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遥か彼方の浮遊都市  作者: 神羅
【信仰都市編】
142/185

<変わらない愛を貴方達へ>

どこまでも暗く深い闇の中だ。終わりのない闇は少年の体に何をするでもなく、ただそこにあるだけ。傷つけることも、抱擁することもなく、ずっとそこにあるだけなのだ。


「......」


メモリアは言葉を持たない。本体ならばきっと多くの記憶を元に何にでもなれるのだろうが、今の自分にはその記憶を少数しか持ち合わせていない。


「おに...ぃ、ちゃ」


それでも、ずっと頭から離れない言葉がある。彼に出会ってから告げられたある男の名前と、それと同時にぼやけた景色がどうしても消せないのだ。


そこは美しい花畑なのだろう。色も形も歪だが、ちゃんとした記憶があれば、さぞ美しい景色であったに違いない。


こんなにも美しそうな景色なのに心が震えて、悲鳴をあげている。


忘れられない。忘れたくない。―――忘れられたくない。


「メモリア、待たせたな」


恐怖でその場で踞る少年に言葉と同時に手が差しのべられる。その先にはさっき自身が殺そうとしていたアカツキの姿があり、大きな手に自分の小さな手をつい重ねてしまう。


―――メモリアを一人ぼっちにしないため、悲しい思いにさせないために伸ばされた手はどこまでも優しさと暖かさで出来ていて、それを握っている自分の手は死んでいるように冷たかった。


「この先に居るから、もう少しだけ待っててな」


この途方もない暗闇の中で鮮明に見えるのは自分とアカツキだけなのに、彼にはまるで道が見えているかのようにはっきりとした足取りで更に闇の奥深くへと進んでいる。


「ど...こ?」


「どこ行くのかって?...お前のことを待ってる人の所にだよ」


「ま、つ」


「そう、あのバカ野郎は引きこもっててな。誰かが来るまでずっと待ってんだ」


きっと今向かっている所にいる人は親しい間柄なのだろう。アカツキの言葉には所々優しさが垣間見える。


「サタナ...す、のとこ?」


「うん。会ったらきっと、思い出すはずだから」


「分か...ない」


分からない、どう言葉にして伝えればいいのか知らないのが、もどかしい。この不安と安心がない交ぜになったような気持ちを表現するにはどうすればいい。


「まだ言葉に出来なくても、お前なら出来るよ。思い出して、また...」


言葉が続かない。それはきっとこの邂逅がメモリアにもたらす影響を知っているからだろう。自分でも薄々気付いているから―――


「―――ありが、とう」


最後に自分のために一緒に居てくれるアカツキに感謝の言葉を伝える。今まで見てきた人達の記憶にあった言葉の中でも、これが一番最適解だと思う。


「......っ!」


だから、そんな悲しい顔をしないでほしい。今の言葉は感謝と同時に許しの言葉でもあるのだから。


「にぃ...に」


「なんだ?」


「お...話、して」


けど、そんなに申し訳なく思ってくれるのなら、少しだけ図々しくなってみよう。まだ不完全な人間というものを理解するために、彼から今まで生きてきた話を聞かせてほしい。


「そっか、それでいいなら。アイツのとこまで行くのに時間はたっぷりあるからな」


それからアカツキにおねだりして背中に乗させて貰いながら徐々に色づいていく世界を歩いていく。


この世界とは違う場所にある、また別の世界のお話。げーむと呼ばれる楽しそうな遊びに、毎日を自由に過ごした彼の話を。


そして、怖い思いの後にあった一人の綺麗な女性の人との出会い。色々ありながらもこの世界で第二の生を歩んだアカツキの悲しくて、楽しいお話も聞いた。


約束、という大事な守らなくちゃいけない言葉、嘘という言ってはいけない言葉など、たくさんの事を知ることが出来た。


「どうだ?こんなもんだけどさ」


「おもしろ...いかった」


「なら良かった」


そんなことを話している内に、アカツキとメモリアは一つの大きな

民家の前で歩みを止める。


「そうか、ここが(ホーム)なんだな。アイツがここで選んだ」


アカツキの精神世界の核になる場所に一つだけある形ある建物、それは農業都市でアカツキのこの世界での故郷にある帰るべき場所で、かつてはウズリカとキュウス、アルフ達が住んでいた屋敷だった。


