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遥か彼方の浮遊都市  作者: しんら
【信仰都市編】
152/187

<転機>

静かな声がこの部屋では鮮明に聞こえる。ドアの鍵は閉められ、外から誰か入ってくることはない。正真正銘、ここにはアカツキとクレアの二人しか居ない。


「話って...?」


その疑問は当然だろう。今後のことについては明日また話そうと先程決めたばかりだ。今更彼女と話すことなど。


「...やっぱり、頼りないですか」


「え?」


「会ったときから守られてばっかりで、アカツキさんは無条件で私を救い、助け出してくれた。あの時からずーっと貴方にとって私は守らなくちゃいけないもの。だから、抱え込んでしまってるんですか?」


「...俺はこの通り元気だし、何も抱え込んでなんかないよ」


違う。どれたけアカツキが表面上を取り繕っていても、クレアだけはそれに気づくことが出来る。ずっと、ずーっと見てきたのだ。悲しんだ顔、泣いている姿、笑ってる顔、全部をクレアは見てきた。


彼のことを長い間、誰よりも見てきたのは私だ。だから、その仕草、表情を見たら表面上は笑っていてもその裏に隠された苦しみや悲しみを知ることが出来る。


「もう、隠さなくて良いんですよ。皆さんはここには来ません。ここに居るのは私とアカツキさんだけです」


「...だから。俺は、何も......」


ほら、そうやって普段は弱気なのに誰かのこととなると強気になって、その弱さをひた隠してきた。弱さを見せることが恥ずかしいことだと思ってるんだろう。―――そのせいで、守れなかったと嘆いてきたのだろう。


数多くの死に齢17にして立ち会い、その度に自身の力の無さを痛感してきた。農業都市の時も、学院都市の時も、たくさんの悲劇的な死を見てきてしまったから、ここまで強くて、とても歪んでしまった。


「これでも私は18で、アカツキさんよりは一年だけですが長く生きてます。それに、まだ読み書きもまともに出来なくて、たまに常識だといえるものを知らないアカツキさんより、この世界の常識を知っています」


それもそうだろう、出身地も違ければ、生まれた世界も違うのだ。この世界とは違い、平和な場所に生まれたとアカツキさんは話してくれた。


だからこそ、平和な場所で過ごしてきたからこそこの世界はとても残酷に見えるだろう。


「だから、何が言いたいんだよ!」


何を言いたいのか分からないクレアの言動にアカツキが声を荒げ、ベッドから立ち上がる。そして、すぐに我に戻ったように目を伏せる。


「ごめん。急に叫ん...」


しかし、アカツキの贖罪の言葉が言い終わるよりも早く、その体をクレアが優しく抱きしめる。


「な...っ!?」


「なんだ。私にだって本気で怒れるじゃないですか。本心を隠さずに言葉にするのは大切ですよ、アカツキさん」


「...分かんないよ」


そう言えばアカツキが彼女に対して声を荒げて、体が勝手に動いてしまうくらい本気で怒ることは今まで無かったように思える。


けど、それがアカツキが久方ぶりに出した本心だった。クレアの伝えたいことが分からず、そのことに苛立って叫んでしまう。心の余裕が無い小さな男だ、もしかしたらそう思うかもしれないがクレアだけはその捉え方が違った。


確かに心に余裕が残ってないのは事実だ。だってついさっき見た半変異と呼ばれる症状の成り果て、その先の未来を見てしまった。あまりにも壮絶なその死に方を見て、己の未来と重ね合わせてしまった。


「怒ったついでに、もっと言っても良いんですよ。許せないこと、悲しいこと、辛かったことを」


「―――――――――ぁ」


クレアの抱きしめた体の背中、その衣服がアカツキの手で力強く握り締められた。それと同時に、クレアの胸元でアカツキの苦しそうな嗚咽がこぼれる。


「忘れらんないんだ。―――あいつら(サタナスとメモリア)のこと。どれだけ心で整理をつけようとしても、まるで自分のことのように苦しくなるんだ」


あまりにも悲しすぎる別れと、そのあとに犯した禁忌の末にメモリアを甦らせたというのにメモリアは記憶を失い、神器として生を受けてしまったが故にネクサルに目をつけられ、その在り方をねじ曲げられ狂っていくメモリアはとてもでは無いが見てられなかった。


内側から蝕まれ、ネクサルから絶え間無く送られてくる人々の負の感情や、悲しい記憶の数々が次第に心を醜く歪ませていく。成りたくないと思っていたとしても、体を激痛が襲い、永久的に供給される人間の絶望が次第にその心を黒く塗りつぶしていく。


