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遥か彼方の浮遊都市  作者: 神羅
【信仰都市編】
164/185

<地を穿つ雷>

黒羽を逃がし、自らが囮となって数人のウルペースを引き寄せたガルナは次第に教会とウルペースが激突している街へと近づいていく。


危険性は増すが、自身を追っているウルペースを教会と接敵させることで擦り付けることができ、そうなれば戦いに乗じて姿を消せばいい。


教会は司令塔を失ったとは言え、その驚異性は依然として変わらない。無差別に民衆を殺して回る彼等をダオは見逃さないだろう。


最終的に死者を復活させる為の素材となるとはいえ、数が減っては死者蘇生後の教会との戦いが不利になるからだ。


信仰都市に元々住んでいた者のみを対象とした死者と生者の反転。その最後の鍵となる黒羽を逃がしてガルナは現在に至る。


「見つけたぞ!!そこの裏路地だ!」


男の声と共に更に数を増した足音から逃げるガルナは走りながら一人思案に耽る。


街の状況は最悪、教会によって破壊された民家と時折視界に映る人の亡骸。老若男女問わず一切の情け容赦なく殺されたのだろう。その亡骸にはどれも頭が存在しない。


数による圧倒と信仰心を力とする聖法。流石のウルペースも処理しきれて居ないのか、次第に戦線は後退しているように見える。


「(話に聞いていた英雄は既に存在しない。その代わりに神を降ろす器が用意される。本当に教会に対抗する手段はこの都市には存在しないのか?)」


大昔の信仰都市には英雄と呼ばれる人の域を越えた力を持つ者達が信仰都市を外敵から守っていたが、それは最後の英雄にして初代祭司のネヴ・スルミルの死と共に歴史から姿を消した。


人々の願いが生み出していた英雄、その役目はアマテラスという神の降臨と共に役目を終えたのだろう。


その後に現れたのは巫女となる素質を秘めた異世界からの漂流者、地獄からの干渉を阻むために深い眠りについたアマテラスの寄り代となり、七年という周期で次代の巫女に現巫女である自身の体を喰わせることでその儀式は完成される。


それは一人の男が仕組んだ必要のない儀式、意思無き神とはいえ、それと同化することで肉体は普通の人間とは別物になる。


恐らく長い時を掛けて力が蓄積され、どこかで反旗を翻されるという要素を排除するための七年周期の継承だろう。


民衆の記憶は多少ならば弄れるが、神を宿した巫女に記憶の改竄を行ってもそれは不完全なもの、数年で思い出されることなる。この都市を滅ぼそうと企てる自身の思惑に気付かれれば永久にそのことを忘れさせるのは不可能。


