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遥か彼方の浮遊都市  作者: 神羅
【信仰都市編】
141/185

<剣と神と>

アカツキが覗いてしまった記憶を包み隠さず伝える。両親など無く、唯一の家族である弟を失い、死者蘇生という禁忌に走った一人の兄の話、その始まりを。


「断片的に見た夢だから、これくらいしか話せない。けど、俺が見たのはこれが全部だ」


「とても...。悲しいお話ね」


「その二人が俺の中に居る。いや、メモリアとは切り離されたから正式には居た、だけど。サタナスは教会の奴と出会ってから狂っちまったし、もう何が何だか...」


「けれど、これでようやく分かったわ。貴方がメモリアを切り離せなかった理由」


リアはアカツキを見て薄く微笑み、言葉を続ける。


「離れ離れにしたくなかったのね」


「あれがメモリアを模しただけの化け物で、言葉すら話せない贋作だと分かってても、どうしても切り離せなかった。どんなに歪な形でも、アイツらはここに居たんだから」


もしかしたら、サタナスは出てこれなかったのだろうか。どんなに壊れていても弟であるメモリアと出会ってしまったら、また変わってしまうと思って。


アイツは言っていた。人は簡単に変わってしまう。だから、世界を憎んでいたかった、弟と出会ってしまったらそれを変えてしまいそうになるから、アカツキからメモリアが切り離されるまでアカツキの精神世界の奥深くで眠ったふりをしていた。


「貴方はどうしたい?」


「救いたい」


何を、とまでは言うまい。このアカツキという人間のことは牢屋で過ごした時間でよく理解できた。


「サタナスも、メモリアも、助け出したいんだ。たとえ俺のエゴや偽善だって言い。今の俺が救いたいから....」


「じゃあ、行くの?」


「行くさ、俺が出来ることをしに」



......。



アカツキの暴走以来、外を見回る警備の数はダオによって増員され、脱獄した二人の罪人を追っていた。


「ところで俺はどれくらい寝てたんだ?」


「二時間くらい。貴方が牢屋を壊してくれたから直ぐに剣を取りに行けた。そのあとは貴方とメモリアを切り離して気を失った貴方を背負ってここまで逃げてきたの」


目深にフードを被りながらアカツキとリアは宿屋を出て、深夜の町へと歩みを進める。所々で警備兵が目を光らせている為、主に裏路地を使いながら死の牢獄と呼ばれる場所に向かう。


やはり所々で検問が行われており、その捜査網に引っ掛からないように二人は慎重かつ、手っ取り早く進んでいく。


「屋根の上を見張らないなんて、本当に捕まえる気があるのかしら」


「そもそも屋根伝いに歩くなんてあんまり予想できないと思う」


リアの提案により、上、つまりは誰にも気づかれることなく、静かに屋根の上を渡っていき、死の牢獄へと向かう二人。特に何の障害もなく着くと思いきや、二人は地下奥深くに存在する死の牢獄へと繋がる唯一の道を塞いでいる警備兵達を発見する。


「そりゃあ当たり前だよな。地下に化け物を離してるってのに、何の警備もない方がどうかしてる」


「そうね。だからこそこそするのもここまでだわ」


素早い切り替えの早さ、リアは柄から刀身を出さずに剣を持ったまま屋根の上から飛び降りる。


「―――な」


「ごめんなさいね」


最初に二人の警備兵、一人は鳩尾に柄を押し込み、一人は右腕で頭を掴んでそのまま地面に叩き付ける。唐突の奇襲と瞬く間に気を失ってしまった仲間を見て、咄嗟に武器を構えるも、リアの前では無意味であった。


次いで現れた狐の面を付けた護衛部隊も、リアの前では赤子も同然かの如く薙ぎ払われていく。


剣を抜くまでもなく、素手と剣の柄の部分で軒並み気絶させたリアは呆然とその光景を見ていたアカツキの方へと向き直って言う。


「行きましょう、更に追手が来るまでに」


「はは...。凄すぎるだろ」


とてつもない判断能力と、理想の動きを再現するために鍛え上げられた感覚と肉体。おおよそ、アカツキが持てる最強の要素を詰め込んだ一人の女性にただただ驚くことしか出来ない。


「まだどこかに隠れてるかもしれないから気をつけて。下に行けば行くほど数も多くなるでしょう」


「分かった。俺が動くまでに片付いてそうだけど警戒しとく」


そうして死の牢獄へと一歩、また一歩と歩みを進める二人。


下に向かえば向かう程、異質な力を持った魔力が感じ取れる。次第に肥大化してるのか、一分立つ毎にその魔力は更に濃く、本能が警鐘を鳴らすまでに危険な魔力を漂わせている。