助けて、助けてと。過ぎ去ってしまった過去だというのに、今も耳元ではメモリアが叫んでいる。


サタナスはその苦しみをただ見ることしか出来なかった。たとえもう一度出会おうとも、メモリアの記憶には人間としての、兄弟としての記憶が残っていない。助けられない、救い出すことなんて出来ない。


その無力感が体を持たぬ魂だけのサタナスを狂わせた。それでも今まで耐えてきたサタナスの心の歪みを加速させたのは学院都市のキリス・ナルドとの出会い。償うことの出来ぬ大きな罪、一人の愛する人間の為に狂ってしまったかつての破滅者(サタナス)としての記憶が巡りめぐって今の自分(サタナス)に戻ってきた。


彼等が辿った運命はとても悲しいものだった。もう、戻ってはこれない場所に行ってて、幸せになっているだろうと分かっていてもあの記憶がアカツキの怒りを駆り立てる。


「許せなかった。まだ...子供だったメモリアにあいつは」


痛かったはずだ、助けて欲しかったはずだ、それでも救いを求めれずに次第にメモリアの心はヒビ割れていく。―――メモリアの心が壊れた時、一つの町が滅びた。


試験がてらだとネクサルは暴走状態にあった神器メモリアを町の中心部に落とし、その町を長い間蓄えられてきた人間の負の感情が黒という色を取り、球体となって町を飲み込んだ。


生き残った者は一人のみだった。その生き残りも町の中で起きた惨劇を思い出して自死の道を選んだ。


数えきれない数の涙と、血がネクサルという人間によって流されてきた。


「また、守れなかったんだ。自分達のことだけで精一杯で、変わり果てた町の人達を――――――殺すしか出来なかった!」


アカツキが今まで見せまいとひた隠してきた本心が言葉となり、長い間見せてこなかったアカツキの弱音がクレアに伝えられる。


「怖かったんですよね。辛かったんですよね」


「...もう、嫌なんだよ。人が目の前で死んでいくのは、殺すしか道が無かったとしても、殺したくなかった」


ネクサルの聖法は人というデータの上に怪物としてのデータを上書きする邪道も邪道の最低の聖法だ。

一度その身を光に飲み込まれれば体は人ならざるものへと変貌し、彼らを元の人間に戻す手段は失われる。


治す治さない以前に、()()()()()()()()()()なのだ。


だから、彼等のことを真に思うならその命を奪い、せめて魂だけでも安息を得られるようにすること。


「生きてたんだよ。ついさっきまで、必死に!!」


許せない、そんな言葉でも足りないくらいのことをネクサルはした。その聖法の発動に至るまでに仲間の命を使用し、発動したあとも多くの人がその光に飲み込まれ、化物へと成り果てた。


誰も救われない、変わり果てた町、変わり果てた人々をを見てもネクサルは平気な顔で現れた。その瞬間、意識が途切れようとしているにも関わらず心の中をどす黒い何かが駆け巡った。


リアが途中で乱入してくれなければ、アカツキはその怒りを爆発させて、きっと仲間をも巻き込んでいただろう。


「どんどん、人間じゃなくなっていくような感じがするんだ。あんなにあった痛みも感じなくなって、手足の感覚が戻ってきても、味覚が戻ってきても、どんどん別の何かに変わっていってるようで、――――――怖いよ。とっても怖くて、一人じゃ、もう抱えきれない」


「だから私がここに居ます。今日だけはその弱さを隠さなくても良いんですよ」


医者に宣告された通り、もう一度無茶をしようものならアカツキに待っているのは死だ。抗いようのない絶対的な死がアカツキに訪れ、その命を拐っていく。


「もう、会えなくなるかもしれない。忘れちゃうかもしれない。そう考えると......苦しいよ」


声が震え、大粒の涙が瞳から溢れて、クレアの胸元を濡らす。それでも構わず、クレアはアカツキのことを抱きしめた。絶対に一人にはさせないと、もう、一人で抱え込まなくて良いんだよと言うようにアカツキを優しく抱擁し続ける。


ベッドの上に座っている、今にも消えてしまいそうで、当たり前のようにそこにあってもいつの間にか居なくなってしまいそうなアカツキを宥めるように抱きしめて、その頭を優しく撫でる。


