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遥か彼方の浮遊都市  作者: 神羅
【信仰都市編】
154/185

<淡き記憶>

「これでおしまいです。私の語れる範囲のお話ですが」


「おい、アマテラス...」


アカツキが自分の横で雫の話を聞いていたアマテラスの方へと視線を向ける。「お前の守ろうとしている奴等はこんなことをしてたのを知ってたのか」そんな言葉を言おうとするが、その顔を見て言いかけた口を閉じた。


「...泣いてるのか、お前が」


「バカが。私は泣いておらん。これはきっと、私の記憶を覗いているあの女のものだ」


泣いているのは実際にアマテラスの記憶を追体験しているクレアのもので、自分のものではない。


アカツキの読みは外れてアマテラスは特に雫の言った過去に感情を移入したり、悲しんだりしている様子は無かった。


―――だが。


「そうか。それがダオや歴代の祭司が私に隠し続けてきた真実なのか」


そこには怒りがあった。憐れみなどを一切感じさせない純粋な怒りがアマテラスの言葉に込められている。


「変わってしまったな、この都市も。私の、あいつの信じた人間がこうも変わってしまっていたとは」


「一つ、良いか。お前が怒る理由が俺には分からない。ネヴ・スルミルとの契約、お前が結んでいたんだろ。七年周期で甦る、ってやつを」


事の元凶、それに死んではいるが生きているという不死に近い状態にしたのはアマテラスなのだ。それなのに、どうして怒る。


「...ふざけるな。ネヴ・スルミルだと!あぁ、私は奴と過去に出会っている!!何せ私をこの都市に降ろし、私を奉る神社の設計をした男だからな」


―――どういうことだ。何故、怒っているのだ。もしかして、自分の聞いていた雫の記憶とは致命的な正誤があるのだろうか。


「あいつは私の目の前で死んだ。―――死ぬことを選んだんだ」


「...は?」


「当たり前だ。私のような半端ものとはいえ、神をこの都市に降ろしたのじゃ。三年を残して自分の寿命を使ってあの男ともう二人の男は私をこの都市に降ろすことを成功させた」


アマテラスにとって、生みの親とも言える大事な存在、そんな彼等が今辱しめられている。ありもしない事を垂れる外道がこの都市に居る。―――私の知らない諸悪の根元がこの都市を変わらせた。


「あいつを死なせないようにしたのは事実。だが、それを断ったのは他でもない、ネヴ・スルミル自身じゃ。別れ際に確かに約束した...!私だけでもこの都市の味方であってくれと、あいつはそう言って私の目の前で死んでいった」


「なら、今ネヴ・スルミルを名乗る男は...」


「赤の他人だ。私の友を辱しめる。―――この都市を狂わせた諸悪の根元だ」


「待て、待て待て待て。お前、その男のことを知らなかったのか?」


おかしい、あまりにもこちらとあちらの言い分が違いすぎる。アマテラスが嘘を言っているようには見えない。だが、雫の語った過去の出来事も今の彼女の状況からして嘘ではない。


「神をその身に宿した者の器が無ければ私が出てこれない?それは冗談では済まされない言葉だ。神を宿した時点で巫女という存在は確立される。力を引き出すのに僅かな差があるのは確かだが、私が出てこれないなんてことは万が一にもない。私は長い間、()()()()()()()()()()()()()()。」


「それって...」


「まだ巫女という存在が生まれたばかりの時の話だ。以前からあちら側からの干渉があったが、その年はとても看過できるようなものではなかった」


「あちら側って、地獄って認識であってるよな?」


「そうじゃ。私がこの都市に来たことでアマテラスを名乗ったように、私とは別にこの都市に訪れた名無しの神は信仰されぬならばと信仰されずとも生き長らえる術を考えた。そこで生まれたのが死の都、人々の恐怖の象徴としてこの世界から僅かにずれた異空間から頻繁に干渉してきた」


「覚えられていること、それが大事だからか」


神は人無くして生きられない。人の信仰より生まれ、人の信仰によりその力を強めるのだ。だから、忘れ去られた神はいずれ淘汰される。それこそ、世界に組み込まれているプログラムのようなもので不必要な存在、忘れ去られた異分子を抹消する。


