<作戦開始>
「分かった、なら僕も全力を尽くそう」
グラフォルは作戦の概要と、それで得られるものを説明した。
得られるものはジュドーから聞き出した情報なので、正確なはずだろう。
ただ、逆に失敗すれば二度とチャンスが無いことも理解していた。それはグラフォルだけでなく、シラヌイ、オルナズ、アスタを含めた解放部隊全員が理解した。
だからこの作戦はアカツキだけでなく、アズーリを救う為の可能性も含めた、解放部隊全員がやる気を出す事が出来る作戦になる。
「しかし党首、戦場の指示は誰が行うのでしょうか?」
兵がどれだけ揃っていても戦場では的確な指示が必要となる。
しかし今、アズーリは指示を出来るような状態ではない。
「その事もアズーリ様は書いてたよ、『最後に この戦争での全ての要はアカツキとなる。彼の奪還が何より最優先だ。アカツキ奪還後、指示はアカツキに行わせるといい』ってな」
「随分とアカツキっていう男を信じきっているね」
「俺にも分からないが、重要な存在なんだろうな。それこそ圧倒的な戦力差を覆す事が出来る程に」
「僕は会ったことはないけど、アズーリ様がそう言っているなら信じるよ」
「ああ。作戦決行は明日の昼だ」
「了解」
アスタは納得したようだが、中にはアカツキを信じきれていない者もいた。
まだ話していない事もあるが、明日に向けて全員解散させる。
シラヌイはお菓子を部屋に持っていき、オルナズはすでに廊下で眠りにつき、アスタはメイド長に連れていかれる。
「本当に成功するのかよ...」
各地区のリーダーは癖が強すぎるが、実力はある。
その実力を最大限引き出せるのがアズーリなのだが、今回はアカツキが司令塔の役割だ。
グラフォルは不安を抱えつつも、オルナズを部屋に運び、自分の部屋に戻り体を休める。
「アルフ...」
グラフォルが見せたのはまだ幼いアルフを思う父親としての一面。
明日の決戦が、怖いのだろうか。
それともまた何か失うのが怖いのだろうか。
どうなのかは分からないが、グラフォルはなかなか寝付けない。
「ニナ、ちゃんと俺も前を向いている、だからもう少し待っててくれ」
唯一の家族写真を見て、祈るように呟く。
その瞬間...
「良いよ、あなたが決めたなら最後までやりきりなさい、グラフォル」
そんな幸せな声が聞こえた気がした。
# ######
【作戦決行日 アズーリの屋敷】
「んーーーー!!」
アスタは遅くまで説教を受け、寝るのが遅かった為かまだ眠そうだ。
大きく背伸びをして、歯を磨きに向かう。
「寝癖すご...」
鏡に写る自分を見てアスタはため息をつく。
「直すのめんどくさいなー」
アスタは鏡を見ながら、歯を磨く。
しかし途中で異変に気づく。
まるでどこからか見られているような...
「だ...誰?」
「うふ...ふふふふふ」
その声の発生場所は...
「上!!?」
アスタは上を向く。
「アスターーー!!」
上からアスタ姉が襲いかかる!!
アスタはその場で捕まり、身動きが出来なくなる。
「姉さんか...」
「姉の気配に気づかないなんて、アスタはお間抜けさんねー」
「もう、ストーカーの域を越えてる...」
アスタは自分の姉を見上げる形で、捕まっている。
一体どこから侵入してきたのか...。
鍵は説教を受け部屋に戻った後、確実に閉めた。
つまり...