今までアカツキの心の奥底で溜まってきた本音が決壊したダムのように溢れ、その悲痛な声と共に涙と嗚咽を伴って話されていく。


そうやって、あっという間に一時間もの時間が過ぎて、泣きつかれたアカツキをベッドに横たわらせる。


「...ごめん。みっともないとこ見せて」


「大丈夫ですよ。言いたいこと全部言えてアカツキさんがすっきり出来たのならそれで私は幸せです」


クレアに背を向けて、カーテンから漏れる月の光に照らされた耳は若干赤く、恥ずかしがっているのか、こちらに顔を向けたがらない。


「風呂、入ってきなよ。さっきので汚れたろ」


「まぁ、正直に言うとべちょべちょですよ」


「...ごめんなさい」


本当に申し訳なさそうに謝られるとクレアとしても返答に困ってしまう。別に悪気があるわけではないのに。


「という訳で私はお風呂に行ってきます。―――一緒に入りますか?」


アカツキをからかうように提案するクレア、それを簡単に受け流してアカツキは「いいよ、もう寝る」とあくびをして、布団の中にくるまった。


「あ、また戻ってきますから起きてて下さいよ」


「ほんの数秒前寝るって言ったよね」


「まぁまぁ、積もる話があるんです。私の愚痴くらい聞いて下さいよ」


「はいはい。起きててやるから、行ってこいよ」


クレアは「約束ですよ?」と念を押して着替えを持って風呂場へと向かう。部屋を出ると廊下は真っ暗でただでさえ不気味な屋敷がより一層その不気味さを増していた。


「―――もしかして聞いてました?」


そして、その真っ暗闇の廊下、アカツキの病室代わりとなっていた部屋の扉の横でガルナが腕を組ながら立っていた。


「忘れた荷物を取りに来たんだがあの雰囲気ではどうにも入れなくてな。隠しても意味がないから言うが全部聞いていた」


「盗み聞きしていたことは怒りませんから、出来るなら皆さんには内緒にしてて下さいね」


「言わないさ。だが、アカツキにもああいった一面があるのだなと少しだけ驚いている」


ガルナのアカツキに抱いている印象は純粋に強いというもの、心も、その在り方も、神器を扱うことで実力も申し分ない。しかし、そんな強さがあのか弱さの上に成り立っているものだと気づいたようでどこか感慨深そうにしている。


「色々と気付けたよ。アカツキのこと、お前のこと」


「私のことですか?」


「ああ、どれだけアカツキにとってお前が精神的な支えになっているか。クレア、お前は気付いているか?」


「私がアカツキさんの支えに......?それなら、少しでもアカツキさんを支えられてるなら嬉しいです」


それだけじゃない。初めて聞く単語と、その言葉に似た言葉をガルナは知っている。依存の儀式によるアカツキとクレアの間にある見えざる繋がりと、クレアの中に秘められた感情についても、知ることとなった。


「クレア、あまり気分の良い質問ではないだろうが一ついいか」


「はい。どうぞ」


「――――――そのアカツキに対する感情は本物か。依存の儀式による影響じゃないのか」


「...あれだけで分かるんですか、すごいですねガルナさんは」


「薄々感づいていた。それがさっき確信に変わったばかりだ」


普段からアカツキを見ているクレアがどこか普通ではないものであることや、学院都市で写真1枚でアカツキのことを思い出したと聞いたときにうっすら気づいていた。だが、それは果たして本物なのだろうか、もしかして依存の儀式によって植え付けられた感情なのではないか、そう思ってしまう。


「依存の儀式の影響が完全に無いとは言い切れません。ですが、旅をしていて分かりました。あぁ、私はきっとアカツキさんが好きなんだろうなぁと」


「不安にならないか。その気持ちが紛い物ではないかと。依存の儀式が完全に無効化されたとき、その思いがどこかに消えてしまいそうにならないかと」


「未来のことは幾ら考えても分かりません。ですが、紛い物ではありませんよ。それだけは絶対に」


「どうしてだ」


「――――――だって、愛に偽物も本物もありません。私はアカツキさんを愛している。それだけは何があっても変わりませんよ」


そう言い切るクレアの目が夜闇に照らされて不気味に光る。そして、口角が僅かに上がり、クレアらしからぬ笑い方にガルナは目を細める。


「...そうか。無粋なことを聞いた」


「いえいえ。では、私は今からお風呂に入ってくるので失礼しますね」


そう言ってクレアは早々と立ち去り、ガルナは一人廊下で物思いに耽る。


「アカツキのこととなると明らかに別人だな。それにどこか雰囲気も変わっている。依存の儀式...か。あまりこういったことに首を突っ込みたくないが、知らないで放置するよりは知っておいた方が良さそうだ」


