヴに何を言われたか俺には分からないが、その想いが消えることはない。断言できる」


それを真っ正面から否定したのは驚くことに黒羽だった。


「どうしてですか?」それをつい聞いてしまう。


「簡単だ。今のお前は真剣に悩んでいる、考えている。ちゃんとアカツキに惚れた経緯も知っている。依存の儀式によって植え付けられただけの関係ならそれは何とも思わないはずだ。嫌いになるなんて微塵も考えず、その人間に尽くす()()。だ。しかし、お前は帰ってこいと言われたんだろう?」


黒羽は特に難しいことは考えていない。クレアから聞いた話通りならきっとこれで合っているはずだ。


「そして()()()()()()()()()。だから、――――――お前は一人の人間としてその男を好きになったんだ」


「―――そう、ですかね」


「そうだろうさ」


「そうだったら...」


今も眠りいつ目覚めるか分からない愛しい人を見てクレアは頬を緩ませる。


「―――良いなぁ」


この人をちゃんと愛していられるなら、私はそれでいい。この先の長い人生で、少しでも長く側に居られるならそれ以上幸せなことは無いだろう。


「あとはアカツキの問題ね。この子、ちゃんとクレアちゃんから好きって聞いときながら何の反応も見せなかったわ」


「それは...まぁ、頑張れと言うしかないな。アカツキの好きな食べ物とか物とか聞いていないのか?」


「うーん、どうでしょう。寝るのが好きだって聞いたことはありますが...」


こうやって気絶しているような状態ではなくゆっくりと休むことのできる安眠。それが好きだとどこかで聞いたことがある。


「睡眠か...。慣れれば特に苦にならなくなるが、確かにゆっくり寝てみたいというのはある」


「お前はずっと寝ていないんだろう?体に不調が出ていないのか?」


「いいや、ずっと不調続きさ。医者から貰った薬で何とか誤魔化してるが、頭痛も吐き気も止まらない。だが、寝るわけにはいかない」


「眠ったり意識を失うことがあれば沸いてくるのよね?それってとても辛いことだと思うけれど」


黒羽と地獄との間に結ばれた一方的な契約、黒羽の意識が失われた時点で現世に湧き始める泥と化物、それをさせない為に黒羽は一時たりとも気を緩めることは許されない。


「その、どうしてそんな契約を結んだとか聞いても大丈夫ですか?」


誰から見ても黒羽には得が一つもない契約、そんなものをわざわざ受け入れているからには何か理由があるのだろう。


「詳しいことは話せない。けど、この契約は絶対に俺に必要なものだ」


「そうなんですね...」


そこまでしても彼には守りたいものがあるということだ。

人に知られることで黒羽が損をするのならそれを無理にでも知ろうとは思わない。少し、悲しいけれど。


「と言っても、お前には筒抜けか?ガルナ」


「あの時にも言ったように俺の役割は殆んど無いに等しい。父ならこの手帳でどうにか出来たんだろうがな。あくまで予想しか出来ていない」


きっとその予想は合っている。だからこそガルナはそれを周りに教えることはない。その理由も彼ならば大方分かっていることだろう。


「...すまないな」


「わざわざ謝る程の事ではないだろう。俺は考えるという行為をせずにはいられないだけだ」


代々記録を生業としてきた一族であり、その後継者となったガルナは真実を知り、記すためには考え、やがて真実に辿り着く。


それはガルナの体に流れる記録者としての血がそうさせるのだ。そんな呪いのような思考に束縛されぬように父には自由であれと育てられてきたが、やはり運命なのだろう。


この役割からは逃れられない。先代記録者の血を継ぎ、父が放棄した記録者としての役割を継ぐという意思は最初から決まっていた。


ガルナというのはそのための名前なのだ。


「...話はここまでのようだな」


街を離れてナナ達が防衛している別の街へと移動している最中、だだっ広い平原に彼等は居た。


