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遥か彼方の浮遊都市  作者: 神羅
【信仰都市編】
148/185

<宣戦布告>

―――いつからだろうか。


今生きているこの世界に疑問を持ち始めたのは。


昔は当たり前のように平穏と幸せの日々を送っていた世界が今は酷く淀んでいて、濁った川のように醜く見えてしょうがない。


まるで大切な何かを忘れているような。決して忘れてはいけない約束を忘れているような変な感覚だ。


私、天間雫(あまのましずく)という人間の原点を思い出せない。


どこで生まれて、あれほど優しかったお母様の顔も靄がかかっていて何故か思い出せない。


心から暖かさが無くなっていて次第に雪山の中を裸で歩いているように冷たくなっていく。


私に残っているのは()()()()()()だ。


弟のように面倒を見ていた少年が居たような気もするが、きっと間違いだろう。


つい数日前まで私のワガママで一緒に都市を歩いた人も居た気がするが、これも気のせいだ。


――――――遠い、遠い昔、それこそお母様が生きていた時に一緒に過ごしていた男の子も居た気がする。それも、どれもこれも下らない妄想だ。


なのに、どうして。


「―――――――――苦しいよ」


目が覚めると頬を伝う涙の存在に気づいて、昨日ちゃんと寝たはずの布団なのに、久しぶりに帰ってきたかのような不思議な感覚に陥る。


今日はこの神社には誰も居ない日だ。週に一度だけお祖父様が狐の仮面を付けたお連れの人達と大事な会議がある日で、誰も私が何をしていようと気付かない孤独な日。


「......ぅ」


だから、今だけはこの胸の苦しみを隠さずに涙を流し続ける。嗚咽を溢して、何が辛くて泣いているかも分からないまま、気の済むまで涙を流し続ける。


「―――雫様?どうか致しましたか」


それなのに、今日だけは違った。障子戸の向こうに座る小さな人影が心配そうな声で尋ねてくる。


本当なら誰も居ないはずなのに。ここには昔から私とお祖父様しか居なくて、家事とかをしてくれる狐のお面を被っている人達も居ないのに、何故居るのだろうと考える頭も無い。


ただ、誰かがそこに居る。


この孤独を埋めてくれるなら、誰だって良い。


障子戸を開けて、私はすがり付くように泣いた。自分よりも小さな体の狐の仮面を付けた少女は最初困ったようにしていたが、途中で優しく頭を撫でてくれた。


ずっと、ずっと前にこうして頭を撫でてくれた人が居た気がするのに、まだ私は思い出せないままだ。


「―――頑張ったね」


この神社に居る人の声は皆覚えているのに、初めて聞いた声の少女が耳元で優しく呟く。


「今は私だけしか居ません。どうぞ、気の済むまで泣いてください」


やっぱり年齢は私の方が上だ。華奢な体と声の質からして10代前半の、本当なら私がお姉さんと呼ばれるはずなのに、今だけはそんな当たり前のことも忘れて、喉が痛くなるまで泣いて、泣いて、泣き続けた。



.........。



ようやく普段の気持ちを取り戻した雫は用意された朝御飯を狐の仮面をつけた少女の前で顔を赤らめながら食べている。


「あの、その。さっきは、えっと...」


「大丈夫です。先程のことはダオ様にも内緒にしておきます」


「あはは、ごめんね」


こうやって優しくしてくれるのも、きっと私がお祖父様の孫だから。それでも、空っぽの優しさでも今は心が少しだけ満たされる。


「...雫様、ご飯は美味しいですか?」


「え...?」


普段なら料理は作るだけ、洗濯もするだけで雫に話してくることは滅多に無い人達なのに、何故かそんな普通の家庭みたいなことを言い出して言葉が詰まる。


「お口に合いませんでしたか...」


「いや、違います違いますっ!その、味付けもしっかりしていて美味しいですし...」


ふと、気付く。週三日で変わる料理当番の人達の味付けはしっかりと覚えているのに、この味付けはどれとも違う。


「あの、貴方は...。新しい見張り役の人ですか?」


狐の仮面の人達がやっている洗濯やら料理やら掃除はあくまでオマケであり、本来の目的は巫女である雫が逃げ出したり、変な人達に狙われないようにするための見張り係、そんなことは教えて貰わなくても昔から知っていた。