アカツキの病室に荷物を忘れたという嘘をついたガルナは懐から一冊の手帳を取り出し、白紙のページを開いて嘆息する。


「追記無しか...。知り合ったばかりのリアはともかく既に何ヵ月かの付き合いになるナナのこともアカツキのこともクレアのことも一切書かれない。何かしらの妨害が働いているとみて間違いなさそうだな」


ガルナの持つ手帳は知り合った者達の過去と未来を書き出すというもの。普段ならば1ヶ月も関わりを持てばその者に対する記述がいつの間にか手帳に記される。


そして、この手帳には終わりはない。開けど開けどページに終わりはなく、後から上書きされて消えるわけでもない。ガルナが知りたい者の過去や未来を勝手に写し出す。


だが、この三人においては幾ら待てども手帳に記されることはない。見開きのページに白紙があることが記述されていないことを物語っている。


「一方的な依存か、はたまた執着か。どちらにしろ放置するのは得策ではないな」


仲間のことをこっそり調べるというのは少しだけ罪悪感があるが、それを見過ごしてはいけないという勘にガルナは従い、何事も無かったかのような顔でナナ達の部屋に戻る。


「着替えは終わったな。入るぞ」


「いいよー」


ナナの返答を待ってから部屋に入るとそこにはトランプをして遊ぶナナと雫の二人が最初に目に入る。ナナはどこか呆れた顔で、雫は何故か涙目になりながらトランプを握っている


「聞きたくないが質問するぞ」


「まー大体察しはつくけど、いいよ。正直に答えたげる」


「―――そこの変態が握っている下着は誰のだ」


「私とシズクとリアの三人でポーカーに負けたら罰ゲームって話をして、最初に勝った人のお願いを最後に負けた人が聞くっていうのをやらされてこうなった」


「弱肉強食、私が勝ってシズクちゃんが負けた。それだけ」


真面目な顔でパンツを握っているリアの襟をガルナは心底めんどくさそうな顔で掴んでそのまま外に引きずり出そうとする。


「離して、私が勝ったの」


「人間として負けてるのはお前だ。外に出て頭を冷やしてこい」


「嫌」


わざと体重をかけてその場を動こうとしないリア、それを見たガルナが一瞬ちらりとナナに目配せをして溜め息をつく。


「そうか。人様の下着を握りしめるお前を見ているナナはきっとお前のことを最低な奴だなと思ってることだろう。助け船を出したというのに、仕方ない」


その言葉に僅かにリアが反応を見せると、ガルナの発言に同調するようにナナが口を開いた。


「そうだね。ここまで見境ない奴だなんて思わなかった...。私とはお遊びだったんだ」


「...違うの。待って」


弁明しようとするリアに対するナナの反応はとりつく島もない。


「分かった。これは返すから」


渋々といった顔でリナは雫に下着を手渡しすると、それを受け取った雫はそっとリアから距離を取る。


「私、嫌われてるのかしら」


「少なくともお前以外の奴から見たらそうとしか思えないぞ。むしろ同性であれ何であれ、他人に下着を取られて喜ぶ奴は居ないだろう」


「そう?世の中は広いのよ、どこかに一人は居ると思うわ」


「ナナ、アカツキはどうしてこんな奴を仲間にしたんだろうな」


「知らね。私が一番聞きたいよ」


何もせずにただ立っているだけなら凛としていて、とても綺麗な人という印象だというのに、それを帳消しにするには余りある変態性を持ったリアの被害を最も受けているのはナナだろう。何せほら、また抱きつかれてしまっている。


「ちょ...っ!?離して、離せぇ!!」


その様子を遠目から見ている雫にガルナは近づき、忠告をする。


「シズク、夜は気を付けろよ。これからあいつと一緒の部屋で何日間か過ごすんだ、俺は男だから寝るときは別室だ。何かあればナナに言え」


「はい。私も気を付けます」


そんな短い会話を終えてガルナと雫の二人はしばらくの間、戯れるリアとナナの二人を見物していた。ナナが途中で抵抗するのをやめて、リアの思うがままにされようとしたところで、ガルナと雫が止めに行って、この騒動は一先ず終わりを迎えた。