「変態、勝手に入ってたんだ...」
「そうよ。それに弟の部屋に入るのは姉だったら普通じゃない?」
「姉さんの普通はおかしいよ」
「だって...」
突然アスタの服に冷たいなにかが落ちる。
それは紛れもないアスタ姉が溢した、涙だった。
アスタはそれに気付き、アスタ姉を見上げる。
「ね....え..さん?」
「また無茶をするんでしょ、アスタ」
「知ってたんだ」
「あんな大勢で移動するなんて、余程の事でしょ。お姉ちゃんはね、元気に育って欲しいとは思ったけど、無茶はしてほしくないの」
「でもこうして姉さんと居れるのも、アズーリ様のおかげなんだから、仕方ないんだよ」
「それでも...心配なのよ。お姉ちゃんなんだから」
一人の姉としての弟を心配する心と、長い間自分達を守ってくれていた主に対する忠誠心。
「だからって泣くことはないよね」
「ヴァレクと戦うんでしょ」
アスタが姉に隠していた真実。
それをアスタ姉は知っていた、誰に聞いても教えてもらえない事を自力で調べたのだろう。
「本当に...。どこで知ったのかな」
「弟の隠し事なんて、お姉ちゃんには簡単にバレちゃうんだよ」
「だけど、僕は...」
「知ってる。あなたがアズーリ様のために行くことも、それがこの都市全てを敵にすることになっても、アスタは戦うんだよね。あの時私達を守ってくれたお父さんとお母さんみたいに」
「血は争えないってやつだよ。でも僕は死なない為の力は身につけてきた。それに仲間もたくさんいるんだ。誰一人失わずに勝ってくるから」
「アスタ、あの男は二種類の名前を持っているのは知ってるよね。それが意味するのも分かる?」
「ツァリパ...ね。あれは他都市との交流の為の偽名でしょ」
「それもあるけど、違うの。キュウス様は、『おとぎ話に出てくる恐ろしい悪夢』だって」
「悪夢?」
「そう。昔神様が見た悪夢の事をツァリパって言うんだって」
「悪夢に名前をつけるんだ」
「それほど神様にとって恐ろしいものだったんでしょう。ヴァレクはわざとその名前を使っている、それはただの威嚇か、それとも恐ろしい悪夢の本当の意味を知っているのか、どっちかは分からないけど、絶対に誰一人死なないで戻ってくるのは無理だよ」
アスタ姉はきっぱりと言い切る。
それが客観的に見た者達の言える言葉。
たった数百人で都市丸ごとを相手取る、それは無謀な戦いで勝てる事は不可能なのだ、とアスタ姉は遠回しに言う。
「姉さん、ごめんなさい。それでも僕は行くんだよ、アカツキっていう奴がどれほどか知らないけど、彼が希望なのなら、僕は死んでもいいんだ」
アスタ姉は死んでもいいと言った弟を思い切りビンタする。
そんな軽はずみに自分の命を捨てると言った弟を許せないのだろう。
泣いてはいるが、怒ってもいる。
「どうして....。アスタはそんな簡単に言っちゃうの」
「それが....。僕が思っている本当の事だからだよ」
アスタは姉を部屋に置いて、グラフォルの下へ向かう。
扉を閉める時にアスタは小さい声で...
「ごめんなさい」
姉さん。
こんな弟を今まで見守ってくれてありがとう。
扉が閉まる。
【シラヌイの部屋】
「お菓子無くなっちゃった....」
昨日大量にあったお菓子も数時間で食べ尽くしてしまったらしい。
大量のお菓子のゴミを見て、めんどくさいがシラヌイは仕方なく、部屋をキレイにする。
「大変だけど、帰ってきたらすぐお菓子パーティー出来るようにしなくちゃいけないから、仕方ないね」
独り言を言いながら、お菓子のゴミを捨てる。
部屋を掃除した後シラヌイはあるメイドさんの所に行く。
「ご飯くださーい」
「シラヌイさん、おはようございます」
その部屋は毎日シラヌイが通っている食堂で料理を作ってくれる二十代ぐらいの女性がいる。
シラヌイにとっては料理を作ってくれる大事な女性で、朝早くにその部屋に訪れるのが日課になっていた。
扉の鍵が外され、シラヌイは中に入っていく。
「おはよう」
「今日は随分と早起きですね」
「うん。急に目が覚めちゃって、お腹が減ったから」
「またお菓子ばかり食べてましたね?」
「な...何の事?」
この女性には毎日のようにお菓子ばかり食べては駄目ですよと言われており、シラヌイはバレないようにしらを切る。
「シラヌイさん、お菓子が頬っぺたについてますよ」
「は...!!」
急いで頬っぺたを触るが特に何もない。
シラヌイは首を傾げる。
「嘘です」
「騙された....」
「ちょ...ちょっと!!落ち込まないでください!!私が悪かったですから!!」
シラヌイはテーブルに突っ伏して、黙る。
そこで女性は...