「―――そうですよ。本来なら今日はダオ様と共に会議があるのですが、最近ではこの都市に野党が侵入したとかで、臨時で雫様の護衛を任されました」


道理で見覚えの無い体躯に声、とても美味しい味付けだと思った。いや、いつものご飯も美味しいには美味しいのだが、今日のは今までで一番だった。


優しくて、暖かい、心のこもった料理のように感じた。あくまでもそう思っただけだが。


「では、ダオ様達がお帰りになられる正午まではお世話致しますので、何か御用があれば及び下さい」


「...は、はい」


しかし、初対面であれはなかなか出来るものではない。それこそ、あそこで知らない誰かに泣きついてしまうくらい悲しくて、辛かった訳だが、まさか自分よりも年下の子に甘えてしまうというのは何とも情けない。


「それでは」


戸が閉まり、ようやく一人になれた所で雫は恥ずかしさに悶えながら顔を抑えて床に倒れこむ。


あぁ、恥ずかしい恥ずかしい!まさかこんなことになるなんてあの時の私は思いもしなかった。


けれど、何処かであの子と会っているような、それに誰かによく似た匂いのした、とても不思議な少女だった。


「...どうだった?」


少女が居間から離れ、庭へ通じる通路を歩いていると縁側で少女のことを待っていた同じく狐の仮面を付けた男が居た。


「大分限界だね。忘れてることは忘れてるだろうけど、何かを忘れているっていう違和感に気付いてる。あの、ダオだっけか、そいつが帰ってくる前にとんずらしなきゃいけないし、潜入しただけ無駄じゃない?」


慣れない面を外してそんなこと言った少女、ナナは雫に同情しているのか辛そうな顔で報告する。それを聞いていた男、狐の面を外して正体を現したアカツキは少しだけ怒りの混じった声で、落胆の言葉を口にする。


「あの時、少しだけ俺のことを心配してたからもしかしたらって思ったけど、駄目だな。無理矢理辻褄を合わせてる。雫を使って何かするまでで良いって感じだ。その災厄の日ってやつは大分近いらしいな」


「神器の気配はしてないって感じだね。じゃあ、あれは呪術ってやつ?」


「ネオ曰く俺は使えるだけだからな。そういう気配とかは感じ取れないけど、神器の複製とかそういうのは無さそうだ」


そもそもずっと昔から度々記憶改変は行われている様子だった。今更神器メモリアなど複製する価値も無ければ時間も無いだろう。


「てか、よくお前のサイズに合う服あったな」


「前までは少し大きめの着てたけど、これはネオから貰った。もう使わないからって」


ナナの分はネオから譲り受けて、アカツキはこの屋敷に潜伏していた2名の監視役を気絶させて奪ったものだ。多少のサイズ不足は否めないが無いよりはマシ、この姿であるだけで僅かに彼等も躊躇い、その隙を突いて全力で逃走する。そんな作戦のもと、わざわざ慣れない面に服を着用しているのだ。


「とうに腹は括ってたってか。クレア達、上手くやってるかなぁ」


「心配は後にしなよ。後でバレるのは良いとしても、今はもう少し情報を知りたい。あんたは精々監視でもしてな」


「へいへい」


アカツキは雫と接点がある以上、気付かれてしまう可能性があったがダオによってアカツキが居たという記憶すら無くしているのだからその心配は不要だった、が。


それでも何かのきっかけに思い出してしまうというのは大いにあり得る。心苦しいがまだ彼女には思い出されては困るのだ。


「まぁ、記憶を弄るってんだから当然見ることも出来るだろうよ。その場合やっぱり俺は駄目だ、すぐにバレる」


「なら隠れてなよ。バッタリ通路で会うとか洒落にならないからね?」


「分かってるって」


束の間の情報共有を行い、また狐の面を被りアカツキは雫に気付かれないように屋根の上で周囲の監視、ナナはこの屋敷にあるでろう未来を記した巻物を見るか、または奪うか。


何しろ今の自分達には圧倒的に情報が足りない。ネオが持っていた情報とリアが知っていた情報を持ってしても災厄の日の正しい日にちは確認できていない。


やはりというべきか神社の中には居ないということになっていた狐の面を付けた男女が隠れていたが、今はぐっすりと眠っていることだろう。


ならば後はダオが帰還するまでの僅か数時間で巻物のある場所を突き止めて内容の確認、あわよくば持ち出せれば尚良い。


「雫様、少々お時間を頂いてよろしいでしょうか」


「どうぞ。あの、何か?」


だから、最初の出会い方は彼女には失礼だがなかなか幸運であった。いきなり警戒されては聞き出せる情報も聞き出せないからだ。しかし、あの場で優しくしてくれたナナに僅かだが信頼が芽生えている。