ならばアカツキの精神世界でも心の拠り所として存在しているのも納得がいく。


「ここにサタナスが居るから。準備はいいか?」


「...うん」


力強く返事するメモリアを背中から降ろして、その小さな手を握りながらアカツキは正面から屋敷の中に入っていく。


そこは隅々まで掃除が行き届いているが、あまりにも生活感と呼べるものが無かった。


ただ綺麗に保たれているだけ、言うなれば展示品に近い。そこにあるが、本来の使い道をされていない。飾るものとして、ただ存在するだけだ。


「―――やぁ、来たんだね」


声がする。いつも近くにいて、アカツキの為に戦ってきた青年の声だ。そして、その声はどこまでも冷えきっていた。


「この...人が」


出迎えの挨拶と共に、―――感情のない黒瞳が二人を捉えると、アカツキとメモリアを串刺しにするために造られた闇の剣が屋敷の壁を突き破りながら、二人へと迫る。


「面倒だな、君ら」


その奇襲をアカツキはメモリアと共鳴することで、水晶の壁で防ぎきる。それを忌々しげに睨みながら嫌悪感を露にするサタナスに向けてアカツキは声を上げる。


「向き合う時が来たんだ、お前には」


「自分のことにも向き合えぬ君に言われる覚えはない」


心の拠り所として存在していた大きな屋敷が闇に溶けていく。屋根も水のように闇に、水晶に守られたテリトリー以外を漆黒に塗り潰していく。


草木も死んだように枯れていき、屋敷は役目を果たすことなく瓦解していく。闇はやがて地上を支配し―――空をも黒が覆い尽くした。


これは全て一人の人間の心だ。世界を呪い、理不尽な運命を呪った人間の苦しみ、悲しみ、絶望が体現された。


「俺にだっていつかその日が来る。お前の方が早かっただけだ」


過去に向き合う時がいつか来るのだとしたら、アカツキも今の彼のように反発するのだろうか。受け入れられずに世界を呪ってしまうのだろうか。


青く澄んだ空をも忘れてしまう程狂ってしまうのだろうか。


そんな―――悲しいまま終わってしまうのだろうか。


「弟なんだろ、お前が生き返らせてまで会いたかった―――大事な人なんだろ!!」


「だった、が正しい。今の僕はそこにいる奴のことは知らない。メモリアにはもう...出会えない。何をしても思い出さなかった、愚かな兄によって人だった時の記憶すら奪われてしまったのだから」


淡白に、あっという間に終わってしまった再開。メモリアは目の前に居る者が兄だと知らずに死を求めて、サタナスはアカツキを守るために弟を殺したのだ。


兄弟の再開は常に否定され続けていた。徐々に流れ込んでくる記憶の中身は後悔だらけだ。


―――あんなことしなければメモリアはこんな化け物にならなくて済んだのに。


実の弟がクルスタミナの体を借りて堕ちていく、それをさせてしまったのは自分の責任だ。だから今更、感動の再開は望まない。メモリアが望むようにあくまでも友として接するのみだった。