「教会の進行は順調だが、泥の進行はない。雫達が上手くやっているのだろう...」


胸元から手帳を取り出してページを捲ってもやはりそこにアカツキ達の名前は載っていない。過去は愚か、今彼等がどうなっているかを知れないのはやはりもどかしい。


全員無事だろうか。黒羽を見つけてくれただろうか。そんなことばかり考えてしまう。


学院都市では長い間手帳に記されてきたことをなぞるばかりの生活だったせいか、知らない未来に進んでいくことに不馴れだ。


元々記録者は父の代で終わるはずだった。更にはちゃんとした手順で継承を行えなかったのだ。不完全なのは当たり前だ。


それでも身の回りの人間に迫る驚異は出来る限り払ってきた。アカツキ達との出会いから次第に全てを記す手帳は意味を無くしていった。


アレットを救うことが出来なかった。手帳に頼ってきたことを一番後悔したのはやはりそれだろう。狂気に堕ち、怒りを糧とすることで神器を得たアレット。


彼に何が起こるのかもっと深く知れていれば...。


「何を考えている。今、そんなことを考えても仕方ない」


やるのは少しでも長く逃げ切ること。いざとなれば時空間魔法でテレポートをしてまた姿を消すことは出来るはずだ。


だが、黒羽の無事を確認する手立てがない。アカツキ達と合流できていなければ今彼等を引き離すのは得策ではない。


次第に変わりゆく景色、ちらほらと見える教会の人間の死体。


―――だが、そこでガルナは異変に気付く。


「どういう...ことだ」


民衆の死体もある、教会の人間の死体もある。そこまではいい。だが、明らかに一つ足りない。


後ろからウルペースが迫ってくるというのにガルナは足を止める。


ここにはあるべきはずの亡骸が存在しない。それはまさしく今この瞬間もガルナを追っている狐の面を付けた集団、彼等ウルペースの死体だ。


わざわざ戦闘中に仲間の死体を回収するメリットはない。手間になるだけなのだから。


ここまで追い詰められておきながらどうしてウルペースの死体はない?劣勢なのならばウルペースの死体はあるべきだ。


となれば考えられる答えは一つだ。


「まさか...!!」


ガルナがそれに気付いた瞬間、空は暗雲に包まれる。


―――その暗雲の発生源にして中心には教会を破滅に追いやる呪術を展開させる老人がいた。


「ダオ様、教会の誘導に成功しました。死傷者は出ておりません」


「よくやった。この街に居る教会は今ここで私が終わらせる。後は我々の後継者がやってくれるだろう」


「...発動の準備に取り掛かりますか?」


「あぁ、呪術展開後、総員撤退。教会より距離を取れ」


ダオの言葉を戦場で戦う同胞達に伝える為、連絡部隊に伝え、彼等から一斉にウルペース全員に情報が行き渡る。


わざわざ戦線を後退させてまで教会を引き付けたのはこの一撃で沈めるため。本来なら儀式の準備で戦線に出ることは無かったのだが、黒羽に逃げられたことでウルペースの人員を捜索に駆り出さなければいけなかった。


死者蘇生後の為に優秀な者は既に死なせてある。ただでさえ戦力不足なのだから、捜索に人員を割けば劣勢になるのは目に見えている。


「ウルペース全員の撤退を確認。───ダオ様」


「あぁ、お前も少し下がっていろ」


ダオの後ろに立ちながらどこから攻撃を仕掛けられても直ぐ様行動に移せるように警戒をしながら男はダオが発動させる呪術を間近で見る。


天雷(てんらい)、発動』


短い口上すらなく、ダオは空に右腕を伸ばすと教会を灰塵に帰す呪術を発動させる。


透き通る空が分厚い雲に覆われ、太陽の光が遮られる。曇り空ではけたたましい音と共に白い光が荒れ狂う。天を縦横無尽に駆ける稲妻は僅か一秒後、凄まじい濃度の呪力で制御され、その色を紫へと色を変える。