「(上手くやれよ、私)」


だから、後はじわじわと詰めるのみ。決して悟られぬように、自然に事を進めていくのだ。


こちらが持っている僅かな情報、雫が巫女として活動する神降祭(しんこうさい)の話を使い、未来を記した巻物がある場所へと自然に誘導するのだ。



......。



「アカツキ達はちゃんとやれているのかしら」


暗い地下労で数人の衛兵を気付かれないように奇襲をして見事潜入を果たしたリアとガルナ、クレアの三人は侵入者が現れたという情報が外に漏れ出す前に一人の男を救出せねばならない。


「ダオは警備を手薄にしてまでやりたいことがあるのね。会議程度に都市に配置させている兵のほぼ全員を呼び出す必要はないもの」


「力の誇示が必要なのだろう。まぁ、元々良くない噂が立っている場所だ。何をしていようと今更不思議ではない」


週に一度だけ訪れる表面上は会議と呼ばれているそれには都市の守護に当たる狐の面を付けた者達の殆んどが駆り出される。


この数年教会からの干渉も無くなり、治安も安定してきたからこそこうも無防備になれるのだろう。


「まぁ、私達が戻ってくるメリットなんて無いものね。ネオから話を聞いているでしょうから、完全に外に逃げ出したと思っているでしょう」


「でも、少しだけピリピリしていたというか...」


「クレアもか。まぁ、それほど災厄の日とやらは近いのだろう。それでも注意が足りなさ過ぎ......。―――伏せろ!!」


何の脈絡もなく飛んできた一条の光、リアはクレアを引き寄せ右に回避し、ガルナは左に回避した後、追撃を防ぐための魔法を何時でも発動できるように気を配る。


「...アカツキの言っていたとおりね。こんなところにまで潜り込んでるなんて」


「次が来るぞ、下がれ!!」


続いて放たれた光が軌跡をなぞりながらリア達を命を奪おうとするが、その光はガルナによって空間をねじ曲げられ、ガルナ達の背後へ飛んでいく。


「困りますねぇ、出来ることなら異世の神だけを殺すつもりだったのに、貴方達を見つけてしまったら排除しなくてはならない」


「随分と仕事熱心だな」


狐の面を付けて成りすましているとはいえ、その口振りからして教会の人間であることは疑いようがない。わざわざ敵の仲間を装り内部まで入り込んでいるとはあまり予想したくなかったが、こうなってしまった以上仕方無いだろう。


「扮装しているとなると教会の人間とこの都市の住人の区別が付かなくなるな。厄介なことになった」


「最優先事項はアマテラスとかいう邪教徒の神の抹殺ですが、アカツキ率いる一行も殺せと命じられているのです」


「ウーラの奴がアカツキを匿おうとしているのは筒抜けだな。手を出せなくなる前に殺そうってことだろうな」


「ウーラ様は何故このような蛮族共をお救いになるのか分からない。神からの賜り物を不浄な物としたアカツキ、彼のやっていることは我々の信仰の侮辱に他ならない」


ウーラが今回の戦いに無理矢理駆り出されたのは戦力としてではなく単なる足止めに他ならない。ウーラの与えられている【自由】の権限を持ってすれば如何に教会とも安易に手を出すことは出来なくなる。


「そうだろうな。何せ神に反旗を翻し世界の半分を破壊したサタナスがアカツキに力を貸していた。そんな奴が神の一部と言われる神器を持ってるんだ。これじゃあ神の冒涜だ、とかそんな浅ましい理屈だろう?」


「...遅かった」


ガルナの言葉に突如として男は心底悔しそうに涙を流しながら目頭を押さえ始める。


「え...?」


「気にするな、奴等の()()()()


事態を飲み込めないクレアがその奇行に戸惑う中、ガルナとリアは軽蔑の眼差しで下らないことを言い連ねる男を見ていた。


「あぁ、嘆かわしい!!何故そこまで知ってしまったのか!?何も知らぬ身であれば見逃そうと思っておりましたのに...!」


奴等(教会)は何事も慈悲と神からの思し召しとやらで人を殺す。最初に殺しに来ておきながら、生きていたら聞くに耐えない下らないことを言うだけの屑だ。慣れておけ、ああいう頭の狂った奴等とは長い付き合いになる」