そんな記憶が流れ込んでくる。


だからこそ言ってやりたい。


これは運命なんてものじゃない。サタナスが世界と同様に呪った理不尽なものに導かれてここに来たわけではない。


「お前が俺に色んなことを思い出させてくれたみたいに、俺もお前に思い出させてやりたいんだ」


「一方的な願いなんて必要ない。見た通り、聞いた通り、僕は悪魔だ」


一方的な破壊を引き起こす闇の侵攻が始まる。二人の命を刈り取る為に放たれる武具の数々に、着々と辺りを侵食していく闇が時間など無いと物語っている。


それでもと、アカツキは言葉を続けた。


「人間だ。名前もあるし、兄弟もいた。......愛する人だって居た!!」


アカツキの言葉にサタナスの瞳が大きく見開かれて、周囲を更に闇が深く、広く塗りつぶしていく。


「その口を閉じろ」


サタナスの怒りに呼応するように闇は赤黒く胎動する。生物のように蠢く闇を阻む青く澄んだ水晶で作られた結界、それもあと僅かしか持たないだろう。


「お前が見せたもんだろうが。苦しくて、そうするしかなくて、お前は悪魔になったんだろ...?」


苦しむサタナスと、荒れ狂う闇による無差別な破壊。


サタナスは否定する。アカツキが、自分が知っているサタナス(自分)を否定する。


「―――違う。違う、違う!!」


だったら何で叫ぶ。何でそんなに辛そうな顔で叫ぶんだ。涙を流しながら否定なんてするな、そう言ってやりたい。


けど、今はそれ以上に大切な伝えなくてはいけないことがある。


「サタナス・アンヘル、お前には大事な弟が居たはずだ」


「―――――――――っ」


否定を続けて怒っていた表情が一気に瓦解していく。苦しみと悲しみが同時に込み上げてきているのだろう、悲痛な表情と、震える体がその丈に見合わぬ苦しみを背負っていたことをアカツキに伝えてくれる。


だから叫ぶんだ。心の奥底から―――共に過ごしてきた友に向けて。


「メモリアっていう、大事で、世界で唯一の家族が居たはずだ!」


アカツキの手を握る少年の顔を見てサタナスの顔が更に悲痛に染まる。あの頃と変わらない容姿でここに居る少年から視線を反らすことが出来ない。


誰にも止められる筈のない闇がその侵略を緩める。サタナスが止まれば闇も止まる。そういう風になっているのだ。


「俺も人のこと言えねぇけど、いつまでも不貞腐れてんな!!」


アカツキにも今のサタナスの気持ちは痛いほど分かる。見たくもない、思い出したくもない過去の出来事を大勢の前で暴露されて、世界の半分を壊した悪魔などと言われて、あの辛く苦しい日々を思い出してしまったのだとしたら、とても苦しんだことだろう。


果たして今の自分は何をしているのかと、今やっていることは偽善に過ぎないのかと思ってしまう。そんなのは分かる。


「やっと会えたんだろ、伝えたいことが一杯あったんだろ...?なら、話してやれよ」


次々と頭の中に入り込んでくる記憶はどこまでも悲しくて、苦しくて、誰にも理解されなくとも、知っていても、こうすることでしか救えなくて、誰かが止めてくれると願いながら破綻者を演じる青年から見た景色が、全てを奪っていた世界に対する尽きぬ絶望が自分のことのように伝わってくる。


「人間なんてのは簡単に変わるんだよな。だったら変わるのは今だろ、サタナス」


アカツキもこの世界に来て多くの変化を遂げた。時には優しく、時には人の心を理解できない糞野郎にも変わってきた。それを止めてくれたのを、今でも忘れてない。


「...僕は、悪魔だ」


自分勝手な理由で平穏を踏みにじり、おびただしい数の死を与えてきた悪魔が自分だ。


「違うな」


そうすることでしか守れなかった、たとえ世界を敵に回しても、未来永劫悪魔と罵られようと構わないと決めたことくらい知っている。


「僕は、サタナスだ」


それは悪魔の名前。誰もが聞いただけで畏怖する邪悪な存在の名前だ。しかし、それは一人の人間の名前でもある。


「あぁ」


あの深い絶望を忘れることが出来なくても、この再開を喜んでいいのだろうか。人間のように大事な弟を抱き締めてもいいのだろうか。


―――あの時ですら果たせなかった再開をここで果たしていいのだろうか。


「僕は―――人間でいいのか」


問いかける。他者に認めて貰わないと、とてもではないが自分のことを人間であるなどと言えない。サタナスにとって身近な存在だった彼が言うのであれば、人間に戻っても良いのだろうか。