前線で戦っていたウルペースはダオが天雷を発動させると共に数人を残して迅速に撤退し、その場に残された教会と共に紫の(いかづち)によって消滅する。


ガルナはもちろんのこと、その光景はアカツキ達からも観測できた。


「なんだ...あれ」


「───天雷。あの雷を発生させることが出来るのはダオだけだ。祭司のみに許された悪を滅する天の雷、アマテラスの力を用いた呪術の応用、らしい」


黒羽からの説明を受け、アカツキは今も尚地上と空を繋ぐ紫色の雷の塔を見る。禍々しく光る雷、あんなものに直撃したら命が幾つあっても足りないだろう。


「やべえな。早くガルナを回収して、一旦距離を置こう。流石にあんな規模の攻撃、連発は出来ないだろうけど十分危険だ」


今は殆んど役目を放棄しているとはいえ代々続いてきた祭司の後継者の一人だ。彼の持つ力の一端、それだけでもアカツキ達に驚異を示すのは十分だった。


生かす前提の攻撃と殺すことだけを考えた攻撃では天と地ほどの差があるのは当然だった。アカツキはダオの情けで生き延びただけに過ぎない。


だからこそ、あの場で自分を殺さなかったことに疑問が募るばかりだ。自分達がダオの計画に気付いた時に、敵対するのは目に見えていたはずだ。


「アカツキ、急ぐわ。ガルナとは繋がりそう?」


「多分まだ距離がある。近づいたらアニマが勝手に繋いでくれるはずだ」


「そう。まだ近づいた方が良いのね」


アカツキが保持する神器アニマ=パラトゥースの力の一つである仲間との念話。あまり距離が離れていなければ動物であろうとアカツキは会話することが出来る。


人と人を繋ぐ神器だからこそ出来るアニマ唯一の能力だ。しかし会話するのはアカツキとその対象のみであり、リア達には何を話しているのかは分からない。


だからこそ、今はアカツキに頼るしかない。ガルナとパスを繋げば手っ取り早く合流することができ、すぐにでもここを離れられる。


「頼むぞ...アニマ」


神器に頼ることになるのは毎度のことだが、今回はあまり無茶は出来ない。戦闘で活躍できない分、こういう所で頑張らなくてはいけないだろう。


神器の力を使い続けることで魔力は減っていくため、アカツキはクレアと共に白銀の狼、ロロに跨がり持続的に魔力を供給させて貰っている。


「リア、悪いな。何かあったら頼む」


「えぇ。任せて」


一人先行しているリアは、アカツキが抜けた分も辺りを警戒しながら進んでいく。


街に近づくにつれて次第に暗雲は消え、空へと伸びる光の塔も既に消えている。不気味な程に静寂に包まれた街、その静寂を作り出した老人は大きく溜め息をついて...。


「何人死んだ」


「教会をその場に留める為に50名が戦場に残り、天雷による消滅を確認しました。この街にいた教会の残党、天雷から逃れた者達も既に殲滅したようです」


「...そうか。また、人が死んだか」


「最低限の人数で済んだとはいえ、それでもウルペース全体としては大打撃です」


既に当初のウルペースの半数以上を失い、部隊としても機能するか危ういところまで来ている。何度か再編したとはいえ、これ以上分散させることは得策ではないだろう。


「この街に残った者達で2部隊構成する。各街に配置した者達は継続して戦況を伝えるよう指示しろ。...黒羽は見つかったか?」


ガルナと共に逃げられてから既に一時間が経過しようとしているが、彼等を追っていたウルペースからの連絡が無いことを青年は伝える。


「分かった。極力三人組で動き、先程のようにウルペース内部に潜入されないようにしろ」


「了解」


青年から連絡部隊へ、そこからウルペース全員に情報が回ったところでダオは一人思案に耽る。この街の外では地獄からの尖兵と街を飲み込む泥が確認され、教会の姿も各地で確認されている。


状況は最悪、どう足掻いてもこのままではウルペースもろとも信仰都市は壊滅するだろう。そうなる前に儀式を開始し、速やかに敵を殲滅しなければいけない。


持って3日、この街が避難民で溢れ帰り再度教会の侵略が始まれば混戦は避けられない。無差別に殺して回る教会から民衆を守りきるのは恐らく二度が限界、それ以上戦えば死者蘇生の為に生け贄となる命の減少が著しく加速するだろう。


「...アマテラス様のご神体に意識が戻るようなこともある。儀式は早急に執り行うぞ」


黒羽に伝えたいことは全て伝えた。後はいよいよ腹をくくる時だろう。ネオにはもう二度と許されないよう、自分に後戻りはもう出来ないぞという意味も込めて痛め付けて殺したのだ。