体の皮が剥がれ、痛々しい肉体の内側が晒されながらもその目に宿る意思は衰えず。その風貌も相まってより一層禍々しさを増した男は不気味に嗤った。


「あの程度で我等を止められるとでも?」


「そこまでして何を求める。その痛みに対して得られるものは何だ」


「我等は背信者に天罰を下す神の使徒、神より賜ったこの体こそ全ての見返りだ。この生を与えてくださったのは神だ、これ以上何を望もうか!!」


男は目を大きく見開きながら、両の手を空へと伸ばし高々と笑った。死など恐れることではない、使命を全うできないことこそ恥であり、恐れなければいけないことだ。


「最後の最後まで神に報いる。その為にここまで来たのだ」


何度も言っている通り教会の信者とは何もかもが違う。理解することなど遠く叶わず、争うことはあれど結託することは無いだろう。


神という高位の存在を借りて残虐非道を尽くす彼等と交わす言葉は無用だった。


「ガルナ、ここは私に任せて先に行ってて」


「...一人で残るつもりか?」


話し合いでどうにかなる相手ではない以上戦いになるのは必至。リアはここで一人残り、残った者は一足先にナナ達の待つ街へと向かう。


この中で一人残って戦うとすれば適役は間違いなく彼女だ。


「二人で行動することは避けること。何としても守ってね」


「任せていいんだな」


「ええ。任せて」


リアがガルナ達を守るように教会の信者達の前に立ち塞がる。


「リアさん、戻ってきて下さいね」


別れ際にクレアがそう言うとリアは振り向くことなく、真っ直ぐと前を見据えながら嬉しそうに頬を緩ませながら。


「うん。クレアちゃんも気を付けてね」


「はい!」


短い会話の後に背後から聞こえていた足音が次第に遠退いていく。音が聞こえなくなったところで、目の前に立っていた男は苦々しげに呟く。


「あの時狼を殺しておくべきだった。逃げる為の足があるというのはとても厄介だ」


「そんなことアカツキがさせないでしょう。あの子達も大事な仲間なんだから」


「動物ごときを仲間と呼ぶなど...」


「そんな動物ごときに不意を突かれて貴方はさっき負けたじゃない」


自分の話を遮って挑発してくるリアに怪訝な顔をしながら、それでも余裕そうに男は微笑んだ。


「何、お前に天罰を下した後はあの狼もろともあいつらにも神の裁きを下せばいい。結果的に背信者を殺せるのならばそれでいいのだからな」


「出来ると思ってるの?」


「出来るさ」


男は両手を大きく広げて叫ぶ。


「ネクサル様により選ばれた教会の正しき信仰者達、その全てを相手にお前は何が出来る!!」


男の背後に控えるのは彼等の崇拝する神とは違う神を信仰する背信者達の住む信仰都市を滅ぼすために選ばれた精鋭達、神への信仰心が彼等の力となる。


だからこそ彼等は驕る。数さえ揃えばいいネクサルに選ばれたと勘違いし、自分達の信仰心が絶対の力となると思っている。


彼等は知らない。どれだけ研鑽を積もうとも、どれだけ神へ信仰を捧げようとも届かない力を持った存在を。


「それなら最後まで神様とやらに祈っていなさい。せめて魂だけは安らぎを得られるように」


静かな雰囲気から一変し、リアを中心として発生する光と炎の渦、その光景に一瞬驚きを見せたもののやはり数の有利がある信者達はその場から逃げることはしない。


「全てを諦めていた私に可能性を見せてくれたあの子(アカツキ)を傷付けるというのなら私はもう一度剣を振るう。虐殺と弾圧を繰り返す貴方達に慈悲は与えない」


奪われた命は帰ってこない。そんなこと人間なら誰しも分かっていることなのに彼等は意にそぐわない人間を虐殺し、自分達とは違う生物を弾圧する。


巨人を絶滅まで追いやり、不死の一族を絶滅に至らせた恐るべき人類、自分達と違う生き物を恐れる人間達を扇動し、彼等を率いて虐殺を繰り返す悪の象徴こそ教会に他ならない。