それを恐れたからこその暴力、人間を害することで己の悪名を轟かせ、その存在意義を確立させた。


「今では民謡でも歌われる程、地獄という場所に住まうハデスという名を名乗る神は人々の記憶に残り続けている。私が善ならば、あいつは悪として。長い時を越えて尚、ハデスは地の底でこの都市を自分のものとするか画策しているのじゃ」



......。



これは、記憶だ。アマテラス、いや、その名前を騙った名も無き神の記憶を私は追体験している。目の前に広がる景色も、触れあう男から伝わってくる微弱な体温も本物のように感じるがそれは記憶に残されているだけで、過去にあったことなのだ。


「―――アマテラス、君を一人にして先立つことを許してくれ。そして、どうかお願いだ。君だけは、僕らの、この都市の味方であってくれ」


そう言って男はゆっくりと瞳を閉じた。微かな呼吸の音が消えて、静寂がその男の死を告げていた。


視界がぼやける。感じたことのない悼みが胸を締め付けて、冷たい何かが頬を伝っていく。


―――彼、ネヴ・スルミルとの出会いの始まりは僅か三年前に遡る。


私はそれ以前の彼等のことを知らない。別世界で忘れ去られ、形無き亡霊のようにこの世界に漂う魔力と同化して流れていく私を形あるものとして権現させた者が現れた。


「成功...したのか?」


その体はとても幼い子供のものだった。静かに身を起こして、手足を動かして、目の前を向くとそこには歓喜の表情でこちらを見つめる男の顔があった。


「やった...!やったぞ、二人と......も?」


その男は振り返って感極まった声でその喜びを分かち合おうとした。だが、その喜びを分かち合うはずだった友は満足そうな顔で老人のようにしわがれた顔を微笑ませて倒れていた。


「そう...だよね。人の手で奇跡を起こしたんだ、無事であるはずがない。君達も、―――僕も。でも良かった、君らも僕らの神様を見ることが出来たんだね」


「何を言っている。それにここはどこだ、私は―――誰だ?」


記憶というものが欠落している。言葉は理解している、体の動かしかた、箸の持ち方、体で出来ることは覚えている。しかし、それ以外の知識と呼ばれるものが何一つ存在しないのだ。


「そうか、意識を持たないで魔力と同様に世界を漂っていたせいで記憶を無くしているのか。けれど、予言通り今日ここに神は降臨した。早く村長にも伝えないと...!!」


そう言って男は目覚めたばかりの少女の体をした名も無き神の手を取って走り出そうとする。―――しかし。


「あ」


「え?」


引っ張った手が腕ごとポロリと取れて、それに言葉を発した少女の方へと振り返った男が叫ぶ。


「アアアア!!腕、取れちゃってる。え?待って、これくっつくのかな、失敗した!!まだ体が出来上がってないのか、ねぇ、大丈夫だよね、これ、ねぇ、ねぇ!!」


「私に聞くな。だが朗報だ、特に痛くはないぞ。血も流れていない」


あわてふためく男が自分の腕を持って忙しなく祭壇の近くを走り回り、その光景を祭壇の上から眺めている。


「やっちゃった...。どうしよう、これ、治るのかなぁ。治るよね、よし、大丈夫。誰か来る前に元通りにすれば何もなかった、そう言えるさ」


「おい、私の腕を持って歩くな。折角の体、その一部が腐れる」


「腐れる!?君、口悪いなぁ!案外どころか、グサッと心に刺さったんだけど。もうガラスの心がひび割れて、砕け散ったよ!!」


「そろそろ返せ。お前の心配しているようなことは起こらん」


「そう?これ、大分まずいと僕は思ってるんだけど」


このまま話していても埒が明かないと思った少女の体をした神は男から腕を強引に奪い返し、傷口に付着させる。


すると驚いたことに断面が勝手に合わされ、十秒も経つ頃には何事も無かったかのように腕はくっついていた。


「すごいな。元々魔力と同化していただけあって構成された体を空気中にある魔力だけで治せるのか。さっきは出来上がったばかりの体を無理矢理引っ張ったから外れただけで、肉体強度も申し分ない」


「童女の体をまじまじと見つめながら言う言葉ではないぞ」


「あ、ああ。すまない。そうだね、君はまだ生まれたばかりの赤子だ。知らないことも一杯あるだろう、今日から数週間は色んな所に行かなくちゃならないけど、それ以降は君の指導役として僕が君にこの世界の常識から、君という存在の意味まで全部教えようと思っている」