いずれ甦った時に私を理解する者など居なくてもいい。私がやることは紛れもない悪だ。人道も倫理も世界の理にさえ反した禁忌を執り行う。


「あとは黒羽を殺し、アマテラス様が肉体に戻るようなことがあれば雫にも死んでもらわなければな」


儀式をする際に彼等は死んでなくてはいけない。素材にされるのではなく、甦る側として死んでもらう。そうでなくては娘の思い描いた理想は叶わない。


儚くとも美しく、決して叶うことのない理想。それを現実にするためには彼等は無くてはならない大事な存在なのだ。


「...ダオ様!ただいま連絡が入りました、直ぐ近くでガルナを追跡しているようです!!」


「分かった。再編後、第一部隊はガルナ捕縛に向かわせろ。黒羽が居なければガルナを交渉材料にする」


アカツキ達が黒羽を救出しに来たのなら既に黒羽は彼等の手に渡っていると考えるべきだ。そうなれば残る選択肢はガルナを餌としてアカツキ達をおびき寄せるしかないだろう。


黒羽が同伴していればよし、同伴して来なかったとしてもアカツキ達の命と引き換えにすれば黒羽はその身を差し出すだろう。


「第2部隊は外から来る避難民の受け入れをしろ。私は第一部隊を率いてガルナを捕まえにいく」


「了解しました」


ダオは屋根の上から降り、先程の天雷により穿たれた大穴を避けてウルペースを引き連れガルナを捕縛しに向かう。


「早く捕まえてくださいよ、ダオ様」


一人残された青年はその後ろ姿を見送りながら狐の仮面の下で不敵に笑う。



......。



「(追っ手が増えている...。まずいな、教会とも遭遇しないとなれば逃げ切るのは難しい)」


何よりも今欲しいのは黒羽がアカツキ達と合流したという情報、途中で捕まっているようなことがあれば直ぐにでも、そちらに向かわなければならない。


先程の一撃だけで、この街で破壊の限りをつくしていた教会が全滅したなんて思いたくないが、ここまで来て彼等が見つからないということはあの雷は文字通り、教会を一人残らず殲滅したのだろう。


それも納得出来るくらい規格外の一撃ではあった。魔法とは違う信仰都市で発展してきた呪術と呼ばれる力。


それも神の力をほんの少しであれ行使できるとなれば、その驚異は魔法を越えるだろう。


「...っ!」


ガルナの通路を阻むように現れたウルペースに踵を返して反対方向へ逃げ出そうとするが、そこにも狐の仮面をつけた男達が立っており、四方を見渡すと既に30を越えるウルペースがガルナを囲むように集結していた。


「随分と早い到着だな...」


「教会との乱戦に乗じて身を隠し、そのあとは黒羽の安否を確認し、この街から姿を消す。良い作戦だ、潜入の手際といいあの子供と同様、お前も危険な存在になりうる」


ウルペースを率いる老人はガルナの前に姿を現し、ガルナの作戦を称賛する。


子供とは思えぬ手際のよさに頭の回転も十分。アカツキが彼を一人だけで動くことを許したのも頷ける程の才を持ち、その才能に自惚れぬ程の努力を培ってきたのだろう。


「空間を渡る魔法、一度は逃したが二度あると思うな」


ダオの瞳がガルナを捉え、決して油断することなくガルナだけを見続ける。


「魔法を発動する動作や変化を感じたら直ちに私は呪術を発動させる。私はお前を捉えた、貴様が空間を渡ったその先の土地をお前を中心にして天雷が焼き焦がすことになろう」


「...そういうことか」


決してガルナを野放しにしてはいけない。仲間に合流することになるのも許さない。


───ダオの呪術は既に半分発動している。ガルナをその瞳が捉えた時に照準は合った。

決してガルナを見逃してはならない。仮にアカツキ達と合流できたとしても、彼等もろとも空から降り注ぐ雷が消滅させてでも。


「仲間を犠牲にしたくないだろう。───ここで死にたくないだろう?ならばおとなしく捕まれ」


空を覆う分厚い雲の中で駆け巡る雷の音が鳴り響く。


ネオが地下で見せた呪術に魂を選定しての敵だけを束縛する鎖があった。魂なんてものに干渉できることをこの目で確認している以上、ダオに見つかった時点でガルナにこの場から逃げる選択は失われた。