「少なくともこの男の顔は二度と見たくはないわ」


ひとしきり涙を流して苦しそうに叫んだ後、男は心底楽しそうに顔を醜く歪ませて笑みを溢して空高く手を掲げる。


「我等が神よ。貴方様に捧げる私の信仰心を見ていてください!!今こそ邪教徒共に天誅を!!」


己が信じる神に祈りを捧げた男はその信仰心を武器として力を振るう。教会の人間達が用いるのは魔法でも呪術でもなく、その絶大な信仰心を用いて神の奇跡を実現させる。


「まぁ、それも建前よ。神の創った摂理に反する邪法と相反する聖法。光属性の魔法とさほど変わらないけれど、違う点が一つあるわ」


リアが剣を抜き、迫り来る光に対して刃を振るう。ガルナの防いだ時とは威力も速度も桁違いのものになっている光をリアは受け流す形で頭上へと逃がす。


「聖法は信仰心で強くなる。その者の神に対する信仰が厚い程ね」


「然り!我が信仰心は不滅にして永遠なり!!故にこの光は悪しきものを()()()()()止まらぬ!!」


「ガルナ」


その掛け声だけで無防備なクレアを守るようにガルナの時空間魔法により周囲の空間が固定され、空から降り注いだ一条の光はクレアに当たることなく空間で停止しながら尚も消えることはない。


「見よ!!我が信仰心ある限りその光は決して消えることは無い!そちらの魔法が限界に達し解除されるまで永遠に――――――」


その時、地下だと言うのに一陣の風が男の横を吹き抜ける。


「はて?」


何かをされたような気配はない。しかし、今駆け抜けたのは地上でいつものように浴びている風に他ならない。


「はてはて、何故でしょう」


どうやら、意味を考えることは無駄らしい。


何せ―――


「相変わらず自己陶酔の激しい連中ね、下らない」


文字通り、()()()()()()()()()()()


「...?」


ガルナはクレアの目を覆い、男の結末を見ることの無いように配慮する。やったことは身を守るには必要だったとは言え、この場で最も人の死に慣れていないクレアが見るには(こく)過ぎる。


「もういいわよ、隠しておいたから」


ガルナがクレアの視界を覆っていた手を避けるとそこは男が現れる前と変わらない暗い道、近くの牢が開かれ、その中にクレアが知らない男の亡骸が眠っている。


「すごいですね!もうやっつけたんですか?」


「そうでもないわ。さ、行きましょう」


突然の出来事に変わりはないが、緊急事態と呼ぶには程遠い。攻撃に徹するリアと防御に徹するガルナが居れば何ということはない。


「相変わらず出鱈目な強さだな」


「物心つく前から剣を握ってたから。自慢に出来るようなことじゃないわ」


静かな声で血を滴らせることなく男の首を撥ね飛ばしたその技術にはガルナもただただ感服する他無い。同時にそこまで剣を極めて尚、何を求めているのか、更には何故アカツキの仲間に加わったのか気になってしまう。


「一つだけいいか」


「クロバネ達を探しながらね」


永遠に続くかのように思える暗い道を歩き、労の中を見て回る。時折救いを求める声が聞こえてくるが、今の自分達には彼等が犯してきた罪を知る術はない。そもそも罪を犯してここに投獄されているのかも知らないわけだが。


「何故、アカツキに付いていこうと決めたんだ?」


「理由は簡単、彼がどんな道に進むのか実際にこの目で見てみたかったの。名前も知らない誰かを助けるなんて常人じゃ出来ないことよ。ある意味で破滅的な思考でもあるわ」


アカツキの在り方はどこかでもう曲げられないくらいに固定されてしまっている。どれだけの絶望が彼に襲い掛かり、それを乗り越えた末のアカツキが今ここに存在する。


「正義っていうのはね、他人と自分で違うものよ。アカツキが守るために行った行為も何も知らない守られた人達から見れば脅威だったようにね。そんな彼が何を選び、どんな風に生きていくのか確かめてみたかったから彼に付いていくことにしたの」


リアが付いてくることに不満があった訳ではないが、それでもそれだけは確かめておきたかった。それがアカツキという存在を理解する上で何よりも重要な行為だからだ。


「ならば、それは可哀想だとかそういう理由ではないんだな?」


「牢を無理矢理破った時は驚いたけれど、彼のことを可哀想だなんて思わなかったわ。それがアカツキの決めたことだったから」


「分かった。話は以上だ。...クレアも聞きたいことがあるなら今の内に聞いておけ」


束の間の雑談、リアがアカツキに付いていく理由をガルナが知りたかったように、クレアも少し前から何かを聞きたそうにしているのに薄々気付いていたガルナがその機会を作ってくれる。