こちらを害する気は一切感じられない。最初は演技かと思ったあの慌てようもただ本気で慌ててただけ。それどころか、この男から送られる視線は憧れといったもので、警戒をする必要を不思議と感じなかった。


「それじゃあ、行こうか。まずは預言者様の残した予言を読み解いたこの都市の村長、村長って言って良いのかな?まぁ、取り敢えず偉い人の所に行こう」


「気分を害するような奴だったら殺すが良いか?」


「君、本当に神様だよねぇ!?」


「清廉潔白、純粋無垢な神様じゃよ」


「まぁ、僕的には神様は堅苦しい感じだと思ってたから、君みたいに冗談を言うような神様で安心したよ」


「冗談ではないぞ?」


「...冗談にしといてね」


本当に不思議な男だった。弱々しく、体も貧弱、態度もへろへろっちい男だというのに不思議な安心感があった。この男と居れば何でも出来るような、そんな事を思ってしまえるくらいに。


「...村長、ようやく僕達の悲願が成し遂げられました」


男が連れていった先は偉い大人が住むにはあまりにも質素で、雨を凌ぐ屋根と吹き荒れる冷たい風を凌ぐ壁だけがある四角い家だった。


その手狭い部屋の真ん中で眠る老人の顔は赤く爛れ、皮膚は黒ずんでいた。


「あぁ、ネヴ。そうか、遂に我等が悲願、神が降臨成されたのか。神よ、このような醜態をお見せして申し訳ありません。どうかお許しください」


悲願だと言う割にはその老人は対して喜んでいるようには見えなかった。村長だというのに誰一人として看病する者が居ない老人は骨と皮だけとなった腕を声の聞こえる方へと伸ばす。


「ネヴ。私の目はもう光も何も映さない。だからどうかこの命潰えてしまう前に我等が神をこの手で確かめさせてはくれないだろうか」


「...どうでしょうか?」


決定権を持つのはネヴではなく、彼女自身だ。幾ら説得しようと無理だと言われたらそれで終わりだが、彼女には断る理由はない。


「構わん。しかしその前に聞くことが幾つかある、死ぬとはいえまだ時間はあるじゃろう」


「私とネヴで答えられる御質問であればお答えします」


「まず、お前のそれは何だ」


村長の失われた視力と痩せ細った体の原因、それは黒ずんだ肌、爛れた顔と何の関係があるのか。それを知りたかった。


「これはこの都市を襲う災厄の一つ、人壊しの血雨に触れた結果です。雨の降り初め、その最初の一滴が耳に触れました。急いで家に戻り身を浄めるも間に合わず、雫の触れた耳を除いた他の全てが黒ずみ、この醜い顔は視力の喪失と共に赤く爛れたようです」


「次に質問だ。一先ずこれで終わりにする」


それはこの都市で体を得て、神と呼ばれる自分には欠かせない情報だった。


「この都市の住民、何人生き残っている」


信仰心が今後生きていく上で何よりも必要となる。忘れ去られるようなことがあってはならない。いや、この都市の場合災厄によって滅びるような少人数では信仰の継続が困難となる。


神を信仰する人が死滅などということはあってはいけないのだ。


「...この都市に住まう人々の数は1293人、その中の3分の1は私のように病によって死を待つ人間です」


「そうか。それほどしか残っておらんのか」


「えぇ。信仰都市とは名ばかりのの小さな村、この都市に現れる英雄と呼ばれる強力な力を持った人間が三人生まれたこの時代ですが、その内二人は先程死にました。また、外部からの侵略があれば僕らの故郷はいとも容易く陥落します。だから、僕の祖父とそのご友人は予言に従い、今日貴方をこの都市に降ろすための準備を始めました」


その結果、祖父の息子、つまりはネヴ・スルミルの父親からその役割を引き継いだ彼が百年という時の果てに彼女を権現させたのだ。


「教会の信仰する神は我々に何も与えてはくれなかった。それどころか災厄が振り撒かれ、これまで多くの同胞が命を落とした。だから、貴方様にこの都市を救って頂きたい。―――どうか、我々をお助け下さい」