「そうだ、お前だって、メモリアだって、ここに一人しか居ない。大事な――――――人間だ」


青年の瞳に光が取り戻され、辺りを満たしていた闇が晴れていく。鮮やかな花が咲き誇り、空には再開を祝福するように暖かな日差しがメモリアとサタナスの兄弟を明るく照らす。


水晶の壁も崩れ落ちて、そこにはようやく本当の再開を果たしたサタナスがあの頃と変わらない青い空の下でメモリアの小さな体を抱き締めていた。


「メモリア、ごめんね。こんなに馬鹿な兄で」


白い髪が風に靡かれ、瞳から流れる大粒の涙が地面を小さく濡らす。抱き締める手に優しく力が込められる。


「お兄...ちゃん」


自分を抱き締めるサタナスから人間と変わらない愛と暖かさを貰う。冷たく、虚ろだった心に暖かいスープのように光が染みていく。


―――記憶が、回帰する。


どう足掻いても取り戻しようの無かった記憶はこんな些細なことで戻ってきた。けれど、普通であるのは難しいことだ。平穏を過ごすのと同じくらい大変で、当たり前のことだ。


「お兄ちゃん、お兄ちゃん!!」


年端もいかない少年が決断するにはあまりにも残酷な自死の道。それを大事な兄が望まないことだとしても、生きてほしかったんだ。苦しまないで、普通の日々を謳歌して欲しかった。


...幸せに生きてて欲しいと願った。


「メモリア、僕は君を」


「お兄ちゃん」


「「―――愛してるよ」」


何も要らない。語り合うことも、記憶を追体験するのも必要なんてない。


それだけで、僕らは救われて、あの頃と同じように笑い会える。たとえ、もう終わってしまっているとしても、この感情は変わらない。


たとえ自分は魂だけで、メモリアは人間ではなく、神器となった後でもこれは変わらない。


僕らは、変わらないこの思いを―――愛と言う。


......。



「吹っ切れたんだな」


花畑の真ん中で手を繋ぐ兄弟の姿を見てアカツキが微笑む。


「あぁ、君には感謝しかないよ」


「言ったろ?救われてくれって。俺はお前のことを悪人だなんて思っていない、世界中がお前を否定しても、俺だけは肯定し続ける」


「...すまないね」


何を謝る必要があるのだろう。アカツキは今まで彼にたくさん救われてきた。それがあまりにも過保護過ぎただけで、全てアカツキの為にやったってことは分かっている。


サタナスの手を握る少年の前に屈み、その頭をポンポンと叩く。


「メモリア、お兄ちゃんを大事にな」


「うん」


手を繋いで花畑に立つ二人の体が少しずつ光の粒子となっていく。ここで死ぬわけではない。少しの間別々になるだけで、いつか帰ってくるだろう。


「お前にはまだやんなくちゃいけないことがあるんだろ?」


「そうだね。僕は器から出て、魂が集う場所に向かうことになる。そこから君を見ているよ」


「そんな場所があんのか」


「普通じゃ辿り着けない場所にあってね、そこから僕は器に入り込んだ」


「まあ、なんだ。やっと弟と会えたんだから、たくさん遊んでやってくれ」


「そうするよ」


サタナスと会話を終えたアカツキの元にメモリアがジャンプして大きな体に飛び込んでいく。


「メモリア、元気でな」


「うん!あとね、最後に頼みたいことがあるんだ」


「なんだ?」


「多分ね、僕の体はまだ残ってる」


何気なく発せられた言葉は当然のことであり、それでいて未だに信じられないことだ。あの時クルスタミナごと破壊したはずの神器メモリアが残っている。それを介してアカツキにメモリアの断片が組み込まれたのだから。


「けど、お前はここに居て、本体があっちに居る。その場合、どっちが本物なんだ?」


「言ったでしょ。体が残ってるって。(メモリア)の所有者は物に余分な感情とか必要ないって思ったんだろうね。魂だけを切り離して、わざと暴走するように組み込んだんだ」


あの女と、であれば、そういうことも可能なのだろう。クルスタミナを介して、記憶を操作し、その上、学院都市では魔法の使えない人間がその原因となった出来事が起きないように記憶を書き換えることで魔法を扱うことを可能とした。