「大分空気も汚染されているみたいね。長居しない方がいいわ」


アカツキから切り離されたことで、諸々のリミッターが取れ、破壊の限りを尽くす化け物になったのだろうか。しかし、それにしてはおかしな点があった。


「大分近くまで来てるはずなのに...物音一つしない」


まだメモリアが活動を続けているのならば破壊の轟音や、その余波が伝わってくるはずだというのに、音など一切なく、それが不気味さを一層強めていた。


「まぁ、簡単な話ね。動かないのではなく、動けない状況に置かれている。けれど確かに生きてはいる。―――彼女らしいやり方だわ」


この先に待ち受けている者に大方予想出来ているのか、リアはいつその時が来ても良いように剣に手を掛けていた。


アカツキの中で成長し続け、あれほどの力を持ったメモリアの動きを殺さずに封じ込めた者、そんなのは考えれば当たり前のことであった。


「―――随分と時間が掛かったな。待ちくたびれたぞ」


神器は神から産み落とされたもの、それは必然的に神という存在に敵うことはない。それは自身を産み出した創造主に限った話ではない。


―――神であれば、神器はただの置物に変わる。


「どうして、お前...が?」


アカツキは知っていた。多少容姿が変化しようと、命の恩人とも言える彼女を忘れられるはずがない。それと同時にアカツキは理解した。


この都市で育った巫女の役割と、狐の仮面を被った不気味な集団、彼等が本当に仕える存在を。


「気づかれる訳にはいかなかったのでな。魔法やその他諸々で容姿を隠していたが、それも必要なくなった。貴様と居れば雫も変わるかと思ったが...。―――本当に残念だ」


そうして、神を宿した巫女は何もない空間から光の剣を生み出して、アカツキにその矛先を向ける。


「少々侮っていた。こんな化け物を飼っていたとは思いもしなんだ」


彼等にとって、誤算だったのはアカツキの登場ではない。むしろ予言に記されたその日に起きる災厄をある程度把握することで、被害を最小限に止めたかったが、それは今回の件で完全に破産した。


「表面に浮き出た残骸だけでここまで被害を出してしまった。全部吐き出させるつもりだったようだが、思った以上にお前にメモリアを埋め込んだ人間は狡猾な奴だった」


アカツキを死の淵まで追い詰めることで、彼の中にいる不確定要素であるメモリアを消し去るつもりだったようだが、メモリアと実際に戦い、苦もなく無力化した彼女はそれに触れることで、この化物が持つ本当の意味を理解した。


「死に追い詰めるだけでは足りない。メモリアは宿主の死を持って、この世界に顕現する。不完全かつ、不安定な力を持った破壊をするだけの化け物になるだろうな。お前にメモリアを埋め込んだ人物は制御する気などさらさら無かったのじゃな」


「そう、それで?」


問い掛けるリアに少女はさも当たり前のように冷徹な言葉を発する。


「―――殺すに決まっているじゃろう?」


「殺させる訳にはいかない」


自分の都合で生かし、自分の都合で殺す。まさにそれは神にのみ許された権限だろう。そして、それをさせまいと剣を取るのは一人の人間だ。


「アカツキ、私が止めておいてあげるから、そこで寝ている子を起こしてあげなさい」


「けど...!!」


アカツキには少女の体を借りたその者の実力をよく知っている。理性を失っていたとはいえ、全力で力を振るったアカツキを完膚なきまでに叩きのめしたのは彼女が初めてだ。


「勝てるかは分からないけど、負けることはないわ」


「言ってくれるな、剣の女よ。たかだが百人斬りで随分と大きく出るものじゃ」


一騎当千と言われる実力を持った人間など、太古の昔には腐るほど居た。土地を侵略しにくる者共の中には、一騎当千では済まない数の同胞を屠った化け物まで存在したのだ。それらを今まで幾度も打ち負かしてきたのだから、ここで倒されるなどとは考えもしていない。


「傲慢ね」


少女の体がフワリと宙に打ち上げられる。衝撃よりも遅れて音が地下に響き、いつの間にか天井に体を埋め込まれる。


「体も人間のものとは別物。良かったわ―――あまり手加減をしないで戦えるわ」


「―――きさ...っ!!」


下から剣が突き上げられ、その先端が体を貫くことなく、壁を崩壊させながら外へと放り出していく。


突然の出来事であったが、空中で体制を整え、周囲を警戒する。


「――――――」


だが、追撃はない。地上には気絶した守衛達以外の気配はしない。ならば、次に現れるのはどこか。―――上だ。


頭上から突如現れた肌を焼き焦がすような灼熱の刃を両手で押さえ込み、そのまま地面へと投げ飛ばす。


「化け物め」


人とはかけ離れた力と、人間では到達することの出来ない肉体を持つ巫女に対し、リアはあろうことか地上に足をつけることなく、空中で身を翻し、まるでそこに地面があるかのように飛翔する。