老人の光を映さない瞳からは大粒の涙が流れ落ちる。それと同時に咳き込み初め、口元を押さえた手には血が付着していた。


「村長!」


呼吸も次第に荒くなっていき、言葉すらも語れないのか口をパクパクさせるも何を言っているのかネヴにも理解できない。


「もう良い。ネヴ、この男はまもなく死ぬ」


「そんな...。村長が死んでしまったらこの都市を率いる者が居なくなってしまう!!」


「静かにしろ。せめて旅立つ時くらい笑顔で見送ってやれ」


そう言って少女は寝台で苦しそうに呻く老人の痩せ細った手を握り、耳元で囁く。


「よく今日まで耐えてきた。もう良い、お前は十分に戦ってきた。あとは私達に任せて休め」


―――あぁ、何と幸せなことなのだろうか。


この都市の誰もが求め続けた神に手を握られ、これまでの人生を誉められながら逝くことが出来るなど、私はとても幸せな人間だ。


我等が神の誕生を喜ぶには多くの命が失われてきた。


父も母も妹も、腹に子を宿した妻すら無くして尚醜く生き続けてきたのも、全ては今日この日の為だったのかもしれない。


「ネ......ぅ」


「はい。村長」


空いた左手を握りしめながらネヴは声にならない村長の声を聞き取るために耳を近づける。


「た...の、んだ」


それはこの都市を次に率いる男へと送る村長として最後の言葉だった。村長が治ることの無い病に倒れ、誰もが看病をすることを拒否しても足しげくこの家に通ってくれた息子のような男へ、これまで継がれてきた意思を託したのだ。


「はい。僕がこの都市を再建させて見せます。いずれは誰もが幸せに暮らせるような場所に出来るように。ですから、後は任せてください」


荒い呼吸の音がゆったりとしたものに変わっていき、安堵の表情で老人は二人に見送られながら息を引き取った。


「...ネヴ、まだやるべきことがあるのだろう。この男を弔うよりも先に」


「はい。まずは生き残った全住民を一ヶ所へ集め、そこで貴方の存在を大々的に発表します。僕はその功労者として、この都市の指導者となり、幾つかの問題を貴方に解決させ住民の信頼を集めます」


「そして?」


「───この都市を三年で再建させる。後の世で大悪党と呼ばれても構わない。ただひたすらに、前に進み続ける。まずは予言に記された教会の襲撃、そこに集まった彼等を皆殺しにして、見せしめとすることでこの都市に関わるなと警告する」


これまでのような弱々しい声でもなければ、覇気も感じられなかった先刻とは違い、明確な意志と、確固たる決意を秘めて言葉が発せられる。


「力と策を持った統治か」


あの時の、優しそうな青年の顔に影が落ちる。何も感じない。ただ、この男もそうであったというだけで───。


『違うよ、アマテラス。お兄ちゃんは優しい人なの』


頭に響く聞き覚えのない自分ではない誰かの声。ノイズのように掻き消えてしまったそれに、アマテラスはふと頭を押さえる。


「はい。この都市を建て直すにはまず外敵の排除、安全でなくては民は動こうとしません。貴方は生まれたばかりで力をあまり蓄えれていない。ですので教会の襲撃の時に彼等から魔力を集め、その力を持ってこの都市を襲う災厄の幾つかを解消する。まずはこれを一年で終わらせます」


それを振り払い、アマテラスはあくまでも神として彼に接する。


「急いでいるのだな」


彼がそこまで考えていたことも驚きだが、それをたった一年でこなそうという姿勢に疑問を覚えた彼女にはネヴは自身の事について説明をする。


「───三年です。僅かに誤差はあるでしょうが僕に残された寿命はそれだけです。この三年間で僕はこの都市の礎を築き、後の指導者に託します」


「私を降ろしたからか」


「はい。これでも僕らは英雄と呼ばれる者でして、あの場に居た二人は剣と槍を使った近接戦闘を得意としました。僕は生まれつき膨大な魔力をこの身に内包し、魔法を得意としています。その類い稀なる命を三人分対価として払うことで魔力に溶けていた貴方を実体化させることに成功したんです。僕は運が良かった、生まれ持った魔力のおかげで死ぬことはありませんでしたから」