本来起きえない事象を起こすことが出来るのだから、神器の記憶と力としての部分を何らかの形で分離させる程度、他愛ない事であろう。


「僕の神器としての力は魂じゃなくて、形に宿る。そういう風になってるの」


「手っ取り早い話、それを壊せば奪われた記憶は返るのか?」


「クルスタミナの奪った記憶は僕が返したけど、別の僕の所有者が奪った記憶はその男が契約しているメモリアを破壊しなきゃいけないんだ」


色々と裏技を使って半分だけクルスタミナに譲渡したようなものであったと言う。それは分離であり、完全な意思を持たない道具を完成させる手段でもあった。


「やったのはジューグか?」


「関わってはいるよ。けど、本当の所有者は別に居る」


今だから全てを話すことが出来る。知られてしまうことすらも彼に仕組まれたものであるのだろうが、それでもこの名前は伝えなければならない。


「ネクサル・ナクリハス。ジューグの協力者として僕の片割れを託した男の人の名前。今はね―――教会に在籍している」


教会とは神を信仰し、己たちを正義と信じてやまない狂信者達の集まり。自分達だけでは飽きたらず他社にまでその信仰を強いる、何とも傲慢な人間たちだろう。


「分かった。それだけ分かれば十分だよ、ほら、お兄ちゃんと行ってきな」


薄れ行くメモリアをサタナスの下へ戻し、広く美しい花園でアカツキは笑顔で光に溶けていく二人を最後まで見送る。


「少しの間、さようならだな」


「どうか、君も幸せになっておくれよ」


「どうだろうな。けど、努力するよ」


少しだけ複雑そうな顔であったが、この世に未練を持たないサタナスはメモリアと共に空へと溶けていく。


―――光の粒がどこまでも高く、高く昇っていく。


「幸せにな、二人とも」


二人のことを見送ったアカツキは目を瞑り、静かに現実世界へと帰還していく。


「戻ってこれた...か」


自分の体の上に乗っかっていたメモリアの姿はそこにはなく、心臓部分にあった違和感は消えている。


それと同時に今まで心の内に居たサタナスが居なくなったのだなと、理解できた。


久々に体に感覚が戻ってくる。神器を初めて手にした時と同じような万能感、何でも出来てしまうと思えるほどの力が体に満ち溢れている。


「託してくれたんだな」


アカツキが掌の上で水晶を生成する。それは小さなものでも、メモリアがアカツキに託してくれた、神器の力であり、アカツキ自身が持っていた神器のリミッターもサタナスの消失と同時に解放された。


恐ろしい程軽い体でアカツキは歩きだす。


―――その目に、静かな復讐の炎を灯しながら。

...静かで、薄暗い聖堂の中に一人の男と一人の女が居た。


どちらも既に百年を超えて時を超越した存在、教会では異端と罵られ、殺される筈の人間がこの聖堂の中に二人も居た。


「...消えましたか。ようやく、天に召されたのですね」


胡散臭い仕草で天を仰ぎ、さも悲しんでいるかのように男の瞳から偽りの涙がこぼれ落ちる。


「この世にしがみつかせて、狂わせた男の口から言われると薄っぺらい偽善に聞こえる」


「貴女のように如何なるものも真実にする方に言われたくはありませんね。私は愛した、あのような異物ですら愛すのです」


愛するものを異物という時点でこの男にメモリアを思う気持ちなど無いということなど知れている。


「それで?切り離した神器を手に入れて貴方は万々歳、これ以上望むものなどないなら、今すぐ死んでくれないかな」


「はて、私の救済はこれから始まるのですよ?これは過程に過ぎない、そうですね。まずは―――背教者共に天罰を下しましょうかね」


人間らしい愛など持たない男、ネクサル・ナクリハスは隣で軽蔑の眼差しを向けるウーラに気付く素振りも見せず、恍惚に満ちた表情で進行都市に住まう巫女と呼ばれる少女を写した写真をその手で握りつぶし、炎で燃やして塵となった紙切れを手放す。

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