「クレアちゃんも何か聞きたいことがあるの?」


ならばここで聞かぬ手はない。少しだけ言うのが躊躇われるが、これは今後の旅を続ける上で大事なものだ。


「あの、私達が最初に会ったときのことを覚えてますか」


「えぇ。一目でピンと来たわ」


静かに返答を返すリアと、何を聞きたいか察知しても、無言を押し通すガルナ。若干恥ずかしそうにしながらも何としても確認しておきたいクレア。


「あ、はい。そうですよね。じゃなきゃ初めて会ったナナちゃんに急に抱きつきませんよね」


「私の一番好きなタイプの女の子が居る。何としても守ってあげなくちゃって」


真面目な顔で言葉を返すリアにクレアが「あはは」と苦笑を溢して、ガルナが心底残念そうにため息をつく。


「リアさんって、―――小さい子供が好きなんですか?」


「いいえ、半分正解だけれど半分ハズレ。私はね、クレアちゃん。小さな女の子で気が強くていつもツンツンしてるけど、心の奥底では心配に思っている可愛い子が好きなの」


「分かりました。ガルナさん、宿を取るときはナナちゃんとリアさんは別々の部屋にしましょう」


どうしてこうも限定的な子供が好きだとか、リアのその嗜好と寸分違わない少女が仲間に居るだとかはこの際気にしない。荷台の中で明らかに静かで冷静な彼女がナナだけに過剰なスキンシップを取っていたのだ。


そんな彼女とナナを絶対に一夜たろうとも過ごさせてはいけないという意志がクレアの心に宿る。


「え?」


クレアの非情な提案にリアの青い瞳が揺れる。それに追い討ちをかけるようにガルナも仕方ないという顔でクレアに同意する。


「そうだな、旅仲がギクシャクしないように配慮は必要だろう」


「ねぇ、なんでそんなことするの?ねぇってば」


本当に黙っていれば見てくれは良いというのに、ナナのこととなるとあからさまに感情が揺れ動いている。


「そうなるとリアを一人だけ個室にするか?」


「無駄、そんなことしてもナナちゃんの部屋に入り込むから」


「鍵は閉めておいた方が良さそうですね」


「鍵なんて私の前ではあって無いようなものよ?」


剣に手を置いて堂々と部屋に侵入するぞと宣言するリア、宿の備品を壊したら請求はアカツキの所に行くので出来ることなら無駄な出費が出るようなことは止めてほしい。


いつどこで襲われてもおかしくないというのに三人は気が抜けているのか、そんな話題で少し盛り上がっている。相変わらず周囲からは助けを求める声が時折聞こえてくるがそれすらも彼女達の耳には届いていない。それにもとより、ガルナによりクレアの見ている世界は誰も居ない地下牢だ。空間をしきり、クレアが興味を示さぬよう人の姿、声を意図的に遮断している。


「......?今のは」


奥に進むに連れて灯りも無くなっていく通路でリアは今しがた通りすぎた牢屋を確認しに踵を返す。


「...クレアちゃん、治療の準備」


牢の外に歩いている自分達は神社に潜入しているアカツキとナナのように変装はしていない。だからこそ、一目で私達だと分かり、声を上げてくれると思っていた。


「ガルナは警戒を。応急手当が済んだらすぐに逃げる」


間違っていなかった。ちらりと闇の中で横たわっている小さな少年の姿見えた。名前を呼んではくれなかったがもしかしたらと思ったら、その姿を見て声を出せなかった理由に気付く。全身に鞭で打たれたような痕、千切れかけていた足は部屋の片隅に置いてある、見るに耐えない壮絶な姿であった。