「痛みを知らない貴方達に何を言っても無駄だと思うけど、殺した人達に対して申し訳ないと思ったことは?」


「――――――ない。死んで当たり前のものを殺して後悔するなんてどうかしている」


「そう、やっぱり変わらないのね。ウーラのように変わっているのなら少しは楽に殺してあげようと思っていたのに」


私は忘れることが出来ない。剣神として恐れられるようになったその始まり、炎の中で燃えていく家族と友の亡骸。


正義の為に剣を振るうことを選んだあの日の情景を、人の醜さと美しさを知ったあの瞬間を。


これはきっと悪いことだ。人の為に在れとあれほど教えてきたのに今の私は自分の怒りで目の前に立つ彼等を殺そうとしている。


「殺すのか?我等を?そんなことをすればたとえウーラ様がお前達を迎え入れたととしてもお前達は教会に背いた異分子として...」


「興味ない。今更貴方達を何人殺しても変わらないもの」


アカツキを見届けられるならどんな形でも良い。たとえ教会に追われる身となれば逃げ隠れしながら彼等を手伝おう。


「いいの?ここで彼等を見殺しにしても」


男の背後、有象無象の中に隠れながら事の成り行きを見守っている女性を見つけてリアは最後の最後に念押しする。


「バレちゃった?」


目深なフードで顔を隠しても彼女から放たれる独特の魔力、甘ったるくて肌に吸い付いてくるような感覚、いつ会っても嫌な感じだ。


「お姉さんは忠告はしたからね。最後まで見届けるだけだよ」


「そう、なら退けていて」


軽い足取りで集団の中から離れてリアの後ろ側に回るとウーラは通りすがりにリアにだけ聞こえる声で。


「心配しなくても私がどうにかしてあげる。だから、やりたいことをやってね、リアちゃん」


「...ちゃん付けなんてゾッとする」


「それくらい気に入ったってことだよ。それじゃあ、お姉さんは見てるから」


それだけ告げて後ろで傍観に徹するウーラを見て、リアは瞠目する。


「これで許されるなんて思わないで。私は貴女のことを絶対に許さないから」


「うん。あくまでも形だけだよ。アカツキ君の仲間じゃなかったら見向きもしないから」


ウーラとリアの話し合いで蚊帳の外に置かれた男は舌打ちしながらリアとその背後で傍観しているウーラを睨み付ける。


「話は終わったか?我等を前にしながら呑気に話す余裕があるんだな」


「終わったからどこからでもどうぞ」


「はっ。数人ですら手こずっていたのに何を今更。確かに被害を出さずに勝てるとは思っていないが、これだけ数が居ればお前など...!!」


自分達を前にして身動ぎ一つしないリアに苛つきながら男は後ろに控えていた仲間達に命令を下す。


「あの女を殺せ――――――――――――ぇ...?」


勢いよく放たれた声は僅か1秒後に疑問の声に変わり、声どころか足音一つしない後ろを恐る恐る振り返る。


「は?」


男の命令で各々武器を構え、聖法を発動させようとするもリアの一振りによって生じた光の斬撃によって男と数人を残して蒸発する。


「な、なんだよ。それ、聞いてないぞ。たった一撃で数百人が死ぬなんて―――!!」



「これがリア・アスバトロアという人間ですよ。貴女達が敵に回した、ね」


自分達が敵に回した存在が以下に強大か気づいたところでもう遅い。


「いや...」


最後の最後に怖じ気づいてしまった男はその場から逃げ出そうとするが、迫り来る光に気付いて恐怖で顔を歪ませる。


光に飲み込まれた男は断末魔と共に蒸発し、衣服すら残らず世界から消滅した。あまりにも呆気ない戦いの幕引き、生き延びた数人の信者は事態を飲み込めずただただ立ち尽くすしかなかった。


「ひっ...」


自分達の置かれた状況に気づいた生き残った彼等からは戦うという選択肢が失われ、その場から全速力で逃げ去ろうとするが、背後から頭を捕まれて勢いよく地面に叩きつけられ顔面を砕かれ絶命する。


「―――逃げられると思ってるの?」


逃げ延びた数人もリアの手によって一人残らず殺され、辺りには少しの死体を残して勝負が終わる。


「...」


最後の一人を殺して体を返り血で濡らしたリアはウーラの横を通り過ぎて、先に行かせたアカツキ達に合流すべく街へと向かう。


「その顔、アカツキ君達に会う前に戻しておいた方がいいですよ」


横を通りすぎたリアの顔を見て忠告したウーラの方へと振り返ったリアの顔は無表情で、瞳からは人間らしさが消え失せ、どこまでも黒く、無機質な瞳に変わっている。


「そう?」


「今の貴女にはあまり分からないでしょうが、それを見たらアカツキ君は悲しみますよ」


彼女が全力を出さない理由は少しでも人間に近くあるため。人を殺して何の感慨も抱かないなど、正義の象徴としても、人間としても有り得ない。


「じゃあ、またね」


「聞く耳持たず、ですか」


返答らしい返答を返さずにまた歩きだしたリアの後ろ姿を見ていると、遠い昔、崩れる城から現れた時の少女の姿を重ねてしまう。


あの時も涙を流していながら彼女は悲しそうにしていなかった。家族を奪われ、目の前で唯一の友達を失ったというのに無表情で現れた少女を見て、ウーラは久しぶりに恐怖というものを抱いた。


「人格の二律背反、人間らしい貴女と人間らしからぬ貴女。正義を掲げていながら正義とは程遠い存在。痛みを知りながら、痛みを忘れるなんて、かわいそうな人間ですね」


彼女を変えたのはただ一度の別れ、その別れが彼女を人から大きく逸脱した剣神と呼ばれる存在に変えた。


自分の異常性、矛盾を知っているからリアは仲間が居る時は感情を高ぶらせないし、本気を出すことはない。敵が教会の人間でなければ見せないリアの裏側、それを見せたくないというのは彼女なりに人であろうとしている証拠だ。


「だからといって貴女にとって仲間というのは足枷ではない。一人で居ることを選んだら、もう人間に戻れなくなるから。アカツキ君達と一緒に居ることを選んで本当によかった」


もし彼女が人間性を完全に失ってしまうようなことがあれば、ウーラとて看過できるものではない。


「類は友を呼ぶ、まさにその通りですね」


アカツキと同じく時限爆弾を内包するリアの後ろ姿が見えなくなるとウーラは大きく背伸びをして。


「帰りますか」


そう言って彼女もその場を去った。

Twitterでも報告しましたがリアルがちょっと忙しくなってきているのでしばらくの間、今まで以上に更新間隔が空くかもしれません。


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