「何が食べたいですか?」
「お腹に残るもの!!」
即答だった。
「珍しいですね?いつも甘いものばかり要求してたのに」
「今日は珍しく運動をするからね」
「そうですか!!でもシラヌイさんは何もしてなくてもスタイルは良いじゃないですか?」
「そう?」
「何で太らないのか不思議なくらいですよ」
「うーん...。何でだろ?」
シラヌイは真剣に悩み始めるが、急いでいる事を思いだし、すぐに作ってくれと頼む。
女性は、はいはいと呆れた様に呟きご飯を作り始める。
「今日は何を作ってくれるのかなー」
シラヌイは期待しながら料理が完成するのを待つ。
【オルナズの部屋】
「ガオー!!」
昨日は終始寝っぱなしだったが、今は大量の人形と戯れている。
「うさぎさーん」
オルナズがうさぎの人形を呼ぶと、ベッドからうさぎが飛んでくる。
これがオルナズの魔法。
まだ幼いオルナズを守ってくれたり、攻撃もしたりしてくれる不思議な人形達。
アズーリもこの魔法だけは解読を出来なく、オルナズだけの特別な魔法だ。
本人は何の魔力も消費していない事から、人形達の中に精霊を宿らせてあるのではないかとアズーリは思ったが、結果何の魔力も感じられないただの人形だった。
しかし他の人達から見たらただの人形なのだが、オルナズの命令を叶えてくれるオルナズだけの特別な人形。
種類は、うさぎ、馬、ライオン、熊、キリンの五種類だけである。
それぞれが一つだけ役割を持っており、オルナズを補助してくれる。
「お馬さん、今日は戦いごっこ勝てるかな?」
宙で浮いている馬に話しかける。
「うんうん。みんなが助けてくれるんだ。なら頑張るよ!!」
「でもグラフォルおじいちゃんのお話、あんまり聞いてなかったなー」
「そうなの!!?アズーリお姉ちゃんが大変なの!!?」
ただ一人で喋り続けるオルナズ。
話しかけているのは人形だが、人形は何の反応も見せない。
オルナズだけに聞こえる声なのか、それともただ単に壊れてしまっているだけなのか、それすらも分からない。
「熊さん、ジュースちょーだい」
床で倒れていた熊の人形は冷蔵庫へ向かい、ジュースをオルナズの下へ運ぶ。
「ありがとね熊さん」
オルナズはジュースで喉を潤し、部屋を出ていく。
「行ってきます」
誰もいない部屋に挨拶をして、大広間に向かう。
【グラフォルの部屋】
「さてと...」
グラフォルも早起きをしていた。
まだ日も昇っていないが、グラフォルは花を持って外に出る。
向かった先はたくさんのお墓が並ぶ墓地。
一番右の墓へと向かう。
「あれは...?」
グラフォルは墓に向かう途中で、三人が妻の墓の前にいることに気づく。
聞き耳を立てる...