「―――どうして、こんな姿に」


「息はしてる!早く止血をするわ!」


左目は潰れ、喉は絶え間なく叫び続けたのかしわがれている。それでも必死に生きようとしている。呼吸すら壮絶な痛みが伴うというのに、一生懸命に生にしがみついていた。


「医者の確保はしているから、急いで運ぶ。時間との勝負よ」


クレアが手を心血で濡らしながら千切れた左足をアオバから習った再生魔法の下位互換、回復の魔法で出血を止めながら包帯でこれ以上病原体が傷口に侵入しないようにする。


「リア、足音だ。恐らくだが侵入者が来たというのが外に漏れたんだろう。姿を見られる前に撤退するぞ」


「でも、出口と入り口は同じ場所、どうあってもあの人達と会ってしまいます!!」


「少し荒い方法になるが地上にパスを繋いだ。今日1日分の魔力を使うことになるがここを凌げれば十分、応急処置が済み次第地上へ戻りロロとミミの足を頼って全力で逃げる」


ガルナが足止めとばかりに道中で少しばかり空間を歪ませておき、多少の足止めが出来ているとはいえ、あまり長居をするのは得策ではない。


「止血と患部の応急処置が終わりました!!」


「少し酔うだろうが決してネオの手を離すなよ。リアは...大丈夫だな。出来ることならクレアと近づいてくれ」


「分かった」


ガルナが魔力を自身の掌の上、一点に集中させると次第に周囲の景色がピントがずれてるかのように不鮮明になり少し時間が経つと視界がぐるぐる回り始める。


一分程経った頃、ぼやけていた視界が統一性を持ち始めまた気味の悪い視界の回転と共に空間が固定されていく。


「着いたぞ。ここからしばらくロロとミミに任せて平原を走れば小さな集落がある。そこでウーラに頼み呼んである医師に見せるぞ」


「まぁ、運良くここが町外れにあったから人目につく心配も無いでしょう」


「急ぎましょう!あくまで応急手当てです。時間は一刻を争います」


「リアは一応周囲の警戒をしておいてくれ。俺は二頭に集落の指示を出した後にクレアと共にネオを看ている。最終手段だが前やったようにこいつの時間を止めれば延命にはなる」


「了解、ナナちゃんの分まで働くわ」


手際よく荷台に駆け込み手綱を握ってガルナが二頭の白狼を走らせる。白い毛並みが風に揺られ徐々にスピードを上げていく。


「頼むぞ、お前らの足にかかっている」


ガルナがロロとミミ、二頭の狼に指示を出した後に荷台へ引き返すとそこには見慣れない服に着替えたリアとクレアが立っている。


「これが教会の服なのね。あまりパッとしないけど、これを着てれば私達が居るってバレないわ」


「俺も着替えたいところだが着替えても特に意味はないからな。相手に特徴を知られていないであろうクレアと、上で周囲を警戒するリアさえ着ていれば十分だ」


ガルナは時空間魔法という唯一無二の魔法を使うことから素性はすぐに相手にバレるだろう。しかも今は魔力を大量に消費して地下から地上へと空間の転移を行ったばかりだ、頼りないことこの上ないが余程の事が無い限り前線で戦うことは出来ない。


その点クレアは魔法も全般的にそつなく使えるし、これといった特徴もその白髪のみ。フードを被っていればそれも隠せる。リアは言わずもがなその類い稀なる剣の腕前と他に魔法も他から逸脱している。


しかし相手には剣を使うというイメージが大きく、唯一アマテラス戦で使った魔法もおそらくだが相手には伝わっていない。最後の最後に協力的になってくれたのだ、ここばかりはアマテラスを信じるしかない。


「それじゃあ私は警戒と、目視次第さっきの奴が使っていた聖法を真似て撃退してみる?」


「見ただけで習得出来るのか?」


「聖法が独特だからよ。それとあくまで似せているだけで、魔法に精通した人から見たらすぐに光属性ってバレるでしょう」


しかし、生憎だがこの都市は世界で唯一、教会によって崇め奉られる女神の庇護化から逸脱し、独自のアマテラスという神によって魔法ではなく呪術を使う都市、魔法はあくまで使い分けとして使用するだけであって大部分は呪術に依存している。


「大丈夫、上手くやるわ」


「頼むぞ」


かつてのナナと同じように荷台の上に立ち、二頭の狼によって凄まじい速度で進行する為、風が常に暴風のように打ち付けてくるがフードが吹き飛んでも顔が見られないようにあらかじめ奪っておいた狐の仮面を身に付ける。


彼等から見れば仲間を倒され、その者から狐の仮面を奪った教会の人間に見えるだろう。ロロとミミの存在も詳しいところまであちらには伝わっていない。カモフラージュも万全だ。


「お早い到着だこと、それにしても全員がこの速度に付いてこれるなんてね」


円を描くように広がった状態から次第に距離を詰めてくるこの都市の防衛機構たる存在、狐の面を付けた人間が人並み外れた脚力で並走する様は何とも異様な光景だろうか。


「それじゃあ一つ、プレゼントをしてあげるわ」


二頭の狼の右横を走っていた彼等に対してリアは呼吸を整えて手を翳す。するとそこから瞬きよりも早く光が放たれ、目にも止まらない速度で腹部に命中し、成す統べなく光によって遥か後方へ吹き飛ばされる。