彼等はこの都市の防衛機構として長らくこの都市を外敵から守ってきた英雄の一人なのだ。


「人が死ねば死ぬほど、英雄に与えられる力は強大になっていきます。だから、この時代では英雄が三人も生まれました」


要するにこの都市が追い詰められれば追い詰められる程に力は一人の人間に集約させられるのだ。それはこの都市で今まで命を落とした彼等が産み出した奇跡の産物なのか、はたまた今を生きる人々の祈りから生まれたものなのかは分からない。


「清廉なる祈り、願いが僕らを産み出した。そう信じて歴代の一騎当千の英雄達はこの都市を守り続けてました。だから、死ぬことは怖くなどありません」


そう言って余命三年の男は笑って見せた。


分からなかった。どうして笑っていられる。かつての世界では人々に忘れ去られ、その存在を余分なものとして切り捨てられた彼女は長い時間を意識の無い状態で過ごし、時を時間を越えてきた。


神として生まれてしまったばかりに消滅しても尚、彼女には死が訪れない。一度でも神として崇められた以上、その存在はより強度なものとなっていく。


だから、一度私は死んでいる。それでも生きているのは単純に神様だったから。

だからこそ、この男の感情が、考えが分からない。体が消滅する時の絶望を覚えている。誰にも思い出されず、一人寂しく消えていくことに耐えることなど出来ず、必死に叫んで、それでもその声は届かず、体は世界に溶けていった。


死は恐ろしいものだ。本物ではないとはいえ、擬似的な死を体験した今だからこそそれが分かる。それなのにどうして笑っていられる。誰かの為に死ぬことに何の躊躇いを持たない。


「お前にとってこの都市に住む人々は何だ」


問いかける。彼がそこまでの意思を持って運命に抗うのは何か気になったから。


「家族ですよ。僕らは彼らによって望まれたから生を受けた。そう勝手に解釈して、家族の為に力を振るってきました」


答える。そんなの当たり前だとでも言うように。


「そうか」


それっきりだ。答えを聞いても納得することは出来なかった。心がもやもやしていた。だが、これから何度質問しようと私が満足するような返答は帰ってこないと知っていたから。


そういう風に生まれ、そういう風に死んでいく。それが英雄と呼ばれる彼等の人生なのだ。そう、解釈した。


「......」


最初に各地を回った。新たな神の誕生を伝え、信じられない者には証拠を見せつけてやった。荒れ果てた農地が瞬く間に潤い、新芽が顔を見せる。その光景を実際にその目で見た彼等はネヴと別行動で各地を回り、新たな神の誕生を伝えると言い家を飛び出した。


「魔力の消耗は平気ですか」


「何、魔力なら世界に満ちている。貴様らと違って大気を漂う魔力を混ぜ合わせる必要がないからな」


「世界が存在する以上、世界を支える魔力が存在する。つまりは僕らのように原初の魔力が毒にならない貴方にとって、尽きることのない燃料となる、で合っていますか?」


「その認識で合っている。だから私に魔力の補給は必要ないぞ。わざわざお前の魔力を奪い取るようなことはしない」


誰かの力を借りる必要などない。求められた通り、神としての役割を果たすのに、誰かを巻き込むつもりなどないのだ。


「もうそろそろ戻った方が良いじゃろう。既に何十もの集落を渡った。後は直にこの都市全土に私のことは知れ渡る。ならば目的地で出迎えようではないか」


「そうですね。病人を治す為の力を蓄え、食料なども揃える必要があります。村長の住んでいた場所は比較的汚染も薄いので、早めに安住の地を用意しましょう」


ここまで来るのにざっと三日、同じ道のりを行くのならば帰るのにも三日は要するだろう。


「試してみるか」


「...どうかしました?」


「帰るのにまた歩くのは大変だろうと思ってな。少しだけ魔力を奮発して帰路を楽にしてやろう」


「え、それはどういう...」


ネヴがこれから起きることを聞こうとするよりも早く、周囲の空間が歪み、景色がゆっくりと流れていく。


「空間の移動?そんな高等な魔法を、僕はまだ教えていないのに...」


「お前には悪いが暇なときに頭の中にあった魔法の知識を読ませてもらった」


「...何でもありですね」


「神だからな」


その言葉だけで納得してしまうのが神様のズルいところだ。人間では出来ないことが出来るのが理屈などそっちのけで神だからという理由だけで出来てしまう。


「魔力の使い方、空間に干渉する類いの術式、これさえあれば十分だ。この魔法の唯一の難点が空間の転移先に私が知っている人間が居ること、もしくはそこの土地に行ったことがあるくらいなものだ」