「お母さん...」
墓の前で花を供えて、アルフは呟く。
「キュウス様、病み上がりですいません」
「良いんだよ。アルフもお母さんには会いたいだろうからね」
どうやらキュウスは目を覚ましたらしい。
ウズリカは線香を持って、自分の母の下へと向かう。
「母さん、お早う。キュウス様のおかげでやっとお参りが出来たよ」
「皆ここに埋葬されてたんだね」
手を合わせて呟く。
「父さんの所にも行くね」
ウズリカは少し離れた墓へと向かう。
キュウスも遠くの墓へと向かっており、アルフは一人で母親の前で座っている。
その事を確認したグラフォルは娘の下へと向かう。
「おじさん、誰?」
アルフが最初にいった言葉は疑問だった。
当然だろう。もう死んだ事になっているグラフォルは顔も声も変えている。
たとえ娘だろうと、気づく事は出来ない。
それが正しい事なのだが、グラフォルはやりきれない気持ちになる。
しかし娘だろうと、今は気づかれてはいけない。
「ニナさんの命日だからな。今日くらいは墓参りをしないといけないからな」
「お母さんの事知ってるの?」
「ああ、口煩いけど、優しくていつも娘さんの事を自慢してた」
「えへへ...」
少し照れているアルフ。
「アルフさんは、なぜここに?」
「うーん...。お母さんの事を思い出したの。まだ小さかった時にねお父さんとお母さんと一緒に写真を撮ったんだって、そのお写真がお部屋を掃除してたら出てきたの。そしたら裏に日にちが書かれていたの。キュウス様は命日?お母さんがいなくなった日なんだって」
「そうか。アルフさんは悲しいとか思った事は無かった?」
「あったよ。お母さんとお父さんの顔も覚えていなくて、何でだろうなって。でもねお母さんがね、会いに来てくれたの」
「ニナさんが?」
「何か分からなかったけど、あ、お母さんだなって分かったの。幽霊さんだったのかな?」
「どうだった?」
「すっごく綺麗だった!!お父さんも幸せだったのかなーって思ったの」
「そうか。多分、そうなんだろうな」
「おじさんはお母さんの事、どう思う?」
グラフォルはここだけは本当の事を言う。
「愛していた、誰よりも」
「だめー!!お母さんはお父さんとアルフだけのものなのー!!」
「ははは...。参ったな、そうか。ありがとうな」
「え...?」
アルフは首を傾げる。
なぜ感謝をされたのか分からないのだろう。
「じゃあな、俺は行かなくちゃいけない所があるんだ」
「ねえ...」
歩き始めたグラフォルをアルフは止める。
「お父さん?」
「....!!?」
本当に...。分かるのか。
「違う。アルフさんとは始めて会ったよ。だから違う」
「そ...そっか」
「じゃあ」
今度こそグラフォルは歩き出す。
後ろでアルフは...
「嘘つきだね、お父さん。何でアルフの名前を知ってたの?アルフは自己紹介もしてないんだよ。でも...お母さんならこう言ったんだろうね」
『行ってらっしゃい、お父さん』
アルフの言葉。
母と娘の言葉。
父には届いていないだろうけど、家族として言える最高の言葉。
「ああ、行ってくる」
# ######
【アズーリの屋敷】
各々やるべき事を済ませ、全員が揃った。
グラフォルは再度、作戦を伝え直す。
「ここからは自分達で判断しなければならない事もある。誰かに頼るのではなく、助け合え。相手はこの都市のほぼ全てだ。躊躇してたらすぐに命を落とす。同情するな、とは言わない。相手も同じ命である事に変わりはない。かつての仲間と戦うことも避けられない。それでも何かを変えるためには犠牲は付き物だ。相手は手を抜くことは絶対にない。ならばこちらも手を抜くことは許されない。全員覚悟を決めろ」
グラフォルは大きく息を吸い...
「作戦開始!!!!!」
「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」
アカツキ奪還作戦及びヴァレク襲撃作戦が開始した。
あれほど密集していた大広間も今では誰一人いない。
四つのチームに別れ各地で暴動を起こし、警備を減らしヴァレクの屋敷に乗り込む。
少しでも長く相手の戦力を分散させるには、各地の戦いで相手を殺し続けなければならない。
しかし戦力差は圧倒的だ。
だからこそアカツキは必要となる。
解放部隊でアズーリだけがアカツキの持つ神器の意味を知っている。
神器の代償も分かっている、その事を教えていましたしまったら彼らは止めるだろう。
だから倒れたふりをして、彼らを騙した。
「皆...ごめん」
アズーリは部屋で一人謝り続ける。
何かを変えるためには犠牲は必要。アズーリにとって犠牲は...
アカツキだった。