「攻撃をしてきたぞ!あの服装といい聖法らしき光を使用した!教会の人間で間違いないだろう、直ぐにダオ様に連絡し...っ!?」


部隊の先頭で走る男が最後まで言うよりも早くその脇腹を光が鈍く突き刺さり、貫通することなく足止めを摺るためだけかのように後方へ突き飛ばされていく。


「怯むな!あちらから攻撃を仕掛けてきたのだ、我らも...」


一人ずつ欠けていくこの状況で一斉に攻撃を仕掛ければどうにかなると思ったのだろう。そんな男の目論みも儚く、教会の人間に扮したリアの魔法により広範囲に渡って風と白く輝く炎が展開され、離脱をする間もなくその身を荒れ狂う風と視界を奪い体の節々を鈍く痛め付ける光が襲い掛かり、三分もする頃には周囲に蔓延っていた彼等の姿は無くなっていた。


同時刻、狐の面を付けた者達の取締役ダオによって呼び出された面々が巨大な地下空間にて会議を中断して突如舞い込んだ教会の襲撃という凶報によって慌ただしく動き回っていた。


「教会の奴等が確認された場所へは第一部隊から第三部隊が向かえ。最優先は敵の排除だ、決して逃がすなよ。残った全部隊の者達は侵入経路を特定、敵の襲撃に備えて住民の避難に移れ」


そのなかで的確にダオが指示を下し、命令を遂行するために各部隊が集まり地下から地上へと繋がる異次元の扉が開く。


「――――――こんなところに居たんですね、この都市最高峰の防衛機構、ウルペースの皆さん」


しかし、開いた扉の先に待っていたのは彼らにとっての死神、───教会より自由を与えられたウーラ。


対処の出来ない絶大な力を持つ人間を排除しようとする教会と相反する思考を持ち、保護をしているはずの女性が、どうしてこのタイミングで?一体どこから侵入をしてきた?考えれば疑問は尽きない。


しかし、───やることは一つだ。


「―――結界を展開しろ!」


教会からの命令による活動など、ここ数百年で一度も記録されていない。あくまで自身の意思の下で活動するウーラが何故今更教会の命令に従うのか、そんなことを考えるよりもこれから起こりうる大災害に対して対処しなければならない。


「じゃあ、皆さんさようなら」


ウーラの閉ざされた右目が開き、その口が何かを呟くと同時に天井が崩落し、彼女を中心として巨大な爆発が地下を余すところなく包み込んでいく。


だが、その破壊を前にしてダオ達の呪術によって編み出された結界はその圧倒的な力を防ぎきる。


「死傷者は居ません。結界の展開はギリギリ間に合ったようです」


「逆だ馬鹿者。我々の結界の発動のタイミングに合わせてコンマ一秒攻撃を遅らせた。本来ならここには誰一人として立っておらん」


「まぁ、というわけです。私ははあくまで斥候で出来れば全員殺してこいと言われましたけど、アオバ君に殺さないでって言われてるのでここでお暇します」


人を殺す寸前まで行ったというのにその笑みを溢さない女の背後に数人の刺客が息を潜めながら迫る。


「あ、やめておいた方が良いですよ。アオバ君には無抵抗な人間は殺さないでって言われてますけど、それ以外は殺します。お姉ちゃんだから約束は守るのは当然ですが、それ以外の人達に容赦はしません」


その忠告を意にも介さない様子で気付かれたからにはと攻撃を仕掛ける男女の体が何をされるでもなくトマトを素手で握りつぶすように弾け、数秒だけ肉の塊が死んだことに気付かずピクピクと動いた後、静かになる。


体を血に濡らしながらウーラは糸で縫われていた右目を肉塊になった男女からダオに移す。


「これは宣戦布告。既にこの都市には教会の手の者が侵入しています、精々抗ってくださいね」


その瞳に見られているというだけで冷や汗が背中に滲み、絶対にその場を動くなと警鐘を鳴らし続けている。


ウーラという女とは生きている世界が違う。あちらにとっては当たり前の強さでも他の者から見ればそれは明らかに異質であり驚異に値する。


()()()()()()()()()()()()()()()()それ以外は容赦はしませんから」


一瞬の内に生み出された肉の塊を踏み抜いてウーラは門の向こうへと消える。それと同時に辺りに伝わった畏怖の感情を追い払うようにダオが声を上げる。


「急げ!!今すぐに持ち場につき、犠牲を減らすのが我々の使命だ!」


その掛け声を合図に決意を宿したウルペースがそれぞれの役目を全うする為に移動を開始する。地上へと繋がる扉までの瓦礫を除去し、その扉の向こうへと姿を消していく。


「雫...」


ダオが向かわなければいけない場所はこの都市の最後の砦たる神を宿した巫女の下だ。


彼女なくしてダオの望む世界は訪れない。それ以外のもの全てを切り捨ててでも来るべきその日まで雫を奪わせる訳にはいかない。神社の中には数人気配を忍ばせて潜伏させているが、それでも数は足りない、今すぐにでも向かわなければいけない。