そんな下らないことで盛り上がっている彼女達とは別に、アカツキの部屋では風呂上がりのクレアが戻り、もう一度談合が開かれていた。


「戻りました。アカツキさん、起きてますか?」


「んー。起きてるよ」


クレアが帰ってくると、アカツキはゆっくりと身を起こす。


「もう一人で風呂に入れんだな」


「はい。あれから何ヵ月も経ちましたから」


農業都市ではヴァレクによる過剰なまでの保護により、身の回りのことは全て彼のメイドに任せられていたこともあり、クレアは以前まで、髪の乾かし方も分からなかったのだが、それもこの何ヵ月で覚えたようだ。


「今思うと変だったよな。一応ヴァレクの奴のメイドの一人だったのに、同じメイドの人に身の回りの世話をしてもらってたなんて」


「これからやろうとしていた依存の儀式の効力を高めたかったんでしょうね。私が自分の身の回りのことを出来なければそれをやるのは彼の役目になり、より自分に依存させることが出来るんですから」


そこまでしてクレアを欲したヴァレクの目論見もヴァレクの妹であるアズーリとアカツキの協力により打ち破られた。だが、アカツキには何故かそのことに違和感を覚えてしまう。


「なぁ。自分に復讐すると分かっていて、何でヴァレクはアズーリが奴隷からNo.2になるのを邪魔しなかったんだろ。武力を持つならまだしも、内政についても口出し出来るようになったら不利になるのは明白だったろうに」


「まぁ、そこもあの人なりに考えていたんでしょう。私達では考えも出来ないようなことを」


「ま、考えても無駄か。俺はあんま頭良くないし」


何せ文字の読み書きすら覚束ないのだ。問題用紙を見ても書いてあることが分からなければ問題を解くなど出来はしない。今までの戦闘では直感や神器によって何とかなっていたが、そろそろそれにも限界が来つつある。


神器を酷使するのは自身の命を削るのと同様、精神が磨り減ることで起こる影響は人格だけに止まらない。今まで神器に頼ってきた結果、体はもうボロボロだ。


「この都市の問題を片付けたら次はゆっくりと出来る場所に行きたいなー。そこで療養すれば、多少は体も元に戻ると思うし」


「なら水上都市なんてどうですか?あそこは有名な観光地で、海の上に浮かんだ大きな島で、気候も穏やかで、体を休めるには最適だと思いますよ」


「へー。いいね。海...海か。何年ぶり、いや、下手すれば何十年ぶりか」


「良いですよね。私もまだ写真とかでしか見たことがないので、行ってみたいです」


「ガルナ達にも聞いてみて、良いなら行きたいな。まぁ当面の問題はここをどう切り抜けるかだけど」


そこでアカツキはハッと思い出したように顔を上げて言葉を続ける。


「ネオは助けたんだよな。なら、どこに居るんだ?」


「別のお医者様が今も別室で付きっきりです。先刻居た方はアカツキさんの担当でしたので」


「容態は?」


「まだ意識は覚めていません。右足も失ってはいますが今は出血も収まり、容態は安定しています。お医者様のお話では私が止血するよりも前に不器用ながらも止血が行われていたようです。...恐らく、ネオさんが引き連れていた方々です」


ダオの目を掻い潜って裏切り者のはずのネオを延命させた。いや、彼等はネオがアカツキ達を学院都市の外へ連れていった理由を知っているのだから、裏切り者だとは思っていないだろう。


けれどやったことは規律違反も良いところだろう。全てが行き違っているとはいえ、アカツキを驚異とする彼等からすればそんな凶悪犯を逃したネオは裏切り者だ。


彼等の提言すらも偽りだと一蹴されればそれでネオは裏切り者となり、彼等はそれを防げなかったどころか虚言を言ったとみなされ、罰を受けるだろう。


「正しい正しくないは全部ダオが決める。雫を連れてきたことで言い逃れは出来ないけど、まぁそれに関してはよくやったと思ってるから良しとしよっか」


「そっか。私達大事な巫女を拐ったと思われてるんですよね」


「うん。だから会ったら一言目が殺すでもおかしくはないな!」


「いきなりそういうことを言われたら私、驚いちゃいますよ」


元気の戻ってきたアカツキの発言にクレアは嬉しそうに言葉を返す。その様子を見たアカツキも、次第にいつもの自分が戻りつつあるのだということを理解する。


このまま、幸せな夜が続けばと思っていても目と鼻の先には混沌に包まれつつある信仰都市の中枢、そこに行けば争いは避けられない。だから、それまでにやっておくことはある。