「魔法の応用よ」


武と魔を備えた女性の実力は、手加減をして勝てるほど甘くはない。だが、いきなり全力を出せば体が追い付かないため、自殺行為となる。


「時間を掛けることはおすすめせんぞ」


「そう。私はたっぷり時間を稼ぐつもりだけれど」


徐々に体を慣らしていけば、完璧とまではいかないがそれでも人間一人を殺すには容易いだろう。それを知っててもリアは時間を稼ぐつもりでいるのだ。


「精々粘るがよい」


天空から降り注ぐ光の槍を剣一本で捌ききると、次に待っていたのは高密度の魔力を帯びた白く燃える剣による当たれば即死の恐るべき剣撃。


「―――ふっ」


剣を握る手に力を込めて、リアは燃え盛る剣を上へ弾き返す。


鉄などであれば瞬く間に溶けてしまう剣に対して、普通の受け流しと変わらない要領で上へと弾いてみせた。


「この程度で折れるような業物ではないか」


「そうね。剣は己の心のようなもの」


地上から天空に浮かぶ巫女に対してリアは剣を納めると、抜刀の構えを取る。


「―――その気になれば、こんなことも出来る」


瞬きすらも許さない神速の抜刀、蒼く燃える灼熱が空全体を覆う。蒼炎の後には人の形は残っていない。


「驚いたぞ、人間」


空間移動により、背後を取られたリアの無防備な脇腹に蹴りを放ち、山の向こうへと吹き飛ばす。


「防がれたか」


とても冷静な判断だった。受け流しとまではいかないが、剣で衝撃の大半を吸収されては、止めを刺すまでには至らない。


「...嘘じゃろ」


遠く、彼方から放たれる白き光に体を持っていかれ、巫女の体が水平に吹き飛ばされていく。


「本当に頑丈なのね」


いつの間にか戻ってきただけでなく、未だに衝撃に流されて吹き飛ばされている巫女に追い付き、リアの踵落としが鳩尾を深く抉っていく。


「称賛に値するぞ、人間」


今までやられるがままだった巫女の額から血が流れ落ちていき、地面のごく一部を赤く濡らす。


「そして訂正しよう。貴様は私にとって大きな障害になりうる。―――よって、ここで殺しておこう」


周囲の魔力、空間に大きな異常が生じる。本来は世界に降りてきてはいけない神と呼ばれる存在の権現は周囲の魔力を自分のものへと変換していき、人間に与えることは許さない。


それはすなわち、消費させるだけさせて、補給をさせないというもので、魔力の使用に大きな制限を付けるのだ。


「――――――!!」


そして、一度手を振るうだけで空間が圧縮され、リアの空間を砕いていく。


「...反則みたいな技ね」


この都市の神にのみ許される空間に深く干渉する能力の応用であり、その一つの動作が人間など簡単に破壊する一撃となる。


空間の圧縮に、転移、その他にもやれそうなことなんて幾らでもある。それら全てを予測し、予想できない攻撃にも対応することがリアには求められる。


「......」


―――そんな考えを打ち砕いたのは、空を覆う白い光と、そこから現れる無数の戦鎧を纏った人形の出現であった。


「どれもこれもがこの都市で生まれ育った英雄達じゃ。簡単な話、最上級の質と量には敵わんだろう?」


魂を持つ英雄達の凱旋、空から降り注ぐ無数の影が地上に着地すると同時に駆け出し、リアの命を絶つために行動を始める。


剣を極めているであろうリアにとってもこの数を捌き切るのは不可能であろう。誰も彼もが太古の世界、この都市を外界からの侵入者から守ってきたのだ。それらが全盛期の姿で現れる。


言葉を発することなく、リアは静かに剣を納めて片足を一歩後ろへ下げる。


「行け、その女を殺すのじゃ」


その掛け声を合図に空と陸と、両方からの攻撃が開始される。


前を見据えて、360度、全方向に感覚を研ぎ澄ませる。柄から抜き放たれた白き刃が前方の敵を悉く切り刻んでいき、これを持って剣と神の戦いが始まった。



......



そこには静かに横たわる化物が体中を赤い鎖に巻き付けられていた。足掻くことも出来ず、ただそのどこまでも深く黒い瞳がアカツキをじっと見つめていた。


「ごめんな、こんなことになるまで放っておいて」


アカツキが近づくと大きな口が開かれて目の前に居る人間の頭部を噛み砕かんとする。それと同時に赤い鎖がメモリアの体に深く締め付けられるが、それに構うことなく、その巨体は動き出す。


「本当に、ごめんな」


メモリアに足と手を掴まれ、乗っかかれたアカツキはメモリアの体から流れる黒い血に濡れながら涙を流していた。


「―――――――――」


そのアカツキの顔を見て、破壊衝動に飲まれているはずのメモリアの行動が停止する。頭蓋をかみくだいて殺したいという本能に、殺したくないというメモリア本来の理性が生まれ、抵抗しているのだ。


「サタナスも、メモリアも。こんなことはしたくなかったんだろ?」


二人とも、人並みに生きて、人並みの幸せを奪われてしまったのだ。途方もない悪意により、メモリアは兄を守るために命を使い果たした。


「...さた...なス?」


形を持たない四足歩行の動物のような姿をしたメモリアの口から、疑問に似た言葉が発せられる。


「覚えてないんだ。お前がそういう風に創られてしまったから」


学院都市で一度は邂逅を果たした二人が、兄弟のように話せなかったのは理由があった。その一つが神器となったメモリアには人であったことの記憶が無かったことだ。


「俺は知らない。けど、アイツ(サタナス)は知ってる。だから、会ってきてやってくれ」


アカツキの体を押さえ付けるメモリアの体が白く光り、アカツキの体に溶けていく。


―――そこに、誰も望まない再開があったとしても。


それはきっと、そうなる運命だから。

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