───だが、皮肉にも神社に現れた教会の魔の手から雫を守っていたのは彼等が一時は敵対していたはずのアカツキとナナの二人であった。


「奇襲かよ...。こっちは姿見せたくなかったてのによ」


「仕方ないよ。こうなるのはウーラから知らされてたでしょ。それを利用してクレア達がネオかクロバネの救助に向かってる」


アカツキが辺りを見回していたこともあり最悪の事態には至らなかったものの、それでもこの都市の核であり弱点の雫を狙うのは教会の人間達の中でも更に秀でた力を持つ者に他ならない。


そう、それこそがアカツキがあれほどまで焦がれた人間と会うには手っ取り早い方法だ。


「おやおやおや、こんなところでお会いできるとは。―――メモリアは無事に逝かれたようですね」


「よぉ、来ると思ったぜ。メモリアとサタナスの分まで苦しみながら死にやがれ、糞野郎」


メモリアの一部をアカツキに埋め込むように指示をして自身の持つ神器から一切の人間性を切り離したアカツキにとっての宿敵であり、ネクサルからすれば一度も対面したことはなく、一方的、いやそれだけの怒りを向けられることをした彼にとって必然的に現れるであろう復讐者だ。


「一度も会ったことのない方にそう言われるのは忍びない」


「てめぇはそれだけのことをしてきたんだよ。自身に都合の悪いことが生まれたらこそこそ改竄して回った臆病な聖職者様よぉ!!」


「おや、ウーラさんに聞かされたんですか?そんなことを知ったところで忘れるでしょうがね」


()()()()()()()()()()()何言ってんの?ハッタリ言うのもいい加減にしなよ」


ネクサルは慎重的な男だ。わざわざこんな前線に来てまで戦うようなことは滅多に無い。そんな強気に出るときには決まってある都市の人間と接触する。


「機械都市お手製の遠隔式ロボット。魔力も内蔵されたものしか使えない。それをカバーするには余りある武器を搭載しているって話だったね」


「情報は筒抜けですか、まぁ知られたところでどうっていうことはありませんが」


「神器を使うには生身の人間じゃなきゃ無理だ。使えるには使えるけどそれは不完全な力を発揮し、下手すれば精神だけが崩壊する。クルスタミナでそれを学習したてめぇがそんなリスクありきの行動に出ねぇってこともこっちで確認済みだよ」


この男はウーラと同じように数百年を生きてきた化物だ。神器メモリアを利用した人格と記憶の移植、それを用いて他人の肉体に魂を移し、長い時を生きてきた。


戦いの経験はあちらの方が数段上、本来は勝てる相手では無いが扱い慣れた生身ではなく機械を通しての戦闘、更には神器を使用してくることもない。


ならば勝機はある。


「アカツキ、あんたは後ろで雫を守ってな。あいつとは私がやる」


「神器が無いとはいえ、どんな戦い方をしてくるか分かんないから気をつけろよ?」


「分かってる。分が悪くなれば逃げるだけさ」


何が起きているのか理解できずに呆然と立ち尽くす雫にアカツキは目線を合わせて落ち着かせる。


「怖がるなとは言わないけど、お前は俺達が守ってやるから、安心してくれ。まぁ、ついさっきまでこそこそ隠れてた奴にこんなこと言われても信用できないと思うけど」


知っている、私はこの人とどこかで会っている。それなのに思い出せない。頭を鈍い痛みが襲い、恐怖が体を震わせている。それでも、何故かこの人達は信頼していいと心で許してしまっている。


「何で、会ったこともないのに。私を守ってくれるんですか?」


「...お前がそういう風に生きてきたからだよ。お前は覚えてないだけできっと多くの人を救ってきてる。その中の一人に俺が居たってだけだよ」


たとえ忘れていようとアカツキを救ってくれたのは雫と、夜にのみ雫の体を借りて目を覚ますアマテラスという神様だ。その名前が現す意味とは大きく駆け離れた特性だが、その名前を名乗るだけの力も理由も彼女にはあるのだろう。


「雫、俺はお前達に救われたんだ。だから、その時の恩をここで返そう」


ネクサルが手を上げると周囲からは教会の人間達が現れ、アカツキとナナ、そしてこの都市を機能停止させるには申し分ない影響を持っている雫をこの場で殺すためにその信仰心を力として振るう。


境内を光が包み込み、それを後から塗りつぶすように現れた闇がアカツキの周囲を揺らめき、その一瞬の攻防をもって戦いの幕が上がる。

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