このようなことがこの世界では出来てしまう。彼女がかつて神と崇め奉られていた場所とは発展の仕方も、世界の仕組みも違うため、これは初の試みとなる。


「案外魔法と言うものにも慣れるものだな」


「うーん。魔力の運用が僕らとは違うので簡単に感じているんでしょう。大気中に存在する原初の魔力を分解して混ぜ合わせることで僕らは魔力を補給して運用します。そうなることで純度が落ちます、だから使用する魔力の量も、制御の仕方も違うんですよ」


「それはまた...不便な話だな」


「まぁ、人間なんてそんなものでしょう。完璧でないから、より便利を求め、完璧を求めて発展してきた。最初から完成した人間なんてどこにも居ないんですよ」


「...その言い方、神っぽくて腹立つ」


「えぇ...。そんなこと言われても」


そんな他愛ない話で三分程経過した頃、ぐちゃぐちゃだった辺りの景色が次第に纏まって、三日ぶりにそこに戻ってくる。


「祭壇か...。どうやら少しだけ失敗したらしい」


そこは彼女が最初に目を覚ました場所であり、この都市に神を降臨させた神聖な祭壇、予定していた行き先とは少しだけ遠い場所だ。


「いやいや、ここまで精度が良ければ十分でしょう」


何もかも初めでここまで出来るのなら文句のつけようなどどこにも無い。それどころか初めての魔法が特殊魔法と呼ばれる類いのものだったのだ、それを出来たということはまさしく彼女が神である証拠だ。


「さあ、夜になる前に土地の浄化を初めましょう。土地さえ元通りになれば畑を作れますし、家も建てられますから」


「どの規模の土地を浄化する」


「まぁ、出来る範囲で良いでしょう。今日は一度、土地の呪いを払っていますし、空間の転移も行っています。あまり無茶をしては...ちょ、話は最後まで聞いてく───」


やはりネヴの話を最後まで聞かなかった彼女は持てる魔力を殆んど全て用いて辺りの土地を浄化する。白い光が広大な大地を駆け回り、枯れていた湖からは水が溢れ、一部ではかつての草原と遜色ない程の草花が生い茂っていた。


その光景を祭壇から飛び出して確認したネヴの口から感嘆の声が溢れる。


「はは...。規格外とかそんな話じゃない。土地に根付いていた呪いを払い、土地そのものを再生させるなんて」


しかし、それほどの事を成した少女の姿をした神様はネヴの忠告を聞かなかったばかりに祭壇の中で倒れていていた。


「おーい、ネヴ。体が動かないんじゃが」


「僕の話を最後まで聞かないからですよ!!あぁ、もうこんな姿を見られてたら、信仰心がた落ちでした。先に帰ってきておいて正解でしたよ」


急いで祭壇の中に戻ると、ネヴは体を動かせない少女を背負い村長が住んでいた家に向かって歩きだす。


その最中にも辺りに生えた草花に興味を示して何度か立ち止まっては背中で早く進めと文句を言う神様に従って帰路へつく。


「まったく、お前が何度も立ち止まってしまうから夜になってしまったではないか」


「いやー。まさか薬草が生えてるとは思いませんでした。良い収穫でしたよ」


「人の話を聞け!!」


「神様ですよ」


「あー減らず口を言うな!!取り敢えず腹が減った、何か作ってこい」


本来の姿なら食事を必要とはしないが、彼女の魂が宿る体は作られたにしてはあまりにも精巧すぎたのだ。ネヴから聞いた話では最初に寄り代となる体を用意し、そこに魔力と溶け込んでいた彼女の精神を形あるものとして固定させ、それを寄り代に吹き込んだのだという。


「まったく。腹が減るというのは難儀なものだな」


今まで信仰心だけで存在を確立させてきた彼女にとっては空腹というのは初めて感じたものだった。空腹であると、気が落ち着かず、変な音が鳴ったりと目障りなことこの上なかった。