魂に合わせられた照準、たとえこの場から姿を消したところでダオの目はガルナの魂を見続けている。そうなればガルナを中心として天雷が降り注ぎ、周囲を跡形もなく消滅させる。


「...捕虜にしてどうする」


「貴様も分かっているだろう。ここに居ないということは、残念なことに黒羽には逃げられたということだ。お前を交渉材料に奴を誘き出すしかあるまい」


黒羽の無事を知り安堵する暇もなくガルナは少しでも話を長引かせようとする。


「お前は自分のしていることを分かっているのか」


「分かっているとも。振り返ることなど決してあるものか。ネオを殺した時点で私はもう後戻りできないのだ」


「......!」


ダオは知らない。確かにネオは死んでいてもおかしくない状況で牢に放置されていた。だが、生きていた。それも()()()()()()()()()


「ネオは...生きているぞ」


「───そうか。生きていたか」


ガルナの発言に対してダオは驚くこともせずにまるでそんなこと意にも介さない様子だった。


「生きていたならまた殺せばいい。私は今更あの子に許しを乞うつもりはない。私を憎み、決して許すことの出来ないようにネオには死んでもらう予定だったからな」


「実の孫だろう。何でお前はそこまで...」


「許してもらう道理がどこにある?私は娘にしてネオの母であるレイを見殺しにして、あまつさえ姉のように慕っていた雫にその血肉を余すところなく啜らせた外道だぞ。あの子は私を憎みはしても決して慕ってはいけない。これは私の覚悟の表れであり、世界の本来あるべき形だ」


ダオは自分がもう後戻りできないように徹底的にネオを痛め付けた。彼は怨嗟の果てに死んで、儀式によって甦った時、昔から憧れていたダオに失望し、誰よりも自分憎むべきだ。