「取り敢えず体を動かしがてらネオの所へ行こう。それに確認したいこともあるしな」


そう言って立ち上がったアカツキの隣に立ち、以前と変わらない柔らかい手を握って前に進む。


「恥ずかしいから、あんまこういうのしたくないんだけど」


「これから激戦続きになるんですから、魔力の補給は大事ですよ」


返す言葉もないアカツキは諦めてクレアに手を引かれながら歩きだし、部屋を出る。


「にしてもよくこんな隠れ家が見つかったよな」


「このお屋敷は大分前に空き家になっていて、信仰都市の監視も比較的緩い町の端、隠れるには最適な場所でしたね」


それにウーラのコネを使って医者の確保もできた為、困ることと言えば買い物に行くことぐらいだったが、クレア達が買ってきてくれた為、それも問題では無くなった。


ならば残された問題は殆どないに等しい。―――中身、つまりはこの屋敷に住まう者以外は。


「...やっぱりか」


アカツキが立ち止まったのはネオの部屋の前、そこで意味深な言葉を溢すアカツキにクレアは疑問を覚える。


「どうしましたか?」


「あんまり心配することじゃ無いけど入ってみれば分かるよ」


アカツキがこの部屋から感じたのは人のものでは無い気配、それに気付くことができたのはきっとアカツキが神器の保持者だからだろう。


ならば、この中に居る、その誰かが誰なのか分かるだろう。


「入るぞ」


ノックをした後、中からの返事も待たずにアカツキは扉を開ける。その先に立っているのは白く長い髪に燃えるような赤い瞳、見覚えのある顔立ちだが、その中身も外見も殆ど別物だ。


「起きてたんだな」


「あぁ。やかましい奴等も眠ったのでな。今だけ雫の体を借りておる」


その喋り方、その体躯から放たれる魔力とは異質な力の波動が名前を呼ぶよりも早くその存在を主張していた。


「アマテラス、話をしよう。お互いに協力する時が来たんだ」


「少しだけ時間をくれ。いえ、―――ネオの治療をさせてください」


その最後の言葉にアカツキが目を見開いて驚く。アマテラス、いや、いまやその存在と共存関係にある天間雫の言葉に。


「アマテラスが起きてるのに、意識があるのか?それに、いつそいつの名前を...」


失われた記憶にあったであろう、ネオとの思い出、今も深い眠りに陥っている彼との記憶は不要なものと判断され、ダオにより排除されたはずだ。ならば、今ここで知ったのか。


否、あの弟を思いやる顔は正真正銘、天間雫のものだ。つまりは、彼女は思い出している。そして、アマテラスが目覚めているというのに、彼女も意識を保っている。


「そうだな。この体で二人というのも無理がある。そこの娘よ、体を貸せ。何、そんなに物騒なことはせん。雫とは別に喋るのに別の体が必要なのだ」


「あの、話に追い付いていけないんですが。えっと、貴方がアマテラスさん...で、その体は雫さんで、雫さんも起きていて、えっと。えっと」


「アカツキと話してる間、それも含めてお前には記憶を見せてやる。多少は理解できるはずだ」


言い方が怖い以外に特に敵意を感じないアマテラスの言葉を信じてアカツキとクレアはお互いに顔を見合わせる。


「私の体で変なこととかしないでくださいね」


「そんなことをするはずが無かろう。安心しろ、アカツキと話すだけだ」


クレアがその言葉に安堵して、アマテラスの元へと近寄ると雫の体でアマテラスはクレアの額に手を伸ばし、触れる。

すると、淡い光が発生し、クレアの瞳がゆっくりと閉じられる。


「......上手くいったか。いやはや、巫女以外の体に入るなど何百年ぶりか」


クレアの声音でそう言うのはその体を借りているアマテラスだ。そして、先程までその器となっていた彼女の体にあるのは、一つの魂のみ。


「いつから意志があった?もしかして、最初からぼんやりと...」


「無いな。本来なら私が表に居る間はその器となる巫女は意識の奥底で眠っている。何百、何千年と、それは変わらない。―――変わらなかった」


「あまりに歪な補完だった。だから、雫は思い出した。そうじゃろう?」


その言葉に白髪と青い瞳の雫はゆっくりと口を開いた。


「ごめんなさい。やっぱり全部、全部、私のせいでした」


開口一番、謝罪の言葉が雫の口から漏れる。悲痛な声で、若干の震えがこもった声で。


「雫...?」


「ようやく全部を思い出しました。私の始まり、巫女としての天間雫の始まりを」


雫は苦しそうに笑って、アカツキに己の醜悪さ、全てを伝えるために話し始める。


「せめて、貴方にだけは知ってほしいんです。私の生まれ、巫女という存在の全てを」

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