「なぁ、ご飯は...」


「ありませんよ?今日の朝食べたので食料は底を尽きました」


「...は?じゃあ、どうするのだ」


「勿論今から確保します。野菜は貴重なので使えませんが肉くらいなら手にいれられますよ」


「おい...まさか魔獣を食うのか?あんなゲテモノのような奴等の肉を?」


何を変なこと言ってるのかという顔でネヴは首を傾げる。


「今まで食べてきたものは基本的に魔獣の肉ですよ?牛とか豚とか家畜を飼う余裕なんてこの都市にはありませんから」


「...本当に?」


「えぇ」


言われてみれば当然の話だ。作物すらまともに育つことのないこの都市でどうやって家畜を飼育するというのか。一日を生きるだけで精一杯、彼等の主な食料は魔獣の肉。野菜類は極稀に汚染されていない土地に生えている程度でたった千三百人足らずにすら供給が行き届くことはない。


「まぁ、魔獣が活動するのは基本的に人が行き交う時間ですがここら辺で魔獣が住処に出来る場所は限られてます。そこに行けば直ぐに確保できますよ」


「はぁ...。仕方ない、行くぞ」


立ち上がった少女が面倒くさそうに歩き出すとその背中を追ってネヴも立ち上がり歩きだす。


向かった先は一キロほど離れた大きな洞窟だ。ネヴ達が到着すると同時に中からは何かを咀嚼する音と子供のもののような甲高い叫び声が響き渡る。


「罠では...なさそうだな」


苛烈な生存競争を生き残る上で子供を真似た鳴き声をする魔獣が居るがその鳴き声を今まで何度も聞いてきたネヴだけでなく、彼女の耳にもその鳴き声が偽物でないことに気付く。


「急ぎましょう。今回は僕が戦いますから休んでいて下さい」


「そうか。では生き残った人間の保護を私がする」


走りながら互いの役割を決定した二人はその声の発生源である洞窟の奥にたどり着くが、その惨状をみてネヴは苦々しげに呟いた。


「くそ...。生き残ったのは子供だけか」


洞窟の奥から鳴り響いていた汚い咀嚼音、三匹の魔獣がその子供の両親と思われる亡骸を貪り、痩せ細った体で一生懸命に泣き叫ぶ少女の声を無視して必死の形相で死体を喰らっていた。


「肉のある方を選んだか。魔獣も余程腹が減ってると見える」


「あいつらは僕が対処します。あの子の保護をお願いします」


そう言ってネヴは近くに落ちていた石ころを拾い上げ、死体を貪る魔獣の一体に向けて投げ付ける。ネヴ達の足音すら聞こえないほどに必死に食べていたのだろう。その口から覗かせる牙は真っ赤に染まり、女のものと思われる長い髪が纏わりついていた。


「必死に食べているところ申し訳ありませんがその人達は返してもらいますよ」


石が当たることでようやく外敵が近づいてくることに気付いた一匹の魔獣が食うことを止めて二匹の魔獣のことを蹴りつけると、一瞬うなり声を上げるも残りの二匹もネヴの存在に気づいてじりじりと前に進む。


「(たったの三匹...?いや、違う。あの魔獣は群れる性質がある。だとすれば群れで狩った獲物を奪ってここまで来たのか)」


近くに他の魔獣が潜んでいることも考えつつ、ネヴは行動を開始した。


最初に必要なことはあの魔獣達の意識を自分に集中させること、せめて生き残った子供の命だけは救い出さなければいけない。それに潜んでいるかもしれない他の魔獣に対しても、自分が天敵だと思わせる必要がある。


「―――――――――ッッ!!」


ネヴから放たれた魔力に反射的に魔獣の一匹が叫ぶ。それは実力の差を瞬時に判断し、三匹では足りないと仲間に助けを求める声であり、ネヴの策略に嵌まった瞬間でもあった。


「良かった。ここら辺は明日から人通りが多くなるので早めに安全を確保しなくてはならなかったんです」


そして、その鳴き声に対して、折角の獲物を奪われた群れがどんな行動に出るかは明白だ。


「おい、ネヴ!!入り口から百頭近い魔獣が向かってきているぞ」


そう。血眼になってその獲物を奪った三匹の魔獣の下へ走ってくるだろう。この三匹同様、魔獣は常に腹を空かせているのだから。


「その子と少し離れていて下さい。大丈夫です、このくらいなら全然対処できますから」


そう言って先ず最初に洞窟の中に魔獣が潜んで居なかったことを確認し、ネヴは視線の先に居る三匹の魔獣の足元にある地面を一瞬液状化させ、槍のように尖らせ、三匹の魔獣の致命傷になる部位へ的確に攻撃をする。