「ネオは私を忘れたい程に憎むだろう。それでいい、私は踏みつけられ淘汰されるべき悪だ」


「ダオ、お前はもう止まらないんだな」


「勿論だとも。理想は遂に現実となる、ここで立ち止まってなるものか」


ダオの覚悟を聞き、ガルナは諦めたように目を閉じるが、一秒後上から見下ろすダオに目線をしっかりと合わせて、口を開く。


「ならば俺が、俺達がその理想を砕こう。死んだ人間は決して戻らない、その死に意味があろうと、無かろうと俺達生きている人間は進み続けなければならない」


「戻るさ。この都市ならばそれが叶う。―――人々の希望と絶望が積み上げた信仰都市ならばな」


これ以上の話し合っても穏便に捕まってはくれないと判断したダオがウルペースにガルナを捕まえろと命令すると、逃げ場を塞ぎながら四方八方から向かってくる。


ここまで来たらもうガルナ一人ではどうにもならないだろう。逃げ道を塞がれ、迫り来る敵に対しての有効打をガルナは持たない。


この場から逃げても天雷によって死ぬのだ。だからここからガルナは一歩たりとも動くことは出来ない。


「ここまでだ、記録者」


「ここまでだったさ。―――俺一人だったらな」


ダオが見たのは絶望的な状況であっても顔色崩さずこちらを見据える一人の青年の瞳。聞いたのは諦めることのないどこか自信がある言葉だった。


「...あぁ、そうか」


───そしてダオは残念そうに瞳を閉じた。


直後、ガルナを守るように地面から現れた黒い壁とウルペースを凪ぎ払う一人の女性、二頭の狼の咆哮と共に現れた者達は瞬く間にガルナを連れ去ろうとした。


『天雷、発動』


それを見逃すまいとダオは呪術を発動させ、空を駆ける雷が人の干渉を受けて紫へと色を変え、大地へ向けて落とされる。


「アカツキ!!さっき伝えた通りだ!!」


「分かってるよ!」


触れれば消滅する天の雷、その威力を防ぎ切るにはアカツキだけでもガルナだけでも、一人では到底防ぐのは不可能な一撃だ。


「アニマ...力を貸してくれ」


祈るようにアカツキは剣を地面に突き立てて出来る限りの闇を発生させる。最初は液状だった闇はアカツキの創造力を糧に形を得ていく。


「ガルナ!合わせろ!!」


何層にも重なった闇の盾はガルナによって時間を止められ、その場に固定される。それによって一瞬で破壊されるということだけは免れるが、あくまで応急手当のようなもの。


時間は決してアカツキ達に味方しない。


アニマ=パラトゥースの力でガルナとパスを繋いだアカツキはその場に行けるまで時間稼ぎをガルナに頼み、どうにかして天雷を防げないか話し合っていた。


ガルナは現実では時間を稼ぎながら、アカツキとの念話で状況の打破を話し合っていた。


「空間さえ歪める人の呪いが形を得た雷。どう考えてもこれを受け止めるには不可能。ガルナと協力しても押し止めるのが限界だ」


これを止めるには更にその先が必要で、それを出来るのはアカツキでもガルナでもない。


「お疲れ様、二人とも」


辺りに居たウルペースを一人で完全に沈黙させたリアはアカツキ達の下へ合流すると、すぐそこで何とか押し止められている雷を見上げた。


「いけるか?」


「えぇ、問題ないわ。クレアちゃん、少し離れててね」


「はい!ミミ、ロロこっちへ。クロバネさんも来て下さい」


二頭の狼とクロバネと一緒にリアから距離を置いたクレアを確認すると満足げに微笑んでリアは空、自分達を滅ぼさんとする雷をしっかりと見据え、腰に掛けられた剣に手を置く。


「さようなら」


まるでそこに人が居るかのようにリアは別れの言葉を告げて鞘から白刃を抜き去るとそのまま跳躍する。


「解除だ、アカツキ」


「おう!」


空から降り注ぐ雷を防いでいた盾がガラスのように割れ、空中に霧散すると勢いが衰えないまま落ちてくる天雷に立ち向かうのは────剣を持った人間一人だった。


「―――な」


そのあり得ない光景にダオは絶句する。人間一人では到底防ぐことの出来ない神の雷、敵対する存在を消滅させる神罰の具現。


それが目の前で―――たった一人の女の剣によって斬られた。


真っ二つに引き裂かれた雷は行き場を失い、地面に落ちることなく空中で霧散する。紫色の粒子が宙に舞い、視界が不鮮明になるのを確認したアカツキは行動に移る。


「あれを...斬ったのか?」


黒羽もその事態に目を見開きただ驚くことしか出来ない。そして同時にその心に一筋の希望の光が差す。


「黒羽!!ガルナを乗せて先にクレアと脱出しろ!」


呆然と空を見上げていた黒羽はアカツキの一言で我に帰り、ロロを走らせて直ぐ様ガルナを回収する。


「リア!!すぐ離れるぞ」


「分かった」


白く透き通る刃を鞘に収めて、リアもアカツキと並走してその場を直ぐ様離脱する。神器アニマの力を使い視界が不明瞭でも進む方向を全員に伝えて、はぐれることなく一直線に走っていく。


ウルペースの殆どはリアによって無力化され、残った者達はリアとアカツキによって息のあった連携で次々に凪ぎ払われる。


順調に脱出への道は進んでいる。追っ手はリアとアカツキだけでどうにか出来る、それ以外で驚異になるものがあるのならばそれは。


「リア!もう一発来るぞ!」


ウルペースの追撃が止まるとアカツキはもう一度空を見上げる。暗雲立ち込める空にもう一度蓄えられる呪力、その色は紫から黒へと変貌し明らかに異常であることが分かる。


「無茶苦茶しやがるな、ダオの奴。本当ならこんなに連発できるもんじゃないだろ...!」


空へと手を掲げるダオは頬に汗を滲ませながら無理矢理に天雷を発動させる。


「―――それでもやるのだ。あの子の...レイの願いを叶える為に!!」


「アカツキ!!」


「...っ!」


ダオが命令を下すまでもなく再度襲いかかるウルペースに反応が遅れたアカツキの頭へと狙いすまして放たれたナイフ。


背後では回り込まれたウルペースに進路を阻まれるクレアと黒羽達、何としてもここに押し止めようとしているのだろう。


回避するのはこの体制では不可能、何よりも度重なる神器の使用で体が重くてしょうがない。


「――――――くそ」


もう止める方法はこれしかなかった。たとえそれが命を蝕むことになろうとも、ここから逃げるためには使うしかない。


今目前に迫る死と我が身を顧みないウルペースの決死の攻撃、天雷に巻き込まれることも問わない命をかけた彼等を止めるにはこちらも命をかけるしかない。


「ごめん、皆」


体が軋む音、内側から沸き上がる高揚感と吐き気。意味不明な状態に陥るのも無視してアカツキは無理矢理それを発動させる。


『影牢』


───アカツキの体から暴れ出るように闇が辺りを飲み込んでいく。


アカツキ目掛けて放たれたナイフは空中で闇に侵食され、行く手を阻んでいたウルペースは一瞬の間に地面を覆った闇に体を飲み込まれ、クレア達の前から姿を消した。


「何だ...これは」


かつては町一つを覆った影牢、その光景に黒羽は驚きを見せるが、それを近くで見ていたリアは悔しさに歯噛みする。


「ごめんなさい、アカツキ」


今やその闇は町一つ覆うことすら叶わなく、その質量も前に比べたら明らかに少ない。そして今回の影牢は神器を宿した剣を使わずにアカツキ自身の体から暴れ出た形で発動した。


リアの背後では顔を青白くしたアカツキが足を震わせながら立っている。再三に渡る神器での念話に、仲間全員がそれぞれの位置を把握できるように繋いだ感覚の共有、それに加えて闇の現出だ。


アカツキは無理が出来ないというのに無理をしてしまった。―――しかし、それが無ければ乗り越えられなかった。


「いいんだ、それよりも頼むぞ」


「えぇ」


リアを止めるウルペースは全てアカツキが排除した。何も心配することなくリアは空から降り注ぐ神の裁きに相対する。


どす黒く蠢く人々の怨念が形となったそれはもはや天雷などといった神々しいものではなく、呪いそのものだ。


人を殺す人の呪い。何と悲しいことだろうか。この呪いを生み出す人間達には何の罪もない。こんな悲劇だらけの都市で生まれてしまった彼等に何も呪うな、羨ましいと思うななんて酷な事は言えない。


生まれる場所が違かっただけ。厳しく辛い世界で生まれてしまったから彼等は無念の内に死んでいった。


「辛かったでしょう、悲しかったでしょう」


それは悲しいだけで何も生まない悲劇の産物。


何百、何千年と積み上げられた人々の呪い。


それを止めるのは人の正義を、希望を信じる一人の女。


「ここで終わらせる」


鞘から抜き放たれた白刃に込められた魔力は地を穿つ黒雷とは反対に白く輝きを放つ。


蓄積を終えて黒き雷はウルペースがそこに居るにも関わらず地へと堕とされる。怨嗟の声が町を包み込み、その質量は先程の一撃とは比べ物にならない程に膨大だ。


「――――――――――――」


そこへ向けて放たれたのは白く輝きを放つリアの魔力だ。その一振りで生じた光はアカツキの闇すら飲み込み、町を優しく包み込み、空へと放たれた一撃は雷を引き裂き、真っ直ぐ空へと進んでいく。


空を覆っていた暗雲すら吹き飛ばして、光は空で散る。リアの魔力が形となった魔力の残滓が光の雨となり街に降り注ぐ。


ウルペースとアカツキ達の激闘はリアの一撃を持って決着となった。

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