「次は後ろ」


振り返り際、ネヴの頭目掛けて牙を剥いて飛び掛かってきた魔獣の体を電気が駆け巡り、一瞬の間に絶命する。それに続いて大量に現れた魔獣に対して振るわれたのは氷と風の魔法。


百頭近い魔獣の群れ目掛けて突風が襲い掛かり、足元に爪を立てることが出来なかった魔獣が宙を舞って、その体が不可視の刃によって切り刻まれ、突風を凌いだ魔獣には上から落ちてくる無数の氷柱がお見舞いされる。


たった一人の人間に成す統べなく全滅させられ、死臭が辺りに漂う。


「まぁこんなものですかね。形をあまり崩してない魔獣を少しだけ持ち帰りましょう」


「おい。この娘はどうする」


痩せ細った体で小刻みに震える少女、両親を無くして天涯孤独となった少女は涙で顔を濡らしていた。


「...どうやら言葉も学んでいないようだな。あそこの死体を見る限り食料の大半は両親に食われて、残った残飯くらいしか分け与えられてないようだが」


「まぁ。子供にまで貴重な食料を与えたく無かったんでしょう。けど死なれては困るから最低限の食事しか与えられなかったってところでしょうか」


「このまま生きてても邪魔なら生かしておく必要があるか?」


「...まぁ、喰うつもりだったんでしょう。食料にまだ余裕がある内は生かしておいて、いよいよ底をついたら子供を殺してその血肉を自分達の糧とする。僕が見てきた中には魔獣以外の肉が食いたいと言って、子供を太らせてその肉を食べる人も居たくらいですから」


「...そこまでするか」


「魔獣の調理法が確立された今でも一度それ以外の肉を食べたら如何に自分達が普段食べているものが不味いか分かる。僕のさっき言った人達は美味しさを知ってしまったから、この子の両親は生きていたかったから。理由は様々ですよ」


「...この娘は連れ帰る。良いな?」


「えぇ。僕もそうするつもりでした」


珍しく優しさを見せた彼女を見てネヴは微笑む。ここで見捨てるという選択を出来ないことを知って、ようやくネヴは確信する。


「そろそろ貴女にも名前が必要ですかね」


人の事を理解できる神様、選り好みする訳ではないが最低限それだけはこの都市をこれから守り続ける神に必要なことだとかつて、今は亡き友と話し、もしそうでなければ教育をする

ネヴの判断によって問題無しと見なされたのならその時に神に名前を与えよう。


───長い間話し合って、僕達はそう結論を出した。


「名前か。それは重要なことだろうが、今話すことか?」


「まぁぶっちゃけちゃいますと僕は貴女を試していました。貴女が僕らの決めたある条件に合致したときに予言書に記されていた名を与えるようにと」


「.........」


「そう怒らないで下さいよ。この子の両親が食われているのを知っていて見殺しにしたとかではありません」


その言葉を聞いて少しだけこちらへ向ける敵意を緩めた少女を見てネヴはやはり、と思った。今怒っていたのは自分の為ではなく、ネヴの背中で泣きつかれて眠っている少女の為だった。


誰かの為に怒り、その人の苦しみや悲しみを理解できる。人に寄りそうことの出来る神こそがこの都市には求められていた。しかし、その条件に当てはまってることを彼女はたった三日で証明した。


「ということで今から貴方のことはアマテラスと呼びます。名前というのは重要らしく、これでないと駄目なんだそうです」


「して、その名の意味するものは?」


「別世界、こことは違う場所では誰もが知るとされている名前だそうですよ。まぁ、それを確認する術は現状無い訳ですし、その名前が意味するものも分かりません。ですが名前が付けられた以上、それには意味があります。神としての特性が確立されると云っても過言ではありません」


「...つまり、訳のわからん名前を私は付けられたのか?」


「バレました?」


「長々と説明している割には私の質問に対する答えが無かったからな。だが、そうじゃな。あんまり悪い気はせん」


どこの誰とも知らぬ名前だが、その名前を名乗れと言われて嫌だとは言い切れない。その神様には悪いが、これからその名を使わせて貰おう。何年、何十年、何百年と。


―――永遠という時間を。

もうちょい過去のお話が続きます

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